最近の研究成果 日本のエネルギー政策は見直しが必要 -エネルギー政策枠組みの分析から倫理的・社会的視点の不十分さを指摘-
脱炭素社会の実現は社会的な課題であり、多くの倫理的問題を提起している。エネルギー資源とテクノロジーに関するコストや便益、リスクの公平な配分、個人や社会集団の権利、利益、価値、意思決定プロセスへの代表者の参加やアクセスなどが課題になっている。日本をはじめほとんどの国の脱炭素社会実現に向けた政策は、技術経済的な方針を重視したものである。このような方針は、推進するエネルギーミックスに関する社会的・倫理的評価が欠けていることが多い。脱炭素社会を実現するためには、エネルギーインフラの整備において、社会的・倫理的な視点が不可欠である。
問題の一つは、日本のように技術経済的モデルを適用している国で、未来のエネルギーに関する政策決定の際に、社会的な公正や倫理の懸念を考慮した政策評価が十分に反映されていないことである。この問題を解決するために、エネルギーシステムの変革の中では、エネルギーサービスとインフラに関する倫理的な問題を規範的・実践的に評価することを目的とした「エネルギー正義」という概念を採用している。われわれは、この概念を用いて、日本のエネルギー政策の根本の枠組み(3E+S:エネルギー安全保障、経済効率、環境、安全性)を分析した。
日本の3E+Sは国際的に使われている3E(エネルギー・トリレンマ)と違い、4つの政策を調和させて達成するものである。3Eは、エネルギーの公平性とエネルギー不足、エネルギーの安全保障と経済、環境・気候変動・持続可能性をカバーしている枠組みである。日本の3E+Sと国際的な3Eとの重要な違いは、国際的な3Eには公平性の問題が含まれていることで、それぞれの政策は対立し合い、各国の価値観や優先順位によって、どの問題領域が他より優先されるかが決まる。図1に示すように、日本の3E+Sは、そのような本質的な対立を否定している。われわれは、調和的なレトリックをもつ日本のエネルギー政策の枠組みを検討した。その結果、公平性や倫理性の問題を排除している日本のエネルギー政策が、古いパラダイムを捨てて、真の政策革新を生み出すことはないだろうと考えている。
3E+Sは、オイルショック後の保守的でトップダウン的なエネルギーエリートの制度的枠組みを間接的に強化してきた。例えば、2003年の「第1次エネルギー基本計画」から2021年の「第6次エネルギー基本計画」までを見ると、この枠組みは今日までずっと強化されてきたことがわかる。本論文では、日本のエネルギー・ガバナンスから起こる不正義が社会全体に影響を及ぼし、エネルギー転換を通じて常態化させることを示している。つまり、エネルギーシステムとそれを管理する政策構造による不正義が常に繰り返され、やがてこういった失敗が黙認されるようになった。このような常態化した不正義の問題に対処しなければ、将来の脱炭素社会は何世代にもわたって、制度化された同じような不正義を抱え込むことになるだろう。
3E+S の構造の正当性や公平性について調査するために、われわれはエネルギー正義の概念を参照しながら、倫理社会的問題に焦点を当てて、正当性と公平性を検討した。より詳細には、最も一般的な3つの正義の次元(分配的正義、承認的正義、手続き的正義)と、その基礎となる原理は、3E+Sをどのように評価するかという新たな視点を提供している。
エネルギー安全保障を確保するためには、エネルギー市場の分散化によって中央集権的なエネルギーシステムへの依存度を下げ、エネルギー自給率を向上させることが重要な施策と考えられていた。そのため、他の先進国と同様、日本でも1990年代後半から市場の分散化が進められてきた。エネルギー市場の分散化は、さまざまな株主や利害関係者へのコストと利益の分配を改善することにもなる。しかし、日本は化石燃料の輸入に依存し、再生可能エネルギーの発展やエネルギー市場の分散化が進まなかった。さらに、再生可能エネルギー普及を促す固定価格買取制度は、再生可能エネルギーのインフラ整備にかかるコストの多くを個人や家庭に押し付け、コストの不公平な配分とエネルギー不足を深刻化させるものだった。
3E+Sを実施する同じような制度の枠組みの下で、原子力発電所の立地に関するトップダウンの技術的プロセスによる不正義の問題が、太陽光発電所や風力発電所でも繰り返されている。立地決定プロセスに個人や社会集団の声が反映されず、意思決定プロセスへのアクセスや適切な代理人も提供されなかった。住民の反対を避けるために地域活動がほとんどない場所が選ばれたり、財政や政治的な力があるコミュニティーは、そうでないコミュニティーよりも意思決定プロセスに影響を与える機会が多かったりするので、立地決定プロセスにおいて、誤った説明や無視、財政的負担、リスクへの暴露といった不公平なシステムを引き起こしている。
日本におけるエネルギー正義に関する研究の多くは分配的側面や経済性に焦点を当てている。意思決定手続は、リスク、コスト、利益の分配や、地域のニーズ、利益、価値の承認の程度に影響を与えるため、手続き的な側面を強調することは、日本のエネルギー政策にまだ欠けている倫理的転換を促すかもしれない。したがって、エネルギーに関連する課題の意思決定における手続きを公正に行う枠組みが、他の不公正な領域にもポジティブな影響を与えると期待される。
倫理的評価にとって重要な不正に対する理解が進んでいるにもかかわらず、未だに政府の政策には倫理的問題が含まれていない。しかし、議論しないということは、政策の根底にあるイデオロギーに歯止めがかからず、内在する社会的不公正に対処できないまま放置されることになる。つまり、われわれは不正義に慣れ、それを常識として受け入れるエリートの判断に疑問をもたなくなるだろう。そこで、われわれはこの研究をさらに進め、エネルギー政策の意思決定のためのツールである脱炭素エネルギー技術の技術評価枠組みを通して、政策決定手続きに倫理的・社会的な観点をうまく盛り込む方法を検討している。