DISCUSSION2022年2月号 Vol. 32 No. 11(通巻375号)

真鍋さんのスゴさを勝手に語る座談会 メディアでは語られてない話を深掘り

  • 地球環境研究センター 研究推進係

2021年のノーベル物理学賞の受賞者に、プリンストン大学上級研究員の真鍋淑郎博士(この稿では以降「真鍋さん」と呼ばせていただきます)がドイツとイタリアの研究者とともに選ばれました。まだ、地球環境問題が注目されていない1960年代後半に、大気と海洋を結合した気候モデルを提唱し、大気中二酸化炭素(CO2)濃度の上昇が地球温暖化に影響するという予測モデルを世界に先駆けて発表したことが評価されたのです。

国立環境研究所(以下、国環研)では、気候モデルの研究者数名とかつて地球フロンティア研究システムで真鍋さんと仕事をしていた東京大学阿部彩子教授をゲストに迎え、真鍋さんのスゴさを語る座談会を行いました。本稿では概要を紹介します。

*座談会は2021年10月18日にオンラインで行われました。詳しい内容は国環研公式YouTubeチャンネルからご視聴いただけます。

Part1歴史編: https://www.youtube.com/watch?v=HB67cQd0Bnk
Part2研究編: https://www.youtube.com/watch?v=h1x6q2ygCCA
Part3話題編: https://www.youtube.com/watch?v=1WdbSCcQORY
司会:
江守正多(地球システム領域 副領域長)
メンバー:
木本昌秀(国立環境研究所 理事長)
三枝信子(地球システム領域長)
小倉知夫(地球システム領域 主幹研究員)
廣田渚郎(地球システム領域 主任研究員)
阿部彩子(東京大学 教授)

真鍋さんのスゴイところ1: 好きなこと、得意なことを活かして社会貢献を

江守:真鍋淑郎さんがノーベル物理学賞を受賞されました。真鍋さんの研究はわれわれの研究とも非常に関係があります。

まず、真鍋さんの気候モデルの概念を紹介します。太陽から地球にエネルギーが入ってきて赤外線が出ていくと、それが大気に吸収されたり放出されたりします。また、地面から熱が出たり水蒸気が出たりして空気が混ざります(図1)。これらの過程を物理法則に基づいて初めて計算しました。

図1 真鍋博士の気候モデルの概念図。太陽から地表面に短波放射が入ってきて地面は温められ、地面から宇宙に向かって赤外放射が出る。それが大気に吸収されたり放出されたりする。また地面から熱や水蒸気が出て、空気が混ざる。
図1 真鍋博士の気候モデルの概念図。太陽から地表面に短波放射が入ってきて地面は温められ、地面から宇宙に向かって赤外放射が出る。それが大気に吸収されたり放出されたりする。また地面から熱や水蒸気が出て、空気が混ざる。(出典: Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences, https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2021/popular-information/

1967年の論文*1では、高さと温度の関係を詳しく計算しました。対流圏では地上から高くなるほど気温は低くなりますが、成層圏になるとオゾン層があり、逆に気温が上がっていきます。大気中の水蒸気やCO2、オゾンによる赤外線の吸収や放出だけで計算しても気温の分布は現実と合わないのですが、そこに空気が対流で雲を作りながらかき混ぜる効果を入れると現実的な大気の高さ方向の気温分布を計算することができます。

そこで思いついてCO2濃度を倍にしたり半分にしたりする実験をしたら、それが世界最初の精密な物理法則に基づいた地球温暖化の予測になってしまったのです。その後、海のモデルと結合させて、3次元の大気海洋結合モデルで気候システムを理解する研究をたくさん行いました。

大気海洋結合モデルという気候モデルについて簡単に説明します。コンピュータの中に地球の基本的な惑星としてのデータ(地球の大きさや回転、太陽からのエネルギー、海と陸の分布など)を入れて、そこに物理の法則を組み込むと、勝手に雲ができたり雨が降ったりしますし、熱帯付近は暑く、極は寒くなって、実際の地球の気候のようになります。計算は地球を緯度・経度・高さのメッシュに区切って行い、そのメッシュが細かいほど精密な計算になるわけです。最近ではメッシュの一辺の長さは約100kmですが、真鍋さんの頃は500kmくらいのメッシュで物理法則を計算して、将来予測や過去の気候の再現をしたのです。

