SEMINAR2020年12月号 Vol. 31 No. 9(通巻360号)

地球の限界 "プラネタリーバウンダリー" & 循環型社会 ~世界と日本の取り組みからみんなでできることを考える~

  • 地球環境研究センター 交流推進係

9月3日、ACT SDGs(https://www.facebook.com/groups/159231411586664)とSDGs活動支援センター(https://www.facebook.com/groups/shonan.sdgs/)の共催による標記オンライントークショーが開催されました。

"プラネタリーバウンダリー"(http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=4484)は、「地球の限界」あるいは「惑星限界」とも呼ばれ、地球温暖化をはじめ人類が抱える難題を理解するキーワードとして 、あらゆるところで活用されています。今回のイベントでは、このプラネタリーバウンダリーの中でも、「窒素とリンの循環」の問題について焦点をあて、専門家と学ぶことを目的に開催されました。

地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室の伊藤昭彦室長も講演者の一人として発表しました。本稿では、モデレータと3人の専門家による講演の概要を報告いたします。モデレータ及び講師のプロフィールはhttps://peatix.com/event/1601927/をご参照ください。なお、このイベントは(https://www.youtube.com/watch?v=d4I2QsgHYfI)からご覧いただけます。

プラネタリーバウンダリーについて

放送作家/作家/小説家/京都芸術大学客員教授
一般社団法人ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン代表理事 谷崎テトラ

私はテレビ・ラジオの放送作家として30年の仕事のうちの25年は環境番組を作ってきました。いろいろな取材や調査をとおして、「地球環境、ヤバイ!」と感じるようになりました。そして、ただ伝えるだけではなく活動しなければと思い、1997年の京都でのCOP3のときに、地球の現状を広く伝えるために市民啓発のNPOレインボーパレードを立ち上げました。それ以降、環境活動にコミットしています。

プラネタリーバウンダリーの考え方の背景を説明します。

ローマクラブのヨルゲン・ランダース博士による40年後のシミュレーション(1972年発表)では、社会はこのままでは持続不可能という結果が出ました。一体何がどのくらい危機となっているのかをわかりやすく示したのがプラネタリーバウンダリーです。これは簡単にいうと「地球の健康状態」といっていいと思います。

プラネタリーバウンダリーはストックホルム・レジリエンス・センターのヨハン・ロックストローム博士(現ポツダム気候影響研究所所長)たちにより開発された概念です。真ん中の青い線の中に入っていれば健康な状態ですが、オーバーしている領域は危険な状態、赤い枠を超えてしまうと不可逆的で壊滅的な変化を起こすといわれています。

2020年5月、欧州環境庁(EEA)がプラネタリーバウンダリーの概念に基づく環境負荷の報告書を公表しました。そのなかで、窒素循環は3.3倍、リンの循環は2倍、すでに限界値を超えていると報告されています。調べてみると、貧酸素水塊がどんどん増加しているのです。

その原因は食料を作るために使われる化学肥料(主成分は窒素・リン・カリウム)だといわれています。世界で使われる化学肥料は年間1億4500万トンで、それが川や海に流出し、汚染物質となっています。そして、低い酸素レベルで増殖する微生物は二酸化炭素(CO2)より300倍強力な温室効果ガスである亜酸化窒素(N2O)を多く排出しますから、気候変動問題とも関連してきます。

窒素とリンは運輸や産業、それからわれわれの廃棄物、下水からも出ています。つまりわれわれの文明そのものがさまざまな形で汚染物質を排出しているのです。このように、地球の健康状態の数値が悪いのであれば、信頼できるドクターにオピニオンをうかがおうということで、3人の専門家にお話をしていただきます。

図1 プラネタリーバウンダリー「人類のために安全動作領域」を定義するように設計されたフレームワーク。限界点「プラネタリーバウンダリー」を超えると、不可逆的で壊滅的な変化を起こす

プラネタリーバウンダリー(特に窒素とリン)をめぐる世界的な動き

国立環境研究所地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室長 伊藤昭彦

2015年に出されたプラネタリーバウンダリーの図では、9つの指標のうち窒素とリンの循環は地球の持続可能な限界を超えていると紹介されています。しかし、その理由や意味について素朴な疑問がわいてきます。いくつかの疑問について研究者として簡単に解説したいと思います。

持続可能な限界はどう決まるのか、なぜ限界を超えてしまったのか

窒素は大気からの沈着で陸や海に入り、再び大気に放出されるという自然循環が行われているのですが、そこに人間が肥料など人工的に固定した窒素を加えると、地球全体の窒素の循環を乱してしまいます。ロックストローム博士らの分析によると、大気から陸域に入ってくるところが窒素循環での制御変数で、それが閾値を超えたときに地球が支えきれなくなって、破綻しかねないレベルになるということです。

