2016年7月号 [Vol.27 No.4] 通巻第307号 201607_307005

オピニオン UNEP Global Environmental Outlookの舞台裏 〜GEO-5日本語版(上)の勧め〜

  • 社会環境システム研究センター 地域環境影響評価研究室 主任研究員 一ノ瀬俊明

オピニオン

figure

国連環境計画地球環境概観第5次報告書(上) 環境報告研による日本語訳
http://hokokuken.com/geo5.html

国連環境計画(UNEP)は1992年の地球サミットにおける合意(アジェンダ21)にもとづき、1995年に地球環境概況(Global Environment Outlook: GEO)プロジェクトを開始した。これはいわば「地球版環境白書」編纂事業というべきものである。1997年の初版に始まり、1999年にGEO-2000、2002年にGEO-3、2007年にGEO-4、2012年にGEO-5という名のレポートが発行された。筆者はGEO-2000以降、日本国内を含む北東アジア5ヶ国のフォーカルポイントとして、作成過程における取りまとめ業務に参画してきた。

GEOシリーズの編纂は、GEO-3の場合協力センター(CC)と呼ばれる37機関の協力で行われた。ここには中国・国家環境保護総局(SEPA)のような政府環境担当部局のみならず、タイ・アジア工科大学院(AIT)のような大学、日本・国立環境研究所(NIES)のような国立研究機関、国際自然保護連合(IUCN)のような国際機関などが入っている。日本からは筆者が所属するNIESが、韓国、北朝鮮、モンゴル、中国を含む北東アジア全体について、資料収集から分析、執筆までを担当した。またGEO-3より、GEO Data Portal(現在はgeodata.grid.unep.chに移行済み)という電子媒体も副産物として作成されている。これは執筆の基礎データをまとめたものであり、この更新についてもNIESで対応してきた。

GEO-4までは、UNEPからの資金的サポートがほとんど期待できない中で、資料収集、分析、執筆を手弁当で行ってきたが、執筆内容の正確性などの質を一定レベル以上に維持するのは容易ではなかった。国連の出版物として、日本が韓国や北朝鮮(朝鮮大学校の先生にご指導いただいた)の環境について記述するのであり、いうまでもなく細心の注意を必要とする類の執筆であった。加えて実際の執筆においては、UNEPの執筆方針がぎりぎり(重要行事に対し半月前に会議が召集されるため)に決まることなど、様々な局面で後手後手の対応を強いられた。90年代からアジア地域を対象として、GEOに類似した活動を地道に積み上げてきておられる「アジア環境白書」編集委員会の皆様には、国際会合出席やドラフト作成に関して様々なご苦労をいただいたほか、筆者個人が学生アルバイトを組織して力任せに進めざるを得ないタスクもあり、正直なところ提出物の質に対する懸念も残ってしまった。

また、広範なアジア関連環境研究者の協力を得てレビューコメントを提出しているが、都合の悪いと思われる指摘が意図的に無視されたと思われる事例や、発行後に日本国内で記述の問題性が指摘された個所もあったりと、その看板とはかけ離れた危うさも否定できない状況であった。

しかしながら、シリーズを通じ、内容は少しづつ深化してきた。GEO-2000では、アフリカ、アジア・太平洋といった地域ごとの環境現況解説(State of Environment: SoE)が中心であった。またGEO-3では、過去30年間のSoEと政策対応を、土地、森林、生物多様性、淡水問題、沿岸地域及び海洋地域、大気、都市地域、災害といったテーマ別に整理したほか、2032年までの長期展望を、1) 市場優先、2) 政策優先、3) 安全優先、4) 持続可能性優先の4つのシナリオのもとで提示した。さらにGEO-4では、今日の地球上の大気、土地、水、生物多様性の現状とその経済・社会・政治的背景について、1987年からの変化を記載するとともに、問題解決に向けた対策の優先度や、2050年までのシナリオを提示した。

一方GEO-5では、国際合意を得た環境分野の主要90目標の進捗状況を評価し、3部構成でまとめている。第1部では、世界レベルで見た地球環境の現状と傾向を、環境変化の要因、大気・陸・生物多様性・水・化学物質と廃棄物の現状と傾向、地球をシステムとして捉えた視点、データの必要性について再検討した章にわけて説明している。第2部では、地域別に優先的に取り組むべき環境課題を取り上げ、優先課題に対して現在実施されている政策オプションや、成功事例、関連する環境目標について、地域別(アフリカ、アジア・太平洋、ヨーロッパ、中南米・カリブ諸国、北米、および西アジア)に分析し解説している。第3部では世界規模の対応をテーマに、「シナリオと持続可能性への転換」および「地球的対応」の章にわけ、転換的変化とそれを実現する長期政策オプションの可能性を検討し、国際環境目標を達成させ、世界全体が持続可能な発展に向かうための具体的な提言を示している。このような包括的な政策分析が行われたのは、以前のGEOシリーズにはない新たな試みでもあった。

またアジア・太平洋地域についても、重点的な分析が必要な5つの優先課題として、1) 気候変動、2) 生物多様性、3) 淡水、4) 化学物質と廃棄物、5) 環境ガバナンスが選択され、これら5分野において最も重要と考えられ、かつ国際的に合意された環境目標を設定し、分野ごとに政策分析を行っているほか、域内における優先政策を選択し、成功している政策事例、およびその汎用性についての紹介を行っている。

2010年3月下旬にナイロビのUNEPでGEO-5のキックオフ会合が行われ、筆者もこれに参加した。ほぼすべての国連加盟国が代表を派遣しており、従前と違って参加者に手とり足とり細かな説明がなされていた。GEO-4までは段取りが悪く、半年かけるべき作業を2週間でやらされたりと、勝手がわからぬままずいぶん振り回された。地球版の環境白書を作るこの作業にも、IPCCレポートのやり方をきちんと踏襲しようということらしい。アメリカ政府の代表は一人で全体の3割ほど発言時間を占めていた。彼らは、この問題にはとても敏感のようだ。

ここでは、著者選定・執筆・査読プロセスの決定が行われた。4月以降日本国内に幅広く推薦を依頼し、執筆候補者として合計十数名を各章に推薦したが、ふたを開けてみると、人選結果には誰もが納得する著名な方がいる一方で、大丈夫だろうかと思うようなバックグランドの方も選ばれており、IPCCと相似な形で進めることの難しさを思い知らされることとなった。3年の歳月と、約600人の寄与を得て2012年に出版されたGEO-5ではあるが、シリーズに深い関わりを持ってきた筆者は、巻末に評価プロセス寄与者として名前が載っているのみであり、尽力のさなか知らぬ間に梯子を外された印象をぬぐえないが、かつて思い描いた理想により近づいたスタイルで本レポートが世に出たことは、大きな一歩といえるだろう。

2015年秋に環境報告研からGEO-5第1部の日本語訳が出版された。本書は、訳者の並々ならぬご尽力による、同シリーズ初の日本語版である。いつもながら、英語の書物を忠実に訳す場合、その表現には日本人読者の欲するところとの距離感が生じてしまう気がする。その意味では、日本国内向けの噛み砕いた解説書も欲しいところである。なお国連公用語である中国語版、ロシア語版、スペイン語版は、UNEPにより直接翻訳、出版されており、GEO-3については以上のほか、フランス語版とアラビア語版を入手している(UNEPに在庫があれば現在も購入可能)。シリーズの作成過程を垣間見てきた者として、相変わらず「広く浅く」の感は否めないが、地球環境に関する最前線の見解が平易な表現で網羅されているので、資格試験や大学院入試の出題ソースに利用してみるのもよいと思う。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP