2016年6月号 [Vol.27 No.3] 通巻第306号 201606_306001

雷雨とともに幕を開けたインドネシアでの温室効果ガス観測

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 西橋政秀

地球環境研究センター(CGER)炭素循環研究室では、二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism: JCM)事業に基づく温室効果ガスの排出削減効果を、大気の連続観測から精度よく推定するための技術開発を目的として、温室効果ガスの地上観測システムの開発および運用を行っています。JCMとは我が国が途上国に対して優れた低炭素技術や製品、システム、サービス、インフラ等を普及させ、それによって実現された温室効果ガスの排出削減・吸収への日本の貢献を定量的に評価し、日本の削減目標の達成に活用するための制度です。またこの制度により、地球規模での温室効果ガスの排出削減・吸収行動の促進が期待されています。2016年4月現在、日本はインドネシア、モンゴル、バングラデシュ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーなど16か国とJCMを構築しています。特にインドネシアは急速な経済成長による人為起源汚染物質の増加が問題となっており、JCMに対する関心度も高く、JCM実施国の中で最も多い5件のプロジェクト(例えば、工場内空調設備を二酸化炭素排出量の少ない省エネ型に転換するなど)が登録されています。

我々はそのインドネシアにおいて、温室効果ガスおよびそれに関連する大気汚染物質の濃度変動を長期間連続的に観測するため、観測地点選定を目的とした現地調査および現地研究機関との調整を2014年度末から進めてきました。特に都市部における人為起源の排出にターゲットを絞り、首都ジャカルタ近郊のスルポンとボゴールの都市域、およびボゴール近郊チブルムの山岳地域の計3か所(図)に観測システムを設置することを計画し、そのうちの1か所であるボゴール農科大学(Institut Pertanian Bogor: IPB)東南アジア太平洋気候変動リスク管理センター(Center for Climate Risk and Opportunity Management in Southeast Asia Pacific: CCROM)と観測実施のための共同研究協定を2015年11月13日に締結しました(http://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2015/151118.html)。国立環境研究所(NIES)とIPBの間には2014年6月に包括的な研究協力協定(Memorandum of Understanding: MoU)が取り交わされているため、正確にはIPB/CCROMとの大気観測およびそのデータ解析を主軸とした共同研究の実施協議書(Project Agreement)に署名する形となりました。この署名は第21回アジア太平洋統合評価モデル(AIM)国際ワークショップへの出席のためにNIESを訪問されていたIPB/CCROMのリザルディ・ボアー所長と、当研究室の室長でもある向井人史センター長により、NIESの地球温暖化研究棟で行われました(写真1)。

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写真1共同研究の実施協議書に署名したリザルディ・ボアー IPB/CCROM所長(右)と向井人史 NIES/CGERセンター長(左)

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観測システム設置場所(ボゴールは今回設置、他の2か所は今後設置予定)

またインドネシアに設置する大気観測システムの開発およびNIESでの動作試験、データ監視・リモートコントロール方法などの検討を急ピッチで進めました。現地での観測システム稼働時と同様の動作環境をNIESに構築し、通信・制御プログラム等の開発を行いながら動作確認を進め、システム全体がエラーなく動作するように調整を重ねました。本システムは主要観測機器だけでなく、システムを構成するポンプやバルブなどの周辺機器もトータルで制御・状態監視をリモートでできるように設計した点が大きな特徴です。特に日本と比べて電源や通信回線が不安定なインドネシアでも正常に動作するように、停電対策や通信制御手法の選択には最大限の注意を払いました。また各機器に不具合が発生した場合でも観測が長期間停止しないように、可能な限り機器の冗長化を図るとともに、異常発生時には電子メールで関係者に通知される機能を実装しました。

上記のシステム開発と並行して、観測機器のインドネシアへの輸送手続きを進めました。インドネシアは海外からの輸入に対する規制が大変厳しいのですが、なんとか2016年3月上旬に現地へ輸送することができたため、すぐに向井センター長、寺尾主任研究員、勝又高度技能専門員、西橋、および観測システムの制御機器を開発している紀本電子工業株式会社の技術者(村田氏)の計5名が現地に向かい、設置作業を行いました。インドネシアへの観測システムの輸送・設置は今回が初めてなので、温室効果ガス観測の中核をなす二酸化炭素/メタン/水分アナライザー(PICARRO社製G2301)とそれを動作させるために必要な除湿装置等の機器、および観測システム全体の基盤的な機器(観測システム制御装置、電源装置、通信機器)とそれらを機能的に設置するためのラック等、必要最小限の機器を輸送、設置しました。設置場所はIPBキャンパス内の給水施設(写真2)で、観測システムを構成する主要機器類をその中の1室に(写真3)、また大気採取口(インレット)(写真4, 5)を給水施設屋上の通信アンテナ用タワーの上部(地上約35m)に、現地の工事業者に依頼して取り付けました(写真6, 7, 8, 9, 10, 11)。他に、気象センサーおよび高精度時刻データ取得用のGPSアンテナを給水施設屋上に設置しました。

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写真2観測システムを設置したIPBキャンパス内の給水施設

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写真3給水施設内に設置した観測システム機器の外観

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写真4, 5大気採取口(インレット)の外観(上)およびインレットへの配管作業(下)

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写真6, 7給水施設屋上の通信アンテナ用タワーへのインレット設置作業

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写真8, 9, 10, 11タワーへ設置されたインレット

観測機器の設置作業と同時に、NIESからリモートコントロールおよびデータ転送が可能となるように通信ネットワークの構築作業を行いました(写真12)。海外との通信ということもあり、両拠点間の通信路のセキュリティ確保が重要であるため、IPsec(Security Architecture for Internet Protocol)を用いた仮想プライベートネットワーク(Virtual Private Network: VPN)を構築しました。IPsecはVPNを構築する上で広く利用されている、インターネット上で暗号通信を行うための手順の一つです。現地のインターネット接続には、IPB/CCROMに最近導入された光回線を利用することができたため、通信速度および安定性は全く問題ないレベルであることが確認できました。

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写真12IPB/CCROMのスタッフによる通信回線の配線作業

設置作業を行った5日間は毎日午後になると熱帯特有の激しい雷雨に見舞われ、屋外作業を一時中断せざるを得ないこともありましたが、IPB/CCROMのリザルディ・ボアー所長をはじめとしたスタッフの方々のご協力のおかげで、3月14日に初期観測を無事にスタートさせることができました(写真13, 14, 15, 16)。現在、NIESから通信遅延のストレスなくリアルタイムで現地の観測状況を監視することができています。

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写真13, 14観測システム制御用モニター(上)および観測データモニター(下)(CGERに設置したリモートコントロール用PCにおいて、これと同じ画面を表示、操作することができます)

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写真15, 16IPB/CCROMのスタッフの方々とともに

今後、輸送の準備が整い次第、他の観測機器も輸送し、現在の二酸化炭素、メタンに加えて、一酸化炭素、オゾン、窒素酸化物、二酸化硫黄、エアロゾルの連続観測および大気の定期的なボトルサンプリングを行うシステムを構築し、大気観測システムを完成させる予定です。またIPB/CCROMだけでなく、他の2か所でも同様の設置作業を進め、インドネシア3か所での長期にわたる連続観測を実施することにより、インドネシアでの温室効果ガスおよびそれに関連する大気汚染物質の実態を明らかにしていきたいと考えています。

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