REPORT2020年11月号 Vol. 31 No. 8(通巻359号)

インベントリ作成に関する継続的な国際ネットワークの構築 「温室効果ガスインベントリ相互学習」オンライン会議の報告

  • 吉永博巳 (地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員)
  • 尾田武文 (地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員)

1. はじめに

2020年7月21日、22日および28日の3日間にわたり、温室効果ガスインベントリ相互学習(以下、相互学習)のオンライン会議を開催しました。

相互学習は2か国間で互いのインベントリを分野別に詳細に学習する活動で、例年はアジア地域諸国のインベントリの作成能力向上に資することを目的に日本の環境省と国立環境研究所が開催している「アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA)のプログラムの1つとして開催しています。

2020年度は、新型コロナウイルス感染症の世界的な発生状況を踏まえ、拡大防止の観点から集まって行うWGIAの開催は中止しましたが、参加人数が比較的少なくオンラインでの会議開催が可能な相互学習プログラムのみを実施しました。

今回実施した相互学習の組み合わせは、分野横断事項(インドネシア-日本)、エネルギー分野(カンボジア-ミャンマー)、農業分野(中国-日本)、LULUCF(土地利用、土地利用変化および林業)分野(モンゴル-シンガポール)の4分野4組です。WGIAにおける2011年度のプログラム導入から10回目を迎え、参加組み合わせ数は延べ29組となりました。

相互学習はインベントリ作成に関する二国間協力のもと2008-2010年度に開催された日韓温室効果ガスインベントリ相互レビューに端を発しており(関連記事:尾田武文ほか『日韓温室効果ガスインベントリ相互レビュー』開催報告、地球環境研究センターニュース2010年1月号)、アジア諸国に対する具体的なインベントリ作成支援として息の長い取り組みとなっています。

2. 相互学習の実施プロセス

相互学習では温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)が事務局となり、WGIAメンバー国*1の応募に基づきペアを決めます。ペアとなった国は、相互学習の会議に先立ち、GIOを介して両国のインベントリに関連する資料(国家温室効果ガスインベントリ報告書(NIR)や国別報告書(NC)、隔年報告書(BUR)、排出量算定に用いたスプレッドシートなど)を交換します。

以降、両国のインベントリ作成担当者同士が互いの資料をもとに、インベントリ算定の方法論、データ収集や、品質管理・品質保証を含む国内体制のあり方などについて、詳細に学習します。学習を通して生まれた気付きや疑問点などはコメントとして提出され、コメントを受領した相手国は回答を提出します。この事前の質疑応答をもとに、ペアの両国は、相互学習プログラムの中心である会議の場において直接の意見交換を行います。

今年度の相互学習では、参加国のNC・BURにおけるインベントリ報告の「測定・報告・検証(MRV)」および透明性に関わる能力向上支援と、インベントリ専門家等のネットワークの更なる強化を図ることが期待されました。

3. 相互学習の概要と結果

分野横断事項(インドネシア‐日本)と農業分野(中国‐日本)の2分野は7月21日に、エネルギー分野(カンボジア‐ミャンマー)は7月22日に、LULUCF分野(モンゴル‐シンガポール)は7月28日に、相互学習のオンライン会議をそれぞれ実施しました。オンラインでの会議は初めての試みでしたが、インターネットを通した会話のタイムラグやモニター越しでの表情変化といった非言語的なコミュニケーションの齟齬、通信量の増大による障害など、遠隔での開催によって生じる様々な困難を乗り越え、お互いのインベントリについて予想以上に率直で緊密な意見交換が実施できました。2か国間で詳細な議論を行うことを通じたインベントリ専門家間のネットワークの強化は、従来からの相互学習の強みでもありますが、オンライン会議においても十分に達成できたと思います。参加者からは今後も多くの学習機会が得られるよう、相互学習の継続的な開催が要望されました。各セッションにおける議論の詳細は以下の通りです。

