2013年7月号 [Vol.24 No.4] 通巻第272号 201307_272002

温室効果ガスを測るひとびとの集い:GGMT-2013参加報告

地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 寺尾有希夫

第17回WMO/IAEA Meeting on Carbon Dioxide, Other Greenhouse Gases, and Related Measurement Technique(世界気象機関・国際原子力機関 二酸化炭素その他の温室効果ガスと関連物質の測定技術に関する会議、以下GGMT-2013)が、2013年6月10日から14日に中国・北京で開催された。地球環境研究センター(以下、CGER)からは、向井センター長がAdvisory Committee、町田室長がSteering Committeeのメンバーとして、運営に携わった。本会議は2年に一度開催されており、毎回CGERの研究者が参加しているが、CGERニュースの記事に取り上げるのは今回が初めてである。2011年の第16回(ニュージーランド・ウェリントンで開催)よりGGMTと呼ばれるようになったこの会議は、2009年の第15回(ドイツ・イエナで開催)まではWMO/IAEA Meeting “of Experts” on Carbon Dioxide, Other Greenhouse Gases, and Related Tracer Measurement Techniquesとの名称で、通称 “Experts Meeting” と呼ばれていた。第1回の会議は1975年に米国・スクリプス海洋研究所においてC.D. Keelingが主催して、ごく数人のExpertsが二酸化炭素(CO2)の測定技術について話し合いを行うものであった。その後、温室効果ガス観測の社会的必要性が向上したことや、会議で取り上げられる話題が多様化してきたこともあって参加者は増え続け、昨今ではごく数人のExpertsが話し合うような場ではなくなっていたことから、第16回より会議名から “Experts” を取ることとし、略称もGGMTとなった。

GGMT-2013は、中国気象局が主催し、20か国45機関から約140名の参加者があった。第9回CO2国際会議(ICDC9)の翌週に同じ北京市内で開催されたため、大多数の人がICDC9から連続で参加すると思われたが、今回はGGMTのみに参加した人がかなりいたように見受けられた。CO2以外を専門とする研究者がGGMTのみに参加するのはわかるが、大気CO2観測をリードする著名な研究者がICDCを欠席しGGMTのみに参加している例も見られた。ICDCは数百人規模で「CO2観測結果やモデリングから何がわかったか?」を発表する場なのに対し、GGMTはより小規模な人数で「いかに精緻な大気観測を行うか」を深く議論する場であり、後者のマニアックな感じを好む人が多いのかもしれない。

GGMT-2013は、1) スケール・標準・比較、2) 観測の統合・データプロダクトとポリシー、3) CO2およびCO2以外の測定技術と校正、4) 同位体観測と校正、5) 温室効果ガス観測ネットワークとサイトの最新情報、のセッションで構成され、42件の口頭発表と43件のポスター発表が行われた。GGMTでは、それぞれの測定の現状や研究成果を報告するだけでなく、温室効果ガスの測定技術についての推奨(通称WMO recommendation)の改訂が行なわれる。WMO recommendationは、GAW ネットワークの基準を満たすために、各ラボ間の差異の目標値(CO2濃度は±0.1ppm、など。測定誤差でないことに注意)や校正手法の指針などを示すものである。4件ほどの口頭発表が終わるたびに、WMO recommendationの各章のリーダーのもと、ドラフトを全員で確認しながら、改訂の議論が行なわれた(写真1)。

photo. WMO recommendationの議論

写真1GGMT-2013におけるWMO recommendationの議論の様子。NOAAのK. Masarieと気象庁の小出寛氏がリードして、観測データ提供について活発な議論が行なわれた

今回一番盛り上がったのは、初日の午後・後半に行なわれた「観測データ提供」に関する議論であった。まず、口頭発表では、オランダ・SRONのS. Houwelingが、モデル研究者からのフィードバックとして、観測エラー情報の重要性、使いやすいデータ提供センターのあり方、データ提供者を共著者に入れるべきか(データ利用に関する謝辞と共著者になるかは別で、特に多数の観測データを利用する時には共著者ルールは適応できない、との見解)などを示した。続いて、米国・NOAAのK. MasarieがGlobalviewの後継としてのObsPackプロダクトの現状と将来、ならびに公正利用に関する声明(Fair Use Statement)について発表し、日本・気象庁の小出がWMOのWDCGG、フランス・LSCEのL. Hazanが EUのICOS、ドイツ連邦環境庁のL. RiesがGAW、それぞれの現状と今後の計画について発表した。その後のrecommendationの議論で、データ提供者と利用者の関係、ポリシー、などについて、かんかんがくがくの議論があった(某ご意見番からは、そんな論文はリジェクトしたらいい、などの本音も)。ここまで腹を割って議論ができたのは良かったのではないかと思う。

