2019年10月号 [Vol.30 No.7] 通巻第346号 201910_346001

土地は有限 —食料・水・生態系と調和する気候変動対策とは?—

  • 国立環境研究所 地球環境研究センター長 三枝信子
  • 京都大学農学研究科森林科学専攻 教授 北島薫
  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 主席研究員 山形与志樹

1. はじめに

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2019年8月8日(木)、「気候変動と土地:気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書」(以下、「土地関係特別報告書」という)[1]を公表した。本報告書は、2016年4月の第43回IPCC総会において作成が決まり、2017年2月のスコーピング会合にて概要と全体構成が議論され、その後4回の執筆者会合を経て編纂され、専門家や各国政府のレビューを受けて2019年8月の第50回IPCC総会で受諾されたものである。

2. 報告書のテーマ

土地関係特別報告書は、IPCCが第6次評価報告書(AR6)に先立って発表する3つの特別報告書(1.5°C特別報告書[2]、土地関係特別報告書、海洋・雪氷圏特別報告書[3])の一つとして作成された。主な論点には、変動する気候下で陸域の環境が現在どのように変化しているか、気候変動の緩和と適応・持続可能な土地管理・食料安定供給・生物多様性保全のための対策にはどれほどの可能性があり、それらの間にどのようなトレードオフ(競合)やコベネフィット(副次的便益)があるかといった内容が含まれた。背景として、2016年に発効したパリ協定により世界各国はいわゆる2°C目標[4]に向けて気候変動対策に取り組むことになったが、地球温暖化が進むと干ばつを含む極端な現象の頻度や強度が高まることが予想され、安定した食料生産の確保は容易ではない。さらに、気候変動対策として大規模な植林やバイオ燃料作物増産による吸収源(BECCS[5]を含む)を拡大した場合、土地や水をめぐる競合を起こして食料の安全保障や生物多様性の保全に副作用を及ぼし得るとの問題意識があった。

3. 報告書の構成と内容

報告書は世界の52ヵ国100人以上の専門家が参加して編纂され、本編は下記の7章で構成された。

  • 第1章:構成と背景
  • 第2章:陸面・気候相互作用
  • 第3章:砂漠化
  • 第4章:土地の劣化
  • 第5章:食料安全保障
  • 第6章:砂漠化、土地の劣化、食料安全保障及び温室効果ガスフラックスの間でのインターリンケージ:シナジー、トレードオフ及び統合的な対応の選択肢
  • 第7章:リスク管理と持続可能な開発に関する意思決定

政策決定者向け要約(SPM)には下記の4つの視点から概要がまとめられた。

  • セクションA:昇温する世界における人々、土地及び気候
  • セクションB:適応及び緩和による対策の選択肢
  • セクションC:可能とする対策の選択肢
  • セクションD:当面の対策

図1 IPCC土地関係特別報告書SPMの表紙

セクションA:昇温する世界における人々、土地及び気候

はじめに、陸域に起きている環境変化の現状として、観測された陸域の地上気温は海域を含む世界全体の平均気温に比べて上昇速度が速く(高い確信度)、2006〜2015年には産業革命前(1850〜1900年)に比べて既に1.53°C上昇していると述べている[6]

次に、陸域は温室効果ガスの重要な排出源であると同時に吸収源でもあることを強調している。具体的には、2007〜2016年の世界全体の温室効果ガス(ここでは二酸化炭素(CO2)、メタン、一酸化窒素について集計)の人為起源総排出量(約52 Gt CO2e yr−1)の約23%(約12 Gt CO2e yr−1)は、陸域における農業、林業、及びその他の土地利用変化に由来する(中程度の確信度)。同時に、陸域はCO2の重要な自然吸収源でもあり、2007〜2016年における人為起源CO2総排出量(約39 Gt CO2e yr−1)の29%(約11 Gt CO2e yr−1)に相当する量を正味で吸収したと推計している(中程度の確信度)。ただしその自然吸収源の将来的持続性は不確かである(高い確信度)。

セクションB:適応及び緩和による対策の選択肢

気候変動への適応と緩和に貢献する多くの対策が、同時に砂漠化や土地劣化の防止、食料安全保障や生物多様性の保全に貢献できること、複数の副次的便益(コベネフィット)を提供し得ることを述べている(高い確信度)。例えば、砂漠化の防止は、同時に生物多様性の損失を防ぐことができ、土壌や植生への炭素蓄積を増やすことから気候変動緩和への便益がある(高い確信度)。持続可能な森林管理は森林火災の防止やバイオマス(エネルギー)資源の確保に役立ち、持続可能な農地の管理は水資源の保全と単位土地面積当たりの生産性向上に役立つことから、気候変動が土地劣化に及ぼす悪影響を覆し得る(非常に高い確信度)。

本報告書では、気候変動対策の一つとして食品ロスと食品廃棄[7]の削減を含む食料システムの改善が有効であることも述べている。例えば、2010〜2016年に世界で生産された食料の25〜30%は廃棄され(中程度の確信度)、その量は世界全体の人為起源温室効果ガス総排出量の8〜10%に相当すると推定された(中程度の確信度)。食品ロスと食品廃棄を削減することは農地面積の節約につながるため、気候変動対策や生物多様性保全策との間で生じる土地と水をめぐる競合を緩和することにも貢献する。また、単位土地面積当たりの作物の収量を上げたり、アグロフォレストリー[8]を導入するなど農耕・牧畜の方法を改良することも気候変動対策として有効であり、それらの温室効果ガス排出削減のポテンシャルは2050年までに2.3〜9.6 Gt CO2e yr−1になると推定された(中程度の確信度)。さらに、家畜は飼料の生産と輸送にエネルギーを消費することや、特に牛や羊のような反すう動物がメタンの重要な排出源であることから、(主に先進国で)食肉の割合を減らして、生産に要する土地・水・エネルギー消費の少ない植物起源の食品(穀類や豆類等)を多く摂る食生活に変えていくことで、2050年までに0.7〜8 Gt CO2e yr−1の削減ポテンシャルを期待できると述べている(中程度の確信度)。

セクションC:可能とする対策の選択肢

気候変動、持続可能な土地管理、食料システム、生物多様性等に関わる複数の対策の間のコベネフィットを最大化し、トレードオフを最小化する柔軟性のある政策が必要であり、これらの活動には工業・農業・エネルギー・廃棄物をはじめとする複数の部門、複数の省庁や機関が関係することが多いため、分野横断的で一貫性のある政策の立案が重要であるとしている。しかしながら現実には、数々の技術的、社会的、経済的、文化的障壁により、そうした政策の実行は阻まれている。例えば、社会的不平等や政情不安に基づく不安定な土地所有権の問題、技術普及や社会的学習の機会の不足は、政策の普及と市場の変化を困難にしている。意思決定と政策実行の効果は、地域の利害関係者、特に気候変動の影響に最も脆弱な人々(先住民族、地域コミュニティ、女性、貧困者等)の関与によって強化される、という予測については高い確信度がある、とする。

セクションD:当面の対策

社会のさまざまな部門において、人為起源温室効果ガスを大幅に削減する野心的な対策を実施することが必要であり、それが陸域生態系と食料システムに対する気候変動の負の影響を抑制する、としている。加えて、当面の対策には、教育と知識の普及、新たな技術開発とその移転、気候変動対策を促進する資金メカニズムの有効化、気候変動リスクの管理と早期警戒システムの普及等が、社会実装を広める上での課題であるとされている。これらの課題を克服し、多様な対策を同時に進めることにより、結果として世界の貧困を減らし、気候変動に対して脆弱な人々の生活をより持続可能なものにすることが可能になると述べている。

