2016年6月号 [Vol.27 No.3] 通巻第306号 201606_306003

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 13 大気中の酸素が減っているって本当? 安心してください、ちゃんと測っています!

  • 環境計測研究センター 動態化学研究室長 遠嶋康徳

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

1. CO2が増えると……酸素が減る!

大気に含まれる二酸化炭素(CO2)の量が徐々に増加し、地球が温暖化しつつあるということはご存知のことと思います。CO2増加の主な原因は人類が化石燃料を大量に消費していることにあります。化石燃料を燃焼させて電気などのエネルギーを取り出したり、車や飛行機の動力源として利用したりすることで私たちは豊かな生活を送っています。しかし、一方で燃焼により放出されたCO2は大気に蓄積し地球の気候を変えつつあるのです。

ところで、化石燃料の燃焼の際にはCO2の生成と同時に大気中の酸素が消費されているはずです。そうなると、大気中の酸素濃度は減少している可能性があります。それではどのくらいの酸素が消費されているのでしょうか?

米国エネルギー省の二酸化炭素情報分析センター(CDIAC)によると、2010年に全世界で消費された化石燃料の総量は炭素量換算で91.4億トンと推定されています。これだけの量の化石燃料が完全に燃焼してCO2になったとすると、大気中のCO2を4.3ppm(ppmは濃度の単位で、1ppmは空気分子100万個あたり1個の割合という意味です。詳しくは5節を参照ください)押し上げることになります。一方、化石燃料の燃焼でCO2が1分子生成するのに対してどれだけの酸素が消費されるかは化石燃料の種類によって異なるのですが、すべての化石燃料を平均すると約1.4倍の酸素が消費されます。したがって、約6ppm(≒ 4.3ppm × 1.4)分の大気中の酸素が消費されることになります。

現実の大気中の酸素やCO2の濃度変化は化石燃料の燃焼だけで決まるわけではなく、海洋や陸上生物圏からの放出・吸収も影響します。しかし、その影響は限定的で、いずれにせよ大気中の酸素濃度はppmレベル減少していると考えられます。

2. どうやって測定するか?

ところで、大気に含まれる酸素の濃度は約21%です。これはppmという単位で表すと210000ppmとなります。前節で議論したように大気中の酸素濃度の減少量を正確に測定するためには1ppm程度の精度が要求されるので、0.0005%(= 1 ÷ 210000 × 100)の精度が必要になります。大気中の酸素が減少している可能性については1970年代にも議論され、実際に観測が試みられたことがありました。しかし、当時は濃度変化を検出することはできませんでした。

この状況を打破したのが、米国のラルフ・キーリングです。余談ですが彼の父親は、ハワイのマウナロアにおいて世界で最初に大気中のCO2濃度の増加を観測したチャールズ・キーリングです。彼はハーバード大学の博士課程で大気の酸素濃度の変動を検出する方法の開発に挑戦し、それを実現しました。その方法はかなりユニークなもので、酸素濃度の違いが空気中の光の屈折率に影響することに着目し、参照空気と試料空気の屈折率の違いを干渉計によって測定し、参照空気からの濃度の違いを高精度で求めるというものでした。そして、実際に大気中酸素濃度が減少していることを観測から世界で初めて明らかにしたのです。

キーリング氏の成功の後、その他の測定原理に基づく大気酸素測定方法がいくつか開発され、大気観測に応用されてきました。いずれの方法でも試料空気と参照空気を同時、または交互に測定することで両者の酸素濃度の違いを精密に測定しています。国立環境研究所(以下、国環研)でもガスクロマトグラフィー(GC)の原理を用いて空気中の酸素と窒素を分離し、それぞれを熱伝導度検出器(TCD)で検出し、酸素/窒素比の違いとして酸素濃度の変動を測定する方法(GC/TCD法)を独自に開発しました(図1)。この方法では、高精度の分析を実現するため、温度や圧力変化の影響をできるだけ受けないよう工夫がされています。図2に国環研の落石モニタリングステーションにおいてフラスコサンプリングされた大気試料のCO2と酸素濃度の分析結果を示します(なお、酸素については濃度変化量をppm単位でプロットしていますが(左y軸)、右y軸のper megという単位で表すのが正しい表示です。詳しくは5節を参照して下さい)。一見してわかるとおり、CO2が増加しているのに対し酸素は減少しています。図に示した期間で平均すると、CO2は年間2.1ppmの割合で増加し、酸素濃度は年間4.2ppmの割合で減少していることがわかりました。

