Q3海と大気による二酸化炭素(CO2)の交換
!本稿に記載の内容は2024年7月時点での情報です
大気中の二酸化炭素(CO2)は、海洋との間で大量に交換されていて、それに比べると化石燃料の燃焼で発生するCO2の量は格段に小さいと聞きました。そのわずかな量が大きな気候変動をもたらすのですか。
中岡 慎一郎 (国立環境研究所)1 向井 人史 (国立環境研究所)2
2023年現在、化石燃料の燃焼等によって大気中に炭素換算(注1)で年間100億トン程度のCO2が放出されていますが、大気と海洋の間ではその約8倍となる800億トンものCO2がやりとり(交換)されていると考えられています。このCO2の交換は、主に拡散とよばれる現象による双方向のCO2の移動により行われます。この交換量は化石燃料消費などで放出しているCO2量よりもはるかに大きいのですが、私たちが考えなければならないのはこの交換量よりも、最終的な大気から海洋への「正味」の移動量になります。その量は年間約20億トン前後と見積もられています。陸上生物圏が吸収するCO2量と合わせると人間活動で排出されたCO2の約半分が自然界に吸収され、そして残りの半分は大気に毎年蓄積していくことになり、その結果、産業革命前には280 ppm程度だった大気中のCO2濃度は2023年現在420 ppmを超えています。この濃度増加が気候に影響を与え始めていると考えられます。
1海洋と大気の間を行き来する二酸化炭素(CO2)とは
まず、海洋と大気との間のCO2交換について説明しましょう。CO2は海洋と大気の境界である海面を通して常にやりとりされていて、海水表層にあるCO2は大気へ、大気中にあるCO2は海水側に移動しようとします。これは、空間や物質の中に広がろうとする“(分子)拡散”とよばれる現象です。
例えると図1のように海洋チームと大気チームがCO2というボールをお互いの陣地に投げあっている“ボール投げ大会”をイメージするのがよいと思います。それぞれのチームはもともと自分の陣地に落ちているボールと、相手側から投げ込まれたボールを拾って投げることになります。互いの陣地から相手の陣地へ投げたボールの数がいわばCO2の交換量にあたります。そしてその互いが投げたボール総数の差が正味の移動量(ここでは海洋の吸収量)となります。もし、お互いが投げたボールが同数ならば、それぞれの陣地にあるボールの数は投げる前と変わっていないことになります。この場合、大気から海洋へ移動する量と、海洋から大気へ移動する量が等しくなり、見かけ上はお互いに変化がないように見えます。この状態を平衡状態と呼んでいます。私たちは見かけ上のことしか見えないことが多いので、何も起こっていないように見えますが、実際のミクロの世界から見ると両者一歩も引かない白熱した激しいボール投げがまさに繰り広げられているという状況です。
2私たちが放出しているCO2の半分以上は大気に残留する
さて、このボール投げ大会に私たちはどのように参加しているのでしょうか?2023年現在、私たちが化石燃料を燃やして大気に放出しているCO2量は炭素換算で年間100億トン程度になり、大気中のCO2全量の1.1%に相当します。これだけのCO2のボールは毎年大気チームの陣地のボールの数を増やしていくことになり、私たちは大気チームにボールを供給して大気チームを加勢していることになります。そして大気チームはその供給されたボールを投げることで相手チームの海洋へのボール(つまりはCO2)の移動量が増加するということになっているのです。そうすると結果的に海洋チームの陣地にも徐々にボールが蓄積するため海洋でもCO2濃度が増加していくのです。
事を産業革命が起こる前に遡ってみましょう。当時、大気から海洋へのCO2の移動量は540億トン程度であったと推定されています。この一方で、陸域の河川から海洋へある程度の炭素が流入し、CO2が生成されて大気へ放出されるため、少しばかり海洋から大気への移動量が多く(546億トン)、現在とは異なり正味ではCO2が海洋から大気へ毎年6億トン程度放出されていたとされています。一方で、陸域では海洋からの放出と同程度の炭素が大気から吸収されており、また、人為起源のCO2発生量が非常に少なかったため、この当時大気中のCO2濃度は280 ppm程度で安定していました(IPCC6次評価報告書)。
一方、現在は大気側へ私たちがCO2のボールを供給し続けているために大気中のCO2濃度が増加し、交換量が産業革命前に比べて240〜260億トンも増えたと考えられています。IPCC6次評価報告書によると、2010年~2019年の間に大気から海洋に移動するCO2量は平均で年間約795億トン、海洋から大気へ移動するCO2量は約776億トンであると見積もられていることから、ボール投げ大会の結果、その差し引きの約19億トンが毎年海洋に吸収されている、ということになります(図2)。このように、交換量自体よりも、全体の収支には最終的な正味の移動量がどうなっているかが重要であるというわけです。
自然界においては海洋と同様に森林等の陸域生態系も同程度かそれ以上のCO2を吸収していると考えられており、両者を合わせると化石燃料起源のCO2量100億トンの約半分程度が海洋と森林等に毎年移動していることになっています。そして、その吸収できなかった残りの半分が毎年大気に蓄積されています。その結果、この200年の間に大気の濃度は280 ppmから420 ppm(2023年現在)程度まで増加しました。ここ最近では毎年2 ppm以上の濃度増加が観測されています。
世界の平均気温上昇を2度未満に抑えることを目指すパリ協定に基づくと、大気のCO2濃度は450 ppm以下に抑える必要があるとされていますが、もし現在のCO2排出量が今後も続くと2030年代前半には大気中のCO2濃度が450 ppmに達します。そのため、温室効果ガスの排出削減は待ったなしの状態と言えます。
3〈参考〉どのようにして、このような交換量が推定されているのでしょうか
移動量は放射性炭素を含むCO2が海洋へ吸収する量を測定して推定されます。放射性炭素は宇宙線が地球上の窒素に作用して生成され、大気中にCO2として一定レベル存在するいわば色のついたCO2のボールです。このボールが海洋へ吸収される速度を観測したり、1960年前後の核実験で大量に放出された色付きのボールが海洋に侵入する様子を観測するなどして、大気CO2が海洋へ移動する速度(交換量)を見積もっています。
さらにくわしく知りたい人のために
- 第1版:2007-01-31 地球環境研究センターニュース2007年1月号に掲載
- 第2版:2010-09-28 内容を一部更新
- 第3版:2024-07-03 内容を一部更新
1 第3版 中岡 慎一郎(地球システム領域 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)
2 第1-2版 向井 人史(出版時 地球環境研究センター 炭素循環研究室長 / 現在 地球システム領域 高度技能専門員)