INTERVIEW2024年6月号 Vol. 35 No. 3(通巻403号)

イノベーションを起こし社会実装につなげる-近藤雅征准教授に聞きました-

  • 地球環境研究センターニュース編集局

広島大学瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター(以下、カーボンニュートラルセンター)*1は、2023年に設立されました。今回は、カーボンニュートラルセンターやご自身のこれからの研究について、同センターサステナビリティ部門長の近藤雅征准教授に地球システム領域長の三枝信子がうかがいました。

*このインタビューは2024年2月9日に行われました。

さまざまな研究を積んでサステナビリティ部門長に

【三枝】近藤さんは広島大学の複数の部署に所属されていますが、本日はカーボンニュートラルセンターのことを中心にお話をうかがいたいと思います。まず、簡単な自己紹介と国立環境研究所(以下、国環研)とのかかわりについて話していただけますか。

【近藤】2010年、私が福島大学で研究員としてキャリアを始めたころAsiaFluxの会議で初めて三枝さんとお会いしたのではないかと思います。福島大学で修行を積んでから海洋開発研究機構(JAMSTEC)に異動し、さらに千葉大学に移りました。そのころ三枝さんが課題代表者になっていた環境研究総合推進費で一緒に研究しました。

【三枝】近藤さんには良い成果を出してもらいました。報道発表を何回もしてもらいました。

【近藤】論文のプレスリリースを3回行い、良い経験になりました。そのおかげで、現在の私があるといっても過言ではありません。その後1年間地球環境研究センターで特別研究員として働きました。

国環研には優秀な研究者がたくさんいたので、もっと長く一緒に研究できればよかったのですが、1年で名古屋大学に異動しました。それまで私は物質循環の研究をしていましたが、名古屋大学では改めて気候学を学び、研究の幅が広がって非常に良かったと思っています。そしてもうそろそろ独立をしなければというところで、タイミングよく広島大学に職を得ました。

私が着任したとき、広島大学は新しいことを始めようとしている時期でした。その1年前にカーボンニュートラルセンターの構想はできていて、カーボンニュートラルセンターの一員として組織固めの役を担うということで、サステナビリティ部門長を引き受けました。

広島大学は大学をあげてカーボンニュートラル化を推し進めています。他大学でもゼロカーボンキャンパスなどを掲げているところはあると思いますが、広島大学はそれに加えて、エネルギーやカーボンリサイクルを扱うA-ESG科学技術研究センターを発足しました(A-ESGとは、アカデミア(A)が考慮すべき環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の三つの観点を意味する)。さらに、これと並行してカーボンニュートラルセンターを立ち上げました。大学が力を入れているプロジェクトなので、なんとか成功させたいです。

【三枝】キャンパスや建物のカーボンニュートラル化を進めている大学などはありますが、ここまで積極的にやるのはすごいですね。カーボンニュートラルというと脱炭素技術などが多く取り上げられる印象がありますが、自然の炭素循環も含めたカーボンの問題を組織として研究するのは聞いたことがないです。

【近藤】そうなんです。私も入って驚きました。あくまで私個人の視点ですが、いままで炭素循環は大学でも基盤となる学部がありませんでした。ここにきて主役として頑張れる研究センターができたという感じです。

【三枝】さまざまな研究所でいろいろな経験を積んだ近藤さんが天職となるものに出会え、部門長として時代を引っ張っていくわけですね。

【近藤】そういうものができて非常に幸運です。

広島大学の施設を活かした新しい取り組み

【三枝】カーボンニュートラルセンター、そしてサステナビリティ部門についてもう少し詳しく教えていただけますか。

【近藤】カーボンニュートラルセンターには私が所属しているサステナビリティ部門のほかに、グリーンイノベーション部門とブルーイノベーション部門があります。そもそも広島大学には瀬戸内圏内に自然植物実験所や臨海実験所などがありましたが、カーボンニュートラルセンターができることで統合することになりました。さらに生物系の先生たちと一緒に陸や海でカーボンニュートラルに資するイノベーション研究をすることを目的として再編しました。

【三枝】組織再編のやりかたが上手いですね。例えば古くなった施設の改修に予算をつけてもらおうとするのではなく、グリーンイノベーション、ブルーイノベーションに結びつけ、しかも瀬戸内でカーボンニュートラルを目指すという新たな世界的取組にしてしまおうという趣旨ですね。