真鍋さんは1958年に渡米しますが、1997年から2000年まで地球フロンティア研究システム(宇宙開発事業団及び海洋科学技術センターの共同プロジェクトとして1997年10月に発足)の地球温暖化領域長として日本で勤務されていました。そのころ、東京大学気候システム研究センターと国環研、地球フロンティア研究システムとで新しい大気海洋結合気候モデルを開発して、地球温暖化予測の実験の準備をしていました。私自身もかなり真鍋さんとお話しする機会があったと思います。

今日お集まりいただいた方の中で、阿部さんは地球フロンティア研究システムとの兼任で、真鍋さんの直接下でグループリーダーとして仕事をしていましたから、一番お付き合いがあったと思います。

木本さんはそのころ東京大学気候システム研究センターでモデルの共同開発をしていました。

1997年というと、私が国環研に就職した年です。小倉さんは大学院生、廣田さんは学部生で、まだこの研究分野には入ってきてなかったですね。三枝さんは地球システム研究の中でも少し分野が違います。

まず、阿部さん、テレビなどでもいろいろな話をされていると思いますが、近くで過ごしていらして、真鍋さんはどんな方だと思われましたか。

阿部:米国籍をもっていらっしゃるので頭脳流出などいろいろいわれていますが、先生は常に日本の人たち、特に若い人たちはどうしているかと気にしていますし、帰国すると必ず出身である愛媛県に寄っていらっしゃいます。私は愛国心があふれている方だと思っています。

先生は昭和6年、1931年に生まれました。東京大学の地球物理に進まれて、気象学教室で1958年に学位をとられました。先生は天気ではなく、もう少しおおざっぱな気候に興味があったそうです。最初は、お父さんもおじいさんも医学部だったので、自分も医学部に進もうと思っていたということを、学生時代にインタビューして知りました。

1958年にジョセフ・スマゴリンスキー博士〔アメリカ国立気象局(現在のアメリカ海洋大気庁 National Oceanic and Atmospheric Administration: NOAA)の地球流体力学研究所(Geophysical Fluid Dynamics Laboratory: GFDL)初代所長〕からのスカウトでアメリカに行きました。当時のアメリカでは大気モデルは非常に進んでいて、全球の大気モデル、さらには海洋を結合してもう少し長期的な気候の状態を再現するプロジェクトに入られました。

先生はよく、若い人には本当に好きなことをして、思う存分自分の得意なことを活かして、社会貢献できたらいいとおっしゃっていました。そういうことがとても印象に残っています。

江守:阿部さんにとって真鍋さんはある意味身近な存在だったわけですが、ノーベル賞を受賞されてどう感じましたか。

阿部:先生はいつも話しているのと変わらない感じでインタビューに答えたり、記者会見に臨まれたりしています。そういうところが励みになり、また、とても恐れ多いのと両方です。

江守:木本さんどうですか。

木本:実はGFDLにとある先生を訪ねて行ったとき、有名な先生方とランチをご一緒しました。そのなかに真鍋さんもいらっしゃったのですが、何かの拍子に火がついてしまい、ランチの間中ずっと真鍋さんがお話しされていました。話し出すと止まらないのです。相手が誰であっても楽しそうに話をします。ノーベル賞のインタビューでも、名前も知らない学生さんの研究発表でも楽しく話をします。

ノーベル賞のインタビューでcuriosity driven(好奇心にかられた)とおっしゃっていますけれど、自分の好きな話になると楽しくて止まらないのです。ご自分でもおっしゃっていますが、とても幸せな人生だと思います。

