RESEARCH2020年11月号 Vol. 31 No. 8(通巻359号)

環境研究総合推進費の研究紹介 27 二酸化炭素に次ぐ温室効果をもつ大気中メタンをアジアの森林はどの程度吸収しうるのか? 環境研究総合推進費2-2006「メタン吸収能を含めたアジア域の森林における土壌炭素動態の統括的観測に基づいた気候変動影響の将来予測」

  • 梁乃申 (国立環境研究所 地球環境研究センター 炭素循環研究室長)

1. 研究の背景

現在、世界の土壌には、約3000 Gtの植物由来の有機炭素が蓄積しています。この有機炭素は大気中の炭素の約4倍、陸域植物バイオマス炭素の約6倍に相当します。一方で、微生物呼吸(土壌微生物による有機物の分解)と植物の根の呼吸により、大量の二酸化炭素(CO2)が土壌呼吸(微生物呼吸と根呼吸を合わせたもの)として大気中に放出されています。さらにこれまでの研究から、どのような生態系においても、土壌呼吸は地温の上昇に対して指数関数的に増加することが報告されています(図1)。

図1 全球規模の土壌有機炭素動態

われわれの研究グループはこれまで土壌呼吸の連続測定と温暖化操作実験を行ってきました。そのうち特に温暖化が土壌呼吸に与える影響に関する研究成果の論文は数多く引用されています。たとえば、2019年に公表されたIPCCの特別報告書「気候変動と土地」では、この推進費の研究課題の先行研究として宮崎のコジイ林で行った温暖化操作実験の結果が引用され、「有機炭素が豊富な地域においては、温暖化に伴う土壌有機炭素放出のリスクは従来の予測より大きい」と記載されました。

ところで、近年、二酸化炭素の次に地球温暖化に対する寄与が大きい「メタン」の大気中濃度やその排出・吸収過程が注目されています。土壌、特に森林土壌は、陸域における唯一のメタン吸収源として地球温暖化の緩和に寄与しています。これまでIPCCやGCPから出されたデータはすべて2007年のDutaurらの論文*1から引用されています。この論文では、世界の120地点での測定結果から、メタンの最大の吸収源は温帯林であり、1ヘクタールあたりの年平均吸収速度は5.7kg CH4 ha-1 yr-1(以下、CH4 ha-1 yr-1を省略)と報告されています。

日本の森林土壌におけるメタン吸収に関する研究として、2つの広域評価モデルの論文が発表されています。森林総合研究所の橋本ら*2は、土壌呼吸の経験式のモデルを用いて、日本の森林土壌のメタン吸収の年平均速度は、年間1ヘクタールあたり5.2kgと推定しました。また、地球環境研究センターの伊藤ら*3が日本及び東アジアの森林土壌におけるメタン吸収を同4.8kgとして、VISITモデルで広域化を行いました(図2)。

図2 日本の森林土壌におけるメタン吸収に関する研究の現状

橋本らによるモデル研究では、日本の森林土壌におけるメタン吸収の平均速度が、年間ヘクタールあたり5.2kgと推定。伊藤らは、日本及び東アジアの土壌におけるメタン吸収を年間ヘクタール当たり4.8kgとして、広域化を行った。これらの値は、世界の温帯林のメタン吸収速度より低い。一方、森林総研が中心となって、2000年前後に全国の30数カ所の森林において、手間のかかる手法でメタンフラックスのフィールド調査を行った。二つのデータセットがまとめられ、全国の森林土壌のメタン吸収速度は、それぞれ上記のモデル値の1.6から2.4倍となり、欧米等における報告と比べて、2倍大きいことが示された。

ところで、CO2分析計の小型化に伴い土壌呼吸(CO2)のフィールド観測が簡易化されたのに対し、マンパワーが必要な土壌メタンフラックスに関するフィールド観測は、2000年以降、急激に減り、日本国内ではほとんどなくなりました。しかし、近年、野外にも使用できるレーザー分光型メタン分析計が普及してきており、海外の共同研究者はメタン分析計を我々のチャンバーネットワークの海外サイトに設置し、土壌呼吸(CO2)とメタンフラックスの同時観測を徐々に進めています。少し遅れましたが、われわれも日本国内の2つのサイトで予備観測を開始しました(図3)。

