SEMINAR2021年1月号 Vol. 31 No. 10(通巻361号)

「世界の一酸化二窒素収支2020版」と食料システム

  • 地球環境研究センター 交流推進係

グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)は、一酸化二窒素(N2O)の全ての発生源と吸収源を詳細に網羅した世界のN2O収支「世界の一酸化二窒素収支2020」を公表しました。この研究成果をまとめた論文は、2020年10月8日に国際学術誌Natureに掲載され、その内容は、10月5日に記者発表されました(https://www.nies.go.jp/whatsnew/20201005/20201005.html)。

GCPつくば国際オフィスと地球環境研究センター、JAMSTEC、Future Earth日本ハブの共催で、10月29日にオンラインによる公開フォーラムを開催しました。フォーラムでは、論文の共同執筆に参加した研究者、特に農業や食料生産、土壌や肥料といった分野を専門に研究している講師をお招きして詳しく解説していただきました。地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室の伊藤昭彦室長も講演者の一人として発表しました。

フォーラムは午前(日本語)と午後(英語)に分けて行われ、合計で約320名が参加しました。本稿では、午前中に行われた3人の講演概要を紹介します。なお、このフォーラムの内容はオンラインで公開されています(午前の部:https://www.youtube.com/watch?v=vWqF8GxxfGI, 午後の部:https://www.youtube.com/watch?v=LH7AqdLScjs)。

目次

世界の一酸化二窒素(N2O)収支2020の概要

伊藤昭彦(地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室長)

一酸化二窒素(N2O)の基礎知識

  • N2O は二酸化炭素(CO2)とメタン(CH4)に次ぐ重要な温室効果ガスであり、成層圏オゾン層破壊物質である。
  • 単位重量あたりでは、100年間の積算で見ると、N2OはCO2のおよそ298倍の温室効果をもつと考えられる。
  • 一度大気に放出されると、N2Oは約 116 ± 9年間、大気中に留まり続ける。
  • 主要な温室効果ガス3種(CO2、CH4、N2O)のうち、N2Oの温暖化への寄与は6.5%となっている(Esminan et al. 2016, GRLを2019年に更新)。
  • 大気中のN2O濃度は2018年に331 ppb(10億分率)に達しており(WMO 2020, United in Science)、産業革命前である1750年から約22%増加した。

N2Oの観測は世界中で行われていますが、国立環境研究所でも沖縄県の波照間島(1996年~)、北海道の落石岬(1999年~)で観測しています。1980~2019年、大気中のN2O濃度は急上昇しており、2000年以降の平均上昇速度は 0.84 ppb/年となっていますが、増加の原因などの詳細はわかっていませんでした。今回、これらを明らかにし、収支を解明しました。

N2Oの収支の評価には、統計値やモデルによるボトムアップ手法と、大気を観測して地表の収支を推計するトップダウン手法が使われます。今回の世界のN2O 収支評価は、この2つの手法による独立した43項目の推定値を用いて行われ、2つの手法による結果を比較することで、推定がどのくらい正しいかを評価しました。国立環境研究所は、自然の土壌や農地の直接的な土壌放出について、私たちが開発したモデルを使って推定した結果を提供しました(図1)。

図1 N2O収支を評価する方法
世界のN2O 収支は独立した43項目の推定値を用いて行われた

私は、NMIP(The global N2O Model Intercomparison Project)というN2O モデルの相互比較プロジェクトを通してこの論文に貢献しています。世界の10以上のモデルが同じ条件で陸域の土壌から放出されるN2Oを推定し、その結果を平均化してデータ提供しています。そして、世界の土壌N2O放出量の分布図をモデルにより作成しています。

世界のN2O収支(2007~2016年)の概要を紹介します。N2Oの放出には自然起源(57%)と人為起源(43%)があり、自然起源の放出量は9.3Tg(1Tg=1012g、100万トン)、人為起源放出量が7.3Tgです。合計すると約17Tgが毎年放出されています。一方、成層圏や対流圏での化学反応により毎年13.5Tg消滅します。差し引きすると毎年3.5Tgが大気中に残ることになりますが、大気観測によると年間4.3Tgとなっています。値に齟齬があるのは、それぞれの推定に不確実性があるためです。