江守:ありがとうございます。三枝さんはこうしたお話しをお聞きになってどうですか。

三枝:テレビで拝見するインタビューでは、curiosity driven、興味があることを中心に研究してこられたことを強調されています。同じ気象学でも真鍋先生と私は研究の分野が少しずれているので、直接お話をしたり研究したりということはありませんでした。ですからお話を聞いて存じ上げているだけなのですが、真鍋先生はIPCCに初期の段階からかかわっておられました。温暖化懐疑論などの論争もあった時代ですから、curiosity drivenとおっしゃっても、かなりの時間と労力と気力は社会とのコミュニケーションや政府との会話に使っていらしたのではないかと想像します。

研究はcuriosity drivenですが、研究環境をつくるといううえで何か考えていらしたことがあるのではないでしょうか。是非そういうところを真鍋さんと直接仕事をされた方々に教えていただきたいと思っています。

江守:これは後で阿部さんに教えていただきたいと思います。小倉さんどうですか。

小倉:真鍋先生が日本にいらしたとき、自分は大学院に入ったばかりの頃でした。気候の勉強を始めるときに最初に読むのが真鍋先生の論文ということが多かったです。阿部先生が地球フロンティア研究システムで真鍋先生と一緒に働いていたご縁で、一度か二度ほどディスカッションさせてもらったことがあったと思います。

そのときの印象は、すごくお話し好きで、こちらの話を受けて次々とアイデアがわいてきて、楽しそうに話してくれました。駆け出しの学生としてはありがたいことでした。当時自分の研究の興味は雲や気候感度に向いていたのですが、真鍋先生は、「雲は難しいよ。僕も昔はいろいろと考えたんだけど、雲は難しいからね」とおっしゃっていました。そのときはよく理解できていなかったのですが、研究を進めれば進めるほど深くて難しいものということがわかってきました。

江守:廣田さんはどうですか。

廣田:数年前に日本にいらしたときに、大学の研究室のメンバーとしてお会いし、「名前も知らない学生」として発表させていただきました。有名な人が来ると、10人以上の大勢が集まって、次から次へと話を聞いてもらおうとします。なかには学生の話を聞くのに疲れてしまう方もいるのですが、真鍋先生はそんなことはなくて、「面白い、面白い、興味深い」と言ってくれて本当に嬉しかったです。

真鍋さんのスゴイところ2: 本質を理解したシンプルなモデルで計算

江守:次に真鍋さんの研究について語っていきたいと思います。まず阿部さんから「真鍋さんといえば」という形でご紹介いただけますか。

阿部:真鍋先生といえば、気候理解のためのモデルと数値実験を可能にしました。天気予報のモデルを基礎にしながら気候の問題を扱う、あるいはその可能性を少し広げるためにモデルを開発されたのですが、1958年に渡米されて、最初の論文が出るのに10年近くかかっています。その後も気候モデルの開発のため、少しずついろいろな要素を付け加えていきました。その一つひとつを論文にしているところも本当に頭が下がります。

モデルを作っている最中に数値実験をして平衡状態までもっていっています。温暖化する以前の現在の状態を決める計算をするときに、寒い地球の気温状態と高い気温状態とそれぞれ違う初期値を設定して収束するまで見届ける。それが平衡状態に近づけるということで、初期値からどれだけズレていくかという、天気予報とは違う難しさがあり苦労があったのではないかと思います。

2003年の論文*2では計算機パワーが増えてきて、5千年ほど積分してCO2濃度を2倍、4倍、あるいは半分にして、どんな状態に近づくかという研究をされています。

江守:最初に大気の上から下までをマイナス100℃に設定し、その温度から物理の法則に従って計算していくと現実的な温度に近づいていくということですね。地球の気候はそういうふうに決まっているということが、計算するとわかるのは、本当に味わい深いことだと思います。

阿部:いろいろな条件(たとえば太陽の明るさや地面の諸条件、大気の組成の分布)に対して自然に決まる最終状態あるいは平衡状態は何かということを、何の制限もなく求めることを一貫して行いました。自然界で起こりそうなことをコンピュータの中で実験する手はずを整えたというところが重要なポイントだと思います。

その後研究は進み、完全な海洋循環も入れて3次元の現実らしい状況で温暖化実験をするのが多分1989年でしたから、モデルに海水の循環を入れるのに20年以上かかっています。

