2012年4月号 [Vol.23 No.1] 通巻第257号 201204_257002
水循環解明のためのリモートセンシングの有効活用に向けて
1. はじめに
2012年2月19日〜22日にかけて、アメリカ・ハワイで陸域水循環のリモートセンシングに関するアメリカ地球物理学連合チャップマン会議(AGU Chapman Conference on Remote Sensing of the Terrestrial Water Cycle)が開催された。今後新たに始まるさまざまな衛星ミッションでよりクリアな水圏の映像が得られると予想され、現段階で水文学的[1]にリモートセンシングの総合化を行い、これからの水循環研究への対策を立てることが急務である。今回の会議はAGUの水文学支部(Hydrology Section)を中心とした有志により立案されたものである。ニューヨークタイムズのA. C. Revkinが「Water and the Knowosphere[2]」というタイトルで地球における水資源の希少性および技術を用いた解決可能性について興味深い基調講演を行った(写真)。人間の叡智による問題解決に向けた提言は、本会議のテーマであるリモートセンシングを用いた早期警報・危機診断システムのような枠組みと統合することで具現性が増すと思われ、会議の前座として研究意欲をそそる話題提供であった。参加者約300名、一つの基調講演、五つの口頭セッション、二つのポスターセッションで構成され、17件の口頭発表、約200件のポスター発表が行われた。以下に筆者の意見を交えつつ概要を報告する。
2. 水循環把握のためのリモートセンシングの必要性
地球規模での気候変動に伴う降水量の偏在化や急激な経済成長・人口増加等により、水資源の枯渇や水質悪化が深刻になっている[3]。生態系の劣化により人間生活に必要な供給サービス(Provisioning Services)としての水資源の枯渇に拍車をかける状況に対して国連環境計画(UNEP)をはじめさまざまな研究機関および行政組織でグローバル水ストレスに関する研究が行われ、保全・再利用・脱塩等も含めた持続可能性に向けた新たな水資源管理への関心も高まっている。現在、アメリカ地質調査所(USGS)が公開しているHydroSHEDSによる全球水文学的データセットおよびWHYMAP(World-wide Hydrogeological Mapping and Assessment Programme)による地下水の全球分布をはじめとして、さまざまなデータセットが利用可能であるが、それらの間には表面流に比べての地下水流の不明確さに加えて、水資源量・利用可能量・必要量には依然として大きな相違があり、さらに陸域–海域間での水循環の相互作用に関しても未解明な点が多い。本会議ではこのような水資源の現状把握や将来予測のベースとなる水循環解明に向けてのリモートセンシングの有効活用方法が焦点であった。
水循環把握には数値モデル・現地観測・リモートセンシング等の方法がある中で、リモートセンシングは空間把握能力に優位な特性を有し、近年のコンピュータおよび画像解析手法の急激な進展と相まって、ポイントレベルでの観測や測定では不可能な物理パラメータの空間異方性(heterogeneous)の評価に有効である。J. Entin(アメリカ航空宇宙局)はESD(Earth Science Division)プログラムのオペレーティング・ミッションとして16衛星の計画、および、地球観測衛星コンステレーションのフォーメーションフライトとしての地球観測衛星隊列(Afternoon Train: A-Train)について述べている。また航空科学計画(Airborne Science Program)では、地球観測システム衛星の重要性に加えてイラク戦争で使用されたグローバルホークをはじめとする無人航空機システムの利用計画も増加している。いずれにせよ、大気組成・炭素循環・気候変動・水および、エネルギー循環・地表面および地球内部等の重点分野に対し、今後リモートセンシングの役割が増加するのは確かである。
水循環研究での対象領域は河川・湖沼等の表面流に加え降水・積雪・表面貯留・土壌水分・蒸発散・地下水等も含まれる。降水量については、TRMM(Tropical Rainfall Measuring Mission: 熱帯降雨観測衛星)・GPCP(Global Precipitation Climatology Project: 全球降水気候値プロジェクト)・CMAP(Climate Prediction Center Merged Analysis of Precipitation)間での相互比較に加えて、CMORPH(Climate Prediction Center MORPHing technique)およびERA(ECMWF Re-Analysis)等の再解析データも用いられてきている。