2018年4月号 [Vol.29 No.1] 通巻第328号 201804_328002

興味をもってもらうきっかけづくりが大切 —納口恭明さん(Dr.ナダレンジャー)に聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局

納口恭明(のうぐち やすあき)さんプロフィール

  • 北海道出身。北海道大学大学院理学研究科修了、理学博士。現在、国立研究開発法人防災科学技術研究所専門員。専門は雪崩など自然災害のメカニズム研究。その一方で、雪崩実験装置「ナダレンジャー」、地盤液状化ボトル「エッキー」、固有振動実験装置「ゆらゆら」などを考案し、年間100日以上、自ら「Dr.ナダレンジャー」に変身し、幼児から小・中・高・大学生・社会人・専門家までを対象にした防災科学教育を実践。
  • 2007年3月こうした活動が評価され、平成基礎科学財団(ノーベル物理学賞受賞者小柴昌俊東京大学特別栄誉教授が設立)による第3回小柴昌俊科学教育賞奨励賞を受賞。
  • 2009年8月、経済産業省関連「第3回キッズデザイン賞」において、「Dr.ナダレンジャーの自然災害科学実験教室」が審査委員長特別賞を受賞。
  • 2012年4月、Dr.ナダレンジャーによる防災科学実験が「平成24年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」において「科学技術賞(理解増進部門)」を受賞。
  • 2015年7月、つくば市がDr.ナダレンジャーを「つくば科学教育マイスター第1号」に認定。

雪崩の研究者になり、難しい原理を簡単に解説

編集局

納口さんはご自分で考案した道具を用い、Dr.ナダレンジャーとして変装グッズを身に付け、さまざまな自然災害をわかりやすく解説する実験を行われています。このような広報活動を始められたきっかけは何でしょうか。また、その時期を教えてください。

納口

防災科学技術研究所の新潟県長岡市にある支所(当時)から、1997年につくば本所に異動になり、研究所の一般公開日に雪崩実験を展示しました。最初はごく普通に説明していました。長岡にいた頃よりつくばの方が一般の人に向けて説明するチャンスが多く、自分で企画したものが来場者にウケると嬉しくなりました。でも、変装のきっかけは別にあります。同じことをやっているのに、大阪の子どもにはまったくウケないのです。その理由は、関西弁ではないからです。ところが、おもちゃ屋さんで買った仮面ライダーのお面の口をはさみで切り抜き、それを被って同じことをやったらバカウケしました。お面を被っただけで、説明は同じです。子どもたちにとってお面がツッコミどころとなり、話のキャッチボールができたのです。変装でコミュニケーションの垣根がなくなるのであれば、大阪に限らずどこでも同じと思ったのが出発点です。その後、さらなるウケを狙って少しずつ試行錯誤し、バージョンアップし続けているので、まだ変わる可能性があります。

編集局

いろいろな災害の中から、なぜ、「雪崩」に注目したのでしょうか。

納口

実は私はただ単に研究者になりたかったのです。国立防災科学技術センター(当時)の長岡の支所で職員募集があったのが昭和56年で、その年は56豪雪(昭和55年12月から56年3月にかけて、東北地方から北近畿までを襲った記録的豪雪)があり、新潟県でも雪崩に襲われてたくさんの人が亡くなりました。そのときの募集は雪崩の研究者でした。私のもともとの研究テーマは流氷でしたが、同じ雪氷なので応募して採用されました。ですから、研究者という職業を選んだ結果として雪崩がテーマになったということです。

編集局

納口さんが行っている科学実験のなかで、地盤液状化実験「エッキー」は雪崩とは直接は無関係だと思いますが。

納口

以前、夏にサイエンスキャンプ(1995年から当時の科学技術庁と財団法人科学技術振興財団が行った、高校生が科学技術に触れる機会を提供する取り組み)というイベントがありました。防災科学技術研究所にも何人か講師がいて、そのなかに液状化現象を教えている人がいました。その実験を見たときに、それまで私が思っていた液状化現象と本当の液状化現象は違うということがわかりました。振動がつくりだす流動化が液状化現象だと思っていましたが、そうではなく、振動はきっかけであって、砂が隙間を埋めて沈降するプロセスで生まれる液体のような動きが液状化の本質であるということがわかりました。それなら大がかりな装置でなくてもできると思い、身近なものを使って考案・制作したのが「エッキー」です。「ゆらゆら」という共振現象のおもちゃも、どこにでもあるものを使って地震動による揺れの科学について紹介しています。難しそうなことをもっと簡単に見せることができるはずだ、お金をかけずにできるはずだと思っていろいろと開発しました。「エッキー」より安価に液状化を表現できるものは、しばらく他にはできないという自信があります。

サイエンスショーは学会発表の延長線

編集局

なかには一般の方への説明が得意な研究者もいますが、多くは研究は好きでも、成果のわかりやすい説明に関心がある人は少ないと思います。納口さんのように自らが先頭に立ってその内容を伝える人はあまりいないと思います。研究活動と広報活動との切り分けは大変でしたか。