最後に、将来の気温上昇を1.5°Cまでに抑えようとした場合に(RCP 1.9[9])、持続可能性を重視した社会的・技術的開発を高度に進める場合(SSP1[10])と中程度に進める場合(SSP2)、逆に化石燃料資源の消費に頼る場合(SSP5)において、将来の農耕地(cropland)・牧草地(pasture)・バイオ燃料栽培地(bioenergy cropland)・森林(forest)・自然の土地(natural land)の割合がどのように変遷するかを複数の統合評価モデル(Integrated Assessment Models)を用いて計算した結果について説明する。

図2のA(SSP1)は持続可能性重視型であり、持続可能な土地管理を進め、農業システム(食料生産と消費のパターンを含む)の持続可能性も高めることで、将来、一人当たりの食物消費量が増加してもその生産に必要な農耕地・牧草地の面積を減らすことができ、その土地を再植林・新規植林・バイオ燃料作物の栽培に回し、緩和策を進める余地を生むとしている。一方、中庸型のB(SSP2)や、特に化石燃料消費型のC(SSP5)では、温室効果ガス排出量が高いレベルで続くため、バイオ燃料作物の増産とBECCSによる緩和策を、2050年より前に極めて迅速に拡大する必要があるとしている。このため、土地をめぐる競合は農耕地・牧草地・自然の土地の減少をもたらし、食料安全保障と生態系に悪影響を及ぼすリスクが増大することが予想されるとしている。

図2 社会経済開発と緩和策と将来の土地利用変化の関係(SPM Figure 4A を和訳)

結論として、パリ協定の長期目標を達成するためには、人為的な温室効果ガス排出の削減の早急な実現に加え、森林減少の防止と新規植林、また、バイオマスエネルギーやネガティブエミッションの活用などがどうしても必要である。さらに、食料安全保障への悪影響を避けるためには、土地劣化防止による農業生産性の向上と、食習慣の見直しを含む食料システムの低炭素化などを同時に遂行する、という困難な課題を達成する必要がある。

脚注

  1. 英文の正式名称は、Climate Change and Land: an IPCC special report on climate change, desertification, land degradation, sustainable land management, food security, and greenhouse gas fluxes in terrestrial ecosystems。
  2. 正式名称は、気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5°Cの気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書(An IPCC special report on the impacts of global warming of 1.5 °C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty)。
  3. 正式名称は、変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書(An IPCC special report on the ocean and cryosphere in a changing climate)。
  4. 地球の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2°Cより十分下方に抑えるとともに、1.5°Cに抑える努力を追求するとするパリ協定の目標。
  5. BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)とは、ネガティブエミッション(大気からのCO2削減)を実現する対策のうち、バイオマスエネルギー利用とCO2の回収貯留を組み合わせた技術を指す。
  6. 世界全体の気温は平均で0.87°C(0.75°C〜0.99°Cの範囲である可能性が高い)の上昇、陸域では1.53°C(1.38〜1.68°Cの範囲である可能性が非常に高い)の上昇が起きているとされる。
  7. 食品ロスは、売れ残りや食べ残し等、本来は食べることができたはずの食品が廃棄されること、食品廃棄は、食品の製造・加工・流通・消費等の間に発生する廃棄物をいう(野菜くず等)。
  8. アグロフォレストリーとは農業と林業を組み合わせた農法であり、農地に樹木を植栽してその間の土地で家畜や農作物を育成することをいう。土壌流出等の土地劣化を防ぎ、特に熱帯・亜熱帯地域で有効であるといわれる。
  9. 温室効果ガスを非常に強く削減する代表濃度経路(Representative Concentration Pathways)シナリオ。1.5°C目標を達成することに相当する。
  10. SSP(Shared Socioeconomic Pathways)とは、将来予測に用いられる社会経済シナリオ(共通社会経済経路)を指す。人口・経済成長・技術進展・消費嗜好・技術の社会的受容性等がそれぞれ異なるケースを想定して作成されている。

参考資料

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