SEMINAR2020年11月号 Vol. 31 No. 8(通巻359号)

2000~2017年のメタン収支の時間的・地域的な変動が明らかに -Global Methane Budget 2020 フォーラムより-

  • 地球環境研究センター 交流推進係

メタンは地球温暖化に対して二酸化炭素に次ぐ影響をもっており、その人為的排出も含めたグローバルな収支を理解し定量化することは気候変動研究とその対策において非常に重要です。

国際研究プロジェクト「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」の研究者たちは、2020年7月15日に国際学術誌Earth System Science Data (ESSD)にて、グローバルなメタン収支に関するトップダウンとボトムアップ手法に基づく統合解析の結果を発表しました(「The Global Methane Budget 2000-2017」)。報告書の内容は、8月6日に記者発表されました(http://www.nies.go.jp/whatsnew/20200806/20200806.html)。

GCPつくば国際オフィスと地球環境研究センターは8月6日にオンラインによる公開フォーラムを開催し、この報告に携わった日本の研究者たちが、その内容とそれぞれの研究について詳しく説明しました。フォーラムは午前(報道関係者及び一般の方向けの講演会)と午後(科学フォーラム)に分けて行い、合計で約220名が参加しました。本稿では、午前中に行われた3人の講演概要を紹介します。なお、このフォーラムの内容は、オンラインで公開されています(午前の部:https://youtu.be/tDgPKEDHbkk, 午後の部:https://youtu.be/6togfA7dmCM)。

目次

気候変動の現状とメタンの役割

地球環境研究センター 副センター長 江守正多

まず、気候変動の現状についてお話します。世界平均気温は、産業革命前からすでに約1℃上昇しました。

国際社会は協力して気候変動問題に取り組んでいます。2015年に国連の気候変動枠組条約のもとでパリ協定が締結され、翌年、発効しました。パリ協定は、長期目標として、世界的な平均気温上昇を産業革命以前と比べて2℃よりも十分低く保つとともに1.5℃以内に抑える努力を追求することになっています。

コンピュータで予測した世界平均気温の結果を見ると、対策をせずに今後も温室効果ガスの排出が増加すると、2100年までに1986~2005年よりも平均して4℃くらい上がります。一方、適切な対策を行うと、2℃や1.5℃で止められる可能性があります。4℃温暖化するケースでは、北半球内陸、特に北極に近い方は、6~10℃の温度上昇が予測されますが、2℃未満で止まるケースでは、2050年くらいの温度上昇でとどまります。

2℃未満で温暖化を止めるためには、「今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と吸収による除去の均衡を達成する」とパリ協定には書かれています。つまり人間活動による温室効果ガスの正味の排出量をゼロにするということです。これを最大の温室効果をもたらす二酸化炭素(CO2)で考えると、2070年までには世界の排出量をゼロにしなければなりません。

しかし、問題はCO2だけではありません。放射強制力(過去に地球の温度に影響を与えた要因の大きさ)を見ると、メタンはCO2に次ぐ大きさで、CO2の半分強くらいあります。

大気中の寿命に関しては、CO2が一度排出されるとどこかで吸収されない限り消滅しないのに対して、メタンの寿命は10年程度と比較的短く、大気中の化学反応で変化するのが特徴です。

100年GWP(地球温暖化係数:その物質がもたらす温室効果の強さを表す指標)では、メタンはCO2の28倍です。以上のことから、メタンは重要な温室効果ガスです。

次にメタンの放出源と消滅源について簡単にお話しします。放出源としては、自然起源のもの(シロアリ、湿原、森林火災(一部人間活動が関係)、淡水、海底のハイドレート)と人間活動によるもの(水田、家畜、化石燃料、廃棄物、都市)とがあります。

メタンは先述のように大気中の化学反応によって変化し、消滅します。メタンと窒素酸化物が存在していると、化学反応によってオゾンができます。あるいは酸素が豊富な土壌中で微生物に利用されます(図1)。

図1 メタンの放出源と消滅源

2018年度の日本の温室効果ガス排出量は12億4000万トンで、そのうちメタンはCO2に換算して3000万トンですから、全体の2.5%くらいです。日本の排出量のなかではそれほど大きくはありませんが、ニュージーランドではメタンの占める割合が大きくなります。

最後に、メタンに関する最近の話題を2つ紹介します。イギリスの新聞、Guardianに、南極の海底からメタンが放出されているのが発見されたという記事が載りました。もう一つは、フロリダでのメタン漏出が衛星データから検出されました。どちらも今まで統計上には出ておらず、最近発見されたメタンの放出源です。