海洋大循環モデルを入れるのに非常に苦労されたので、代わりに混合層モデル(海洋循環を省略した、熱容量のみの海洋モデル)で季節変化を再現できると温暖化実験をしました。古気候の実験も混合層の海洋モデルで行ったところ古気候のデータとよく合ったので、古気候の研究者にとって先生の手法がモデル開発の刺激になったということも聞いています。2万年前の氷河期を再現したモデルでは、モデル開発をしながらなぜ寒くなったのか、一つひとつかかわっていそうな要因を実験装置として使っています。

まとめますと、先生がおっしゃるように「寄り道」しながら根本的な理解を目指していくうちに気候の将来予測につながり、社会貢献にもなったということだと思います。

江守:物理法則で計算しているから2万年前の条件で計算をすると2万年前の気候に近くなるはずで、将来の条件で計算すれば将来の気候に近くなるはずだということですね。

真鍋さんといえば、木本さんは何でしょうか。

木本:真鍋さんといえば「フラックス調整(大気と海洋のモデルを結合するとき、生じた誤差を補正して気候状態をできるだけ現実に近づける操作)」です。プロセスの一つひとつを丁寧に追いかけていく。それを理想的な条件で実験して理解するというのが物理や化学の偉大なところではありますが、自然界にはそれだけではわからない複雑なシステムがたくさんあります。

たとえば気候システムがその一つです。一つひとつの細かいところはわからなくても、このシステムというのはこうやればこう動くし、ああやればああ動くという性質をもつのはなぜなのかを調べるアプローチがあり、私は今回の物理学賞はそういうアプローチも認めていただいたと思っていますから、自分の分野が賞をもらったという以上に感慨深いものがあります。

真鍋さんのアプローチでは細かい不明なところは思い切って単純化(割り切り)します。CO2が増えたときに雲も含めた気候システムはどういう振る舞いをするのかが知りたいので、そこで割り切るのです。IPCCが第1次評価報告書を出した1990年に、真鍋さんたちは本格的な大気海洋結合モデルで地球の気候を計算し、CO2が年1%ずつ増えていくとどういうことが何年ぐらいに起こるのかを初めて明らかにしました。

IPCCの最初の報告書にその結果を出したので、温暖化の科学が認知されるきっかけになったわけです。真鍋さんの当時のモデルは、他の誰がやっても同じですが、まともに計算すると現在観測されている気候そのものではなく、ちょっと微妙にズレている感じになってしまいます。つまり現在の気候が現実からズレているなら、CO2を倍にしたときの結果は信用できないと言われても仕方のないようなモデルだったのですが、それを真鍋さんはフラックス調整という非常にクレバーなやり方で回避しました。

大気と海の間で起こる物理量、熱、水などのやりとりの詳細については非常に難しいことが多いので、モデル計算と観測とは合わないが、自分が知りたいのはCO2が倍になったときの気候システムの振る舞いである。フラックスを人為的に調整して観測に似せておいた上で、現在気候のまわりで揺らぐ気候の揺らぎを調べます。揺らぎが極端に大きくなければ、フラックス調整は揺らぎの成分には影響を与えない。このようなやり方で、CO2倍増時の気候の分布やエルニーニョなどの自然の気候変動のメカニズムを調べたのです。

ところが真鍋さんのフラックス調整は一生懸命気候の良いモデルを開発している研究コミュニティからは、モデルが悪くても実際の観測に似てしまうので早めに止める方がいいとの評価でした。そこで、ある学会の懇親会で私は勇気をだして先生にそのことを指摘したら、「そのとおり。当たり前だ。私はCO2による気候変動を知りたいから、現在気候の再現をちょっと置いて、フラックス調整をしたんだ。よりよいモデルを作るときにはフラックス調整などしない」とおっしゃいました。やはりちゃんと理解しておられるのだと改めて認識しました。