窒素循環でもう一つ重要なのが、窒素カスケードという考え方です。人間社会のなかで窒素が使われると、それが環境中を移動する各段階で悪影響を及ぼすのです(図2)。

図2 窒素カスケードの説明
工業的な窒素固定で作られた肥料は農地に投入され、農地で作られた作物は家畜の飼育に使われて、最終的には自然生態系に流れていく。その途中で温室効果ガスであるN2Oの排出や、大気汚染ガスである窒素酸化物(NOx)の排出が起きる。硝酸態の窒素は水に溶けて流れていき、河川や湖沼、海洋の富栄養化をもたらす

リンの循環は比較的シンプルで、閉鎖的な循環です。大気にはほとんど飛んでいかないので、岩石が風化したリンがその場所で植物に使われ、枯れ葉となってまた地面に戻り、一部は河川に溶けて海洋に流れていきます。しかし、農地でリンを肥料として大量に投入したことから、河川に流れていく量が増えました。ロックストローム博士らは、岩石が風化して自然に海洋に流れていく量の10倍をリン循環の閾値として設定しています。

本当にその限界を超えているのか、気候変動より深刻なのか

ロックストローム博士らの図では、気候変動よりも窒素やリンの循環の方が大きくプラネタリーバウンダリーを超えているように見えます。2015年に示された限界(Steffen et al.)はモデル分析に基づいて決められたものです。閾値として、窒素は年間6200万トン、リンは年間1100万トンです。それに対して現状は、窒素が15000万トン、リンは2200万トンで、どちらも2倍以上です。だたし、窒素の閾値は過去の論文でもどういう要素を閾値にするかで変わってきました。研究が進むにつれて分析結果も変わってきていますから、注意が必要です。窒素やリンの循環の変化による影響は、気候変動ほど大きくニュースで取り上げられることは少ないでしょう。それでも、地域によっては最も深刻な環境問題になっており、早急な対策が必要になっていることは確かです。

また、最近ロックストローム博士のグループが出した論文では、バウンダリー間の相互作用を考慮すると、気候変動、窒素・リンの循環のうち不可逆的で壊滅的な変化を起こすものがより多くなっていくとしています。それが複合的な人間活動によって駆動されていることを、論文では明らかにしています。

超えたら何が起こるのか、持続可能な開発目標(SDGs)には見当たらないが

窒素もリンも生物にとって必須元素なのですが、過剰に使用し環境中に流出することでさまざまな環境問題を引き起こします。バウンダリーを超えてしまうと環境中でN2O(温室効果ガス)を排出して温暖化を引き起こし、河川に流れて富栄養化や貧酸素水塊をつくってしまいます。土壌汚染や大気汚染につながる物質も出すため、生物多様性にも影響を与えてしまいます。

SDGsの17の目標のなかに窒素やリンを削減しましょうと直接は書かれていませんが、上述のとおり、窒素やリンは直接・間接的にすべての目標に関連しているのです。

持続可能な範囲に戻すことは可能か

2017年の分析(Campbell et al.)によると、プラネタリーバウンダリーの8~9割は農業が寄与していますから、窒素やリンの循環を持続可能な範囲に収めるには、肥料投入量の最適化、耕起や潅漑といった管理方法の改善など、農業分野での対策が必要です。

ここで私の研究についてご紹介いたします。東アジア地域では窒素の投入量(肥料、堆肥、大気の沈着)が大きく増えてきました。それが窒素循環を変えてN2Oの排出を増加させてきましたが、地域によって大きく状況が違うことがモデルの分析結果で明らかになりました(図3)。

図3 東アジア地域の窒素循環変化
左の4つのマップは、現在の陸域への窒素インプット量の分布を示す。右の図は、窒素インプットを変化させた場合のモデルで推定されたN2O排出量を示しており、農地への肥料投入が最も強い影響を与えていたことがわかった

食料生産に関しては、窒素やリンの使用量増加や農地拡大などの追加の環境負荷なしで食料需要を満たせるかという分析が行われています。アメリカの研究者の分析によると、既存の農地で収量を最適化することにより、食料需要を満たしつつ環境負荷を増加させない解決方法はありうると解説しています。

窒素とリンの違いは

最後に国際的な研究枠組みについてお話します。窒素については国際窒素管理システム(International Nitrogen Management System: INMS)があり、国立環境研究所を含む世界中の研究機関が参加して、グローバルスケールの窒素循環の全容を解明し、それをまとめて窒素管理へつなげていこうとしています。

