2016年7月号 [Vol.27 No.4] 通巻第307号 201607_307007

双方向のコミュニケーションで研究と社会をつなぐ 岩崎茜さん(研究事業連携部門社会対話・協働推進オフィス 科学コミュニケーター)に聞く

  • 地球環境研究センターニュース編集局
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第4期中長期計画を迎えた国立環境研究所は、社会対話・協働推進オフィス(以下、対話オフィス)を新たに設置し、4月から岩崎茜さんをオフィスの専属スタッフとしてお迎えしました。岩崎さんは日本科学未来館(以下、未来館)で科学コミュニケーターとして多くの経験を積まれてきました。またご自身の専門分野が環境倫理学であり、環境問題にかかわる様々なステークホルダーの価値観の衝突、あるいは新たな価値観の創造、といったことに興味をもって活動されてきました。

国立環境研究所はこれまで、研究内容を如何に市民に伝えるかについて努力を重ねてきました。対話オフィスは、一方向的な情報発信のみならず、環境問題・環境研究の様々なステークホルダーおよび市民との間で、双方向的な対話や協働を推進することを目的としています。これに伴い、専門的な研鑽を積んだスタッフとともにお仕事をしていく体制ができました。

地球環境研究センターニュースでは、岩崎さんにインタビューを行い、今後の研究成果の発信等を通じて、さらなる研究の発展、市民の環境問題への関心を高める方法について考えることとしました。

科学コミュニケーターとして

編集局

岩崎さんはサイエンス・コミュニケーションの本丸である未来館で仕事をされたことがあるとお聞きしました。

具体的にはどのようなお仕事をされていたのですか。また、そのお仕事の中で、印象的なイベントがあればご紹介下さい。

岩崎

未来館に勤務していた時には「科学コミュニケーター」という職種名で活動していましたので、国立環境研究所でもその肩書で仕事をやらせていただくことになりました。

未来館では科学コミュニケーターを任期付きで養成し、その後それぞれの分野に羽ばたいて、科学コミュニケーションを展開してもらうことが期待されています。常に50人ぐらいのコミュニケーターが活動しています。

編集局

どんな方が科学コミュニケーターになっているのでしょうか。

岩崎

科学の分野で修士か博士を修了した人が採用されています。自然科学系でも社会科学系でもOKです。学芸員の資格は特に必要とはされておらず、特定の専門分野で研究をしてきた経験が求められます。国際化社会に向け語学力も重視されていて、英語はもとよりそれ以外の言語もできるなど、語学に堪能な人も多いです。

編集局

なるほど、コミュニケーション力が重要というのは納得です。

岩崎

未来館に採用された科学コミュニケーターとしては、専門家と市民など様々なステークホルダーの間に入って双方向のコミュニケーションを促進し、相互理解や、社会としての新たな方向性を見出すための対話を担っていました。科学と科学ではない、若しくは自然科学と社会科学をまたぐ分野の「媒介者」的な役割です。

編集局

少し意地の悪い質問かもしれませんが、未来館の毛利衛館長のように科学者として、あるいは宇宙飛行士として経験を積まれた方が科学コミュニケーターをするというのは、可能かなと思います。でも、研究して修士号、博士号を取られているとはいえ、社会の様々な立場とかかわっていく、そのような難しいお仕事ができるのでしょうか。

岩崎

まずは未来館の展示場で来館者といろいろな話を積み重ねていく中で、それぞれの考え方や立場を理解することができるようになってきます。日々、いわゆるオンザジョブトレーニングです。

未来館での経験

岩崎

これは館内で来館者に向けてレクチャーをしているところの写真です。その場にいる方々に話しかけて人を集め、科学の話題に興味をもってもらいコミュニケーションにつなげます。

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編集局

オーディエンス、つまり聞く人が誰か、ということで、コミュニケーションのやり方が変わってくると思います。男性と女性とか、理系と文系とか。たとえば、年齢によって気をつけたほうがいいことなどはありますか。