図3 国立環境研究所が構築したチャンバー観測ネットワークの一部は本研究に活用される(水色点、赤色点及び紫色点はそれぞれ土壌呼吸の長期連続観測、既に行っている温暖化操作実験及び本プロジェクトでの新規温暖化操作実験サイトを示す。黄色星は既に展開したメタンフラックス観測サイトを示す)。

予備観測の結果を紹介します。中国の西南部(雲南省哀牢山)の亜熱帯高山林では共同研究者と2010年10月に土壌呼吸の温暖化操作実験を開始し、2017年3月にメタン分析計を増設して2年以上観測してきました。この森林土壌における年間1ヘクタールあたりのメタン吸収量は約12.0kgで、富士北麓のカラマツ林はそれより約37%高い同16.4kgであることがわかりました。さらにメタンの吸収が高いといわれる黒ボク土であるつくばの国立環境研究所構内のアカマツ林の吸収量は、富士北麓のカラマツ林と比較すると倍くらいになっています。

この予備観測結果に基づいて概算した日本全国の森林土壌におけるメタン吸収量は、稲作や家畜産業などの農業活動によるメタン放出量の50%に相当し、温暖化ポテンシャルに換算すると人為的なCO2排出量の約1%を相殺します。また、土壌呼吸(CO2)が地温の上昇に応じて指数関数的に増加するのに対し、土壌のメタン吸収速度は地温との相関は非常に低く、土壌水分と強い負の相関が示されたことが興味深い結果です。

この予備観測の結果から、われわれは以下のような仮説を立てました。

  • 火山灰由来の日本の森林土壌は、有機物が豊富であるため、(こう)隙率(げきりつ)(土中のすきまの体積と土全体の体積との比)が高いことで好気的な環境になりやすく、アジアや世界の土壌に比べてメタンが酸化されやすい。
  • メタン吸収速度は土壌の水分状態に敏感であるため、気候変動による乾燥や豪雨から大きな影響を受けやすい。

推進費2-2006の研究課題では、北海道最北端の針広混交林から赤道付近のマレーシアの熱帯雨林までの代表的な森林生態系において、土壌呼吸を中心とした炭素循環の連続測定を行います。一部のサイトでは、温暖化操作実験も実施します。さらに十数ヶ所の森林においては、新規に土壌メタンフラックスの連続観測を同時に展開します。

加えて、得られた観測データに基づき、AI技術のひとつである機械学習を用いたモデリングアプローチによるアジア域の森林土壌CO2/CH4フラックスの広域推定と将来予測を行います。さらに、研究成果を通じて、気候変動適応法などの環境政策やIPCC報告書などへの科学的貢献を目指します。

研究体制としては、国立環境研究所がサブテーマ1(長期的な温暖化操作実験及び CH4/CO2フラックスの同時連続観測による土壌炭素動態に対する気候変動影響の定量化)、千葉大学がサブテーマ2(長期的観測データに基づいたアジア森林土壌におけるCH4/CO2フラックスの広域推定と将来予測)のリーダーを務め、国内8つの研究機関及びアジア諸国の5つの研究機関と連携してプロジェクトを実施します。

国立環境研究所が担当するサブテーマ1では、北海道から本州、九州、台湾、中国、香港、及び赤道付近のマレーシアまでの多様な森林生態系を網羅し、土壌呼吸の長期連続測定と土壌の温暖化操作実験を行います。新規として、温暖化操作実験は世界の空白域である亜熱帯林と熱帯林の3カ所でも実施します。さらに十数カ所の森林において、土壌メタンフラックスの連続観測を新たに進めます。このようにして、世界初の森林土壌温暖化操作実験及び土壌呼吸とメタンフラックス同時連続観測ネットワークを構築し、土壌炭素動態に関する気候変動影響の定量的評価を行います(図4)。

