2012年3月号 [Vol.22 No.12] 通巻第256号 201203_256002

気候変動枠組条約第17回締約国会議(COP17)および京都議定書第7回締約国会合(CMP7)報告 4 「アジア低炭素社会:計画策定から社会実装へ」のご報告

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 主任研究員 藤野純一

国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)報告 一覧ページへ

2011年11月28日〜12月11日に、南アフリカ・ダーバンにおいて国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第17回締約国会議(COP17)および京都議定書第7回締約国会合(CMP7)が開催された。国立環境研究所からは、日本政府代表団(交渉)、サイドイベント(発表)、ブース(展示)という三つの立場で参加した。以下、サイドイベント(発表)の概要を報告する。なお、日本政府代表団(交渉)とブース(展示)の報告は地球環境研究センターニュース2月号に掲載している。

国立環境研究所では、2005年のCOP11/CMP1以降、毎年 “Low-Carbon(低炭素)” シナリオをテーマに、サイドイベントを開催してきた[1]。今回のサイドイベントは7回目にあたる。今回は、アジア太平洋統合評価モデル(Asian Pacific Integrated Model: AIM)により構築してきた低炭素社会シナリオをどうすれば実現できるのかの視点で議論を行った。

今回初めて、地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development: SATREPS)プロジェクトを共同実施しているマレーシア工科大学(University Technology Malaysia: UTM)と共同でサイドイベント行った。UTMはマレーシアの大学機関として初めて非政府機関(NGO)のFocal Pointに認定された。

12月2日夕刻から行ったサイドイベントは、始まってから徐々に人が増えはじめ、途中でほぼ満席の80名近くの方が集まった。冒頭、国立環境研究所の中根英昭審議役およびUTMのMohd Azraai Kassaim副学長が開会挨拶をした。

その後、三つのステップで報告及び意見交換を行った。

(1) 研究報告:何をしないといけないのか? 研究の役割

最初のセッションでは、2人の研究者から最新の研究結果の報告があった。

2009年度から5年計画で進められている、アジア低炭素社会シナリオ研究プロジェクトリーダーである国立環境研究所の甲斐沼美紀子フェローから、気温の上昇を産業革命前に比べて2度以下に抑える目標を満たすためには2050年までに世界の温室効果ガス排出量を半減させる必要があると指摘されていることに対応する排出シナリオを中心に報告があった。世界を対象にした経済モデルによる試算によれば、2050年までに世界の温室効果ガス排出量を半減する技術の組み合わせは存在する。しかし、その際の限界削減費用(温暖化ガスを追加的に1トン[二酸化炭素換算量]削減するのに必要な費用)は現在の計算では約500$/tCO2となる。これだけの費用負担を2050年の社会が十分受け入れられるのか、また、さらに必要な費用を削減する方法はないのかなどを検討しているところである。このように世界の目標を決めて削減の可能性を検討する研究をトップダウン型研究と呼んでいる。一方で、各国や各地域の実現可能性を検討し積み上げていく研究をボトムアップ型研究と呼んでいる。AIMでは、1994年よりアジア各国の研究機関との研究協力を始めている。今回はタイおよびベトナムを対象に2030年を見通した削減シナリオの結果を紹介した。タイでは政府機関と連携して、途上国による適切な緩和行動(National Appropriate Mitigation Action: NAMA)構築に貢献している。このように、トップダウンアプローチで全体の方向性を確認しながらボトムアップアプローチで現地の実情を反映したシナリオ作りをすることで、政策貢献を進めている。

次に、UTMのHo Chin Siong教授から、シンガポールの対岸に位置し、マレーシア国の経済開発特区に指定されているジョホールバルを中心にしたイスカンダール地域における低炭素開発計画づくりの様子が紹介された。さきほどのボトムアップアプローチを、人口140万人(計画対象年の2025年に300万人)の地域に適用したケースである。現在の一人当たり温室効果ガス排出量は9.3tCO2であるが、特段の対策をとらずに経済発展をすると2025年には15.1tCO2となるが、対策をとれば6.5tCO2に抑えることができるというシナリオについて報告した。この研究で特徴的なことは、研究プロジェクトに当該地域の開発官庁である、イスカンダール地域開発庁(Iskandar Regional Development Authority: IRDA)が加わっていることである。