岩崎

シニアになればなるほど、こちらが「聞く側」に回ることが多くなります。長く生きてきた方は、それなりの価値観を培われていますので。まず、その人たちのお話をよく聞いて、相手の立場に立ち、何をどんなふうに言えば響くかを考えて話すほうがいいように思います。未来館の科学コミュニケーターは話すよりも「聞く」ほうが上手といわれます。対話って、聞いて相手に共感したり、相手の価値観を理解したりする、ということがベースとして特に大切なんですね。

編集局

手ごわい対話相手もいるのではないですか。

岩崎

スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の認定を受けた高校の生徒が来館して、私の知らないことを質問してきたときは恐怖でした(笑)。素粒子と反粒子について、とか。専門分野ではないと質問に対する回答をその場ではなかなかできません。でも、「私にはわからない」と言ってしまうとコミュニケーションはそこで終わりです。その質問をする意図は何か、その分野と関係する新たな知識でこんなことは伝えられる、など、質問をしてくれた人とコミュニケーションを続けることで、興味関心を深めたり、視野を広げてもらうような努力をします。それがコミュニケーションの腕の見せ所だと思います。

編集局

環境問題に関してのコミュニケーションはいかがでしたか。

岩崎

もともと興味を持っていた生物多様性や気候変動をテーマに、トークイベントや大がかりな市民会議を実施したりしました。また、難しい課題として高レベル放射性廃棄物に関する仕事にも取り組みました。処分場をどうするか日本全体で考えなければいけないのですが、それについて一般の方々に関心をもってもらうのは難しいなと感じていました。

核のゴミの処分については、科学の話よりもむしろ、10万年近くという長期間にわたり放射線という見えない恐怖とどう付き合っていくか、という社会の問題でもありますので、専門家だけではなく社会全体で対話を重ねながら政策を進めていく必要があると強く感じています。

編集局

放射性物質への関心は2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故以来、非常に高まっていますが、基礎的な理解が進んでいない(学校でも詳しくは教えてこられなかった)こともあって、解決の方向性が見えにくい難しい問題になっていますね。

国立環境研究所での初仕事

編集局

岩崎さんは、研究所着任後一か月足らずの4月23日の春の一般公開において、パネルディスカッション「徹底討論—パリ協定でどうなる?どうする?地球温暖化—」の午後の部で、日頃は研究者である江守正多さんが務めるモデレーターの代わりとしてファシリテーションを行いました。こういう役割を躊躇する人は少なくないと思われますが、なぜ、あのように見事にこなせたのか、その理由は何だとお考えですか。

岩崎

でも、私は反省ばかりで、役割を果たせたとは思っていないです。江守さんは科学者なので、専門家の側面ももちながら、他のパネラーの話をきちんと理解して、うまくまとめの言葉を付け足したり、補足したり、かみくだいたり。そのおかげで会場の人たちがより話を聞きやすく、理解しやすくなっていったのではないかと感じています。

私は議論の交通整理とか、司会のような形で場をまわすことはできるんですけれども、科学者ではないので、内容について深めたり、わかりやすくするという、もうワンクッション置くところがなかなかうまくできません。テーマについてもっと勉強して臨むべきだったんですけれど。江守さんみたいに、司会役も見事にこなせる専門家がいると、科学コミュニケーターは、そのうち用がなくなるかもしれません(笑)。

編集局

でも、実際に司会をする岩崎さんを見て、みなさんの考えを整理したりまとめたりする引き出しをたくさんお持ちなんだと感心していました。

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環境をめぐる科学コミュニケーション

編集局

環境問題に関して科学コミュニケーターの役割はどのようなものであるべきとお考えですか。

岩崎

専門的な知見を伝えることについては、専門家ではない私自身には努力しても越えられないハードルがあります。でも、コミュニケーションの意義はただ伝えるだけではなく双方向ということにあると思います。環境問題は生きているみんなが等しくステークホルダーである問題です。科学者のいうことが、単にわかりやすく伝えられてみんなが理解するだけではなく、社会の一人ひとりが、専門家の知見も採り入れつつ、みんなで考えていくようにするのが本当の科学コミュニケーションの目的だと思っています。