【近藤】さらにイノベーションを起こすという目的も踏まえて、横のつながりをもって進めようとしているので、面白いことができそうだと、私も期待しています。

【三枝】陸や海の研究施設を使っていろいろな研究が出来るのが楽しそうです。

【近藤】観測ができる人だったら非常に楽しいと思いますから、外部の方も是非広島大学で研究をしていただきたいです。海は藻場の保全や海藻の養殖などがCO2吸収機能に及ぼす影響を現場で評価できます。プランクトンの研究も、今までのCO2吸収能力の研究を超えて、さらに発展できるのではないかと期待しています。そういう視点で研究を進めているので、ブルー(海)からどれだけイノベーションができるのか、チャレンジングなところです。

【三枝】藻場のCO2吸収の研究をぜひ進めてほしいです。ブルーカーボンも日本の吸収源に算定するための手法が検討されています。面積がある程度定量的に算定できるマングローブは吸収源として概算で入りましたが、藻場は難しいので遅れています*2。沿岸生態系を保全することには生物多様性の保全や高潮被害防止などの効果があると思いますが、加えてCO2吸収もあるという説明は分かりやすいと思います。

【近藤】国環研と一緒にできることがあれば是非進めましょう。グリーンについては、広島大学では定点的ではありますが、陸の土地利用変化に関する研究も行っています。土地利用変化は私の専門の一つで、私はモデルを用いた推定を行ってきましたが、それを地上観測でバックアップしてくれるのもありがたいです。ゲノム関係もサステナビリティ部門が扱う研究の一つで、CO2固定能力が高い生物などの研究もあり、幅広く進めています。

グリーンからもブルーからもイノベーションを起し、それを社会実装するのがサステナビリティ部門の役割です。社会実装した結果カーボンニュートラル化がどれだけ進むかをシミュレーションしたり、イノベーションがコストに見合ったものなのか、それが社会的に広がるのかどうかを確認しなければなりません。それには今の炭素収支を知らなければなりません。炭素収支を推定するのは実は大変な作業で、私一人では難しいということを学内の人にわかっていただき、人を集めましょうと説得するつもりです。

【三枝】陸や海に吸収源をつくったときに、それが将来も吸収源であり続けるかということを別の方法で検証することも含めているんですね。

【近藤】もちろんです。やらなければいけないことがたくさんありますから、これから仲間を増やしていかなければなりません。国環研やJAMSTECと共同研究するのは必須です。特に国環研には観測やインバースモデルの研究者がいるので、一緒に仕事をできればありがたいです。

国環研が持っている観測データは重要です。例えば船舶による観測では、東京と福岡の間を航行する内航船で瀬戸内の観測もしているということなので、広島大学の複数の研究施設とも協力して温室効果ガスに関する研究が一緒にできたらいいと思います。国環研は必要なところに必要なデータを取りに行っているというのが私の率直な感想です。

例えば、笹川さんが管理しているシベリアのタワー観測のデータは大変貴重です。ところがシベリアの炭素循環の研究をするコミュニティはあのデータの重要性をあまり理解していません。かく言う私がデータ使ってみたところ、思った通り、貴重な観測データから既存の知識を覆す結果が得られまして、その結果は2023年に論文で発表しました*3

町田さんのCONTRAIL(民間航空機を利用した温室効果ガス観測プロジェクト)のシンガポール便とバンコク便のデータも東南アジアの炭素収支を研究する上で非常に大切です。カーボンニュートラルセンターはそういうデータをしっかり利用し、役立てたいと思います。

【三枝】国環研の問題は、非常に重要な観測を継続する一方で、研究者がそれを十分に解析して論文としてまとめる時間がないことです。ですから、近藤さんのような大学の研究者がデータを最大限活用する研究を育ててくれれば、研究の発展としても人材育成としても非常にいいと思います。

【近藤】そういう風に進められたらいいです。また、研究所との関係強化は必須ですが、大学としての特徴も出さなければと思っています。センターとしては、カーボンニュートラルの道筋をつけるための瀬戸内モデルを発出しようと考えています。