(2) コメント:どうすればできるのか? 政策実施機関の役割

次のセッションでは、研究側が中心となって作成しているシナリオを、政策実施機関がどのように役立てて実際の政策に展開していくか、それぞれのコメントを頂いた。

最初に、IRDAのMohamad Sa’elal局長から、政策実施機関としての役割についてご紹介頂いた。IRDAはマレーシア国政府、ジョホール州政府と、イスカンダール地域にある五つの地方官庁との間で持続可能な開発を進める特別行政機関である。IRDAは2025年までの総合開発計画を作成・管理しており、それを具体的に実現する行政計画を地域のステークホルダーとの合意形成を進めながら、立案している。発表の中で印象的だったのが、世界の中での都市の役割の認識(2030年までに世界の都市が60%のエネルギーを使い、60%の温室効果ガスを排出する)、先進国の失敗を繰り返さないための計画に基づいた発展の進め方、新たな世代(たとえば1980年から94年生まれのDigital Nativeと言われる世代)が将来とりうるライフスタイルを想定した開発計画づくりの必要性の指摘、環境と経済の統合的アプローチとしての低炭素社会行政計画への力点であった。日本では2004年から低炭素社会研究が本格化し国内で膾炙するようになったが、マレーシアでも低炭素を基軸に政策立案がなされる状況を見ると、知識や考え方はあっという間に水平展開することがわかる。

二人目は、国際協力機構(JICA)の唐澤雅幸室長である。JICAはJST(日本科学振興機構)と共に、マレーシアで行っているSATREPSの支援機関である。JICAでは、対象地域に応じて、低炭素社会シナリオ作りや温室効果ガス排出量削減対策のような緩和策(Mitigation)だけでなく、すでに温暖化の影響が出ている/近い将来影響が出る地域に対して治水・灌漑対策をしたり農林・水産対策を行うなどの適応策(Adaptation)を含めた気候変動対策づくりの支援を進めている。その中で、低炭素社会のビジョンやそこに至るパスの解析、実現するための投資を含めた戦略作り、民間企業との連携の強化を念頭にアジアでの低炭素社会づくりを進める重要性、それらを通じたデータ収集やキャパシティー開発を指摘し、その一例としてインドネシアおよびベトナムで行われている取り組みを紹介した。今後、今春に行われる東アジア低炭素成長パートナーシップ(東京)、アジア開発フォーラム(バンコク)、IMF世界銀行年次会合(東京)、COP18(カタール)等でアジアにおける低炭素開発のネットワーキングの可能性を追求する予定である。

三人目は、環境省の松澤裕室長が発表する予定であったが、本会合の交渉が急に入ったため、サイドイベント全体の座長を務めた藤野が代わりに発表した。概要は以下の通り。

「アジア低炭素社会ネットワークのプロセスとしては、各国内のプロセス、地域間のプロセスがある。まず、低炭素社会ネットワークの究極目的である、各国国内の政策への貢献である。これは、援助国から送り込まれる短期滞在型の外部専門家ではなく、各国国内の研究者が学際的に取り組む必要がある。

このように低炭素社会シナリオの作成の原動力は、短期的に送り込まれる外部専門家ではなく、各国の研究者である。環境省と国立環境研究所は、この自立的な取り組みを支援する。各国の取り組みを、各国の研究者間で共有することは、きわめて有効である。先進国の研究機関同士の取り組みで、この点は実証されていると思う。ゆえに、地域のネットワークを形成することは、アジアの各国にとってとても大切である。

環境省と国立環境研究所は、この組織化についてもアジア各国・研究者と一緒に仕事をしていきたい。政府の確実なサポートは鍵である。これまで、国立環境研究所では、地域の国際ワークショップ(WS)やダイアローグ(対話)をマレーシアのイスカンダール地域などで行ってきている。さらに、各国国内のWS・ダイアローグも、中国、インド、タイ、ベトナム、カンボジアで行ってきている。さらに、地域の各国間のフォーラムであるASEAN+3でも低炭素社会ネットワークの構想を提案している。