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図1ガスクロマトグラフィー + 熱伝導度検出器(GC/TCD)法による大気中の酸素濃度(酸素/窒素比)の測定法の概略図

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図2落石岬で観測された大気中の酸素濃度およびCO2濃度の変化。酸素濃度にも経年変化と季節変化を見ることができる。酸素濃度はある基準からの変化としてプロットされており、左y軸にppm単位が表示されているが、正しくは右y軸のper meg単位を用いる(5節参照)

ところで、CO2と酸素濃度には経年変化だけではなく季節変化も見られますが、CO2が冬に高く夏に低くなるのに対し、酸素は逆に冬に低く夏に高くなる季節変動を示します。これは陸上の生物圏(森林など)が秋から冬にかけて呼吸が光合成を上回るためCO2を放出(酸素を吸収)し、春から夏にかけて光合成が呼吸を上回るためCO2を吸収(酸素を放出)することを反映したものです。

3. 酸素濃度の低下は問題か?

大気中の酸素濃度は減少しているのですが、それは問題ではないのでしょうか? 仮に現在の減少率が続くとすると、およそ5万年後には大気中の酸素濃度がゼロになってしまいます!? もちろん、その前に人間は生きてゆけなくなるのですが、例えば息苦しさを感じる18%まで減少するにもおよそ5000年程度かかります。ですから、当分は問題ありません。

昨年末にパリで開催されたCOP21では産業革命以前からの地球の平均気温の上昇を2°C未満に抑えようという「パリ協定」が採択されました。この目標を達成するために、今世紀後半には温室効果ガスの排出量をゼロにする必要があるとされています。気候モデル研究によると、2100年のCO2濃度が600ppmに達するとすると、気温上昇を2°C未満に抑えることがかなりの確率で難しくなるとされています(ここでは説明を簡略化するために、温室効果ガスはすべてCO2であると考え、CO2の回収・貯蔵などは考えないとします)。現時点での大気中のCO2濃度は約400ppmですから、600ppmまで、残り200ppmの余裕しかありません。化石燃料起源のCO2の半分を海洋や陸上生物圏が吸収してくれるとしても、排出できる量は400ppm分です。このとき、CO2排出量と酸素消費量の関係を考慮すると酸素消費量は(化石燃料の種類に依存するCO2と酸素の比が1.4よりやや大きくなったとしても)せいぜい600ppmです。しかし、600ppm減少しても現在の21%の酸素濃度が20.9%になるだけで、おそらく気づく人はほとんどいないでしょう。酸素減少の影響よりも、温暖化の問題の方が喫緊の課題といえます。

4. 酸素の変化を測定することに何の意味があるのか?

大気中の酸素が実際に減っていること、また、減ってはいるが当分は問題ないことがわかったところで、それでは酸素濃度を測定することにどのような意味があるのでしょうか? 実は、大気中のCO2と同時に酸素を観測することでグローバルなCO2の収支を推定することができるのです。酸素濃度の減少速度は化石燃料の燃焼による消費量と陸上生物圏からの酸素放出量で決まります(正確には、海洋から放出される酸素量も考慮する必要があるのですが、ここでは簡単のため省略します)。一方、化石燃料の燃焼による酸素の消費量はエネルギー統計から計算することができます。そこで、大気中の酸素濃度の減少量を観測から正確に求めることができれば、陸上生物圏からの酸素放出量、つまり陸域生物圏の正味のCO2吸収量を求めることができるのです。詳しくは、国環研ニュース25巻の記事「大気中の酸素濃度の変動から二酸化炭素の行方を探る」(http://www.nies.go.jp/kanko/news/25/25-3/25-3-04.html)をご覧下さい。

5. 酸素濃度の変化をどのように表すか?