江守:ありがとうございます。次に廣田さんから見て真鍋さんといえば何でしょうか。

廣田:私は真鍋先生といえば「湿潤対流調節」です。湿潤対流というのは雨を降らせる大気のプロセスで、気候の形成と変動に大変重要です。たとえば、熱帯の太陽が一番当たっているところ、すなわち赤道付近で雨がたくさん降るのですが、そのとき下層の暖かく湿った空気が昇っていって南北に分かれて降りてきます。つまり、空気が昇っていくと水蒸気が凝結して雨を落とし、乾燥した空気が北と南に降りてくるのです。こうした基本的な対流のはたらきが気候形成にとって大事な役割を担っているので、気候モデルを作るときに対流の役割をどう表現するか非常に重要になります。

図2 湿潤対流調節スキームの概念図。
図2 湿潤対流調節スキームの概念図。

真鍋先生は1965年の論文*3でこんな説明をしています。横軸に温度、縦軸に高さをとったときに、1000mごとに気温は約6℃ずつ下がります。一方、対流が発生して下層の空気の塊が上昇すると、昇っていくときに対流の空気の中の水蒸気が凝結して雨になり、その潜熱放出によって空気が温まります。その時の気温の高さ分布は1000m当たり5℃下がる湿潤断熱減率というものになります(図2)。

真鍋先生は、気候モデルにおける対流を「湿潤対流調節スキーム」で表現しました。そのスキームでは、対流が起きたときに気温の高さ分布を湿潤断熱減率に瞬間的に近づけ、その時に飽和する水蒸気で雨を降らせます。かなり大胆な仮定ですが、対流の本質的な役割をシンプルに表現しています。

最近の気候モデルでは実際に何が起きているかを、もう少し詳細に計算しています。主流なのは空気の塊が昇っていくときに環境場の周りの空気をどれぐらい混ぜるかとか、どの高さでどの程度凝結して雨を降らせるかということを計算しています。とにかくモデルの中ではいろんな方法で対流を表現します。

真鍋先生の対流スキームは最近のものと比べてシンプルです。しかし他のモデルと比較しても性能が決して悪くないのは、対流の一番重要な役割である大気が不安定なときに対流を起こして水蒸気を運んで雨を降らせたり、気温分布を調整したりすることを表現できているからです。本質的に何が大事かをきちんと理解した上でいかにシンプルに表現するかということは、日本にいらしたときにセミナーで強調されていました。

江守:ありがとうございます。それでは小倉さん、お願いします。

小倉:真鍋先生といえば「気候フィードバックの見積もり」です。真鍋先生は3次元の気候モデルを開発し、大気中のCO2濃度を倍増させるシミュレーションをされたことで非常に有名です。大気中のCO2濃度が上昇すると地表の気温が上がります。ではどのような仕組みで気温が上がったのかを理解したい、ということに話が進むわけです。どのように理解するかを考えるとき、気候フィードバックという量が大きな役割を果たします。

地表の気温は、地球に入ってくるエネルギーと地球から宇宙に出ていくエネルギーのバランスで決まります。太陽から地表面に向かって短波放射(図3左の黄色の矢印)が入ってきて地面は温められ(加熱)、地面から宇宙に向かって長波放射(赤外放射、図3左のオレンジ色の矢印)が出て温度が下がります(冷却)。両者が釣り合って温度は決まるのです。太陽からの加熱効果と地球から外に放射が出ていく冷却効果がバランスしていれば気温は安定していますし、加熱の方が冷却よりも大きければ温暖化が進みます。逆に冷却が勝つようなら寒冷化が進みます。

この前提から大気中のCO2が2倍になった時を考えてみると、図3左の大気の一番外側から宇宙に向かって出ていく赤外放射がCO2の効果で減りますので、地球に入ってくるエネルギーが正味で増えることになります。これを「放射強制力」と呼びます。

気温が上がると大気中や地表面でさまざまなことが起こります。気温の鉛直方向の分布の傾きが変わったり大気中の水蒸気が増えてきたりします。それに加えて地表面の雪や氷が減ったり、雲も変化したりします。その影響で地球から宇宙に出ていく赤外放射が増えたり減ったりします。地球が吸収する太陽からの短波放射の量も増えたり減ったりします。これらを全部考慮しないと地表の気温がどのように決まるか説明できないのです。図3右上に付け加わった赤と黄色の矢印を気候フィードバックと呼んでいます。

