ココが知りたい温暖化

Q2台風やハリケーンによる被害の増加は温暖化の影響?

!本稿に記載の内容は2013年のIPCC AR5 WG1発表時点での情報です

最近、台風やハリケーンなどの強い熱帯低気圧による被害が増加する傾向にあると耳にしました。これは、温暖化の影響で強い熱帯低気圧が増えているためでしょうか。

長谷川聡

長谷川聡 地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室 NIESポスドクフェロー (現 国立研究開発法人土木研究所 水災害・リスクマネジメント国際センター
水災害研究グループ 専門研究員)

1970年代以降の北大西洋の観測では強い熱帯低気圧がほぼ確実に増加していますが、人間活動の寄与は意見が分かれています。他の海域では観測が不十分なため、その長期的な変化傾向の信頼性は低いとされています。気候モデルを用いた温暖化研究では、将来は発生数が減るものの強い熱帯低気圧は増えると予測されています。しかし、強い熱帯低気圧による被害規模は、その上陸数、経路の変化、人口や資産の地理的分布の変化や対策の有無など社会的・経済的な環境の変化によっても大きく変動します。したがって、温暖化の影響で被害が増加する可能性はありますが、必ずそうなるとはいえません。

熱帯低気圧による被害額は増加傾向

熱帯低気圧に伴う強風、豪雨や高潮は、時に甚大な被害をもたらします。最近の被害では、死者数は大きく減少してきましたが、その被害総額はインフレの影響などを割り引いたとしても増加する傾向にあります。

2005年にアメリカのニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナによる被害総額は、それまでの自然災害による被害としては史上最高を記録しました。カトリーナは非常に強いハリケーンでしたが、観測史上最も強い熱帯低気圧ではありません。熱帯低気圧による被害は、その強さ、経路、上陸数といった気象的要素、被害を受けた地域の社会的・経済的な状況などに大きく影響されます。

過去の熱帯低気圧活動の変化に対する人間活動の影響には不明な点も多い

熱帯低気圧の経路や中心気圧などの観測記録が整備されているのは、主に1970年代の人工衛星による全地球的な観測体制が整備されて以降です。いくつかの海域では、過去の文献から当時の熱帯低気圧活動を探る努力によって、さらに古いデータも整備されつつあります。2013年に発表されたIPCC第5次評価報告書によると、1970年代以降の北大西洋海域では、熱帯低気圧の発生数や強度の増加はほぼ確実とされています。北太平洋の日本周辺も含むそれ以外の海域では、観測データの精度や一貫性の問題もあって、発生数や強度といった熱帯低気圧活動の長期的な変化傾向の信頼性は低いとまとめています。

では北大西洋の熱帯低気圧の発生数や強度の増加は、人間活動が主な原因なのでしょうか? IPCC第5次評価報告書でも、この増加の原因に関する議論は継続中です。北大西洋上のエアロゾルの減少が、観測された熱帯低気圧活動の活発化に寄与しているとの報告もあります。しかし北大西洋の熱帯低気圧活動の活発化の要因と考えられる、自然の内部変動、温室効果ガスの増加、エアロゾルの減少、他の自然外力の重要性の大小について科学者の見解は一致していません。他の海域も含めた全体では、不十分な観測事実、人間活動による外力変化と熱帯低気圧活動の関係性の科学的な理解の不足、北大西洋の例で示した様々な要因の重要性に対する科学者の見解の不一致のために、人間活動が熱帯低気圧活動に影響したという考えはまだ信頼性が低いのが現状です。2007年に発表されたIPCC第4次評価報告書と比べると、観測事実と人間活動による影響がより慎重に議論されている印象です。

地球温暖化は熱帯低気圧の強さに影響する

熱帯低気圧とは、熱帯の暖かい海洋の上で発生する低気圧です。その中でも最大風速がある基準を超えた強い熱帯低気圧は、西部北太平洋では台風、東部北太平洋や大西洋ではハリケーン、インド洋や南太平洋ではサイクロンと呼ばれています[注1]。呼称は違いますが実際には同じもので、熱帯低気圧を駆動するエネルギーは、大気中の水蒸気が強い上昇気流で上空に持ち上げられて凝結して液体の水になる際に発生する熱です。