リンに関してはどちらかというと産業分野の取り組みが先行していて、研究体制は不十分です。ヨーロッパにはリン研究のプラットフォームがあり非常に進んでいますが、アジアはまだそこまでいっていません。日本では平成30年にリン循環産業振興機構が作られ、産業分野での取り組みはSDGsに沿ったものにしていこうということが進められています。

プラネタリーバウンダリーの限界の設定や解釈にはまだ不確実性があります。一つのバウンダリーのなかでより細かい指標を設置するなど、窒素やリンの循環に関する詳細な分析と管理を行うことが科学的な課題となっています。

窒素とリンの循環

環境省水・大気環境局水環境課 閉鎖性海域対策室長 行木(なめき)()()

ここで申し上げることは組織の見解ではなく、私の個人的見解であることを最初にお断りします。環境省では、窒素とリンがバウンダリーを超えてしまっていることを平成25年度の環境白書で紹介しています。

窒素もリンも生物に必須の元素で、植物の生長に特に重要な栄養素です。窒素もリンも自然界のなかでゆっくり循環しています。窒素もリンもそれ自体は悪いものではありませんが、過剰に溜まってしまうと、生物多様性に影響を与える危険があります。たとえば水中に多量にあると海や湖に富栄養化を起こします。あるいは海底にいろいろな汚れがたまり過ぎるとそれを分解するときに微生物が酸素を使ってしまうので水の中の酸素がなくなってしまい貧酸素化の原因になります。汚れの一部には植物プランクトンなどの死骸が含まれます。窒素やリンは植物プランクトンのえさになりますので、間接的に汚れにつながる側面もあります。

富栄養化が起こりやすいのは、外の海と水の交換がされにくい閉鎖性海域と呼ばれる海です。閉鎖性海域では汚染物質が蓄積しやすくなります(図4)。内湾・内海は外の荒海の影響をすぐに受けるわけではないので、おだやかな自然環境が保たれ、古くから漁場として、あるいは人や物が集まる場として利活用されてきました。しかし人口が増えると生活排水などによる環境負荷が高まり、自然のキャパシティを超えてしまい環境悪化を招きます。

図4 閉鎖性海域の環境問題
有機汚濁物質や栄養塩類が過剰にあるとさまざまな問題が発生

日本で貧酸素水塊は増えてきているのでしょうか。日本は高度経済成長期に大変な公害を経験していて、川も海も湖も汚れていました。そのときから赤潮や青潮は大きな問題でした。対策をして、水自体は全体ではきれいになってきていますが、東京湾や大阪湾など汚れがたまりやすいところは貧酸素水塊が今でも起きやすく、夏の気温が高いときに広がって長い時間解消しないということが報告されています。

対策について簡単に説明します。国では排水規制をとっています。特に閉鎖性海域である東京湾、伊勢湾、大阪湾と瀬戸内海については、排水の濃度を規制するだけではなく、全体の量もコントロールする総量規制制度の対象となっています。指定項目は、COD(化学的酸素要求量)、窒素、リンです。

この規制に基づき、対象となる湾ではどんなところからこれらの物質が入ってくるのかを調べています。農業との関係が話題になっていますので、東京湾での農業の寄与率を調べたところ、生活排水が7割近くで、農業関係(畑・果樹園、水田、畜産系)は4%くらいです(図5)。

図5 東京湾における汚濁負荷量の内訳(平成26年度)

窒素やリンが総量規制の対象になっているところでは、長い間いろいろな対策がとられてきましたが、これまでどれだけ減らされてきたのでしょうか。瀬戸内海の水質の状況で全窒素濃度分布をみると、総量規制制度が始まった昭和54年度頃の昭和57~59年度と平成21~24年度を比較すると、濃度が低い地域が増えています。リンについても同様です。ただし、大きな河川が流れ込む湾の奥等ではまだ濃度が高いところもあります。

一方で、埋め立てや開発で藻場・干潟の面積は縮小しているということも水環境に影響しています。藻場や干潟は生き物の棲みかとしても大事です。藻が元気にはえていると水の中の窒素やリンを餌として吸収してくれます。流入があって濃度が高くなりやすいところで、藻場などが失われてしまうと濃度が高いままになりやすいといったことも起きます。

さまざまな取り組みや状況の変化の結果、海域の栄養塩、窒素やリンの量のバランスが崩れてしまっているのが今の日本の海です。窒素やリンが過剰にあるところでは赤潮や貧酸素水塊が出て、他方では対策をとろうとしてきた効果が出すぎてしまい、逆に海苔などが育つには栄養塩が不足している水域もあります。