WMOのO. TarasovaとNOAAのJ. Butlerは、今年GAWステーションの多くで月平均CO2濃度が400ppmを超え、世界中でニュースになったことを伝えた。標準ガスや比較実験に関しては、以下のような発表があった。NOAAのB. Hallは、WMO基準であるNOAAのCO2標準ガスを長年管理していた担当者が2010年に交替した影響(検定装置の体積比が変わったが、大きな影響は無し)や、一次標準の一つがドリフトしていることなどを報告した。スクリプス海洋研究所のR. Keelingは、スクリプスのCO2標準にドリフトがあり、その一因が圧力測定器のガラス容積の経年変化であることなどを報告した。NOAAのP. Tansは、NOAA CO2標準における13Cと18Oの同位体置換体について議論した。米国・NCARのB. Stephensとオーストラリア・CSIROのP. Krummelは、それぞれの観測サイトにおける比較実験の結果を発表した。NOAAのE. Dlugokenckyは、高濃度メタンの一次標準を重量法で作成したこと、新しい二次標準を作成したことを報告した。

前回のGGMT-2011では、キャビティリングダウン分光計(CRDS)を用いた温室効果ガスの濃度や同位体の計測の特性や精度に関する話題が多かったが、今回のGGMT-2013では、CRDSをさまざまな観測プラットフォームに設置し観測を始めました、という発表が多かった。CRDSがこの分野の計測ですでに主流になりつつあることの現れであろう。しかし、同位体分析に関しては、CSIROのC. Allisonが13CO2値にメタン濃度が影響を与えていることを示したように、未だ改善点が多く残されていると感じた。CGERの勝又と奈良の発表は、それぞれ、波照間・落石地上ステーションと民間定期船舶にCRDSを設置して観測を行なった結果で、参加者が高い関心を示していた(写真2)。

photo. ポスター発表会場

写真2GGMT-2013におけるポスター発表会場の様子。CGERの勝又高度技能専門員(左端)と奈良高度技能専門員(右端)が参加者と議論している

WMO recommendationの議論に関して、筆者は、6月12日の午後に行われた放射性炭素(14C)測定の分科会に出席した(出席者は十数人、まとめ役はJ. Turnbull)。前回までのGGMTと大きく異なり、初参加の中国のラボからの参加者が過半数を占めた。14C分科会では、1) Δ14C値のラボ間の差異の目標値を1‰から0.5‰にすること(異論が多かった)、2) Δ14C値の計算の際にはδ13C補正と放射壊変補正を行うことにしているが、δ13CはAMS(加速器質量分析計、14Cの分析ができるが13Cの精度は低い)とIRMS(安定同位体比質量分析計、13Cを高精度に分析できるが、分析を行なっていないラボも多い)のどちらを使うか、放射壊変補正は分析日と試料採取日のどちらで行うか、そもそもΔ14C値と誤差の計算の仕方が研究者によって異なるので計算式で明記すべきであること(いまさらですか?と思われるかもしれないが、実際にはこれが14C分析研究の現状である)、3) 国際比較実験の進め方について、全大気(whole air)でなくCO2で行えないか、中国ではフラスコに詰めた大気の輸入が制限されているので中国気象局がシリンダーを用意して比較実験の中心になれないか、4) AMS法と放射能計数管法の比較の推進、などが議論された。今回不参加だった研究者の意見の集約を行い、これから時間をかけて改訂作業を進めるため、これら全てが最終報告書に反映されるかはわからない。

高精度の大気中温室効果ガス観測の意義は、初日の基調講演でNOAAのJ. Butlerから出た言葉 “We cannot manage what we cannot measure.” がよく表していると思う。大気モデル研究者のみならず、温暖化の緩和・適応研究者の方々にも、このような国際的な活動を通して温室効果ガスの高精度分析が実施・維持されていることを理解していただければ幸いです。

略語一覧

  • 世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)
  • 国際原子力機関(International Atomic Energy Agency: IAEA)
  • 二酸化炭素国際会議(International Carbon Dioxide Conference: ICDC)
  • 全球大気監視(Global Atmosphere Watch: GAW)
  • オランダ宇宙研究機関(Netherlands Institute for Space Research: SRON)
  • 米国海洋大気局(National Oceanic and Atmospheric Administration: NOAA)
  • 温室効果ガス世界データセンター(World Data Centre for Greenhouse Gases: WDCGG)
  • 気候環境科学研究所(Laboratoire des Sciences du Climat et de l’Environnement: LSCE)
  • 統合炭素観測システム(Integrated Carbon Observation System: ICOS)
  • 米国大気研究センター(National Center for Atmospheric Research: NCAR)
  • オーストラリア連邦科学産業研究機構(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation: CSIRO)
  • キャビティリングダウン分光(Cavity Ring-Down Spectroscopy: CRDS)
  • 加速器質量分析(Accelerator Mass Spectrometry: AMS)
  • 安定同位体比質量分析計(Isotope Ratio Mass Spectrometer: IRMS)

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地球環境研究センター ニュース編集局
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