図3 地表の気温はどのように決まるか? 地表は、太陽からの短波放射で加熱、宇宙への赤外放射で冷却される。加熱=冷却なら気温は安定、加熱>冷却なら温暖化。(地球のエネルギー収支の単位は全球・年平均, W/m2)
図3 地表の気温はどのように決まるか? 地表は、太陽からの短波放射で加熱、宇宙への赤外放射で冷却される。加熱=冷却なら気温は安定、加熱>冷却なら温暖化。(地球のエネルギー収支の単位は全球・年平均, W/m2

地表気温は放射強制力と気候フィードバックで決まりますが、気候フィードバックを見積もることは簡単ではありません。1988年の真鍋先生と同僚の方との論文*4では、3次元の気候モデルを使って大気中のCO2濃度を2倍にするシミュレーションを行い、気温が上がった仕組みを詳しく調べています。論文の中で先生たちは、出力されたデータから気候フィードバックを精密に見積もる方法を提案されました。その結果をもとにモデルの中の雲の変化が温暖化をどこで促進してどこで抑制しているかということを、こと細かく解析し、仕組みを明らかにされています。

この研究ですべての気候モデルの結果を説明できる訳ではありません。なぜなら、違う気候モデルを使えば、ある程度違う結果が出るためです。しかし一つのモデルについてどういうことが起きているのかを明らかにするのは、決して簡単なことではありません。真鍋先生が同僚の方と共同で開発された、気候フィードバックを見積もる方法はとても優れたもので、その後改良を加えられつつ現在も使われています。これはすごいことだと思います。

木本:真鍋さんのモデルはシンプルかもしれませんが、モデルで計算したことを誰よりも徹底的に調べておられると思います。ですから、モデルの中の“なぜ”が観測で検証できるかどうかを見るために、モデルをあまり複雑にするのを嫌がられておられた気がします。

江守:われわれの世代の気候モデル研究者は複雑なモデルを使えるので、ある設定で計算してみたらこうなりましたということはできますが、逆になぜそうなっているかというのを調べるのは結構難しいわけです。

私の方からは、真鍋さんといえば「地球温暖化予測」です。1989年に発表された論文の中では、大気海洋結合の気候モデルで1%ずつCO2濃度を増やした実験をしています。このときは当然その後どういうふうに温暖化が進んでいくかということはわからないわけです。このシミュレーション結果と、30年後の観測された温暖化分布を比べてみると結構合っているという論文*5が2017年に発表されています。

皆さんが説明していたように、真鍋さんのモデルはシンプルでありながら地球温暖化の本質を表していたのではないかと思います。しかも作り始めの頃の不完全性が大きいモデルでフラックス調整を入れながら計算したにもかかわらず、北極で温度上昇が大きいとか南極の周りや北大西洋の北の方では温度上昇が小さいという温度分布が現実とよく似ているのです。

温度上昇量に関していうと、もちろん30年間で人間活動によるCO2排出量がどれぐらいのペースになるか当時知らないわけですが、現実に起きたのと同じような大きさの温度上昇を予測していたということになります。この論文の最後の方に真鍋さんと共著者が、「気候モデルは現実の気候に合うようにチューニングしているという批判をよく受けるけれど、われわれはこの気候モデルを将来の気候の変化が合うようにチューニングすることができなかった。将来の気候の変化をまだその時知らなかったから」と書いています。そう言いながらこうニコニコっとしている真鍋さんの顔が浮かんでくるような説明だなと思いました。

真鍋さんのスゴイところ3: 高齢になってもアクティブに活躍

江守:真鍋さんのノーベル物理学賞受賞によっていくつか社会的な話題になったことがありました。たとえば、日本からアメリカへの頭脳流出じゃないかとか、真鍋さんの研究は終始好奇心に基づいていて、それで素晴らしい成果を上げたのでもっとそういう研究を日本でもやった方がいいなどありました。世間で話題になっていることに関して木本さんどのようにお感じになっていますか。