積雪については光学センサー等による観測の一方で、T. H. Painter(ジェット推進研究所)のようにMODSCAG(MODIS Snow Covered Area and Grain size/albedo)アルゴリズム開発を通して雪量・雪アルベド・積雪水量 等の評価精度向上を行っている例もある。氷河・氷床についてはICESat(ICE, Cloud, and Land Elevation Satellite)やGLIMS(Global Land Ice Measurement from Space)等で評価が行われてきている。湖沼・湿原・氾濫原は全水資源容量の約15%を占め、可視光センサーや高度計を用いた容量評価が一般的である。土壌水分量については表層数cmしか現況のセンサー(L-バンド)では計測できない。地下水については現状ではリモートセンシングでの評価は難しいが、全水容量変化については海岸域での湧出問題や低解像度の問題はあるもののGRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)での評価の意義は大きい。また、T. G. Farr(ジェット推進研究所)が発表したように、井戸データは有効だが入手可能性・計測尺度や精度等の技術的問題に加えて政治的実用的な困難を伴うため、表面歪み測定によるレーダイメージングを用いた地下水流動や氷床の評価が有効である。ENVISAT(ENVIronment SATellite)・ALOS(Advanced Land Observing Satellite: 陸域観測技術衛星)・RADARSAT等で得られる高分解能の微細地形とインターフェロメトリ[4]を組み合わせることで表面変化量の解析が可能となり、低解像度のGRACEを補完する(特に都市域での解析に対する)役割は大きいと思われる。このような現状に対し、D. P. Lettenmaier(ワシントン大学)が発表したように、観測降水量やモデルによる蒸発量・貯留量との比較を通してリモートセンシングによる水収支各成分の評価を行った結果、降水量の評価の不確実性が最大で、収支差分である河川流量は過大評価である。
一方、J. M. Melack(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)やM. R. Raupach(オーストラリア連邦科学産業研究機構)も発表したように、地球システムではエネルギー・水・炭素・栄養塩循環が複雑に絡み、植物・有機物・土壌・大気間での相互作用を理解する必要がある[5]。気候システムとのフィードバックの観点に加えて、陸水が地球レベルでの炭素循環に果たす役割を無視することはできない。水域面積の大きいなだらかな湿原や氾濫原を含む地域では、小規模な水位変化でも大きな容量変化になるため鉛直方向の計測精度が重要である。現状のリモートセンシングでは短波による冠水エリア評価、InSAR(Interferometry Synthetic Aperture Radar: 干渉合成開口レーダもしくはSARインターフェロメトリ)利用による水面勾配評価、GRACEによる低解像度な冠水量評価等が可能であるが、氾濫モデルによる概念的・経験的理解、地形・測深(bathymetry)・水位・流速等の計測精度の問題もある。JERS (Japanese Earth Remote Sensing Satellite) Amazon Multi-season Mapping Study(JAMMS)の湿原マッピング・MODIS(MODerate resolution Imaging Spectroradiometer)、GLC-2000(Global Land Cover 2000)・GLWD(Global Lakes and Wetlands Database)を用いた氾濫原と湿原エリアの比較により、河川や氾濫原からの局地的な炭素放出フラックスは意外と大きい可能性が示されている。さらに、炭素–気候システムの観点からは二酸化炭素排出・二酸化炭素濃度・気温の変化には密接な関係があり、リモートセンシングによるパラメータ推定とデータ同化を通したモデルとデータの融合が必要である。先験値(事前)情報を併せることでプロダクトの精度向上が得られ、地上からのFTS(Fourier Transform Spectrometer: フーリエ変換分光器)観測であるTCCON(Total Carbon Column Observing Network)との比較もまた有意義である。このように水・炭素循環は互いに制約条件となるため、不確実性の減少およびモデル性能の向上のためにはエネルギー・水・炭素・栄養塩間でのリモートセンシング・現地観測・モデル間での同化の意義は大きい。また、合成開口レーダデータの連続性、一次生産量の評価精度の向上、短波による氾濫および植生の時系列評価等を通して、水域が炭素循環に果たす役割を解明する必要があると思われる。
3. これからのリモートセンシングとは?
