2012年8月号 [Vol.23 No.5] 通巻第261号 201208_261004
ベトナムの低炭素社会実現に向けて:ベトナム低炭素社会(LCS)ワークショップ開催報告
1. はじめに
国立環境研究所(以下、国環研)と京都大学は、アジア太平洋統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM)を用い、アジア各国・地域を対象とした低炭素社会実現のためのシナリオを国内外の研究機関と共に開発し、その成果の実装に向けた取り組みを行っている。ベトナムにおいては、2009年から2010年にかけて準備調査を行った後、ベトナム政府天然資源環境省所管の天然資源・環境戦略研究所(Institute of Strategy and Policy on Natural Resources and Environment: ISPONRE)、気象水文環境研究所(Institute of Meteorology, Hydrology, and Environment: IMHEN)、ベトナム水資源大学(Water Resources University)と共同研究を行い、“A low Carbon Society (LCS) Development Towards 2030 in Vietnam” というベトナム低炭素シナリオ研究を取りまとめた。そこで、国環研と京都大学は、2012年5月31日に、ベトナム・ハノイにおいて、ISPONRE、JICAベトナム事務所、地球環境戦略研究機関(IGES)/低炭素社会国際ネットワーク(LCS-RNet)の協力を得て、「ベトナムの低炭素社会ワークショップ」を開催した。本ワークショップの開催目的は、ベトナムで持続可能な低炭素社会実現に向けた活動に関心のある機関の関係者を一堂に集め、上記ベトナム低炭素シナリオ研究の成果発表を行い、本研究の有用性、および課題に関する率直な意見をうかがいながら、ベトナム低炭素社会シナリオ研究成果の汎用性を高めることであった。本ワークショップでは、(1) ベトナムの国家気候変動戦略の進捗報告、(2) グリーン成長戦略最終ドラフトの紹介[1]、(3) ベトナムLCS開発シナリオの研究成果報告、(4) 低炭素アジア研究リサーチネットワーク(LoCARNet)の紹介[2]と三つのプレゼンテーションの後、全体パネルディスカッションを行った。本ワークショップは、ベトナムからの出席者に幅広く知見を紹介、課題を認識してもらうために、ベトナム語と英語の同時通訳、および、英語とベトナム語両方の発表スライドを用意した。本ワークシヨップには、ベトナム政府機関や、援助機関、大学の研究者やNGO等70名の出席があった。以下にベトナムLCSシナリオ開発研究の概要、および、本ワークショップの全体ディスカッション中に議論されたことを報告する。なお、本ワークショップ中の発表については、http://2050.nies.go.jp/sympo/120531/index.htmlを参照されたい。
2. ベトナムLCSシナリオ開発研究
ISPONREのNguyen Tung Lam統合研究局長が、国環研、京都大学、IMHEN、Water Resources Universityと協働で取り組んだベトナムLCSシナリオ開発研究の成果発表を行い、ベトナムが国家気候変動戦略や、グリーン成長で掲げた目標を評価しながら、低炭素社会を築いていくために有効な施策について、AIMモデルに基づいた計算結果を踏まえて紹介した。
本研究では、2030年までの社会・経済シナリオを描きながら、エネルギー分野と農業・森林・他の土地利用分野の温室効果ガス排出量とその削減に向けたオプションが検討されている。計算結果によると、このまま削減対策が実施されなければ、ベトナムの温室効果ガス(GHG)排出量は、2030年には2005年比の4倍に増えることが予測された。それに対し、2030年までに各分野で対策を行うシナリオを採用し実際に削減対策に取り組むと、削減対策を行わない成り行きシナリオと比べ、2030年までに36%GHGを削減できる。特に、農業分野及び土地利用・土地利用変化及び林業分野では、米の成長時期に応じた灌漑・排水用水の管理(Mid-season drainage)、保護地域の森林保全、エネルギー分野では、燃料転換とエネルギー効率の改善が最も有効な取り組みであることが紹介された。本研究成果を取りまとめた冊子は参加者全員に配布された。
3. 全体パネルディスカッション
全体パネルディスカッションでは、ベトナムにおいて、中長期的視点から実践的な低炭素社会政策を策定するためにどのような研究が必要か、また、今後どのような研究成果を提示すれば、ベトナムが低炭素社会実現に向けた取り組みを推進しやすくなるかを議論した。パネリストには、ベトナム政府側から、本ワークショップの総合司会を務めたISPONREのNguyen The Chinh審議官、計画投資省(MPI)のNguyen Thi Dieu Trinh氏が、日本側からは、京都大学工学研究科の松岡譲教授、IGES研究顧問、およびLCS-RNet事務局長の西岡秀三教授、環境省からJICAベトナム事務所に出向している辻原浩氏が登壇した。パネルディスカッションのモデレーターは、国環研社会環境システム研究センターの藤野純一主任研究員が務めた。
本パネルディスカッションでは、ベトナムLCSシナリオ研究に対するコメントや、その研究の中で用いられているAIMに期待を寄せるコメントを多く頂いた。まず、AIMがベトナムのグリーン成長戦略をどう支援するのかという質問を頂いた。上記の質問に対し、京都大学の松岡教授が、まず、AIMの役割について触れた。AIMはマクロレベルの経済モデル(CGE)とミクロレベルの技術選択モデル(Enduse)両方から分析し、根拠を提示していることが特徴で、コスト効率的で実現可能な政策オプションを提示することを目指している。しかし、AIMの計算結果は政策オプションを検討するための第1ステップであることから、計算結果をもとに現地の政策決定者や研究者等と継続的に議論を行い、さらに分析を深めていく必要があると回答した。
