2016年5月号 [Vol.27 No.2] 通巻第305号 201605_305003

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 12 世界のCO2の排出量をマイナスにするネガティブエミッション技術—2°C目標の達成を目指して—

  • 山形与志樹さん
    地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主席研究員
  • インタビュア:広兼克憲(地球環境研究センターニュース編集局)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第12回は、山形与志樹さんに、2°C目標達成に向けたネガティブエミッションについてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
8.9 森林減少の防止
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
2°C目標を実現するためのネガティブエミッションの役割

京都議定書以降、炭素吸収源として注目されるようになった森林

広兼

山形さんの最近の主たる研究活動はグローバルカーボンプロジェクト(Global Carbon Project: GCP)のなかにありますね。GCPの研究では、二酸化炭素(CO2)の吸収源、特に森林等のバイオマスに関する研究が重要な位置づけになっているように思います。吸収源に関する研究のなかで、GCPはどんなところに注目していますか。また、どうやって最新の研究知見を収集しているのでしょうか。

山形

GCPは2001年に設立されました。GCP設立の背景についてお話します。

1997年の気候変動枠組み条約第第3回締約国会議(COP3)で京都議定書が採択されました。京都議定書の3条3項と4項にあるように植林や森林経営によるCO2の吸収をカウントしてもらえると、数値目標を達成するために森林が大きな役割を果たすことになるので、森林吸収源は、科学だけではなく政治でも取り上げられました。しかし、その取り扱いについては、2001年のCOP6再開会合まで議論が続き、同年のCOP7でやっと「マラケシュ合意」ができました。私は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「土地利用(LULUCF)特別報告書」のリードオーサーを務めた関係で、政府代表団の一員としてCOPに参加し、科学的知見をどうやって国際政策に反映するかということに関与する機会がありました。ちょうどそのころ、地球環境変化の人間社会側面に関する国際研究計画(IHDP)や地球圏-生物圏国際協同研究計画(IGBP)が、自然科学と社会科学を連携した活動として、地球システム科学パートナーシップ(Earth System Science Partnership: ESSP)を立ち上げようとしていました。ESSPは政策的にも重要な課題の基本となる自然科学や社会科学的知見の総合的な研究を推進することを目的としていて、GCPは、その流れの中で、炭素循環の解明と管理に関する国際的な研究推進に総合的に取り組むことになりました。いろいろな議論の末、2004年、日本で初めて地球環境に関する国際科学会議(ICSU)の国際オフィスが国立環境研究所内に設置されました。

広兼

そのような国際オフィスがつくばにできたことは画期的ですね。具体的にはどのような活動が始まったのでしょうか。

山形

つくば国際オフィスが立ち上がった当初は、GCPのもう一つの国際オフィスであるキャンベラオフィスの研究者と一緒にモデルを作り、森林が吸収したCO2のうち、自然の吸収ではない分を分離できるのか、土壌の吸収や排出はどうやってカウントするのかなどを検討しました。自然の吸収と、人為活動による植林や森林管理による吸収を全部カウントしてしまうと、広大な森林のあるロシアやカナダなどは、温暖化対策を何もしなくてもいいということになってしまいます。そこで、自然吸収の上限は何%まで認めたらいいのかという制度が国際的な交渉のテーマになりました。科学的研究が政策の合意にどれだけ影響を与えられたのか定かではありませんが、IPCC報告書に論文を載せたり、私も実際に交渉の場で、土地利用変化や森林管理活動についての追加性を考慮して、人為活動による吸収量を算定する研究知見について政策担当者といろいろと議論させていただいた記憶があります。

広兼

その後の活動はどのように展開していったのでしょうか。地球環境研究センター(CGER)の陸域モニタリング推進室との連携はどうでしょうか。

山形

京都議定書の次の枠組みにおけるGCPの研究の焦点はREDD+(森林減少の防止による温室効果ガスの排出削減と森林管理による炭素ストックの増加)に拡大しました。京都議定書に参加した先進国にとっては植林や森林管理が重要ですが、次の枠組みには大規模な森林減少が起きているブラジルやインドネシアなどの途上国が参加することを考え、森林減少の防止を温暖化対策として認めるということが、2007年のCOP13で大きく取り上げられました。土地利用変化やで森林伐採でどれだけCO2が排出されるか、あるいは自然林のままでもどれだけCO2を吸収しているのかが焦点になってきて、GCPの炭素管理研究は、CGERの熱帯林のモニタリングなどの研究と連携を深めて展開してきました。