【三枝】それは具体的にはどういうものでしょうか。

【近藤】実は、具体的に何を世界に発出するのかというのが固まっていないので、もう少し研究を進めて決めていかなければなりません。これが今後の課題です。そしてそれはサステナビリティ部門の役目なのです。

【三枝】近藤さんは行動力があるから、いろいろな研究機関に行って話し合っているうちに仲間が集まり、重要な仕事ができるような気がします。

【近藤】広島大学に限らないですが、大学内のある先生が実は自分と近い分野の研究をしていたということが多々あります。サステナビリティ部門としては一度そういった方々に集まっていただき、チームを編成してカーボンニュートラル化に資するような研究を進めていけたらと思っています。また、外部から積極的に優秀な若手を炭素循環の世界に引き込んでいきたいです。外国人研究者との協働も重要ですが、希望としては日本人学生を育て、この分野を引き継いでもらいたいと思っています。

広島大学でしかできないものを発信して学生を集める

【三枝】どういう人に集まってもらいたいですか。

【近藤】新たにポスドク、また、専任教諭も採用したいと考えています。カーボンニュートラルに興味をもっている人で、自分の専門分野を広げて、俯瞰的に研究を考えてくれる人が来てくれるといいです。

【三枝】広島大学に入学してくる人は毎年数千人いるわけですね。そこにポテンシャルはありますか。

【近藤】あると思います。広島大学には炭素循環や気候変動の授業があります。ただ、広い意味で炭素循環を積極的に研究しているのは今のところ私の研究室だけかもしれません。炭素循環やカーボンニュートラルに興味をもってもらえる授業をして、学生に集まってもらえるかどうかは、われわれの努力にかかっています。

カーボンニュートラルセンターが炭素循環やカーボンニュートラルに関して国際的にインパクトのある研究ができる第一線の組織になることを担っていきたいと思います。広島大学でしかできないものをもう少し外に発信しないといけないかもしれません。

「気候調整」の研究をライフワークに

【三枝】今日はカーボンニュートラルのことを主にうかがいましたが、最後に近藤さん自身の夢や、これから研究者を目指す若手に何かメッセージをお願いいたします。

【近藤】私が本当に研究したいのは「気候調整」です。大気中に排出された温室効果ガスは、陸に3割、海に3割吸収されています。温室効果ガスの排出量が増えてもその比率は変わりません。それが地球の気候調整だろうと考えています。

陸域の植生はCO2施肥効果があり、海洋では海面付近の大気中CO2濃度が上昇するとCO2は大気から海に吸収されるという原理はわかっていますが、陸と海が3割ずつ吸収し続ける背景は実はよくわかっていなのではないでしょうか。私は「3割の法則」と名付けてもいいのではないかと思っています。

【三枝】変動はありますが、それが5割になったり1割になったりしませんね。今まであまり考えたことはなかったです。

【近藤】それは地球がもっている気候調整によるものだと思います。それをライフワークとして解明していきたいと思っています。

もう一つ、カーボンニュートラルセンターの最終目標は地球全体でカーボンニュートラルに達することですが、私が懸念しているのは、その目標を達成するためにわれわれはリスクを取らなければならないということです。持続可能な開発目標(SDGs)の13「気候変動に具体的な対策を」には陸や海のCO2吸収を増加させるというのがあります。一方、14は「海の豊かさを守ろう」、15は「陸の豊かさを守ろう」であり、13と14、15は時には相反することもあると思っています。

【三枝】温暖化対策を急ぎ進めようとするといろいろなことと競合しますね。

【近藤】今、国際社会は温暖化対策も生物多様性保全もプラスチック問題もすべて解決しようというふうに向かっています。われわれが目指すカーボンニュートラルが達成されても、他のことについてはリスクもある、未来はあまり夢物語ではないということを発信しなければいけないと思っています。これは私個人の考えですが。

【三枝】カーボンニュートラル化を急激に進めると他のところに強い負荷がかかるということを定量的に示し続けることが必要ですね。一つのことを優先すれば他のことが制約を受けるのでどうバランスをとるかです。

【近藤】最終的にはデータを出して社会に突き付けて、選択してもらうことです。

【三枝】それはとても重要だと思います。今日はいろいろな話をお聞きすることができました。ありがとうございます。