RESULT2021年9月号 Vol. 32 No. 6(通巻370号)

最近の研究成果 森林伐採は一酸化二窒素の放出をどの程度増加させるか?

  • 仁科一哉(地球システム領域物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)

本研究は森林伐採によって一酸化二窒素(N2O)放出がどれくらい促進されるか、ということを観測や階層ベイズモデルと呼ばれる統計モデル手法を用いて定量的に評価したものです。

N2Oは大気寿命が121年と極めて長寿命な温室効果ガスであり、また成層圏オゾンの破壊に貢献する物質として知られています。土壌は主要なN2O発生源であり、主として土壌中の硝化菌や脱窒菌などの微生物によって生成され、大気に放出されています。

2020年Global Carbon Projectから発表されたGlobal N2O budget(「『世界の一酸化二窒素収支2020版』と食料システム」地球環境研究センターニュース2021年1月号)によれば、森林を含む自然生態系の土壌はおおよそ年間5.6 Tg-NのN2Oを放出していると考えられています。また同じ報告の中で森林伐採後におきる短期的なN2O放出増加によって年間0.8 Tg-N程度を追加的に放出しているとされています。しかしながら、この値の根拠となっている研究は非常に限られたものであり、推定値には高い不確実性があります。実際、森林伐採によるN2O放出増加に関しては、少なくない研究が放出の増加を認めることができなかったと報告しています。

土壌からのN2O放出の観測には、チャンバー法とよばれる方法を用います。チャンバー法は概ね1 m2以下の底面積を持つ円筒状、もしくは直方体状のものを土壌表面に設置して、ガス放出速度を定量します。同じ森林内であっても、林床や土壌環境の空間異質性は大きく、このような小さな底面積をもつチャンバーでのN2O放出評価には観測値の空間代表性の問題がつきまといます。そのため森林伐採の効果が不明瞭である原因には、こうした観測手法の問題が少なからずあると考えられます。

そこで本研究では、過去の研究よりも微細な空間分布で樹木伐採の影響を見ることによって、N2O放出への樹木伐採影響を把握しました。ここでは樹木根のバイオマス、すなわち土壌中での存在量が、伐採直後のN2O放出変化に関連していると仮説をたてて、幹から50 cmと150cm離れたところに、幹を中心として斜面上下、左右の4方向にN2O放出観測用のチャンバーを設置しました(図1)。

樹木根はN2Oを生成する微生物との土壌中の無機態窒素(アンモニウムイオンや硝酸イオンなど)の獲得の競合だけでなく、水分や土中酸素濃度などを制御し、間接的にN2O生成に影響します。スギの樹木根は放射状に拡がっており、幹から離れるほど根っこのバイオマスが低下するため、幹から距離を変えてチャンバーを設置すると、樹木根との相互作用をより正確に把握できます。チャンバーを設置した対象樹木の伐採前後でN2O放出を観測することによって、単木レベルでの樹木伐採効果を明らかにすることを目的としました。なお本研究では日本の人工林で代表的なスギを対象としました。

図1 樹木伐採野外試験の現地風景および伐採後のN2O放出増加の模式図。丸いのは観測用のステンレスチャンバー。

観測の結果、伐採直後にN2O放出が増加していること、また、その増加は幹に近いほど大きいということがわかりました(図1)。幹に近い場所ほど伐採の効果が大きいのは、根の多い幹近傍では伐採後に失われた直接的・間接的なN2O生成微生物との相互作用が大きかったためと考えられます。伐採後2ヶ月くらいはN2O放出の増加が確認できました。

統計モデルを使うと、樹木伐採影響は図2 (a)のように樹木幹からの距離に応じて伐採影響が変化することが定量的に評価できますが、放射上に根が分布していることを考えると、図2 (b)に示したように面積的には幹の直近よりも少し離れたところの方が、増加に寄与しているということがわかります。こうした根っこの空間分布を考慮に入れて、本研究で推定された統計モデルをもとに計算すると、例えば30%の間伐を行ったときに、N2O放出が59%程度増加することが試算されました。

図2 伐採樹木からの距離とN2O増加量および面積の関係. (a) 単位体積当たり (b) 樹木一本当たり。右図は模式的に示したもの。色が濃いほど高い増加。

現在までのところ、IPCC国家温室効果ガスインベントリガイドラインには森林の土地利用変化に伴う森林伐採/破壊によるN2O放出増加は考慮されていません。本研究の成果は排出係数の根拠になるとともに、本研究の結果から、こうした幹からの距離を考慮しないでチャンバーを設置した場合、樹木伐採もしくは森林破壊のN2O放出への影響を正しく評価できない可能性があることがわかりました。本研究は日本のスギ林を対象としていますが、異なる森林生態系でのさらなる検証が必要とされています。