木本:好奇心に基づいた基礎科学にもっと予算をというのはノーベル賞をとった人だから言えることで、国環研理事長の私としては、研究者には政府や国民の皆さんの役に立つような研究をしてほしいと思います。真鍋さんから学ぶことは、「必ず楽しく研究しなくてはいけない」ということ。面白くて仕方ないと思ってやるからこそ新しい発見もあります。嫌々研究するなら研究者以外の仕事を選ぶほうがいいです。

頭脳流出といわれていますが、真鍋さんが大学を卒業した頃、日本には大学の先生以外に研究者の職はありませんでした。コンピュータも気象庁にしかありませんでした。コンピュータを使って研究をするためには、アメリカに行くしかなかったのです。しかし今はコンピュータも研究職のポジションもたくさんありますので、なるべく役に立つような研究を楽しく行い、成果を上げていただきたいと思います。

江守:阿部さんにもうかがってみたいです。

阿部:先生が地球フロンティア研究システムにいたとき、意外だけど非常に大事だと思ったことがあります。先生は当時東京大学気候システム研究センターの卒業生の論文博士の指導をしていましたが、学生に好奇心で勝手にやりなさいという指導ではなかったのです。大学の先生の授業は難しいから、きちんとわかるようにしないければいけない。だから大学院生に研究テーマをあげるときには、スプーンフィーディング(スプーンで食べさせる→手取り足取り面倒をみる)しないと、教育していることにならないとおっしゃったのです。

放し飼いでもどんどん勝手に提案して育つのはごく一部の優秀な学生で、自分もそうではなかった。アメリカに行って、そうそうたるメンバーがいる大きなチームの中に入って、手伝いをしてくれるパーマネントジョブで雇用されている人たちがたくさんいて、彼らも楽しく自分の仕事だと思ってやってくれる研究環境が揃っていたそうです。大事なことは大きな目標をもつことで、その目的にどう向かうかは本人の創意工夫がプラスされます。

木本:ありがとうございます。これを受けてぜひ三枝さんにお話をうかがいたいです。

三枝:今のお話を聞いて少し腑に落ちたところがあります。研究の話とは違うのですが、たとえばマラソンの大きな大会で優勝した選手にインタビューすると「私はこの競技が好きでみんなに応援してもらって、42.195キロを楽しんで走れました」と答えることがあります。それは本当のことだと思いますが、実はその人を近くで見ていた人は、普通の人だったら投げ出すような練習を積み重ねて、怪我や挫折を乗り越えてきたことを知っているのです。

真鍋先生は受賞のインタビューで、研究が好きでアメリカで自由に研究させてもらいましたとおっしゃるのですが、地球温暖化研究の草創期に、アメリカでは産業界などからの厳しい反発もあったと思います。真鍋先生は研究者として超然とされていたかもしれませんが、インタビューを聞いているだけの人にはわからないところがあったのではないかと想像します。

江守:阿部さん、真鍋さんのご苦労をご存知ですか。

阿部:超然とされていたのは、モデル開発しながらCO2だけではなく、気候の基本的な問題を追究していたので、今すぐには確かめられないけれど、人には見えないところで自信をもってやるだけのことをやったら結果は後からついてくるということなのだろうと想像いたします。

三枝:ありがとうございます。もう一点、研究環境についてお聞きしたいと思います。阿部さんが、真鍋先生は非常に大きなチームの中で研究されてきたと話されていましたけれど、ノーベル賞の会見で、先生は日本のアカデミアはもっと政府あるいは行政と話し合いをした方がいいというコメントをされていました。

アメリカでそういう活動を真鍋さんご自身もしてこられたのでしょうか。あるいはグループの中でそういう活動をされていた方がいらしたのでしょうか。次の世代の人達が伸びていくような研究環境をつくるためにどういうことを考えておられたのでしょうか。

阿部:確かにその部分はもう少し聞いてみないと私もわからないです。木本先生いかがでしょうか。

木本:合っているかどうかはわかりませんが、真鍋さんのおられたGFDLはNOAAの研究所の一つで、政府が知りたいことを調べる役割があります。真鍋さんご自身がそのことを毎日考えていたかどうかはわかりませんが、真鍋さんを監督していた方がなるべく真鍋さんに自由に研究をしてもえるよう、コンピュータやスタッフを整えたのだと思います。真鍋さんは成果を次々とお出しになりましたが、少し成果が出ない時期があっても見守ったのでしょう。