2°C目標達成の重要な鍵となるネガティブエミッション

広兼

山形さんはバイオマス燃料の利用とそれに伴う炭素回収貯留(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage: BECCS)を研究テーマの一つにされていますね。

山形

2015年12月のCOP21で合意したパリ協定の一番重要なメッセージは、2100年の平均気温を産業革命前と比較して2°C未満に抑える目標です。この目標を達成するためには、2070年以降、世界中のCO2の正味の排出量がゼロになるということが必要です。背景にあるのはIPCC第5次評価報告書(AR5)のRCP2.6シナリオの計算で、実際には多くのシナリオではグローバルな正味のCO2排出量がマイナスになっています(図1)。このマイナスは、実はネガティブエミッション(Negative Emission: NE、加藤悦史「地球環境豆知識 [27] ネガティブエミッション技術」地球環境研究センターニュース2014年4月号)によるものです。NE技術の一つにBECCSがあります。現在、世界のCO2排出量は10Gt(ギガトン、1Gt = 10億t)以上ですが、RCP2.6のシナリオは、2100年時点でBECCSにより約3Gt吸収しているという計算になっています。今までは政策的なキャッチフレーズとして「2°C目標」と言っていたわけですが、パリ協定で国際的な合意になった以上、それを遵守して達成するための実施計画を科学的に検討しなければなりません。パリ協定合意への科学的知見の提供を目的として、目標達成の重要な鍵となっているBECCSについて、GCPは3年くらい前から議論してきました。先にお話ししたとおり、CO2吸収源の確保や拡大はGCPの一貫したテーマでしたが、ある意味、その最新の発展版の研究がNE技術に関する研究です。BECCSにより3GtものCO2を吸収するためには、世界中の農地の2割くらいをバイオエネルギー作物の栽培に使うことが必要になります。そうなった場合の持続可能性への影響や、食料生産との競合、水不足などの問題を中心に研究しています。

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図12°C目標達成に必要なCO2排出量の減少 出典:Fuss et al. (2014), Biophysical and economic limits to negative CO2 emissions, Nature Climate Change この図は気温上昇を抑制するIPCCのシナリオに対応する世界各国の研究モデルのばらつきを示している。2°C目標を達成するためには、2070年以降の化石燃料からのCO2排出を正味で負にする必要性があることがわかる。多くのモデルでは、大気中のCO2を減らすため、世界規模でのNE技術の実施が想定されている。

広兼

個人的には、畑に植える作物のうち2割くらいエネルギー用の作物があってもおかしくはないと思っていますが……。

山形

これは議論が分かれるところです。IPCC AR5のRCP2.6シナリオによる地球全体の農地面積変化予測(図2)では、世界の農地合計は2100年まで漸増し、約20億haになります。その間も、人口は増えます。途上国は今、あまり生産性が高くないのですが、順調に経済成長して高い農業技術で生産性を上げていく、海外から輸入もできる、そうすると、人口が増加しても増やせる農地をバイオエネルギー作物向けに回せる、という仮定の下での話です。20億haの2割は5億haですから、かなり広大な面積です。この予測はまだ仮定が多すぎるので、私は5億haをバイオエネルギー作物向けにするのは難しいのではないかと考えています。しかし、個人的なエクスパートジャッジメントとして、その半分ならなんとかなるかなと。足りない分はどうしたらいいかという研究をしているところです。

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図2地球全体の農地面積変化(RCP2.6シナリオ) 出典:Kato & Yamagata (2014) BECCS capability of dedicated bioenergy crops under a future land-use scenario targeting net negative carbon emissions. Earth’s Future IPCC AR5のRCP2.6シナリオは、現在地球上に存在する約15億ヘクタールの農地を2100年には約20億ヘクタールまで増やし、その増分をバイオエネルギー作物に利用することが想定されている。2°C目標を達成するための社会経済シナリオの多くでは、RCP2.6と同様のネガティブエミッション技術の利用が仮定されているが、大規模なBECCSを実現するためには、まだ多くの課題が残されている。