図2 世界のN2O 収支
人為起源の放出は、平均的な推定として、世界のN2O放出の43%を占める

地域別では、アフリカが最大の放出源(年間約3Tg)です。アフリカは面積が広いことと、熱帯林から放出されるN2Oが多いためです。熱帯林は年間を通じて温度が高く降水量が多いため、微生物の活動が活発でN2Oが放出されやすいと考えられています。次が南米、東アジアで、年間約2Tgです。南米はアフリカ同様に熱帯林からの放出が多いのですが、東アジアは農業からの放出が突出しています。海洋からも年間2~3Tg放出していますが、トップダウンとボトムアップで差があり不確実性が残っています。

世界のN2O放出量は毎年1%以上増加しています。農業は最大の人為起源放出源です。人為起源放出量の地域別の変動を見ると、近年、農業活動が盛んなアジア、次いで南アメリカとアフリカから放出量が増加しています。特に東アジアの増加は農地における化学肥料・堆肥投入量(+直接排出)の増加と関連があり、この30数年間で2倍以上になっています。

一方、ヨーロッパとロシアからの放出は1990年以降減少してきました。ヨーロッパでは工業での技術革新や農地の管理などの対策が進んだためで、ロシアはソビエト崩壊という社会経済的要因が考えられます。

過去40年間(1980年代、1990年代、2000年代、最近)の10年ごとの世界の N2O 放出量の詳細もわかってきました。人為起源については1980年代に年間5.6Tg程度だったものが近年では年間7.3Tgまで増加しました。自然起源については1年あたり1980年代9.9Tgだったものが近年9.7Tgなので増加していません。

ここで、温室効果ガスインベントリオフィスによる2018年度の温室効果ガス排出量確報値から、日本の人為起源N2O放出を紹介します。工業プロセス及び製品の使用について対策が進んでおり、N2O放出量は減少しています(2005年比で2018年までに約20%減少)。パリ協定への排出削減目標として、日本はN2Oの放出を2030年度時点で2013年度比6.1%削減するとしており、今後も対策を進めていく必要があります。

今回の論文で重要だったのは将来どうなっていくかということです。近年の世界のN2O放出量の増加傾向は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が作成したシナリオのうち最も悲観的なものを超えており、N2O放出削減が急務であることを強く示しています。

食料システムとの関係も重要です。N2O放出量の増加は、主に食料システムにおける窒素の過剰使用によるものです。プラネタリーバウンダリー*1では窒素が不可逆的で壊滅的な変化を起こす領域に入っています。N2Oの放出は温暖化だけではなく、窒素循環を介して大気汚染などの環境汚染問題にもつながります。

今回包括的な収支推定が行われましたが、課題も残されています。さまざまな方法を使ったため、それぞれの結果の間の整合性がとれていないこと、また、一つの方法の中にも不確実性があることです。さらに、泥炭地や永久凍土の融解からのN2O放出についてはほとんどわかっていませんし、海洋のN2Oのうち酸素極小層、酸化層、貧酸素層の起源の相対的な組成は非常に不確実です。こういったところの科学的解明が今後の課題です。

人類の食料生産・消費がもたらす窒素問題

林健太郎(農研機構農業環境変動研究センター物質循環研究領域 広域循環評価ユニット長)

人類にとってなぜ窒素が問題になるのかをお話しします。

窒素はタンパク質や核酸などを構成する必須元素です。われわれを含む動物は、他の生き物や有機物という形で窒素を食べて取り入れています。植物は根から主にアンモニアや硝酸といった形の無機態の窒素を吸収しています。光合成酵素のルビスコも窒素が必要となります。窒素が足りないと光合成能が働かず炭酸同化ができないので、植物の葉が大きく育たないという悪循環に陥ります。よって窒素はとても大事な肥料になります。

