ココが知りたい温暖化

Q2海から二酸化炭素(CO2)が放出された?

!本稿に記載の内容は2024年6月時点での情報です

人間が出した二酸化炭素(CO2)が大気中にたまって地球の気温が上がるのが温暖化問題と理解していましたが、気温が上昇した結果、海からCO2が放出され、大気中の濃度が上昇しているという説明も耳にします。どちらが本当なのですか。

中岡 慎一郎 向井人史

中岡 慎一郎 (国立環境研究所)1 向井 人史 (国立環境研究所)2

これまでに行われた海洋表層での二酸化炭素(CO2)の観測と、そのデータに基づく海洋と大気のCO2交換量の評価によると、全体で見れば海洋はCO2を吸収していて、近年では炭素換算で年間18億トン程度のCO2を吸収していることが分かっています。このため、大気中のCO2濃度の上昇は、海からCO2が放出されたことが原因とは言えないことは明らかです。海洋のCO2吸収量の増加は、人間活動によるCO2排出量の増大によって生じていると考えられますが、今後も同じように吸収し続けるか注視する必要があります。(以下、本文での量はすべて炭素換算で表記しています) 

1海洋表層CO2観測への取り組み

地球の表面積の約7割を占める海洋では、表層から深層まで世界の海水が数千年かけて循環する海洋大循環や、植物プランクトンから大型生物に至る海洋生態系の食物連鎖による物質循環が、大気中のCO2濃度を決める上で重要な役割を果たしています。海水中のCO2は主に分子やイオン(重炭酸イオン、炭酸イオン)として溶けていますが、大気とやりとりするのはこのうち分子のCO2になります。つまり大気のCO2濃度(分圧)が海洋のCO2分圧より高ければ大気のCO2は吸収され、低ければ海洋から大気にCO2が放出されます(注1)。産業革命以降、大気中のCO2濃度は 280ppm から 418ppm (2022年) 程度まで上昇しています。この大気CO2濃度の上昇に応じて、海水中のCO2分圧も上昇しています。さらに、海水温が上昇すると分子とイオンの平衡関係(存在比)が変化して、海水中のCO2分圧が上昇します。このため、海洋によるCO2の吸収量(大気と海洋の間のCO2交換)を正確に求めるためには、大気と海洋表層でのCO2分圧を正確に測定する必要があります。また、観測データが得られない場所でのCO2分圧を推定する手法が不可欠です。

この難題に1990年代後半に世界で初めて答えたのが米国コロンビア大学のTaro Takahashi博士でした。博士はそれまでに観測された世界各地の海洋表層CO2分圧の観測データ25万点を独自に収集して、観測を行っていない時期・場所のCO2分圧を推定し、1990年を基準年としてひと月ごとの分布を推定しました。その結果、一部の海域ではCO2が放出されるものの、海洋全体では年間10 億トン程度のCO2を吸収していることを見出しました(参考文献[1])。

 Takahashi博士はその後も観測データ点数を増やしながら海洋によるCO2吸収量の評価を行いましたが、「大気と海洋の間のCO2交換量が年によってどのぐらい変動するのか?」という点は長らく未解明でした。「もし交換量の変動幅が大きい場合には、年によっては海洋からCO2が放出されることもある」ということになります。しかし、Takahashi博士の解析手法ではCO2分圧の年々変動について評価することが不可能でした。また、独自に観測データを収集する Takahashi氏の手法にも限界がありました。このため、統一されたルールに基づく国際的なデータ収集・公開の枠組みが求められました。

そこで2007年に、海洋表層CO2分圧のデータ収集のやり方と品質確認方法が検討され、「各海域の責任者が品質確認をした上で公開する」仕組みが構築されました。その結果、Surface Ocean CO2 Atlas (SOCAT) と呼ばれるデータベースが完成しました。(参考文献[2])。2011年に公開された初版には630万点のデータが収録され、その後も版を重ねるごとに収録データ数が増え、本稿執筆時点で最新版となる2023年版では3560万点ものデータが収録されるようになりました。2023年版に収録された観測データ数の分布を図1に示します。この図から、ほぼ全ての海域で観測が行われていて、特に北太平洋や北大西洋では観測が盛んに行われていることがわかります。南太平洋東部海域など一部には観測データのない海域(観測空白域)が広がっている地域もありますが、多くの海域で観測が継続的に実施されることでデータが充実しています。

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図1海洋表層CO2データ分布。色は緯度経度1度の格子においてデータが存在する月数を表しています。(SOCAT HPから抜粋)