以上述べたようにリモートセンシングを用いた水循環解明には近年大きな進展が見られるが解明・改良すべき点は未だ多く残されており、空間解像度の向上や衛星・航空機・地上観測システムの統合化に併せて以下のような項目が特に必要であると思われる[3]。
- バイアス、アルゴリズム改良、再処理等のさらなる高精度化
- 雨量計観測、レーダ、および衛星の融合解析による降水量の高精度化
- 現地観測データによる蒸発量推定の高精度化
- 直接および間接評価法の組み合わせによる地下水量評価のスケールアップおよび高精度化
- P-バンドとモデルの結合による深い地層での土壌水分量評価の可能性
- 先行履歴降雨指標(Antecedent Precipitation Index: API)モデルおよび補助データを用いた分割による高解像度土壌水分量データの作成
- SWOT(Surface Water and Ocean Topography)等を用いた河川流量の評価可能性
- InSARを用いた、地下水流動や氷河・氷床の評価の有用性
- CoReH20(Cold Regions Hydrology High-resolution Observatory)を用いた積雪水量評価の有効性
- フォーメーションフライトや打ち上げ日等に関する水循環ミッション間でのさらなる協調の必要性
今後打ち上げ予定の衛星に関する次世代ミッションとして、GPM(Global Precipitation Measurement)・SMAP(Soil Moisture Active Passive)・SMOS(Soil Moisture and Ocean Salinity)・ICESat-2・SWOT・GRACE-FO(GRACE Follow-On)・CoReH20・LDCM(Landsat Data Continuity Mission)・OCO-2(Orbiting Carbon Observatory 2)等が計画されている。R. F. Adler(メリーランド大学)は空間解像度やデータ利用可能性の観点から次世代に要求されるグローバル衛星降水量プロダクトについて報告したが、異なる周波数・幾何学・解像度等の相互比較コンステレーション放射計データ・共通の雲データを用いた統一的な降水リトリーバルの可能性・ダイナミックダウンスケーリング・可変解像度の可能性・リアルタイムデータ・統合的な利用目的を目指す科学的ミッション等も重要である。また、R. Bennartz(ウィスコンシン大学)が指摘したように、CloudSat・GPM/DPR(Dual-frequency Precipitation Radar)・EarthCARE(Earth Clouds, Aerosols and Radiation Explorer)等を通して雲・エアロゾルの全球の三次元構造のモデル化を目指す意義も大きい。これらの用途はさまざまであるが、上記項目の解決に加えて湿原や氾濫原での高精度な標高図作成等も期待される。
また、水資源脆弱性の特定および定量化のためにはJ. S. Famiglietti(カリフォルニア大学アーバイン校)も指摘したミッション誘導型データ同化モデルシステムが必要である。筆者は本会議において、現地観測および衛星データとの結合による三次元グリッド型の統合型流域管理NICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)モデル[3]を用いて中国の長江および黄河を対象とした大陸スケールの流域での洪水や渇水といった極値現象の検出可能性について発表を行ったが、衛星データとの融合で生まれる新たな相乗効果を最大限発揮できるモデルの柔軟性こそが上記で述べたような目標達成のために不可欠であることを痛感させられた。さらに、地域水資源管理のための高解像度モデルと気候変動や大スケール水資源シナリオのための低解像度モデルをうまく組み合わせオペレーショナルモデル[5]のようなリアルタイムCommunity Hydrologic Modeling Platform(CHyMP)を目指すとともに、トレンド検出・プロセス把握・モデルとセンサーの検証・異なる時空間スケールでのデータ相互適用・新たなセンサーや計測技術の開発等を並行して進める必要がある。CEOS(Committee on Earth Observation Satellites)・WGCV(Working Group on Calibration and Validation)・LPV(Land Product Validation)・ECVs(Essential Climate Variables)等により、参照基準や不確かさバジェット(Uncertainty Budget)等に基づく品質尺度を通したQuality Assurance for Earth Observations(QA4EO)や水同盟(Water Alliance)の意義も大きい。リモートセンシングを用いた学問的な水循環の解明を越えて、水市場や水利権改革を含むソフト対策もまた水資源問題の解決には不可欠である。
脚注
- 水文学(hydrology)は地球の水の発生、循環、分布、およびそれらの物理的・化学的特性と人類活動に対する反応を含む物理学的および生物学的環境への相互作用を扱う科学。
- Knowosphereは人間の思考の圏域(NoosphereもしくはPlant of the Mind)の拡張としての造語。
- 例えば、Nakayama T. (2012) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part III). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 18, NIES, 98p., http://www.cger.nies.go.jp/publications/report/i103/en/.
- Sansosti E., et al. (2010) Space-borne radar interferometry techniques for the generation of deformation time series: An advanced tool for Earth’s surface displacement analysis. Geophys. Res. Lett., 37, L20305, doi:10.1029/2010GL044379
- 中山忠暢 「これからの生態系モデルには何が必要なのか?」 地球環境研究センターニュース 2011年11月号