【分野横断事項(インドネシア‐日本)】
分野横断事項の会議では、インベントリ作成に間に合うようにデータが公表・提供されないことがあるという課題や、緩和策を反映でき得るインベントリの確立へむけて両国それぞれが優れた取り組みを行っている点などが、参加国の共通事項として認識されました。
【農業分野(中国‐日本)】
農業分野では、稲作田を含む農地からの温室効果ガス排出量算定方法を中心に、活発な質疑応答が交わされました。両国は、直接的あるいは間接的にモデルを用いた高次の排出量算定方法を取り入れていることなどもあり、質問の内容も算定方法の基になっている論文に関わる詳細なものもありました。
【エネルギー分野(カンボジア‐ミャンマー)】
エネルギー分野の会議は、GIOがファシリテーターとなり実施しました。温室効果ガス排出量算定に欠かせない内訳のデータが利用できないという課題や、自国のデータと国際機関のデータとの比較に取り組んでいる点、あるいは2006年IPCCガイドラインの適用について情報が共有されました。
【LULUCF分野(モンゴル‐シンガポール)】
LULUCF分野の会議は、GIOがファシリテーターとなり実施しました。LULUCF分野では算定のカギとなる土地利用や土地利用変化の把握のための調査方法が1つの話題となり、国土規模、土地利用面積、土地転用の発生規模や頻度などに応じた調査方法について活発な議論が交わされました。参加者は、互いの国土面積が大きく違うことと関連して、相手国の調査方法の説明に興味深く耳を傾けていました。
写真1 インドネシアと日本で実施した分野横断の相互学習の様子。WGIA国間では同じアジアということもあり時差は必ずしも大きくはありませんが、開催時刻にも配慮が必要でした。写真は、会議途中に挟んだ1時間のインドネシアチームのランチタイム(現地時刻12時~13時。日本時間14時~15時。)の後、参加者の出席確認を行っているところです。日本では会議の開始前に昼食を済ませ、この時間は進行の打ち合わせやラップアップの準備に当てました。
写真2 シンガポールとモンゴルで実施したLULUCF分野の相互学習の様子。インターネットを通じた会議では音声や映像にタイムラグや途切れが生じるため、会議の進行においては試行錯誤がなされました。ファシリテーターは参加者のマイクやカメラのオンオフ状況と挙手機能の状況を把握しながら、会議を進行、音声が不鮮明であったり途切れたりしたときはチャット機能を使用しながら議論を継続しました。

4. おわりに

オンライン会議の参加各国は、国独自の算定方法の開発やパリ協定のルールのもとで適用が義務化される2006年IPCCガイドラインに基づく方法論の導入に前向きに取り組むなどしており、インベントリを継続的に改善していく姿勢が見られました。

また、各国ともに相手国の方法論に加え、データ収集やインベントリ作成のための国内体制についても深く学習することができました。このことにより、パリ協定の下での定期的な報告を見据えた上でも、インベントリを今後どう改善するべきか、それぞれの国にとって参考となる有益な情報を共有することとなりました。

相互学習は日韓の二国間協力を含めると十年以上にわたる取り組みとなりました。報告の透明性向上への関心が高まっている時代背景もありますが、相互学習などの支援活動の成果もあって、WGIAメンバー国は自国インベントリの作成能力を当初から大きく向上させています。現在ではすべての国が気候変動枠組条約に基づくNCを提出することとなり、また、多くの国がダーバン合意(COP17)に基づく2年に一度のBUR提出義務を果たすようになってきました。

GIOはアジア諸国に対し、より透明で正確なインベントリを作成する能力構築を支援するため、相互学習を含めたWGIAの活動に今後も取り組んでまいります。次回会合については、WGIAメンバー国における新型コロナウイルス問題の収束状況等を踏まえた上で、相互学習およびWGIAの開催地および開催時期、開催方法等を検討・調整していく予定です。

WGIAの第1回からの報告はhttps://www.nies.go.jp/gio/wgia/index.htmlに掲載しています。今般の相互学習オンライン会議の詳細も、同Webサイトで公開される予定です。また、今会合の開催について報道発表を行いました。http://www.nies.go.jp/whatsnew/20200803/20200803.htmlもご覧ください。