広兼

こんな大きなテーマを山形さん一人で、どのように取り組んでいるのでしょうか。

山形

GCPの特徴でもありますが、非常に小さい組織で予算も少ないので、国内外でネットワークを構築し、いろいろな研究分野の人と協働で進めています。国内では環境省環境研究総合推進費S-10プロジェクト「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」(高橋潔「環境研究総合推進費の研究紹介 [15] 地球温暖化リスクと、私達はいかに付き合っていくのか?」地球環境研究センタニュース2014年2月号)の一つのサブテーマとして関連研究を実施させていただいています。

竹炭は優れたNE技術

広兼

ところで私は、火を燃やして煮炊きするのが趣味です。薪ストーブにも興味があります。竹はものすごく火力が強いことに驚きました。日本では竹が豊富にありますから、竹をバイオマスとして利用するというのはどうでしょうか。

山形

NE技術にはいくつかあります。BECCSが一番CO2削減効果は大きく、ほかには、化学工学的手法で大気からCO2を吸収する直接空気回収(Direct Air Capture: DAC)があります。CO2を大量に吸収できるのでDACは注目を集めていますが、地道に吸収・固定する植林は、持続可能性に貢献します。それと、土壌にCO2を固定する方法もあります。竹炭を作って農地土壌改良材として投入するBECCS手法は、グローバルなCO2吸収量として大規模に実施する可能性はあまり大きくないですが、日本が長期的に持続可能な形で実施するのはとてもいいと思います。ほかのNE技術は、水を大量に使ったり食料と競合したり、技術的に進めようとするとかなりのお金やエネルギーが必要になりますが、竹炭を農地に入れると土壌改良剤でじわじわと肥料を出してくれるので、食料生産にいいし、農産物の味もおいしくなるそうです。

広兼

竹は燃やすと灰になります。灰ではだめでしょうか。

山形

灰も炭素であることは間違いありませんから養分になるでしょう。でも炭にした方が炭素として固定される量が多くなります。

広兼

山形さんのお話を聞いていて、自分は結構先進的な取り組みをしているような気がしてきました。

CCSの方法の違いによる影響

広兼

大気中のCO2を地下に埋めると、地震が起きたらまた大気に出てきてしまうのではないかという心配があります。

山形

埋め方と埋める場所で違いが出てきます。一番安定しているといわれているのは、石油を採掘した後の空洞に埋めることです。実際、石油を採掘するときにCO2を注入して、その圧力で石油の生産効率を上げる手法が北海油田などで行われていて、実証されている技術で問題もないといわれています。

広兼

3Gtを埋めるとしたらどのくらいの場所が必要になるのでしょうか。

山形

2100年に3Gt埋めるというのは、それまで埋め続けるということですから、トータルで150Gtくらいになるといわれています。そういわれてもピンとこないかもしませんが、風呂桶1杯が1トンくらいですから、1500億の風呂桶分、あるいは大まかに計算すると毎年富士山ぐらいの重さのCO2を21世紀中に50個地中に埋める量に相当します。

広兼

これはちょっと想像がつきにくいですね。

山形

海に沈めるという案もありました。圧力をかけて冷やすとCO2はシャーベットみたいになります。それを海に入れると比重が海水より重いので、海底にCO2湖を作るという案があり、ハワイ沖で実験しようとしたら反対運動が起こり、実験ができませんでした。これが一番安定しない埋め方と埋める場所です。CO2をむき出しで海底に埋めて湖を作ると当然拡散してきますから、生態系に影響が出ます。この2つが一番安定しているものと危ういものの代表で、さらにその中間にあたるものが相当数あり、全部で1000Gtくらい吸収できるので、実際に150Gtくらいは吸収可能ではないかということなのです。

2°C目標は通過点

広兼

この研究には、実に幅広い専門性が求められていることがよくわかりました。これまでお話しされた以外でGCPの新しい取り組みはありますか。

山形

2100年までの目標が注目を集めていますが、実はもっと重要なのが2100年以降です。2100年までに温度上昇を2°Cに抑えられても、その後排出が続いてしまえば必ず温度は上昇します。ですから、2°C目標は通過点で、来世紀以降、温度上昇は0°C、つまり産業革命以前に戻していくことも考えなければいけません。そうすると、長期的な炭素管理が重要になり、NEの技術開発を真剣に検討する必要があると思っています。

