Q7二酸化炭素を回収・貯留する技術とは?
!本稿に記載の内容は2013年8月時点での情報です
空気中の二酸化炭素を回収して地中や海底に貯留する技術が開発されつつあるそうですが、この技術が実用化されれば、温暖化を心配する必要はないのではありませんか。
芦名秀一 地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室 NIESポスドクフェロー (現 社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 研究員)
現在のところ、火力発電所などの二酸化炭素(CO2)濃度が高い排ガスからCO2を回収し、地中などに貯留する技術は既に実用段階にあります。この技術は、化石燃料に頼らずに必要なサービス量を得ることができる持続可能なエネルギーシステムを実現させるまでの、つなぎの技術であるということをきちんと認識しておく必要があります。しかし、大気中CO2濃度の増加抑制には即効性の高い技術であり、当面の温暖化対策技術としては有望な選択肢のひとつといってよいでしょう。
二酸化炭素(CO2)を回収して貯留する技術:CCS
CO2を回収・貯留する技術は、二酸化炭素隔離貯留技術(Carbon dioxide Capture and Storage: CCS)と呼ばれています。火力発電所や製鉄所などの大規模発生源でCO2濃度の高い(7〜50%)排ガスからCO2を回収し、地中などに貯留する技術は既に実用段階にあります。大気中からのCO2回収は原理的には可能ですが、大気中CO2濃度はきわめて低い(約0.04%)ため、回収効率など多くの技術開発課題があり実用化にはほど遠い状況にあります。
CO2を回収する技術には、(1) 固体吸着剤に吸着させる(物理吸着法)、(2) 吸収液に溶解させる(化学吸収法)、(3) 吸収液に高圧のCO2を物理的に吸着させる(物理吸収法)、(4) CO2だけが透過する膜で分ける(膜分離法)、(5) 極低温で液化した後に沸点の違いを利用して分ける(深冷分離法)、の大きく5種類があります。どの方法が効率的かは、CO2発生源の規模と特性により異なります。たとえば火力発電所では、高温排ガスを短時間で大量に処理する必要があることから化学吸収法や物理吸収法が、都市ガスなどを燃料源とする小型燃料電池では、構造が簡単で維持管理の容易な膜分離法の適用が進められています。
こうして集められたCO2は、図1に示すように (A) 地中に押し込む(地中貯留)、(B) 海底に貯める(海底貯留)、(C) 海水に溶かす(中層溶解)といった方式で、大気中に出ていかない場所に貯蔵されます。このうち、地中貯留は、CO2が漏れにくい構造をもつ地層(不透水層にはさまれた地層など)のすきまや帯水層に、圧力をかけてCO2を押し込む(圧入する)方法です。海底貯留では、約3,000m以深の深海ではCO2が安定な液体の状態で溜まる性質を利用して、海底のくぼ地にCO2を流し込んで貯蔵します。また、中層溶解は、水深1,000〜2,500m程度の海中で、炭酸水を作るようにCO2を海水に溶かしてしまう方法です。
(a) 地中貯留
- Overview of Geological Storage Options: 地中貯留先の概要
- 1. Depleted oil and gas reservoirs: 廃油田・天然ガス井
- 2. Use of CO2 in enhanced oil and gas recovery: 石油・天然ガス増進回収法への利用
- 3. Deep saline formations — (a) offshore (b) onshore: 深部塩水性帯水層 (a) 陸上 (b) 沖合
- 4. Use of CO2 in enhanced coal bed methane recovery: コールベッドメタン増進回収への利用
現在進められているCCSプロジェクトの多くでは、油田や天然ガス田を貯留先とする地中貯留が主流です。これらの場所は、もともと原油や天然ガスが高圧下で長期間貯蔵されていたところであり、CO2を安定して貯留することが可能なだけではなく、圧入されたCO2が内部に残る原油や天然ガスを押し出すことによる生産量増加も期待でき、最も有望とされます。また、地中貯留には、石炭層に圧入する方法(炭層固定)もあり、この場合はCO2を入れることによりメタンを取り出すことができます。
回収したCO2を宇宙に投棄すればよいと思う人もいるかもしれません。しかし、ロケットの打ち上げ能力は10トン強程度しかなく、日本の年間CO2排出量の1%を廃棄するだけでも年間100万回(30秒に1回)ほどの打ち上げが必要となり、非現実的です。
CCS技術だけでは温暖化問題の解決にはならない
CCS技術が普及すると大気に放出されるCO2量を削減させることができますので、他の削減対策なしでも温暖化問題がすっかり解決できるように思われるかもしれません。しかしCCS技術には、CO2貯留量に限界があることや、将来CO2が再漏出する可能性といった不安要素に加えて、CCS設備を稼働する時のエネルギー消費量が大きい(石炭火力発電では、現時点では発電量の約30%がCCS設備に向けられる)などの経済性や、回収したCO2の輸送や圧入に対する社会的受容性(public acceptance)に関する課題があり、この技術単独で温暖化問題を解決することは困難といえます。
まず、CO2貯留可能量に関してですが気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第3作業部会が2005年にまとめたCCSに関する特別レポート(IPCC/SRCCS)では、世界全体のCO2貯留可能量を2兆トン以上と試算しています。これは、2010年の世界CO2排出量(304億トン)と比較すると65年分以上に相当します。しかし、先進国だけでなく発展途上国も含めたCO2排出量の増加が続くと、これよりも早くCO2の貯留先がなくなってしまう可能性は高いといえます。日本では、地球環境産業技術研究機構(RITE)が日本における陸上および海底下での地中貯留のみを想定した試算により584〜2,338億トン、すなわち、日本の年間のCO2排出量(11.3億トン、2010年)と比較すると50〜210年分が貯留可能としています。なお、これらの試算はいずれも地質構造から見た貯留可能量であり、回収・貯蔵に要する費用を考慮したものではありません。