肥料として、もともと人や家畜の排泄物、緑肥、化石化した窒素であるグアノやチリ硝石がありますが、沢山の食料を作るには足りなくて、20世紀初頭にハーバー・ボッシュ法と呼ばれる分子窒素(N2)と水素からアンモニアを作り出す技術が確立しました。1960年代からは食料生産が人口増加に対する制限要因にならなくなりました。経済も発展し、人類にとってハッピーな話なのですが、いくつか問題があります。

窒素利用の問題点を4つ紹介します。1つめは作物生産の窒素利用効率(投入した窒素に対して最終的な生産物に届く割合)が低いということ、化学肥料を与えるため、投入した窒素の多くが環境に漏れてしまうことです。2つめは家畜生産の窒素利用効率は作物生産よりもっと低いということ(図3)、そこから類推できるのですが、3つめは人類が畜産物を好むようになると全体の窒素利用効率が低下するということ、4つめは捨てた物自体だけではなく、捨てられた物を作るために投入したすべてが無駄になる食品ロスの問題です。

図3 窒素利用の問題:家畜生産の窒素利用効率は作物生産より低い
消費までの過程で、米の場合窒素利用効率は23%だが豚肉だと7.2%になり、90%以上は環境に漏れてしまう

N2Oなど環境に放出された反応性窒素は強い温室効果をもち気候変動を起こし、成層圏オゾンを破壊し、その他いろいろな窒素の化学種が大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化を引き起こします。その結果、生態系ダメージといった幅広い影響を及ぼします。プラネタリーバウンダリー*1という概念で窒素は既にレッドカードが出ています。

日本では国土が狭く人口が多いため、場所によっては窒素の排出が集中しやすいという特徴があります。また、食料自給率が37%、飼料自給率は25%、残りは輸入に頼っていますから、国外からの窒素流入が多く、食物生産で再利用しきれていません。さらに日本人の食生活も変化していて、肉類の消費が1965年は一人あたり年間9キロだったものが今は33.5キロと増えています。そのうえかなりの廃棄食品の量があると見積もられています。

現在、国連環境計画(UNEP)が実施母体となり、イギリスの生態・水文学センター(CEH)が事務局を担うTowards International Nitrogen Management System(INMS)というプロジェクトが動いています。窒素管理に資するさまざまな指標の開発や数値モデル・シナリオを用いた解析を行い、世界各地域を評価してステークホルダーなどに情報を伝えるための研究、知識を蓄えています。2022年の早い時期に「国際窒素アセスメント」という出版物を発行する予定です。

中でも窒素フットプリントは、生産から消費までの全体を通して、一人あたりどのくらい環境に窒素を排出しているかという指標になります。問題を身近に感じることができ、対策した効果を数字として実感できます。個人向け指標のようなツールを開発していくことで削減努力の「ものさし」になるという期待をもっています。

「食」は人の健康と環境の健康を繋ぐハブであり、われわれは食べるという行為で結果として環境に影響を与えていますから、食を通じて自らの健康と環境の健康の両方に気を遣わなければなりません。窒素カスケード(図4)を意識してN2Oを減らしつつ、それに不随して他のものが増えないように注意深く対策を打つ必要があります。われわれは肥料などの便益を求めて窒素を利用しますが、それは結果として人の健康と自然生態系へのダメージという脅威をもたらすトレードオフであることを強く認識しなければなりません。

図4 窒素カスケード(人間活動から放出された窒素化合物が最終的に安定なN2に戻るまでに環境中で形を変えながら影響を与え続ける)

最後に参考資料をご紹介します。UNEPの報告書"The Nitrogen Fix"を私たちが和訳し、IGESから公開しています(https://www.iges.or.jp/jp/pub/unep-frontier-nitrogen/ja)。これを読んでいただければ窒素問題に関する世界の今の状況がつかめると思います。

土壌の視点から見る一酸化二窒素(N2O)発生のプロセスと実現可能な緩和

犬伏和之(千葉大学園芸学研究科土壌学研究室 教授)