Global Methane Budget 2020の概要

環境計測研究センター 動態化学研究室長 遠嶋康徳
地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室長 伊藤昭彦

発表する遠嶋康徳

大気中メタンに関する背景と現状、メタンの収支を明らかにするための手法についてお話しします。

産業革命(1750年頃)から現在までに、世界平均気温は1℃くらい上昇しています。全ての温室効果ガスが地球温暖化に与える影響のうち、メタンの寄与は23%で、無視できません。現時点での大気中メタン濃度は産業革命前より150%以上も高くなり、2017年には1850ppb(ppbは10億分の1)を超えています。メタンは、大気中の寿命が9±2 年とCO2と比較して短寿命であるため、メタンの排出を削減すれば大気中のメタン濃度は急速に減少しますから、地球温暖化緩和策の切り札として期待されています。また、化学反応によって成層圏で水蒸気を生成し、地球温暖化を促進する作用もあります。さらに、メタンは大気汚染物質である対流圏でのオゾン生成にも寄与します。

図2 1980年からの大気中メタンの濃度(上)と増加率(下)

1980年から最近までのメタン濃度の増加率(図2)を見ると、2000年代中頃までは増加率は低下傾向にありました。私は1990年中頃から大気中のメタン濃度の観測を始めたのですが、増加率が下がっていってよかったと思っていました。ところが、2007年以降急激に増加するようになり、2014年頃にはまた一段と増加率が上がりました。

2013年以降の大気中メタン濃度の上昇傾向は、IPCC第5次評価報告書で定義された代表的濃度経路(RCP)シナリオ(気候変動対策をまったく行わなかった場合から徹底的に行った場合までの幅をカバーし、その中間2つを含む4つのシナリオ)に基づく予測と比較すると、対策をまったく行わなかった場合のシナリオに近いことわかりました。

大気中のメタンが増加するのは、放出量が化学反応や土壌による吸収で消滅する量より多いからです。また、消滅量の減少もメタンの増加を説明できる可能性があります。消滅量の変化については、大気中の化学反応による分解、具体的にはOH(ヒドロキシル)ラジカルによる反応が9割を占めているので、OHラジカルの量の変化を把握することが重要です。ところがその変化を推定するのは非常に難しいのです。現在用いられている2つの方法は誤差があり、OHラジカルの変化の正確な把握については課題となっています。

今回の論文ではさまざまな手法を取り入れて全球のメタン収支を推定しています(図3)。放出インベントリでは、例えば、化石燃料の採掘・輸送・消費に伴う漏洩量や家畜からの放出量といった統計的なデータを積み上げることで推定します。湿地からの放出量の推定は生物地球化学モデルを使います。

メタン消失源は大気化学モデルから推定しています。放出インベントリ、生物地球化学モデル、メタン消滅源を利用してメタン収支を調べる方法はボトムアップ手法と呼ばれています。一方、ある程度わかってきたメタン収支分布を入力して、大気中のメタン濃度をモデルで計算し、それを地上観測ネットワークや衛星観測などから得られる大気観測結果と比較し、逆計算によりメタン収支を推定する方法をトップダウン手法と呼んでいます。

この2つの手法には長所と短所があります。ボトムアップ手法では放出源の細かい情報を得ることができる反面、放出量の推定値の不確かさが大きいです。一方トップダウン手法はメタン濃度全量を把握するのには優れていますが、放出源の内訳や分布を細かく把握するのは難しいという問題があります。

図3 全球メタン収支推定のための手法およびデータのまとめ
発表する伊藤昭彦

地表におけるメタン収支の詳細をお話しします。

地表からのメタン放出のうち約60%が人為起源、約40%が自然起源と考えられています。放出源の現状を正確に知り、温暖化対策を講じるためには、放出の総量や内訳を理解することはとても重要です。しかし、トップダウン手法とボトムアップ手法との間で収支が整合していないため、まだ不確実性が残されています。現在、衛星観測、各種モデル、同位体比などを用いてメタン放出源を定量的に把握するための研究が盛んに行われています。

2017年のメタン収支の概要を説明します(図4)。人為起源放出のうち化石燃料の製造と使用が108Tg CH4/年(1 Tg = 1百万トン= 1×1012g)、農業すなわち水田(稲わらなどの有機物がメタン生成菌によって分解)および家畜(牛や羊など反芻動物の消化器官から発酵)と廃棄物(ごみの埋め立てや処理)が227 Tg CH4/年です。