地球温暖化が進めば、海洋からの蒸発が盛んになり、より大量の水蒸気が大気中に蓄えられます。ひとたび熱帯低気圧が発生すれば、より多くの水蒸気がある場合、より強い熱帯低気圧に発達しやすくなります。IPCC第5次評価報告書では、21世紀末の温暖化が進んだ世界では全球的には、熱帯低気圧全体の発生数は減少または変化しないものの、強い熱帯低気圧の発生数は増加し、その最大風速や降水強度が現在より増加する可能性が高いと報告されています(図1)。その一方で、海域ごとの将来変化では、どちらかと言えば強化されるとまとめられており、不確実な点もまだ多いようです。

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図12081–2100年と2000–2019年の数値シミュレーション結果の熱帯低気圧活動の4つの指標の変化率。4つの指標は、I) 全熱帯低気圧の発生数 II) カテゴリー4以上(風速が約59m/秒以上)の熱帯低気圧の発生数 III) 熱帯低気圧の一生の内の最大強度の平均値 IV) IIIの熱帯低気圧の中心200km圏内の降水強度。青色の横線は最善の推測値、水色の帯は可能性の高い範囲を示す

IPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書技術要約 気象庁訳 図TS.26より

地球温暖化が熱帯低気圧に与える影響評価は難しい

人工衛星などで見る熱帯低気圧は巨大に見えますが、気団や温帯の高低気圧などの気象現象と比較すると、熱帯低気圧は狭い領域で非常に激しい風雨などをもたらす現象です。このため、地球温暖化に伴う熱帯低気圧活動の変化を計算機シミュレーションの手法で詳細に調べるには、さらに計算の解像度を細かく設定する必要があり、現在の計算機資源でも十分ではありません。現状では、たとえば、地球温暖化に伴って強い熱帯低気圧が増えることは定性的には確からしいのですが、どの程度増えるのか、どの程度の強さまで発達しうるのかといった定量的な議論に足るシミュレーションにはなっていないのです。

映画「不都合な真実」でも述べられたとおり、南大西洋で2004年には史上初のハリケーンが発生し、2005年の北大西洋でのハリケーン発生数は27個と史上最高を記録しました。また、2004年には日本では史上最高の年間10個の台風が上陸しましたが、この年の西部北太平洋の台風の発生数は実はほぼ平年並でした。

熱帯低気圧の発生数だけでなく、経路や上陸する数と位置がどう変化するのか、人々が暮らす陸地に影響を及ぼす領域でどの程度の強さになるのかといった、被害に直接関係する研究も十分ではありません。地球温暖化に伴う熱帯低気圧の活動の変化についてより確かな知見を蓄積し、影響の予測に役立てていくことが必要です。

熱帯低気圧による被害を抑えるために

地球温暖化にともなって強い熱帯低気圧が増えると、激しい風雨による被害が増加することは容易に想像されます。温暖化が進むと、海水面が上昇(ココが知りたい地球温暖化「海面上昇とゼロメートル地帯」参照)するので、沿岸地域では熱帯低気圧にともなう高潮の被害を受けやすくなることも想定されます。

しかし先に述べた通り、このような被害は熱帯低気圧の強さや経路といった気象的要素だけでなく、社会的・経済的な状況の影響も大きく受けます。たとえばカトリーナの場合、堤防の決壊を防ぐことができたら、また、上陸前から避難勧告があったにもかかわらず貧困や高齢のために移動することができなかった人たちを避難させる手段が整備されていたら、そして被災地や避難先における政府の対応がより適切であったなら、その被害は軽減できたでしょう。

カトリーナ以前から、河川や海岸の付近など水害に遭いやすい地域への人口や資産の流入が、近年の熱帯低気圧による被害の増加の要因であるとする研究がありました。そのような地域を生活の基盤とするのを望むかどうか、長所と短所を見きわめて判断し、そこで生活する場合は防災や避難の対策を十分に行うことが肝要です。日本にとって台風は水資源の重要な供給源ですが、予測が非常に難しい危険な気象現象です。「備えあれば憂いなし」の格言の通り、普段からの防災・減災対策の努力も必要なのではないでしょうか。

注1
日本では西部北太平洋で10分間平均の最大風速が34ノット(約17m/秒)以上の熱帯低気圧を台風と呼びますが、アメリカでは1分間平均の最大風速が64ノット(約33m/秒)以上の熱帯低気圧を海域別にタイフーンやハリケーンなどと呼びます。

さらにくわしく知りたい人のために

  • アル・ゴア (2007) 不都合な真実. ランダムハウス講談社.
  • 村山貢司 (2006) 台風学入門. 山と渓谷社.
  • 気象庁 (2015) IPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書政策決定者向け要約
    http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdf
  • 気象庁 (2015) IPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書技術要約
    http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_ts_jpn.pdf
  • デジタル台風 http://www.digital-typhoon.org/