ドナー(資金提供側)とのコーワーク(協働)も進めている。アジア開発銀行(ADB)、アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)以外にも、関心あるドナーとの連携は歓迎である。こうした協働事業に関し、われわれには20年近い実績がある。

各国の政策へのフィードバックだけでなく、アジアネットワークの成果をUNFCCCやIPCCにつなげていくことも大切である。」

photo. 社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 主任研究員 藤野純一

全体の司会を務めた藤野。松澤室長の発表を代読中

(3) パネルディスカッション:実現の鍵は何か?

最後のセッションでは上記の発表を受けて、識者が実現の鍵を指摘した。

インド経営研究所のP. R. Shukla教授からは、インド経営研究所の位置するアーメダバードを対象に構築している低炭素社会シナリオについて、交通部門を強化した分析を進めている様子を説明した。中国能源研究所のKejun Jiang博士からは、2010年に中国の5省8市をパイロット都市として、低炭素都市開発を進めている様子を説明した。国立環境研究所/地球環境戦略研究機関の西岡秀三博士からは、研究者同士が自由な立場で最新の情報を共有できるような、アジア低炭素開発研究ネットワークの構築が、アジア全体の低炭素化を進めるうえでエンジンになるのではないか、という提案があった。

会場からは、政府間交渉の方向性との関連や、グリーン成長などほかの用語や取り組みとの関係性について質問が出された。これに対してパネリストからは、政治面で停滞している間も研究面からネットワークを強化することは可能なので、政策立案やさまざまな取り組みを研究ネットワークが先導していくことが効果的であるとの回答があった。

今後の展開

COP11から低炭素シナリオを題材にサイドイベントを続けてきた。初めは英独仏等で行われている最新事例を交換し、G8を中心とした研究ネットワーキングにつなげてきたが、インドネシアのバリで行われたCOP13で “Low-Carbon Asia” というタイトルを掲げて以来、アジアを対象に研究の範囲を広げ、政策等へのつながりを考えてきた。それらの活動を通じて、アジア各国の研究者や現地の研究者を通じて各国の政策決定者らと対話をする機会を得てきた。

彼らの手助けになるモデル開発が何なのか、持続可能社会につながる低炭素社会の姿とは何なのか、日本で現在行われているエネルギーシナリオの見直しの作業も活かしながら、考えていきたい。

なお、日本政府はCOPの開催期間の2011年11月29日に「世界低炭素成長ビジョン—日本の提言」を公表した。その中の、「2. 途上国との連携:低炭素技術の普及・促進、新たな市場メカニズムの構築」において、「(2) また、我が国としては、低炭素成長に科学の側面からも協力を行っていく。東アジアにおいては長期的な低炭素社会シナリオや低炭素政策・技術のロードマップの策定など、科学に基づく政策支援に取り組む研究機関間のネットワークを構築するとともに、アジア太平洋地域においては科学的基盤づくりを行うアジア太平洋地球変動研究ネットワークへの支援も引き続き行っていく」と記載されている。AIMでは1994年以来、アジアのモデル研究者を中心にネットワークを広げてきた。2012年4月に東京で行われる東アジア低炭素成長パートナーシップ構想政策対話を支援するため、4月14日(土)13時半から国連大学にて、JICA、IGESと協力してサイドイベントを主催する予定である。COP17のサイドイベントの発展形の一つである。アジアを中心に低炭素開発に関する知のネットワークの構築について議論する予定である。ご関心ある方はご参加されたい[2]

脚注

  1. 今回のサイドイベントと今まで行ったサイドイベントの様子は下記から参照されたい。 http://2050.nies.go.jp/cop/cop17/
  2. 4月14日のサイドイベントについては、アジア低炭素社会研究プロジェクトのホームページをご参照されたい。 http://2050.nies.go.jp

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