環境省からJICAベトナム事務所に出向している辻原浩氏からは、AIMは、ベトナムが自国の社会・経済的発展のために、適切なエネルギーを選択し、中長期的にどのような方向に進むべきかシミュレーションをするのに役立つとアドバイスした。
ISPONREのNguyen The Chinh審議官は、ベトナムで低炭素社会を構築するには、まず、持続可能な開発に向けたマクロ経済を安定化させる必要があることから、貧困削減対策と低炭素開発戦略を共に推進することができる特化した研究が必要であることを強調した。さらに、明確なシナリオを策定し、低炭素成長を目指すための投資を行っていく上で、ベトナムにとってのコストベネフィットは何かを把握し、トレードオフを可能にしなければならないことを強調した。
ベトナムグリーン成長に関するプレゼンテーションをしたMPIのNguyen Thi Dieu Trinh氏は、グリーン成長に関するコンセプトが多数あり、ベトナムにとって何がグリーンで、このコンセプトのもとで何が新しいのか、明確にする必要があることについて触れた。その上で、AIMおよび、AIMを用いたベトナムLCSシナリオ研究は、これらを吟味するうえで参考になり、モニタリングにもつながるデータベースを整備する際にも役立つとコメントした。また、本LCSシナリオ研究の結果は、ベトナムの国家気候変動戦略、および、グリーン成長戦略で定めた目標を評価するのにも大変重要な指標になると期待を込めた。さらに、ベトナムLCSシナリオを参考にしながら低炭素開発を進め、グリーン成長を達成していく上で、どのように実行力のある法制システムを構築していく必要があるかを吟味していくことも重要であることを述べた。ただし、アジア開発銀行(ADB)の取り組みも含め、たくさんの研究が異なるアプローチを用いて実施していることから、それらの成果をレビューしてベトナムにとって最適なアプローチを選ばなければならないことについても強調し、AIMをどのように活用していくかについても多様な関係者が議論していく必要があるとコメントをした。最後に、ベトナムのグリーン成長戦略は、今やどうやって実施していくか、具体的なアクションについて議論し、実施に移していかなければならないことを強調した。
会場からは、ベトナム政府機関の研究員が、ベトナムが低炭素社会を目指すには、意識改革を通じ、ベトナムの社会全体のキャパシティを構築していく必要があるとコメントした。また、その際は、対象ごとに明確なテーマとトピックを提示することが必要であると述べた。さらに、ベトナムが最適なエネルギーを選択することで、温室効果ガスの削減にも寄与できるようなメカニズムを構築するには、研究を通じ、政策決定者自らがベトナムの抱えるエネルギー問題と社会構造について的確に対応できるように促す必要があることについても強調した。
4. おわりに
ベトナムの低炭素社会の実現に向けて必要とされる研究について、ベトナムからのパネリストや会場からの意見では、マクロレベルとミクロレベルの研究を共に強化させつつも、これらを統合し政策決定に活かしていく必要があるという結論に達した。また、低炭素開発を行うことで、ベトナムのグリーン成長を達成させるためには、ベトナム経済の市場メカニズムの構造そのものを変える必要があること、別々の省庁が協働して、一貫した戦略実施に向かって取り組みを行う必要があることについても再確認された。
現在、ベトナムでは、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の枠組みのもと、途上国による適切な緩和行動(Nationally Appropriate Mitigation Action: NAMA、地球環境豆知識 [17] 参照)を策定することが求められている。ベトナムLCSシナリオ開発研究で用いたAIMのデータは、NAMA策定にも大変役立つことが指摘された。しかしながら、ベトナムでは、たくさんの多国籍・二国間援助機関がNAMAに関するプロジェクトで乱立し、それぞれの意向のもとで実施しようとしている。ベトナムがLCSシナリオ研究の成果をもとに自らの意思でNAMAを策定し、低炭素型のグリーン成長の達成に向けたビジョンとロードマップが実施されることを期待する。
脚注
- ベトナムでは、2011年12月5日に、Nguyen Tan Dung首相がベトナムの国家気候変動戦略を承認し、首相のもとで国家気候変動委員会を2012年1月9日に設置した。また、Nguyen Tan Dung首相は、気候変動戦略は天然資源環境省(MONRE)が管轄するように命じた。同日、Nguyen Tan Dung首相は、ベトナムがグリーン成長戦略も策定することを承認し、計画投資省(MPI)が責任をもって、グリーン成長戦略を策定するようにと命じた。その際、Nguyen Tan Dung首相は、低炭素成長はグリーン成長を達成させるための手段であると通知した。現時点、MPIは、本ワークショップ中に紹介した最終版グリーン成長戦略を首相に提出し、承認待ちである。
- 国環研AIMプロジェクトチームは、IGESのLCS-RNet事務局と協働でLoCARNetを立ち上げた。LoCARNetの概要は、ベトナムLCSワークショップにおけるLCS-RNet事務局長の西岡教授発表資料を参考にされたい(URLは本文に掲載)。また、国環研AIMプロジェクトチームは、4月14日に東アジア低炭素成長パートナーシップ政策対話のサイドイベント「東アジア低炭素成長ナレッジ・プラットフォーム」をJICA、IGESのLCS-RNet事務局と開催し、アジアの低炭素成長に向けて、シナリオ研究の成果をもとに、アジア各国の研究者と共に、低炭素社会の将来像とそこに至る道筋に関する知見を提示し、自発的なアジア低炭素社会の構築に向けた政策提言を行っていくことを表明した。その背景資料は、http://www.iges.or.jp/jp/cp/pdf/activity20120414/background_document.pdfを参考にされたい。