2019年1月号 [Vol.29 No.10] 通巻第337号 201901_337009

【最近の研究成果】 新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その3 〜ダムが陸水を通した全球炭素循環の変化に及ぼす影響の評価〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

既存の炭素循環研究では、河川・湖沼・地下水などから構成される「陸水」を、物質が陸域から海域へ輸送される際の単なる水路とみなし、全球炭素収支の計算上でも陸水の寄与は残差もしくは誤差の範囲内との扱いにとどまっていた。つまり、陸域に比べれば陸水の影響は局所性が強くほとんど無視できるという仮定のもとで陸水の影響は積極的には取り扱われてこなかった。近年、観測結果の解析を中心にした陸水の新たな役割に関する研究も行われるようになってきたが、総計的に有意な相関関係などの半経験的な評価もしくは収支保存が完全と言いがたいものが多かった。そのため、新たな研究展開のためにも統合的かつ高精度な再評価が必要とされている[1]。このような背景のもとで、炭素輸送・無機化・固定化などを含む陸水を通した炭素循環の再評価を行うために、これまでに開発してきた水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)(図1)[2]を炭素循環・水質・化学的風化モデルと有機的に結合することにより、プロセス型モデルNICE-BGCを近年新たに作り上げた[3]。これによって、水循環に付随する炭素・窒素・リン循環との相互作用のシミュレーションが可能になり、陸域-水域間での炭素循環の複雑な相互作用を含む炭素循環構造が明らかになった。

図1統合型水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)の概念図。NICEは様々なサブモデルから構成されており、地表水-地下水間での相互作用も内包されている

本研究ではこれら一連の既存研究をもとにして、既存のNICEの水循環のダムモデル[4]を水・炭素循環モデルに拡張して新たにNICE-BGCを再構築し(図2)、世界の主要ダムが流域の水・炭素循環の変化に及ぼす影響を評価した。その結果、世界の主要82のダムから大気へのCO2放出量は66.5 ± 35.9 TgC/yr、ダム湖底への堆積量は54.7 ± 29.1 TgC/yr、ぞれぞれ増加すると算定された(図3)。このように、ダムに伴って陸域及び陸水内での水平方向及び鉛直方向への炭素移動及び反応形態が更に複雑化することが明らかになった。この結果は、陸域での鉛直方向への炭素移動及び反応に重点を置いた既存研究を見直す必要性を示している。また、本研究で得られた結果はダムを含む人為構造物が温室効果ガスの重要な放出源である可能性を示唆しており、陸水を通した炭素循環の不確実性の低減のためにも重要であることを示している。更に、本研究ではダム建設に伴う窒素やリンなどの栄養塩の動態の変化についても検討を行っている。内部生産や代謝プロセスの変化の定量化は、CO2のみならずCH4やN2Oを含む温室効果ガスの放出・吸収や炭素循環・物質循環の高度化にとっても不可欠であることを示している。

図2ダムの影響を考慮した、統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルNICE-BGCの改良版。点線枠内が新たに改良されたサブモデル。この改良版NICE-BGCを用いることによって、ダム建設に伴う陸水を通した水・物質循環の変化が計算される

図3NICE-BGCで計算された世界の主要ダムの有無による炭素循環の変化の結果。(a) ダムから大気へのCO2放出量、及び (b) ダム湖底への堆積量、のそれぞれがダム堤体の高さ(プロットの大きさ)と関連しており、ダムのある河道(●)のみならずダム下流域の河道(▲)での炭素循環の変化にも影響することを示している。詳細については下記論文情報の中の引用文献を参照

現在、著者は本研究を更に拡張して、日本の全国一級河川流域(109水系)を対象に気候変動及び人為活動に伴う水・炭素循環変化を内包するNICE-BGCの高解像度モデル開発を進めている。これらの新たな開発によって、より複雑な人為的影響に伴う陸水を通した炭素循環の変化を明らかにする予定である。

脚注

  1. 例えば、Nakayama, T.: New perspective for eco-hydrology model to constrain missing role of inland waters on boundless biogeochemical cycle in terrestrial-aquatic continuum. Ecohydrol. Hydrobiol. 16, 138-148, doi: 10.1016/j.ecohyd.2016.07.002, 2016.
  2. 様々な植生から構成される自然地モデル・主要作物や灌漑を含む農業生産モデル・管路網や都市構造物を含む都市モデル・ダムモデル・水循環モデル・物質循環モデル・植生遷移モデル等、様々なサブモデルから構成される。NICEは首都圏・霞ヶ浦・釧路湿原などの日本国内のみならず、長江・黄河・メコン川・シベリア湿原、更に近年は全球にスケールアップして、様々な流域の生態系評価を行ってきている。NICEの詳細については関連の既存論文や書籍を参照。
  3. NICEとLPJWHyMe、QUAL2Kw、SWAT、RokGeM、CO2SYSなどの複数の物質循環モデルが有機的に結合されている。NICE-BGCの詳細については関連の既存論文及び地球環境研究センターニュース2017年8月号に掲載した別件の「新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その1」及び「新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その2」を参照。
  4. 例えば、Nakayama, T., Shankman, D.: Impact of the Three-Gorges Dam and water transfer project on Changjiang floods. Glob. Planet. Change 100, 38-50, doi: 10.1016/j.gloplacha.2012.10.004, 2013.

本研究の論文情報

Impact of global major reservoirs on carbon cycle changes by using an advanced eco-hydrologic and biogeochemical coupling model
著者: Nakayama T., Pelletier G.J.
掲載誌: Ecol. Model. (2018) 387, 172-186, doi: 10.1016/j.ecolmodel.2018.09.007.

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