ココが知りたい温暖化

Q21二酸化炭素の削減と生活の質

!本稿に記載の内容は2010年9月時点での情報です

二酸化炭素濃度の上昇をどこかで止めるためには、二酸化炭素の排出量を現在の半分以下にまで減らさないといけないと聞きました。よほど生活の質のレベルを落とさない限り、そんなことは不可能ではないですか。

藤野純一

藤野純一 地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室 主任研究員(現 社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 主任研究員)

省エネ機器の開発・普及、建築物の高気密・高断熱化、都市計画によるエネルギーの効率的な面的利用の拡大などにより、生活の質とエネルギーの消費量を連動させずに、二酸化炭素の排出量を抑制しながら、より豊かな生活を行う低炭素社会をつくっていくことは可能です。ただし、低炭素社会に向けた明確なビジョンを描き、計画を着実に実行することなしに、今までの社会や暮らしのパターンを継続してしまうと、二酸化炭素の大幅な削減は難しくなります。

温暖化による深刻な影響を避けるためには2050年半減が必要

温暖化の影響はすでに現れています。ヒマラヤの氷河や北極の氷がこの20年間にだいぶ失われてしまいました。さらに温暖化が進めば、ココが知りたい地球温暖化「海面上昇で消える島国」「海面上昇とゼロメートル地帯」で取り上げた海面上昇のほか、巨大な台風や突発的な大雨の増加だけでなく、海洋大循環の停止など一度起こったら取り戻せないような大きな影響も起こる可能性が危惧されています。

温暖化の影響は、気温の上昇幅、上昇スピードや対象となる地域によってさまざまに現れるので、気温上昇を何度に抑えればよいと、一概に決められるものではありません。しかし、世界全体の目標を設定するために、気温上昇をさまざまな温暖化影響が顕れる2°C(産業革命以前の全球平均温度を基準)以下に抑えることを議論の出発点としてはどうかと提案されています。

現状では、人間の活動により排出される二酸化炭素(CO2)は年間約72億トン(炭素換算)で、そのうち半分の約31億トンが陸域と海洋で吸収され、残りが大気に蓄積されています。それにより大気中のCO2濃度は増加し、温暖化の主原因になっています。

温暖化による大きな影響を避けるために、将来どれだけの温室効果ガスの削減が必要になるか、気候変化や経済動向を表現する数値シミュレーションモデルを用いて計算したところ、2050年には世界の温室効果ガス排出量を1990年に比べて約50%削減し、それ以降さらなる削減が求められることがわかりました。先進国である日本は、それ以上の削減、つまり60〜80%の削減が求められるかもしれません。しかし、生活の質を落とさずにそのような削減が可能なのでしょうか?

「茅恒等式」を使ってCO2排出削減の可能性を見通す

CO2を排出する主な原因をひとつずつ分解した式は、茅陽一東京大学名誉教授が提唱した「茅恒等式」として世界的に知られています。この式を用いて、どのように削減すればよいか検討します。

CO2排出量 = (CO2/エネルギー) × (エネルギー/GDP) × (GDP/人口) × 人口

第1項は炭素集約度と呼ばれ、1単位当たりのエネルギーを利用するときに排出されるCO2の割合を表します。化石燃料と比べてCO2をあまり排出しない再生可能エネルギー(風力や太陽エネルギー)や原子力発電の割合を増加させる、さらにはCO2排出の少ないエネルギーで製造した電気や水素を効率的に利用するといった対策で、大幅に改善できる可能性があります。第2項はエネルギー集約度と呼ばれ、1単位当たりのGDP(国内総生産:日本国内で生み出される経済的な付加価値)を生産するときに必要となるエネルギーの割合です。日本が得意とする省エネ技術をさらに発展させることや、エネルギーを多く消費する経済活動から、情報技術(Information Technology: IT)等を利用した省エネ型の経済活動に転換することで、大幅に改善できる可能性があります。第3項は国民一人あたりが生産する経済的な付加価値で、生産活動および消費活動が増えるほど増加します。2005年に内閣府が出した「日本21世紀ビジョン」では、2030年の一人あたりGDP成長率として2%程度の伸びを目指しています。第4項の人口については、国立社会保障・人口問題研究所が2002年1月に行った推計によると2000年の人口1億2700万人が2050年には1億人にまで減少することが予想されています。

2050年のCO2排出量を1990年に比べて70%削減させるポテンシャルはある

私たちが進めている「日本脱温暖化2050研究プロジェクト」では、一人あたりGDPが年率2%で成長しても、上述の「茅恒等式」の第1項、第2項に関連する項目を中心にしてさまざまな対策を組み合わせることで、日本のCO2排出量を1990年に比べて70%削減できることを示しました(図1)。しかし、たとえば太陽光発電を普及させるためには、効率向上およびコスト削減を可能にする技術開発、普及策を推進する制度設計、利用する消費者の協力が必要です。一つひとつの対策を実現させるために、このようにさまざまな主体の努力を積み重ねることで、GDPの成長と大幅な温室効果ガス排出量削減の両立が可能になるでしょう。

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図12050年における日本のCO2排出量の70%削減を実現する対策の検討

生活の質とは何か?

ところで、経済成長を表現するときの代表的な指標であるGDPは、生活の質を表現しているのでしょうか? GDPの増加は、お金をやり取りして生み出されたサービスの増加を反映します。自宅で野菜を育て家でごはんを食べるより、外食した方がGDPは増加します。犯罪が増えると、警察や家庭内セキュリティーサービスにより多くのお金を使うことで、GDPは増加します。それは本当に幸せなことなのでしょうか?

「生活の質」とは何なのでしょうか。私はその答えを探している段階です。人々が住みたいと思う低炭素社会が実現できるよう一緒に考えませんか。

さらにくわしく知りたい人のために

  • 「2050日本低炭素社会」シナリオチーム (2006) 2050日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス70%削減可能性検討. http://2050.nies.go.jp
  • ドネラ・H・メドウズ, デニス・L・メドウズ, 枝廣淳子 (2005) 地球のなおし方. ダイヤモンド社.
  • 金子勝 (2005) 2050年のわたしから. 講談社.
  • エルンスト・U・フォン・ワイツゼッカー, エイモリー・B・ ロビンス, L・ハンター・ロビンス (1998) ファクター4—豊かさを2倍に、資源消費を半分に. 省エネルギーセンター.
  • 新宮秀夫 (1998) 幸福ということ—エネルギー社会工学の視点から. 日本放送出版協会.