2019年10月号 [Vol.30 No.7] 通巻第346号 201910_346004

環境研究総合推進費の研究紹介 24 日本発の世界水リスク評価ツールの開発に向けて 環境研究総合推進費2RF-1802「企業の温暖化適応策検討支援を目的とした公開型世界水リスク評価ツールの開発」

  • 気候変動適応センター 花崎直太

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1. はじめに

気候変動は世界の様々な分野に影響を及ぼします。例えば企業は世界中から原材料を調達し、世界中で製造・販売を行っているため、世界の気候変動影響について注意し、必要な対応(適応)をしていく必要があります。

さて、国立環境研究所では世界の水循環・水資源に関するモデルH08[注]http://h08.nies.go.jp/h08/index_j.html)の開発を行ってきました。このモデルを使うと世界の水循環・水資源に関する気候変動影響を詳細に評価することができます。

本推進費課題はH08の気候変動影響評価結果を分かりやすく表示する世界水リスク評価ツールを開発し、企業が水循環・水資源に関する適応策を検討できるようにすることを目的としています。企業は最近「水リスク」という概念に強い関心を持っています。そこで、ツールの開発にあたっては、企業の水リスクの評価にも十分役立つよう工夫をしています。

2. 水リスクへの関心を高めたCDPウォーター調査

日本の企業も「水リスク」に強い関心を持っています。水リスクとは企業活動における水に関するリスクの総称で、物理リスク、規制リスク、名声リスクの3つからなります。物理リスクは洪水や干ばつによる製造拠点の被害などを指します。規制リスクは取水量や水質など水に関する法律・制度や課金などの変更を指します。名声リスクは水に関連した事件・トラブルなどによるブランドイメージの毀損などを指します。

水リスクへの企業の関心が高まった背景には「CDPウォーター」と呼ばれる一つの調査があります。イギリスを拠点とする非営利組織CDPは2010年、グローバル企業500社を対象に、機関投資家を代表して質問するという形式を取り、水リスクへの認識や取り組みに関する情報開示を求め始めました。2014年から日本企業150社も対象となりました(2017年から342社に拡大)。2015年から回答内容を採点・評価するスコアリングを開始しました。最高評価Aを獲得すると「Aリスト企業」として社名が世界に公表されます。一方、無回答だと自動的に最低評価のFとなり、やはり結果が公表されるため、対象企業は対応を迫られています。

CDPウォーターの調査項目は多岐に渡り、変更も毎年あります。大くくりに言うと、(1)どこでどれだけ水を使っているか把握しているか、(2)水に関するリスクと機会(新たなビジネスチャンス)を把握しているか、(3)それらに対して具体的にどのように行動しているか、(4)水に関する問題や対応が事業計画や経営に組み込まれているか、といった内容です。本推進費課題が主に対象にするのは(2)の水リスクの把握の支援です。

3. 現在よく使われている水リスク評価ツール

企業が世界中に点在する製造・販売拠点の水リスクを把握する際には、「水リスク評価ツール」と呼ばれる情報サービスを利用します。この中で日本の企業が特によく参照しているのが世界資源研究所によるAqueductというオンラインの水リスク評価ツールです(https://www.wri.org/aqueduct)。世界の水リスクを5段階に指標化して地図に投影するもので、直感的で分かりやすく、非常に優れたツールです。一方、現在手に入る水関連データを地図に表示することが中心のため、リスクがなぜ高いのか、低いのかという要因までは追えません。また、リスクの高い地域では何をすべきなのかといった、対策につなげにくいという課題があります。

4. 本推進費課題の狙い-新たな水リスク評価ツールの開発

本推進費課題では全球水資源モデルH08を利用したシミュレーションをベースにして水リスク評価ツールを開発します。H08は気象条件や地理条件などから、雨が陸に達してから海に流れ出るまでの世界の全ての水の動きを、人間の水利用も織り込みつつ1日単位で計算します。このため、リスク評価の背景や根拠を全て定量的に示すことができます。この特徴を生かし、水リスク評価結果の背景や要因まで表示することのできる、新しいタイプの世界水リスク評価ツールの開発を目指しています。