バイオマスおよびバイオ(生物起源)燃料の燃焼は28 Tg CH4/年で、これには自然と人為起源が混ざっています。内訳は、自然起源としては森林火災などで16~17 Tg CH4/年、人為起源はバイオ燃料(途上国で調理のときに使用するかまどやストーブなど燃料に使用する薪炭材を燃やした時に出てくるもの)が12 Tg CH4/年くらいです。

自然起源放出では湿地(水が土壌を飽和させているところではメタンを生成)が最大で、194 Tg CH4/年となっています。その他の自然起源放出39 Tg CH4/年(湖や内陸の水面、火山や温泉など地質学的起源、沿岸域を中心とした海洋、シロアリ、野生動物、永久凍土、植生)を含めると、全放出量は592 Tg CH4/年です。

一方、大気中での化学反応により、531 Tg CH4/年が消滅しています。また、乾燥した土壌のなかにはメタンを食べる細菌がいて、それが40 Tg CH4/年くらいで、合計すると消滅は571 Tg CH4/年です。なお、全球大気中濃度増加速度から求めた収支は16.8 Tg CH4/年です(収支が合わないのはモデルの不確実性による)。

図4 グローバルなメタン収支(2017年)

メタン放出はどこでどのように行われているでしょうか。湿地からの放出源は、熱帯やアマゾン、東南アジアの熱帯の湿原が主です。化石燃料の製造と使用は、中国、ロシア、中東で大きく、アメリカはシェールガスを採掘しているところで放出が大きくなっています。農業は、インドは牛から、アジア地域では水田からの放出が大きいです。廃棄物については都市や沿岸の埋め立て地から放出しています。バイオマス・バイオ燃料の燃焼は、森林火災の多いところや途上国でガスが届いておらず、調理などに薪炭材を使うところから放出されています。

その他の自然起源の放出については、温度が低い火山や断層から浸み出てくるものが地質学的放出源と呼ばれています。日本も火山が多いのである程度の放出量がありますし、世界では山岳地域で量が多くなっています。シロアリについては量的な推定が難しいのですが、熱帯や亜熱帯のサバンナ、熱帯林で放出量が多くなっています。海洋は、沿岸域から放出されています。

2008年から2017年のメタン放出の内訳をボトムアップ手法とトップダウン手法で比較したところ、最も大きな違いがみられるのは、「その他の自然起源放出」です。ボトムアップ手法では222 Tg CH4/年となっているのに対し、トップダウン手法では37 Tg CH4/年です。トータルでもボトムアップ手法で737 Tg CH4/年に対し、トップダウン手法では576 Tg CH4/年で、160 Tg CH4/年くらいの差が出ています。この差を埋めなければなりません。今後不確実性の原因をつきとめて、詳しく見ていくことになっています。

次に、緯度帯ごとの放出について説明します。北半球高緯度(60°N-90°N)では湿原が最も大きな放出源になっていて、化石燃料がその次です。温帯地域(30°N-60°N)では、化石燃料と農業と廃棄物が大きな放出源になっています。熱帯地域(30°N以南)では、湿地と、農業と廃棄物からの放出が大きいことがわかりました。

2017年の地域ごとのメタンの収支を見ると、メタン放出の約64% は熱帯地域に起源があります。32%が温帯地域、北半球高緯度地域からの放出はわずか4%です。人為起源の主要な放出源は南アメリカ、アフリカ、南-東南アジア、中国にあります(世界合計の約50%)。熱帯と亜寒帯では湿地が、アジアでは農業と廃棄物が主要な放出源となっています。温帯地域では農業と廃棄物、化石燃料からの放出が同程度です。

メタンの放出量は、2000~2006年から2017年の間に約50 TgCH4 /年の幅で増えていますが、特に熱帯域で大きく増加(約30 TgCH4 /年)しています。次いで中緯度域(15-20 TgCH4 /年)です。意外なことに、温暖化が速く進むといわれている北半球高緯度からの放出量は現在のところ増加しておらず、永久凍土からの放出も現時点では少ないため、変動は小幅です。

メタン放出源の変化をさらに細かく地域ごとに見ると、化石燃料に関するものの増加は、北アメリカ(米国)、アフリカ、アジアからの放出によるものです。農業と廃棄物起源放出の増加は、ほとんどがアフリカ、南アジア、南アメリカからのものです。アフリカで増えているのは、家畜や化石燃料の採掘からの放出が増えているためです。ヨーロッパは世界で唯一減少傾向が見られています。放出減少の主な原因は、農業と廃棄物部門の作業工程におけるメタン放出量削減の対策が進んだことです。