さて、これまではあまり深く考えずに酸素濃度を%やppmという単位を使って表してきました。しかし、厳密にいうと、酸素という大気中の「主成分」の濃度変化を表す場合には、かなり厄介な問題があります。

一般に、大気成分の濃度を表すには空気を構成する全分子に対する混合比が用いられます。CO2の場合であれば、空気を構成する全分子数に対するCO2の分子数の割合(CO2分子数 ÷ 空気の全分子数)のことです。仮に、容器の中に空気分子が100万個ありそのうち400個がCO2とすると、CO2の混合比は 400 ÷ 1000000 = 0.0004 となります。でも、これでは値が小さすぎて不便なので、100万倍して400ppmと表記します。ppmはparts per millionを省略したもので百万分の一であることを表します。さて酸素ですが、先ほどの百万個の空気分子のうちきっちり20万個が空気分子とすると、その混合比は200000ppmとなります。ここまでは何の問題もありません。

それでは、この百万個の空気分子にCO2を1分子加えた場合と、酸素を1分子加えた場合のそれぞれについて濃度変化を比べてみましょう(図3)。まずCO2の場合ですが、CO2は401個、空気の全分子数は1000001個になるので、CO2濃度は 401 ÷ 1000001 × 1000000 ≒ 401.0ppm となり、予想通り1ppm増加しています。ところが、酸素の場合を計算すると、200001 ÷ 1000001 × 1000000 ≒ 200000.8ppm となり、0.8ppmしか増加していないことになります! 0.2ppmはどこに消えたのでしょう? さらに、CO2を1分子加えた場合の酸素濃度も0.2ppm減少しています(200000 ÷ 1000001 × 1000000 ≒ 199999.8ppm)。この減少分は空気分子の総分子数が変化したため、つまり割り算の分母の数がわずかに増えたために生じた濃度減少で、希釈効果とも呼ばれます。

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図3大気中のCO2と酸素の濃度変化の説明 [クリックで拡大]

このように、大気主成分である酸素の濃度変化を混合比で表示するとかなり混乱を招く結果になります。そこで考え出されたのが酸素と窒素の比の変化として酸素濃度の変動を表す方法です。大気中の窒素はほとんど変化しないことに着目し、次の式で表されるように、試料空気と参照空気の酸素/窒素比の偏差の百万分率として酸素濃度の変化を表すのです。

これをper meg(パーメグ)という単位で表し、4.8per megが微量成分の1ppm、もしくは空気分子の総数を一定にした場合の濃度1ppmに相当することになります。なお、本稿ではこれまで酸素濃度をppmで表示してきましたが、混乱を避けるためにいずれも空気総数を一定にした場合の濃度変化として示してきました。

6. 山積する問題

酸素濃度の変化を観測するということは、大気の主成分である酸素濃度のわずかな変化を正確に測定するということで、微量気体の測定の場合とは違った難しさがあります。例えば、参照空気には高圧ボンベに充填された乾燥空気を用いますが、高圧ボンベの温度・圧力が均一でないとボンベ内部の酸素濃度の分布も不均一となり、ボンベから取り出す空気の酸素濃度が変化してしまうという問題があります。ボンベは通常床に縦置きにして使うのですが、ボンベ内の空気自体の重さの影響や、室内温度より床の温度の方が低いことで、ボンベの底ほど圧力が高く、温度が低くなります。空気中の酸素は高圧・低温部に濃集する傾向があるのでボンベの底の酸素濃度が高くなり、ボンベから取り出す空気の酸素濃度は低くなるという問題が生じます。こうした問題を避けるために、高圧ボンベは断熱された棚に横置きにして使う必要があるとされています(写真)。

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写真国環研で酸素濃度測定に用いられている参照空気が充填されたボンベ。ボンベは断熱された棚に横置きされている

ボンベの設置方法以外にも、大気試料を採取してから分析するまでのプロセスに酸素濃度測定に影響する様々な可能性があり、それらに対処しながら精密な観測を実施しています。しかし、酸素観測を実施するうえでの最大の問題は、濃度変化を正確に測定するための絶対的な基準が存在しないということです。CO2の場合は、絶対濃度測定や、質量測定に基づく標準ガスの調製が可能で、ppm以下の精度で 濃度を決定するこができます。

ところが、酸素の場合はppmレベルで絶対濃度を測定する方法や標準ガスを作る方法は現時点では確立されていません。大気酸素を測定している各研究機関は乾燥させた実空気をボンベに充填し、それを基準としてそれからの濃度変化を測定しているのが現状です。そして、酸素濃度が変化していないことを確認するために、乾燥空気を充填したボンベを複数用意し、それぞれの酸素濃度の値が変化しないかを調べることで長期的な濃度基準を保っています。問題は、酸素はCO2等と比べて反応性が高く、例えば高圧ガスボンベの内面の酸化反応で減少する可能性を否定できないことです。したがって、絶対的な基準をどのように作り出すかということが今後の大きな課題となっています。

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