全球水資源モデルH08は自然の水循環だけでなく人間の水利用も含めて、緯度経度0.5度(約50km格子)の空間解像度かつ日単位でシミュレーションすることができます。また、農業・工業・生活の3種類の水利用の水源を河川、貯水池、運河導水、海水淡水化、再生可能地下水、再生不能地下水、その他の7つに求めることが可能です。そしてH08に気候データと人口・土地利用といった社会経済データを与えることにより、過去から将来にわたる水循環と水需要・水利用を時空間詳細に分析することができます。

5. 新しい水リスク評価ツール

H08を利用した新しい水リスク評価ツールの試作版の画面のスクリーンショットを図-1に示します。あくまで試作版で、最終版はこれとは大きく異なるものになる予定です。また、モデルの改良も並行して進めているため、結果も変わる可能性があることに注意してください。

試作版は世界資源研究所のAqueductなどと同様に水リスクの地図をウェブブラウザに表示することに加えて、任意の地点・変数の時間変化も表示することができるようになっているのが特徴です。計算対象期間としているのは1901年から2099年までで、計算にはこの間の気候だけでなく,社会環境(人口や土地利用等)の変化も反映されています。具体的に使い方を見てみましょう。

図1(a)に表示されているのは「取りたいときに取りたい量の水がとれるか」を示す水充足指標です。1は高い充足(低い渇水リスク)、0は低い充足(高い渇水リスク)を示します。仮にある企業がインドのニューデリーの近辺(図中の矢印)に製造拠点を持っていたとしましょう。図1(b)に示されているのは、この地点の水充足指標の20世紀から21世紀までの推移です。この事例では、大きな年々変動を持ちつつも、水充足指標が低下し続けていることが分かります。試作版ではこの水充足の低下の要因を分析する機能を持たせています。図1(c)に示されているのは最も基本的な水資源量である河川流量の時系列です。これを見ると、21世紀に減少していく傾向があるものの、水充足指標の低下を表すような強い減少傾向はありません。図1(d)に示されているのは最も利用量の多い灌漑用水の需要量の時系列です。20世紀初頭から21世紀にかけて一貫して上昇し続けているのが分かります。図1(e)に示されているのは持続的な水源から取水された灌漑用水です。この指標は20世紀の半ばまでは順調に増えたものの、20世紀後半から頭打ちの傾向があり、需要に追い付いていないことが分かります。ゆえに、図1(a, b)に示されたこの地域の水充足指標の低下は主に灌漑用水の不足が大きな要因となっていることが分かります。こうした地域では気候変動による気温や降水量の変化に加え、周辺の農業とその水利用の変化によく注意を払う必要があるといえるでしょう。

図1 水リスク評価ツール試作版のスクリーンショット。図の見方は本文をご覧下さい

6. まとめと今後の展開

本推進費課題では企業の気候変動適応策や水リスク評価に役立てることのできる世界水リスク評価ツールの開発を進めています。全球水資源モデルH08によるシミュレーションをベースにすることで、リスク評価の背景や要因をたどることができるのが特徴で(例えば将来の水不足の原因は雨の減少なのか水需要の増大なのかなど)、企業には具体的な対策の検討に役立てていただけるのではないかと考えています。実際に何社かの企業に試作品をお見せしたところ、ぜひ使ってみたいという声を頂くことができました。

新しい水リスク評価ツールの完成のために、プロジェクトメンバー一同で数多くの作業に取り組んでいます。例えば、企業は製造・販売拠点があるピンポイントの結果を求めがちなので、可能な限りモデルとシミュレーションの精度を高めていく必要があります。そこで、H08が過去の河川流量をよりよく再現できるように水循環計算モデルのパラメータを地域別に細かく調整するといった課題にいま取り組んでいます。また、私たちがどんなに努力してもモデルやシミュレーションの不確実性は残ります。このため、どういう前提で計算を行ったのか、結果を見るにあたって何に注意しないといけないのか、なるべく詳しい解説も必要で、そのための準備をしています。

脚注

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