観測データの充実とともに、CO2分圧分布を推定する手法の開発についても大きな進展がありました。例えば気象庁は、観測されたCO2データと、海洋モデルや人工衛星の観測データから得られる海面水温・海面塩分・クロロフィルa濃度(注2)などのパラメータを利用して海洋表層のCO2分圧を推定し、大気海洋間CO2交換量などと合わせて公開しています。また、近年脚光を浴びている機械学習やニューラルネットワークと呼ばれる手法を用いて、観測された海洋表層のCO2分圧と上記のパラメータを関連付けて大気海洋間CO2交換量を推定する研究も盛んに行われています。国立環境研究所(国環研)でもこれらの手法を利用して、CO2分圧分布と大気海洋間CO2交換量分布の推定結果を公開しています。

結果の一例として、国環研が公開している2000年2月と2020年2月のCO2交換量分布を図2に示します。一見するとこれらの分布はよく似ているように見えます。例えば、北太平洋高緯度域や太平洋赤道域東部海域では、CO2の放出が盛んに行われています。これは、これらの海域の深層にあるCO2や栄養塩を豊富に含んだ水塊(いわゆる深層水)が、冬季の間に深層から表層へ輸送されるためです。一方、北太平洋中緯度域や北大西洋の中高緯度域、南大洋(南極海)の一部の海域ではCO2の吸収域が広がっています。これは、熱帯域・亜熱帯域の水塊が中高緯度へ輸送されていく間に冷やされてCO2分圧が低くなり、大気からCO2を吸収するためです。年による違いを見てみると、ベーリング海を含む北太平洋高緯度域でのCO2放出が2000年に比べて2020年の方が弱くなっている様子や、北太平洋中緯度域や北大西洋中緯度域から高緯度域でのCO2吸収が強化されたり吸収域の面積が拡大したりする様子が見られます。全体としては2000年に比べて2020年の方が年間で約6億トン多くCO2を吸収していることがわかりました。

推定結果から、大気海洋間CO2交換量の年々変動の振幅は、最大でも年間5億トン程度であることやCO2吸収が増加していることがわかりました。過去数十年の海洋による平均的なCO2吸収量(平年値)は年間18億トン程度であるため、「過去数十年の間に正味として海洋がCO2を排出した年はない」と断言することができます。ところで、人間活動によるCO2排出がほとんどなかった産業革命以前には、海洋はCO2を正味として6億トン程度放出していたと考えられています。これは陸域植物由来の有機炭素が河川から海洋へと流入し、そのほとんどが海洋表層で分解されてCO2として大気に放出されるためです。この放出されたCO2はもともと大気のCO2を吸収した植物に由来するため大気中CO2濃度の増加には寄与せず、CO2濃度は安定していたことがわかっています。その一方で現在の海洋は、人間活動によって大気中に排出されたCO2を半ば強引に吸わされている状態と言えます。産業革命以前は年間6億トン放出していた海洋が現在は18億トン程度を吸収していることから、その差(24億トン程度)は、人間活動によって増加したCO2吸収量、と考えることができます。

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図2 (左)2000年2月と(右)2020年2月の大気海洋間CO2交換量分布。正の値(青色)は大気から海洋へのCO2吸収を、負の値(赤色)は海洋から大気へのCO2放出を表しています。また各図左下の数値は海洋全体の年間CO2吸収量を表しています。

2より正確な吸収量評価のために

ここでは海洋の直接観測による評価という観点から、海洋のCO2吸収について説明しました。このほかに、大気中CO2濃度やその炭素安定同位体比、酸素濃度の観測や、観測された大気中のCO2濃度を再現するようにCO2吸収・放出量を調整する逆解析手法などによっても、海洋のCO2吸収が調べられています。しかし、人間活動によるCO2排出量や、大気に残留するCO2量の評価と比べると、海洋や陸域のCO2吸収量評価には不確実性が大きく、同じ観測データを用いても推定手法が異なると結果に違いが見られたりするなどの課題が残されています。また、温暖化によって今後も海水温の上昇が続くと、先に述べた理由で分子として存在するCO2が増えて海洋表層のCO2分圧が大気のCO2分圧に近づくため、海洋のCO2吸収量が低下することが危惧されます。より正確なCO2吸収量評価のためには推定手法やモデルの精緻化・高度化だけでなく、観測データの充実が今後も不可欠であると言えます。 

注1
詳しくは、ココが知りたい地球温暖化「Q3 海と大気による二酸化炭素の交換」を参照してください。
注2
海洋表層に浮遊する植物プランクトン量の指標。

参考文献

さらにくわしく知りたい人のために

1 第3版 中岡 慎一郎(地球システム領域 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)
2 第1-2版 向井 人史(出版時 地球環境研究センター 炭素循環研究室長 / 現在 地球システム領域 高度技能専門員)