CO2の回収・貯留費用は、IPCC/SRCCSではCO2 1トンあたり800〜18,400円と見積もられています。費用の内訳は、おおむねCO2分離回収に要する費用が6割、輸送費用が2割、圧入費用が1割を占めています。仮に日本で排出されるCO2をすべてCCS技術により回収・貯留するとして、CO2 1トンあたりの費用を10,000円と仮定すると、少なくとも毎年12兆円(2010年の日本の名目GDP(480兆円)の2.5%)が必要となります。CO2貯留量の増加とともに深海底下や深層地下などの、設備設置がきわめて困難な場所にも貯留せざるを得なくなりますので、実際の費用はこれよりもはるかに多額となってしまうと考えられています。
CCS技術に関する不安要素のひとつとして、いったん貯留されたCO2はその場に永遠にとどまっているわけではなく、徐々に大気中に漏れ出してくる可能性があるとの意見があります。これまでに、火山性ガスなど自然現象に起因した局地的なCO2濃度上昇によって生じたさまざまな事故が知られています。もっとも、実際にCCSプラントを稼働させた際に、どのくらい漏出する可能性があるのか、仮に漏出したとき気温・生態系・植生などにどういう影響を与えるのか、人間にどのような影響を及ぼすかなどがまだはっきりと理解されているわけではありません。また、将来、何か起きてしまったときにはいったい誰が責任をもつのかなどの、世代間の衡平性に関する問題を指摘する人もいます。
現在、前述のRITEをはじめとして、世界のさまざまな企業や研究機関において、CO2貯留の長期安定性や安全性などの実証試験により、CO2漏出の可能性や漏出に伴う危険性を評価し、リスクなくCCS技術を使うための研究開発が進められています。CCS技術の開発に際しては、これらのリスクを低減することに加えて、安全性の実証を進め、CCS技術に対する不安が払拭されることが望まれます。
究極の地球温暖化対策への橋渡し
現在、国内に石油・天然ガス産業を抱える国々や石油産業界は、CCS技術の実証研究や導入を積極的に進めています。たとえば、ノルウェーでは石油会社スタットオイル(Statoil)が北海ガス田でスライプナー(Sleipner)プロジェクトを、BPはアルジェリアで、シェブロン(Chevron)、エクソンモービル(Exxon Mobile)、シェル(Shell)はオーストラリアで天然ガス田を利用したプロジェクトを実施しています。中国やインドといった自国に大規模な炭田を擁する発展途上国でも、安価な石炭を活用した経済発展とCO2削減とを両立するために、CCS技術に大きな期待を寄せています。日本では、大規模な廃油田・廃ガス田などの有望な処分地がないため、京都議定書目標達成計画や、総合科学技術会議の環境エネルギー技術革新計画、総合資源エネルギー調査会の2030年のエネルギー需給展望ではCCSによる具体的な削減量は検討されていないものの、中長期的には有望な技術として位置づけられています。
地球温暖化による深刻な影響を回避するためには、省エネルギーや再生可能エネルギー導入といったCO2そのものを出さないようにするための対策と、それらを活用した持続可能なエネルギーシステムの実現が不可欠です。これらの対策が世界に普及するまでには数十年もの長期にわたる着実な取り組みが必要ですが、世界のCO2排出量が近年大幅な増加傾向を示していることから、早期のCO2削減も重要視されるようになってきています。特に途上国では、経済発展のためにまだ多くのエネルギーが必要で、当面は安価で広く賦存する石炭が大きな役割を演じると予測されていますので、CCS技術は将来の持続可能なエネルギーシステムへの橋渡しとして重要な役割を担うものと期待できます。
CCSは、限りある化石燃料エネルギーを追加的に消費することによって、排出されるCO2を大気以外の有限の空間に隔離する技術であるということができます。したがって、長期的には、将来実現されるべき持続可能なエネルギーシステムへのつなぎの技術と見ることができます。一方で、短期的な視点では、早期に大量のCO2削減を実現するにはきわめて有効な対策技術ですので、前述のような不安要素はあるものの、当面の温暖化対策のひとつとして、CCSを活用したCO2削減を進めることは重要な取り組みといえるでしょう。
同時に、できるだけ早い時点で、化石燃料やCCSに頼らない低炭素社会に転換できるよう、省エネルギー技術や新エネルギー技術の開発・普及を加速させながら、私たちの生活や心構えをも変えていくことが大切です。こうした取り組みを進めることが、温暖化のみならず化石燃料の枯渇など将来起こりうると考えられるさまざまな問題にも対応できる、もっとも有効性が高く、かつ、究極の温暖化対策といえるのではないでしょうか。
(本回答の作成にあたっては(財)エネルギー総合工学研究所の時松宏治主任研究員に有用な助言をいただきました。)
さらにくわしく知りたい人のために
- 湯川英明監修 (2004) CO2固定化・削減・有効利用の最新技術. シーエムシー出版.
- IPCC WG3 (2005) Special Report on Carbon dioxide Capture and Storage. http://www.ipcc-wg3.de/publications/special-reports/special-report-on-carbon-dioxide-capture-and-storage
- 2007-08-31 地球環境研究センターニュース2007年8月号に掲載
- 2013-08-27 内容を一部更新