2015年9月号 [Vol.26 No.6] 通巻第298号 201509_298003

絶滅危惧種ライチョウの衣食住から考える —温暖化が高山生態系に与える影響—

  • 地球温暖化観測推進事務局/環境省・気象庁
    地球環境研究センター 高度技能専門員 水沼登志恵

1. はじめに

2015年6月、国の特別天然記念物「ニホンライチョウ」の卵が長野・岐阜県境の乗鞍岳から上野動物園と富山市ファミリーパークに運ばれ、「ライチョウ保護増殖事業計画[1]」に基づく国を挙げての人工孵化が初めて実現しました。本州中部の高山帯に棲むニホンライチョウ(以下、ライチョウ)は野生での絶滅の危険性が高いとされ、その生息を脅かす要因の一つとして地球温暖化による営巣環境や高山植生への影響があげられています。寒冷で厳しい自然環境下にある高山生態系は温暖化に対し脆弱で、すでに国内外で高山帯特有の生物の生息数減少や分布域縮小などの影響が報告されています。ここでは、ライチョウの生活とその衣食住を通して日本の高山帯の植生を紹介し、温暖化が高山生態系にどのような影響を与えるのか考えます。

2. 高山でのライチョウの生活と衣食住

ライチョウの棲む北アルプスや南アルプスの山々では、標高が上がるにつれてシラビソ、オオシラビソなど針葉樹が多くみられる亜高山帯となります。亜高山帯の上限付近には高木(高さ3m以上の木本)が森林を形成することのできる限界(森林限界)があり、その付近では広葉樹のダケカンバ、ミヤマハンノキなどの低木林も見られます。さらに登ると高木はなくなり、背の低いハイマツが地面を覆うハイマツ帯、草地や岩場となります(高山帯)。日本の高山帯は積雪量の多いことが特徴であり、頂上付近や尾根筋など風が強く雪が積もりにくい場所(風衝地)と比較的風が弱く雪が吹きだまる場所(雪田)で植物の種類や生長する時期が異なります。

ライチョウは高山帯から亜高山帯の間で季節ごとに採餌や営巣に適した場所へと住まいを移すという特徴があります [参考文献1](図)。雪の季節になると厳しい寒さの高山帯を避けて山を下り、亜高山帯付近で越冬します。夜は雪の中に掘った雪穴に潜って眠り、昼も天敵から身を守るため雪穴で休息します。春が来て風衝地から雪解けが始まると、雄は高い岩場へと移動してなわばりを争います。雌はなわばりを持った雄とつがいになり、背の低いハイマツの中に巣を作って6月頃に産卵します。雛は雌に育てられ、初雪の頃には親と同じくらいの大きさまで成長して独立します。

私達が季節に合わせて衣服を替えるようにライチョウも羽毛の衣替えをします。山が雪に覆われる冬は雪と同じ白い冬羽、夏の繁殖期には雄が黒っぽくメスは茶褐色の岩や高山植物の間で目立たない夏羽、そして秋には周囲の紅葉に合わせて雌雄とも黒褐色の秋羽に換わります。換羽は温度を調節する役割に加え、季節ごとの生息域の環境に合わせて猛禽類などの天敵からの攻撃を避ける保護色の役割を持っています。

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ライチョウの一年 [クリックで拡大]

ライチョウは主に草食で、亜高山帯、風衝地、雪田、ハイマツ帯でその季節に生育する植物の芽、花、葉、実などを餌としています。冬の間は雪の上に出たダケカンバなどの冬芽を食べ、春には風衝地に現れたガンコウラン、コケモモなどを食べます。雛は雪解けを待って顔を出すクロマメノキ、ミヤマキンバイなど雪田植物の柔らかい芽を生まれてすぐについばみ始めます。夏の後半からは果実を好み、秋にはハイマツの実も食べます。

3. 温暖化の高山生態系への影響

温暖化は高山の生態系そしてライチョウの生活にどのような影響をあたえるのでしょうか。高い山では標高が上がるにつれて気温がある割合で低下し(気温減率)、中緯度の平均的な大気の状態では100m上がるごとに約0.65°C低くなります。温暖化により平均気温が1°C上昇すると、これまでと同じ気温の場所は標高が約150m高い位置に移動すると想定されます。2°C上昇なら約300m、4°C上昇なら約600mになります。そこで、高山や亜高山の動植物は生育に適した場所を求めてより標高の高い所へ移動すると考えられます。アメリカ西部の岩場に棲むナキウサギは標高の低い生息地で夏の日中に採食を止める様子が観察されていましたが、1930年代に生息していた地点で1990年代に再調査を行ったところ、標高の低い地点では生息数に著しい減少が見られました [参考文献2]。真夏にライチョウが雪渓で涼んでいるようみえることがありますが、ライチョウがどの程度の高温ストレスを受けているのかは詳しくわかっていません。青森県の八甲田山では亜高山帯針葉樹林のオオシラビソが低標高で減少し、高標高で増加して、高い方向への移動が見られています [参考文献3]。しかし、より標高が高い場所で生育している植物が移動する場合、岩場付近には植物が根付く土壌が少ない上、標高の低い山ではそれ以上標高の高い場所がほとんどないという場合もあり得ます。このため、森林限界の上昇はライチョウの営巣に適したハイマツ帯や餌となる高山植物群落の面積の縮小につながることが予想されます。