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広兼

比較対象となる値として産業革命前の平均気温が使われますが、産業革命前の温度が今の60億人を支えるのにふさわしい温度なのでしょうか。もう少し暖かい方がいいのかもという気がします。

山形

暖かいけれど、海面が10m上昇してもいいかということです。10m海面上昇すると東京では皇居の前までが海になってしまいますから、すべてのインフラを整備し直さなくてはなりません。

広兼

海面が上がると住む場所が狭まってしまいますからよくないと思いますが、温度上昇を0°Cに戻すと寒くなり、植物の生産性は低くなるのではないでしょうか。

山形

確かに、温暖化の影響には、プラスもマイナスもありますから、トレードオフを考える必要があります。私は縄文時代の遺跡分布に興味があり、貝塚の分布などを調べたりしていますが、縄文時代の日本の中心は八ヶ岳の近辺にあったという説があります。縄文時代はとても温暖で海面が今より10mくらい高かった時期です。そういう風に考えると、超長期(数百年程度)では、人間の側が例えば都市の場所を変えて適応するのか、気候変動の影響を抑えるように最後まで努力をするのかという選択があると思います。

2°C目標のシナリオの検証が必要

広兼

GCPの最近の研究(バイオCCSなどの二酸化炭素除去技術にはまだ多くの制約があることが国際共同研究により判明 —国際合意の2°C目標達成には、今すぐ積極的な排出削減が不可欠—)が、先日Nature Climate Changeに掲載されました(報道発表 http://www.nies.go.jp/whatsnew/2015/20151208/20151208.html)。この内容のどこが新しいのか、ちょっとわかりにくいです。IPCC AR5に載っていることをそのまま書いているように見えてしまいました。ことが複雑であるがゆえに、素人的にはわかりにくいということがGCPの研究にはあるような気がします。

山形

多くのGCPに参加している海外の研究者の論文は、IPCCで引用されていますし、実際にはIPCCの執筆者にもなっていますので、IPCCに似ているところがあります。IPCCとの大きな違いは、IPCCでは過去に出た論文をレビューして報告書にしますが、IPCCでは不足している知見について、われわれGCPではいろいろと検討を進めて新しい論文も書きます。また自分たちが現在研究している最新の研究情報をGCPの独自の視点で整理して、その論点にそった形でまとめています。IPCC AR5に書かれた2°C目標のシナリオは、持続可能性に影響する具体的な土地利用や炭素循環フィードバックを評価できるモデルを用いずに国際マクロ経済モデルで検討されているため、われわれにはそのアセスメントの仕方に懸念がありました。また、2100年の大気中CO2換算濃度レベルに対応するIPCC排出シナリオをグラフにすると、世界の研究モデルのばらつきが大きいことがわかりました(図1)。全世界をたった20くらいの地域と国に分けて単純化されたモデルでシナリオを検討しているため、たくさんの仮定を前提にしています。パリ協定が採択され、2°C目標が国際条約になったわけですから、それを実施することを考えるためには、もう少し詳細な要素と地域的な土地属性の違いを考慮したアセスメントが必要だと考えています。

広兼

もうちょっと踏み込んで検証した方がいいということですね。このインタビューのシリーズで高橋潔さんが、モデルが少なければ確信度が上がるかもしれませんが、研究成果が増えると信頼度が下がることがあると、非常におもしろいことをお話しされていました。

山形

モデルが複雑化してくるとデータも多くなります。モデルは目標設定まではとても重要ですが、その後、実施計画を作るときは、地上での実験などを踏まえて、現場の状況にあったものを作成しなければいけないと思います。

2°C目標を実現するためにNEが果たす役割

広兼

次回、『地球温暖化の事典』を執筆するとしたら、書きたい内容はありますか。

山形

今でしたらパリ協定を受けて、2°C目標を実現するためにはNEがどういう役割を果たすのかということを書いたらいいかなと思います。NEの具体的な技術についても紹介したいと思います。さきほど話題になった竹炭だけでも一つの章が書けるかもしれませんね。

*このインタビューは2016年3月3日に行われました。

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