環境省では、その地域が健全な循環を取り戻せることを目指しています。陸と海を一体化し、窒素やリンを円滑に循環していくことや藻場や干潟など生物が棲める場所づくりを考えるための制度の検討や導入に向けた準備を今行っているところです。

環境保全に配慮した農業の取組

農林水産省生産局 農業環境対策課長 横地洋

これから説明する資料や発表の内容は、農林水産省の組織としての見解ではなく、私個人の見解とご理解ください。

われわれは農産物や食品を食べないと生きていけませんが、農産物や食品の生産はごく限られた土や水に頼っています。また、われわれは多くの生き物や環境中のさまざまな事物に支えられ、それらとかかわって生きています。

本日は生産基盤である土や水について、さらに、環境保全に配慮した農業における三つの取組を簡単に紹介します。一つは持続可能性の観点から、二つ目は生産基盤を整えるという観点から、三つ目は化学肥料の低減の観点からの取組です。これらの取組を維持し、農産物や食品の生産から消費にいたる好循環を回し続けることが非常に重要です。本日詳細は説明できないのですが、この好循環を創り出し維持していくことができるようにするため、農林水産省ではHPなどを通じて情報提供もしています。

地球の赤道半径は約6400kmあります。地球上の陸地は地表全体の3割くらいです。この3割の陸地の中で農業に使える有効土層(作物根がかなり自由に貫入できる土層)は表面から50cmからせいぜい1mくらいです。私たちが農業に使えるのは、表面にあるごくわずかな土でしかないのです。

また、地球は水の惑星といわれていますが、実は97.5%は海水で、真水は2.5%しかありません。その真水も、多くは氷河や南極大陸などの氷や地下水などであり、われわれが実際に使える水は0.01%程度ということになります。土地も水も利用できるのはごくわずかですから、持続可能な方法で大事に使っていくことが非常に重要になってきます。

生産工程を管理して農業の持続可能性を確保

生産工程を管理して農業の持続可能性を確保するGAP(Good Agricultural Practice  https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/gap-info.html)という取組があります。これは、廃棄物を農場に放置しない、農薬の空容器は分別して処分するなど、無駄なことや危ないことを避け、環境保全や食品安全など農業を行う上で大切な取組をパッケージ化するものです。第三者機関の審査でGAPが正しく実施されていることが確認されると、認証を得ることができます。

土壌や水は農業生産の基盤

使うことが可能な地表の土を持続的に使っていくためには、生産力を高めた上で品質も維持しなければなりません。農産物を作るときには、過不足なく必要な時期に土に養分を与えることが大事です。そのためには、土壌の性質を診断し、足りない養分等を見極めて必要に応じて肥料を与えることが重要です。地力増進法という法律に基づき、望ましい土壌について基本指針としてまとめています。その中で、土づくりにおける指標などを示しており、たとえば、可給態窒素については、土壌100gあたり含有量は8mg以上20mg以下と取り決めています。

肥料を減らす取組もあります。たとえば、肥効調節型肥料の利用や側条施肥などの技術を導入することで施肥量を低減し、それによりトータルの施肥コストも低減効果を期待できるようなものです。こうした取組は手間もかかりますしノウハウが必要になるので、普及職員などにも協力していただき、施肥指導体制を作っています。さらに、土壌医という検定試験制度があり、土壌医1級の資格をもっていらっしゃる方々にご活躍いただいて土壌の維持管理を進めています。

化学肥料等の使用を低減した農業生産

土づくりと化学肥料の使用を低減する農業生産を導入する計画のある農家に対して都道府県知事が認定し、認定農業者(エコファーマー)として支援しています。平成29年までに累計で約31万件の計画が認定され、30年の調査では多くの農業者が、土づくりや化学肥料等の使用低減の取組を実施していることが判明しています。

また、化学肥料などは使わない農業である有機農業の取組面積がどんどん増えています。農林水産省では、有機農業と地域振興を考える自治体ネットワークの構築や、国産有機農業による作物を販売している小売等の方々のサポーターとしての活動を支援してきました。

有機農業は普通に行われる農業より労働力もコストもかかりますから、コストの一部を支援しています。たとえば、化学肥料を減らした場合、化学肥料代は節減できますが、一方で堆肥を撒くなど他の方法を用いて生産していくことになります。この際に掛かり増し経費が必要になった場合は、その経費を支援する仕組みを講じています。

こういった取組を通して化学肥料の需要は減ってきています。平成2年と比較すると、平成28年では、成分で窒素約4割減、リン酸、加里では約6割減というデータが出ています(図6)。こうした対応を進めていくなかで、農林水産省は持続可能な農業生産を引き続き支援していきたいと考えています。

図6 化学肥料の需要量等の動向