ですから真鍋さんご自身は地球温暖化問題を解くために研究されたと認識していないと思いますが、周囲の人がその分野に誘導するようなことはあったのではないかと思います。しかも真鍋さんご本人がそれを楽しんでやっていた。これが成功の秘訣ではないでしょうか。

三枝:なるほど。大きいチームの中である程度の役割分担をしながら、一人ひとりのいいところを引き出す。能力のある人がそれを発揮したということなのかなと想像いたしました。

江守:それでは、小倉さんと廣田さんに楽しく研究しているか聞きたいと思います。小倉さんからどうですか。

小倉:自分は気候予測シミュレーションの不確実性、つまり気候モデル間の結果のばらつきについて理解したいという気持ちが大学院生くらいからありました。知りたいところを知るには、ここは大事なんだということを学びながら進んできたように思います。そういったことを研究するときはやはり楽しいです。

一方で、税金で研究しているわけですから、納税者のお役に立たなければいけないということも必ずあるわけです。そのために、興味があって調べていることがどういう役に立つのかということを、節目節目で説明する機会もいただいてきましたので、学びながら両方の折り合いをつけるようにやってきたと思います。

江守:世の中の役に立つ研究を楽しく行っているのは、いいことではないですか。廣田さんはどうですか。

廣田:私も楽しくやらせていただいています。木本先生がおっしゃる通り、社会として急いで調べなければいけないことがありますし、その中で楽しく研究できることもあります。一方で、自身の好奇心で知りたいことを研究することも重要だと思います。そのバランスは大事だと思います。

真鍋先生は能力と行動力がすごい方なので、ああいう方が活躍できる研究環境があれば、それは素晴らしいことだと思います。頭脳流出については、基礎科学に関していえば別にアメリカで研究してもいいのではないでしょうか。その時に、外国に行くのは向こうの状況がわからないのでそれなりに難しいですから、そういう人を応援するような仕組みがあるといいと思います。

江守:何か制度を整えたからといって真鍋さんのような人を作れるわけではないかもしれません。最後に一言ずついただいて締めたいと思います。

廣田:真鍋先生、おめでとうございます。気候モデリングの研究をしているものとして勇気づけられるノーベル賞で大変嬉しかったです。私も研究を通して少しでも世界に貢献できるように精進したいと思います。

小倉:長い間、研究現場の最前線でアクティブに活躍されてきて、そして最近教科書も出版されました。ご高齢になられても研究に対する情熱をもち続けていらして素晴らしいことです。研究のレベルではまったく及びませんが、研究に対する姿勢だけでもしっかりともち続けていきたいと思います。受賞おめでとうございます。

三枝:私も90歳になったときに楽しく研究しましたと言ってみたいです。

木本:テレビを通してですが、真鍋さんの相変わらずの楽しそうな姿を拝見できてよかったです。先生と似たような分野で働いてきた者としては、非常に嬉しいニュースでした。先生の足元にも及ばないかもしれませんが、われわれなりに楽しく研究させていただきたいと思います。

阿部:先生が変わらない感じで、90歳と思えないくらい若いというだけではなく、先生は一貫して自分のやりたいことを楽しみながら、そしてとことん考えて納得しながら進まれている。その姿に心を打たれました。これからも元気で私たちにパワーをいただければと思います。

江守:最後に私からも一言。今回、真鍋さんというすごい方がいらしたおかげで、われわれの分野に社会からスポットがあたったという感じがして、素直に嬉しく思いました。同時に真鍋さんという素晴らしい人がいることを日本国民が知ることになったということが、また非常に嬉しいことでした。研究だけではなく、人柄の素晴らしさも日本国内だけではなく世界中に知れ渡りました。真鍋さん本当におめでとうございます。

というわけで、東京大学の阿部彩子さんをゲストに国環研の5人とが真鍋さんの研究業績や人物像についてお話してきました。これで、みなさんの理解が深まったらいいと思います。