2016年8月号 [Vol.27 No.5] 通巻第308号 201608_308001

生態系モデルの新たな進展について 〜この5年間を振り返って〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

2016年5月9日〜12日にかけて、アメリカ・ボルチモア近郊のタウソン大学で生態系モデルに関する国際会議(The International Society for Ecological Modelling Global Conference 2016: ISEM2016)が開催された(写真)。本会議はタウソン大学のホストのもと、国際生態モデル学会(International Society for Ecological Modelling: ISEM)とElsevierのオーガナイズで開催された。これまで、2009年にカナダ・ケベックシティで、2011年に中国・北京[1]で、2013年にはフランス・トゥ-ル-ズで開催されており(北アメリカ・アジア・ヨーロッパ間での持ち回り)、今回の第20回は再び北アメリカで開催のグローバル会議である。以下に筆者の感想を交えつつ概要を報告する。

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写真ISEM2016の学会会場となったタウソン大学(創立150周年。今回の会議のメインホストであるBrianが在籍)

今回の会議では始めに、ISEMに加えて英文雑誌Ecological Modellingを含む複数の雑誌の創始者であるSven Erik Jørgensen(コペンハーゲン大学)の訃報があった[1]。Svenは筆者が2002年に東京での国際会議に招聘して以来、会うごとにシステム生態学や生態系モデルを含む研究の独自の世界観について力強く説明していた。前回のISEMの会議でも帰りの飛行機内の隣席で、複数の湖沼や森林を含む大邸宅での暮らしぶりの話(所有するクルーザーでの水遊びなど)や、デンマークの孤島で自然再生エネルギーによる実証実験を主導して有効エネルギーに関するエクセルギー(exergy)評価というユニークな研究を行ってきた話など、年齢を感じさせないパワフルな印象ばかりを持っていただけに、訃報は残念でならない。ただ、今回のISEMのホストの1人、かつSvenの後任でEcological ModellingのEditor-in-ChiefのBrian D. Fath(タウソン大学)を筆頭に、Guy R. Larocque(カナダ天然資源省)、Tarzan Legović(ルジェル・ボスコビッチ研究所)、Todd M. Swannack(アメリカ陸軍工兵隊)、Bai-Lian Li(カリフォルニア大学リバーサイド校)など、筆者が知っているだけでも多数の著名な研究者がSvenの志を引き継いでおり、この会議でも生態系モデルに関する新たな展開に関する発表が幾つもあった。

本会議は、参加者約330名、6つの基調講演、15のシンポジウム、8つの一般セッション、ポスター発表が行われた。全体的に前回のトゥ-ル-ズでの発表に比べて生態学の理論や原理に関する発表はだいぶ減り(生態学に限らず、時代の流れなのかもしれない)、リスク評価、生態系回復、景観解析、人間活動や気候変動に伴う影響解析のように、生態系モデルの適用可能性、特にグローバルなスケールでの適用に関する発表が増えたように感じた。初日の基調講演では、IGBP(International Geosphere-Biosphere Programme)の議長であるJames Syvitski(コロラド大学)による幅広な地球科学コミュニティへの適用に向けた様々なモデルの統合(Community Surface Dynamics Modeling System: CSDMS)が興味深かった。昨年秋に立ち上がったEcosystem Dynamics Focus Research GroupがCSDMSを更に俯瞰する手立てとして機能し、200個程度のオープンソースモデルに基づくネットワーク化やキャパシティ・ビルディングに留まらず、様々な教育や知識の創出に向けた取り組みは、これからの生態系モデルのあるべき姿として大きな役割を果たすものと思われる。また、生態学の代謝理論(metabolic theory of ecology)、個体ベースモデル(Individual-Based Model: IBM)、エージェントベースモデル(Agent-Based Model)、物理環境生息場評価モデル(Physical Habitat Simulation Model: PHABSIM)、水質生態系モデルなどのオーソドックスな生態系モデルの発表(詳細は脚注[1]などを参照)に加えて、動的エネルギー収支(Dynamic Energy Budgets: DEB)、AQUATOX生態系モデル、人間-社会結合システム(Socio-Ecological、もしくは、Coupled Natural & Social Systems)、都市システムモデル(Urban System Modelling)、最先端の計測技術や画像解析技術と生態系モデルの組み合わせ、持続可能性評価(Sustainability Assessment)等のセッションでの発表(各モデルの詳細は省略するが、別概念の既存モデルとのアナロジーを用いたり、人為活動の影響を加えたり、コンピュータの性能向上による新たな解析の実施、など)は新鮮であった。筆者は生態水文学(Eco-Hydrology)[2]のセッションにおいて、生態水文学モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)[3]と複数の生物地球化学的循環モデル(LPJWHyMe、Biome-BGC、SWAT、QUAL2Kw、RokGeM、CO2SYSなど)を新たに結合したプロセス型のNICE-BGCを用いることによって、これまでグローバル炭素循環評価においてほとんど無視されてきた陸水が炭素循環に及ぼす影響評価についての研究発表を行った。

筆者はもともと流体力学における乱流現象をテーマに学位論文を書き[4]、国環研に入所後に新たにNICE[3]を開発してきたが、初めてISEMに参加[1]してからのこの5年間(3回目)だけでも生態系モデルは随分と複雑になってきていることを改めて感じた。Svenのように生態系モデルを総括的かつ包括的に説明してくれる講演者が今回いなかったのは残念であったが、一方でJamesのようにこれまでの生態系モデルの流れを踏まえつつ、より大きな枠組みの中で地球科学コミュニティへ積極的に貢献していこうとする姿勢は、これからの生態系モデルが活路を見いだしていく上で不可欠な要素の1つである。そのような意味においても、筆者が近年行ってきた生態水文学モデルと生物地球化学的循環モデルの結合NICE-BGCは、単に炭素循環におけるホットスポット検出や早期検出システム構築のためにとどまらず、もっと広い視野から持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)[5]における「2030アジェンダ(正式名称:我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)」を達成するために必要であり、地域レベルとグローバルな観点の融合の必要性がここにあるのだと再認識した。

脚注

  1. 中山忠暢「これからの生態系モデルには何が必要なのか?」地球環境研究センターニュース2011年11月号
  2. 水文学(hydrology)と生態学間での相互作用の理解を目指す学問分野。筆者も編集委員を務めている「Ecohydrology」(Wiley-Blackwell出版社)及び「Ecohydrology & Hydrobiology」(Elsevier出版社)などをご参照ください。
  3. 例えば、Nakayama T. (2015) Integrated assessment system using process-based eco-hydrology model for adaptation strategy and effective water resources management. AGU Geophysical Monograph Series 206, pp.521-535.
  4. Nakayama T. (2000) Turbulence and coherent structures across air-water interface and relationship with gas transfer. Ph.D. Dissertation of Kyoto Univ. http://jairo.nii.ac.jp/0019/00122889/
  5. UNDP (2015) Sustainable Development Goals. http://www.un.org/sustainabledevelopment/

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