専門家はデータなどの素材をもっているので、自分で声を上げることができますが、一般の人たちの考えていることは、なかなか表には出てきません。そういう見えない「声」をうまく引き出して、すべての人が参加できる議論の土台を作っていくようなことが、私の考えているコミュニケーターの役割です。「うまく伝えていく」ことばかりが仕事ではないのです。専門家で「うまく伝える」ことのできる人もいますので、それよりも、社会や一般の人の側の声のインタープリテーションのほうが科学コミュニケーションにおいてはむしろ大事なのではないかと考えています。

編集局

環境省や国立環境研究所の活動は、コミュニケーターの目から見て、一般の人も興味をもつもの、あるいは、理解しやすいものですか。

岩崎

環境省や国立環境研究所が発表する第一線での研究成果や動きなどに直接アクセスすることは、一般の人にとってはかなりハードルが高いと思います。そういう一次情報に、ある程度知識のある人たちがアクセスしてブログなどでブレイクダウンして紹介する。一般の人はまずそこにアクセスするのではないでしょうか。ですので、環境省や国立環境研究所の活動そのものについては、多くの人はあまり身近に感じていないかもしれないですね。

編集局

環境省など行政機関は、みなさんにわかりやすい制度を作り、説明できるようにしなければならないのですが、岩崎さんのようなコミュニケーターの方から見て、今の環境省や国立環境研究所の役割についてどう思われるかお聞きしたいです。たとえば宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙研究のおもしろさについて、「はやぶさ」をはじめとして、子どもの興味を引くなど、かなり上手に広報活動をやっているように見えます。環境問題は宇宙よりもずっと日常的で身近ですが、関心をもってもらえるように伝えることはずっと難しかったりします。

岩崎

未来館に来る子どもたちには、宇宙好き、深海好きがたくさんいます。それに比べると、環境問題に関心のある子どもも一定数いますが、やはり数は少ないと感じました。宇宙や深海などだと、これからまだまだいろいろなことがわかる可能性を秘めていて、研究にロマンがあるというか、ポジティブなんですよね。

編集局

宇宙はまだまだ簡単には経験できない夢やあこがれのようなところがありますが、環境問題は、誰もが経験する現実問題なので、そのあたりは異なる方法論があるのかもしれないですね。

ところで岩崎さんから見て、地球温暖化問題の中で、今、最も気がかりなことは何ですか。

岩崎

「今世紀末までの平均気温上昇を産業革命前と比較して2°C未満に抑える」という目標は達成できるかということです。私は科学者ではないので、二酸化炭素の回収・貯留(CCS)などの新しい技術がどのくらい進んでいて、本当に早い段階で実用化され、役に立つのか、そのあたりの研究動向がわからないのです。

編集局

そういうことを把握している科学者は意外と少ないかもしれませんね。

岩崎

科学コミュニケーターとしては、科学者がどのくらいまでわかっているか、またはわかっていないのかを知りたいということがあります。「不確かさ」をうまく伝えることが一番難しいからです。未来館でいろいろな専門家と接していて感じたのですが、「ここまではわかるけれども、これ以上はわかりません」とはっきり言える人と言えない人がいます。これは私たち自身にも難しいことなのですが、「わからない」ということをはっきりと言える人のほうが信用できると感じました。でも、研究者だからこそ「わからない」とは言えないと考える人もいるでしょう。

編集局

科学は仮説の上に基づいているので、「ここまでは言えるけれども、ここからは言えない」というのは、ある意味あたりまえのことですよね。

岩崎

でも、たぶん、そういうところは一般の人にはわからないので、そういうところをコミュニケーターが媒介してあげられればと思っています。

編集局

岩崎さんのような経験を持つ方と研究所の科学者やスタッフがうまく協力できると、これまでにない双方向コミュニケーションが図れるような気がしてきました。今後が楽しみです。今日はありがとうございました。

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