図4 サブテーマ1の研究内容(多様な森林生態系を網羅し、土壌呼吸の長期連続観測および微生物呼吸に対する温暖化操作実験を行う。また、温暖化操作実験を世界の空白域の亜熱帯林と熱帯林の3カ所に展開。さらに、11から13カ所の森林において、土壌メタンフラックスの連続観測を新たに実施。世界初の森林土壌温暖化操作実験及び土壌呼吸とメタンフラックス同時連続観測ネットワークの構築ができ、土壌炭素動態に対する気候変動影響の定量的評価を行うことが可能となる。)

定量評価の例として、富士北麓フラックス観測サイトのカラマツ林における14年間のチャンバー観測結果を紹介します。このサイトでは、年平均地温が1℃上昇することで、土壌呼吸と微生物呼吸がそれぞれ約19%と10%増加することがわかりました。

先ほど紹介した中国の西南部(雲南省哀牢山)の亜熱帯高山林以外にも、これまでいろいろなサイトで観測をしてきました。いくつかを紹介します。

標高3200mのチベット高原の高山湿地生態系では、2011年からCO2/CH4フラックスを観測しています(写真1)。高山湿地帯なのでCO2の吸収は年間1ヘクタールあたり1トンもないのですが、メタンの放出は非常に大きくて、同600kg以上です。

写真1 標高3200mのチベット高山湿地生態系に設置されたチャンバー

マレーシアの熱帯雨林は土壌が空隙率の低い粘土質で多湿なため、メタンの吸収は非常に少なく、年間1ヘクタールあたり8kgです。熱帯雨林にはシロアリが多く、調査地となっているパソ保護林(マレーシア半島部)では1m2あたり3000~4000匹のシロアリがいます。シロアリの影響を考慮するとメタンの吸収源となっているはずの熱帯雨林の土壌が放出源に変わります。

香港では中文大学敷地内の亜熱帯林にチャンバーを設置し、2017年9月からCO2フラックスを観測しています。2019年4月からメタンフラックスの観測も始まりましたが、その後学生運動とデモが始まり、サイトのメンテナンスでは難航しながらも観測を継続しています。

日本の森林土壌についても説明します。

宮崎大学の演習林(コジイ林)にメタン分析計を設置し観測してきました。九州の森林は大きなメタンの吸収源となっており、その量は年間1ヘクタールあたり14kgくらいです。観測を開始したのが梅雨の最中の6月で、土壌が湿っていたため結果は年平均値より低いと考えられ、乾燥するともっと大きな吸収源になると推定されます。

富士北麓フラックス観測サイトのカラマツ林で2015年からメタンの観測をしており、年間ヘクタールあたりのメタン吸収量は16.4kgくらいです。

国立環境研究所内の林でも2005年から通常の観測と温暖化操作実験を行っており、2019年7月にはメタン計を設置してメタンフラックスを観測しています。これまでの観測でわかったことは、メタンフラックスは土壌水分の変化パターンとほぼ一致しているということです。特に今年は梅雨明けから1か月ほど雨が降らなくて、乾燥によりメタンの吸収も今まで見たことがないような年間1ヘクタールあたり32kg以上という高い値になっています。これはこの土地がメタンの吸収が高い黒ボク土であることが原因と考えられます。

苫小牧フラックスリサーチサイトの台風の跡地には2020年7月にメタン計を設置し、土壌メタンの吸収を観測しています。北海道は寒いにもかかわらず、メタン吸収は富士北麓とほぼ同じ(年間1ヘクタールあたり13~17kg)です。

さらに、日本の最北端である天塩の古い泥炭地でも土壌のメタン吸収を調べています。この地点における地下水位は高い(約30~40cm)ため、メタンの吸収は非常に小さくて、熱帯林と同程度(年間1ヘクタールあたり3.5~8.5kg)です。

これらの観測から、メタンの吸収のパターンは土壌の温度とはあまり関係なく、土壌水分ときれいな相関となることがわかっています。

この研究課題におけるわれわれの究極の目標は、さまざまな森林生態系で行った温暖化操作実験の結果に基づいて開発した土壌呼吸モデルを用いて、将来の気候変動に対する土壌炭素動態の応答を予測することです。また、世界初の森林土壌メタンフラックス観測ネットワークを確立し、機械学習などのモデルを用いてアジア域の森林土壌メタンフラックスの広域化を行います。