N2O放出に及ぼす影響因子とN2Oの緩和策について報告します。

インドネシアを例にN2Oの放出源を見ると農業由来が8割です。N2O 放出のプロセスとしては、好気的な条件での硝化(アンモニアが微生物によって酸化され、亜硝酸塩や硝酸塩に変化すること)によるものと、水田のように嫌気的条件での脱窒(土壌中の硝酸性窒素が還元され、大気中に分子状の窒素として放出される現象)によるものがあります。

N2Oの発生に影響を及ぼす因子として、1.土壌の種類、2.添加物(バイオ炭など)、3.土壌管理と制御(緩効性肥料、硝化抑制剤など)、4.圃場の水管理、他の発生源との競合関係(メタンとN2Oのトレードオフ)があります。

1.土壌の種類と2.添加物

日本の代表的な火山灰土壌である黒ボク土壌と砂質土壌、ヨーロッパで代表的なハンガリーのチェルノゼムと砂質土壌に、バイオ炭を加えて比較しました。

結果は、黒ボク土ではN2Oの放出量が抑えられたので、温室効果ガスを削減できるかもしれません。チェルノゼムでは放出量が増えましたので、使用する際にはN2O放出に注意する必要があります。砂質土壌については日本のものもハンガリーのものもN2O放出量に影響はありませんでしたから、温室効果ガスを増やさずに使用することができます。

3. 土壌管理と制御

近年増えているアブラヤシのプランテーションのなかで、インドネシア1か所(Tunggal、図5の①)、マレーシア2か所(Simunjan、図5の②;Tatau、図5の③)から土壌を選び、pHが低くて有機物が少ない無機質土壌(①、②)と有機物が多い泥炭土壌(③)に肥料を与えない、従来方法の施肥量で化学肥料を与える、耕すだけ、肥効調整型(植物の吸収に合わせて成分が溶出される)肥料を半分の施肥量にして与えた場合のN2O放出を測定・比較してみました。

Tunggalの土壌は肥効調節型肥料によってN2O放出が下がりました。Simunjanは雨が多いところなので肥料が流れてしまい放出量は少なくなります。アブラヤシの収量は肥料を半分の量にしても肥効調整型肥料とほとんど変わらなかったので、ロスが少なくN2O放出も抑えられることがわかりました。

抑制策として期待されているのが硝化抑制剤です。硝化の過程にはアンモニアの酸化と亜硝酸の酸化があり、これらをブロックすることでN2Oの放出を抑える抑制剤が開発されており、現在肥料の一部に混ぜて使われています。インドネシアのマカッサール大学や国際農林水産業研究センターで検討されている植物由来の硝化抑制物質はN2Oの放出をかなり抑制できます(参考文献1)。今後、開発の期待がもたれています。

図5 インドネシアとマレーシアの実験フィールド

4. 圃場の水管理、他の発生源との競合関係

水田の水管理を変えてメタンを減らす実験をインドのタミルナドゥ農業大学と共同で行いました。水田は常時水があるのですが、地下水位が数日おきに15cmくらいまで下がるように調整すると、通常よりメタンの放出を4~5割下げられ、50%程度節水することができました。しかし懸念されていたトレードオフ関係にあるといわれていたN2Oに有意な変化はありませんでした(写真6)(参考文献2)。さらに東南アジアのフィリピン、インドネシア、タイ、ベトナムにおいても節水栽培したところ、N2Oにはさほど影響がないことを確認しました。

写真6 節水栽培と幼苗一本植え高収量稲作法(SRI農法)によりメタン放出が抑制され、N2Oの放出は増えずコメの収量が増加

最後に現在の新型コロナによる影響について、国際土壌科学連合(IUSS)元会長のRattan Lal先生らの論文(参考文献3)をもとに説明します。土壌の健康が人々の健康や貧困解消、気候変動対策につながっています。コロナの影響で人間活動が変わる、それによって食料生産が変わる、それに対して土壌の管理も変わります。最終的にはN2Oの放出も影響を受けることは当然考えられます。