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写真1立山の雪渓を歩くライチョウの親子(剣沢小屋付近で中川峻太郎氏撮影)

さらに、温暖化による積雪量の減少や融雪期間の短縮は雪田や高層湿原の植生を変化させます。北海道の大雪山五色ヶ原では雪解けが早まって土壌が乾燥し、湿原にチシマザサが入り込んで、エゾノハクサンイチゲのお花畑の衰退が見られています [参考文献4]。環境省のモニタリングサイト1000[2]による植生調査ではハイマツの枝の伸長量は前年夏の気温に比例した経年的な増加傾向が見られていますが、一方で、春の雪解けの早まりにより遅霜によるハイマツの枝枯れも報告されています [参考文献4]。積雪量の減少は雪による断熱効果を低下させ、高山植物の凍害のリスクも増すと考えられています。

また、温度環境の変化に対する応答は種によって異なるため、花と昆虫の共生関係といった生物間の相互作用に問題が生じます。北海道の大雪山では高山植物の開花期が早まっていますが、花粉を媒介する昆虫のマルハナバチの出現は早まっておらず、マルハナバチが羽化したときには花期が終わっていました [参考文献4]。ライチョウの場合も雛が孵ったとき餌となる若芽の時期が過ぎていたり、換羽と積雪の時期にずれが生じ、羽が保護色の機能を果たさないといった状況が起こり得ます。

地球環境研究センターでは山小屋などの協力を得て2009年度から日本国内の高山帯に定点カメラを設置し、高山生態系の融雪・積雪過程および植生の季節変化の温暖化による影響を調べています[3](写真2)。連続撮影した画像を自動解析するアルゴリズムを使って比較した結果、融雪過程が植生の活動時期や分布を規定するという知見が広範囲で裏付けられ、また、消雪の時期や速度、それによる植生の活動時期が年によって大きく異なることがわかってきました [参考文献5]。高山の積雪域の変化、ハイマツや高山植物の分布域の変化、および葉の色の変化からわかる霜害・凍害の発生状況などを、継続的にモニタリングをしていくことが重要です。また、定点カメラによる広範囲の高山モニタリングは将来、ライチョウの飼育個体を野生復帰させる際の適地選定にも役立つと思われます。

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写真2室堂山荘から立山を定点カメラで撮影した画像

4. おわりに

ライチョウは複雑な高山の生態系に適応して氷河期から生き延びてきましたが、温暖化による高山生態系への影響はその生息環境を脅かしています。産業革命以降の気温上昇を2°C以下に抑えるいわゆる「2°C目標」の達成はもはや難しいとの声も聞かれますが[4]、この目標達成の成否にその生き残りが左右される生物がいることを忘れずに努力を続けたいものです。

脚注

  1. ライチョウ生息域外保全実施計画の策定についての報道発表
    http://www.env.go.jp/press/18936-print.html
  2. モニタリングサイト1000で長期観測が行われている高山帯の生態系
    http://www.biodic.go.jp/moni1000/alpine.html
  3. 高山帯の温暖化影響モニタリング(リアルタイム画像を含む連続撮影画像を提供)
    http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/
  4. 加藤悦史「Global Carbon Budget 2012 —広がり続ける2°C目標へ向けた排出経路とのギャップ—」地球環境研究センターニュース2013年6月号

参考文献

  1. 中村浩志 (2009) ライチョウ. 増沢武弘(編) 高山植物学—高山環境と植物の総合科学—. 共立出版, 394-414.
  2. Parmesan, C. (2006). Ecological and evolutionary responses to recent climate change. Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics, 637-669.
  3. 田中孝尚・嶋崎仁哉・黒川紘子・彦坂幸毅・中静透 (2014) 気候変動が森林動態に与える影響と将来予測:八甲田山のオオシラビソを例として. 地球環境, 19(1), 47-55.
  4. 工藤岳 (2014) 気候変動下での山岳生態系のモニタリングの意義とその方向性. 地球環境, 19(1), 3-11.
  5. 小熊宏之・井手玲子 (2014) 自動撮影カメラを用いた高山植生の季節性のモニタリング. 地球環境, 19(1), 79-86.

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