ココが知りたい温暖化

Q18気候変化予測に幅があるのは?

!本稿に記載の内容は2023年11月時点での情報です

最新のIPCC報告書では、21世紀末の気温上昇は1.0~5.7 ℃と予測されています。これだけ幅があると、何も予測していないのと同じではないですか。逆に、複数のモデルが同じ結果を出したからといって、モデルが正しいともいえませんよね。 

塩竈秀夫

塩竈 秀夫 (国立環境研究所)

1.0 ~5.7 ℃という幅は、「今後われわれ人類がどんな社会経済を築き、どのくらい二酸化炭素(CO2)などを排出するかという想定(シナリオ)に幅があること」と「モデルの不確実性」の二つの要因によってもたらされています。シナリオの違いは、気温予測に大きな幅をもたらしています。一方、モデルの不確実性によって、同じシナリオでも予測はばらつきますが、予測の確率分布として有益な情報を引き出すことができます。この時、「複数のモデルが同じ結果を出したからその予測が正しい」と単純には判断せず、モデルの信頼性を考慮して不確実性の幅を求めています。これによって、それぞれのシナリオでの危険なレベルの気温上昇の発生確率を知ることができ、今後私たちがどんな社会経済を築いて行くべきかの判断に役立てることができます。

121世紀末までの気温上昇予測は1.0〜5.7 °Cの幅

人間活動によるCO2などの排出にともない、気候がどのように変わっていくかを調べるために、気候モデルを用いた温暖化予測研究が世界中で活発に行われています。ここでいう気候モデルとは、大気や海の動きを計算する複雑なものから、全世界平均の気温などを予測する単純なものまで、いろいろな複雑さのモデルを含みます。これらのモデルに、将来のCO2などの排出量に関する何らかの想定(シナリオ)を与えて、将来の気候変動は予測されます。気候モデルによる予測に加えて、様々な根拠をもとにIPCCの第6次評価報告書(注1)では、1850~1900年平均と比較した21世紀末 (2081~2100年平均)の気温上昇を1.0 ~5.7 ℃と予測しています。

2予測の幅には二つの要因がある

この予測の大きな幅は主に次の二つの要因によって、もたらされています。

(1)
われわれ人類が今後どの様な社会経済を築いていくかによって、シナリオが大きく異なる。
(2)
気候変動に関係する物理プロセスの中で、現在の科学において理解が十分でない部分が存在するために生じる不確実性。たとえば、気温が上昇した時に陸域生態系や海洋がどの程度CO2を吸収または排出するか、雲がどのように変化するかなどに関して不確実な部分がある。

たとえば、温室効果ガス排出量が最も多いシナリオでは3.3 ~5.7 ℃(注2)(中央推定値は4.4 ℃)、温室効果ガス排出量が最も少ないシナリオでは1.0 ~1.8 ℃ (1.4 ℃)の気温上昇が予測されています。これらの異なるシナリオにおける気温変化予測の上限と下限が前述した1.0 ~5.7 ℃になります。このようにシナリオによって予測がばらつきますが、「これはわれわれがどのような社会を築いていくかによって将来の気温上昇が変わる」という選択肢の幅ともとらえることができます。

一方、特定のシナリオにおいても、気温上昇予測に幅があるのは、主に(2)のモデルの不確実性によるものです(注3)。これは同じシナリオでも、炭素循環や雲のふるまいなどに不確実な部分があるために、気候モデルによってその扱い方が異なり、予測する気温上昇がばらつくことを示します。では、ばらつきのあるモデル予測結果からは、何も情報が得られないのでしょうか? 実は、ばらつきのある結果からも、気温上昇の確率分布という形で有用な情報を得ることができます。確率分布を求める最も単純な方法は、多くのモデルが予測している値の確率は高いと考え、モデルのばらつきの上限下限を不確実性の幅と考えることでしょう。しかし、IPCC報告書では、より複雑な方法をとっています。たとえば過去の気候変動をよりよく再現できるモデルの予測を重視する工夫をしています(注4)。つまり多くのモデルが予測している値が正しいと単純には考えず、例えば過去に観測された気温上昇量をモデルの過去再現実験結果と比較するなどして予測の信頼性を担保しています。また、複雑なモデルによる予測は数十ほどしかありませんが、単純なモデルを用いて不確実なパラメータを動かした多数の実験を行うことで、気温上昇予測の不確実性幅を過小評価することがないようにしています。

3気温上昇の確率分布が教えてくれること

では、気温上昇予測の確率分布が得られた場合は、どのような有益な情報を引き出すことができるのでしょうか。例として、図1に「温室効果ガスの排出量が最も多いシナリオ」(a)と、「温室効果ガスの排出量が最も少ないシナリオ」(b)での気温上昇予測の確率分布を円グラフにしたものを示します。この円グラフがルーレットのように回っているところを想像してみてください。ルーレットが止まった枠が、本当の将来での気温変化です。しかし、モデルの不確実性のために、ルーレットがどの枠に止まるかは、現在のわれわれにはわかりません。それでも何もわからないわけではなくて、どの枠に止まりやすいかは、それぞれの枠の大きさを見ればわかります。図1bでは1.5 ℃以下におさまる確率は50 %以上ありますが、図1aでは1.5 ℃以下になる可能性はない一方で5 ℃を超える確率もかなりあることが分かります。このように不確実性のある予測からも、それぞれのシナリオでの危険な気候変化の起きるリスクを見積もることができ、われわれがどのような社会経済を築いていき、どのような温暖化対策を取るべきかという判断材料に用いることができます。 

figure

図1「温室効果ガスの排出量が最も多いシナリオ」(a)と「温室効果ガスの排出量が最も少ないシナリオ」(b)での1850~1900年平均に対する2081~2100年平均での気温上昇の確率分布を示す“ルーレット”。MIT Joint Program on the Science and Policy of Global Change (https://globalchange.mit.edu/)を参考にして作成。対数正規分布の50%値が前述の「中央推定値」、5%値と95%値の幅が「不確実性の幅」に一致するように確率分布を求めた。

注1
IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 (暫定訳) 
注2
気温上昇がこの範囲に収まる確率が90 %である不確実性幅。
注3
気候システムの自然の揺らぎによる不確実性もこの幅に含まれますが、主な不確実性の要因は (2) のモデルの不確実性です。
注4
観測された過去の気候変動には、温室効果ガスの影響だけではなく、気候システムの自然の揺らぎや大気汚染物質、太陽・火山活動などによる影響も含まれるため、この点も留意してモデルと比較されています。また産業革命以降の気候変動との比較で、個々のモデルが温暖化を過大評価または過小評価するといった性質を調べて、予測を補正する手法も取られています。また古気候に関する研究など複数の証拠を組み合わせて、不確実性幅は見積もられています。 

第1-3版 塩竈 秀夫(出版時 地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室 NIESポスドクフェロー/ 現在 地球システム領域 地球システムリスク解析研究室 室長)