納口

私自身に広報している感覚はまったくありません。研究そのものです。自分の研究成果しか伝えていませんから。そのなかで絶対にウケそうなものを選び、実験して見せると小学生でも就学前の子どもでも喜んでくれます。実は学会でもこういうスタイルで発表しています。初めて聞く人の前でお話するのは同じことなので、学会発表の延長線上がサイエンスショーです。

編集局

広報部門の悩みとして、マスメディアは目新しいことでないとなかなか取り上げてくれないということがあります。

納口

表面的な関心よりも、ある種の知的好奇心の観点からメディアも捉えますから、環境問題や防災は、比較的取り上げられていると思います。われわれの生活と関連しているからです。

編集局

地球温暖化を起こしたのは主にわれわれの世代ですが、実際に影響を受けるのは将来世代なので、若い人に地球温暖化問題を伝えていきたいと思います。ところが、イベントを企画しても中高生はなかなか来てくれなくて、ご高齢の方が多いというのが悩みの一つです。

納口

ご高齢の方は防災訓練などにもよく参加されます。確かに関心は高いと思うのですが、出てくる楽しさもあるのです。中高生は私のイベントでもほとんど来ませんよ。もの心ついてきて自由に自分で判断できるようになると、その他の誘惑が山のようにありますから、来るわけがないのです。もちろんものすごく興味のある子が参加して盛り上がることはありますが、それを盛り上がったと評価してはだめです。ほんの一部の人たちが防災や環境にものすごく熱中したとしても、それは日本全国での話ではありません。だからといって、それは悪いことではありません。熱中している人が核になって、関心がさらに広がる可能性がありますから。小さい子は遊びみたいな感覚です。科学館には低学年もしくは未就学の子どもがたくさん来ますが、パネルなどにとてもいい内容が書いてあっても誰も見ません。もっとわかりやすくすればいいという単純な問題ではありません。たとえわかりやすくしても見てくれないでしょう。これは根の深い課題です。ただ、子どもは必ず大人になります。小さいときにちょっと踏み込んでみたら、大人になったときにまた訪れて、内容を見てくれることを期待しましょう。

興味をもつきっかけをつくるためのナダレンジャー

編集局

防災も環境問題も普段はあまり人々の意識の高いところにはない(特にとかく忙しい現代社会では)のですが、実際直面してみて初めて、もっと備えておけばよかったということになる点で共通点があると考えます。地球温暖化の進行に伴うさまざまな適応対策も防災対策に似ていると思われますが、Dr.ナダレンジャー的には地球温暖化問題に対して考えることはありますか。

納口

災害はしょっちゅう起こるわけではありませんが、防災は環境より少し身近な話です。しかし、私は、環境問題にも興味があります。IPCCの報告書などで、適応と緩和はキーワードです。そのせいかと思いますが、最近は環境イベントの主催者からお声がかかるようになりました。それで私自身も関心が高まりました。ですから、Dr.ナダレンジャーではなかったら関心がなかったかと聞かれれば、そのとおりです。ただし、重大だということは理解しています。関係者はよく、一般の人は関心が低いと言いますが、「関連のあるポジションではなくなったら、あなたも同じではないですか」と私は聞きたいです。

私が環境問題に関心をもつ理由がもう一つあります。Dr.ナダレンジャーになると、環境問題に関心をもっていないと、伝えるネタにならないからです。しかし一般の人が純粋に関心をもつかというと、普通はもちません。唯一の方法としては、強制的に学校教育で行えば関心をもってもらえる可能性はありますが、ことはそう簡単ではなくて、世の中には自殺や高齢化の問題など環境問題や防災と同様大事なことが多すぎますよね。ですから関心が足りないと言わなくてもいいのです。こんなもんだと、思った方がいいでしょう。

編集局

すべてに関心をもつのは大変だということですね。

納口

その分野にいる人にとっては大事なテーマでも、人はその分野を離れるとそこだけが大事なわけではないでしょう。

編集局

その通りだと思いますが、環境を英語(environment)から訳すと身の回りの状況です。身の回りのことなのに無関心になりすぎているのではないでしょうか。

納口

回りの人に対して関心がない。そういう意味だと自分の外側に関心があるかどうかということだと思います。

編集局

はたしてそれでいいのだろうかと思います。今はスマホで何でも調べることができるので、バーチャルな世界の中で自分のやりたいことをやりますと言われてしまうと、違和感があります。

納口

調べるところまでいけばいいのです。大切なのはそこまでいかない人にきっかけを与えることです。私がなぜDr.ナダレンジャーになって防災科学教育を進めているのかというと、災害をなくすためだけではありません。見てくれた人がおもしろがって喜んでくれるからです。たまたま私がもっているネタが災害なので、それを見て喜んでくれるということは、結果として興味をもってくれたということなので、もっと知りたいという気持ちになるのではないかと考えています。

編集局

人が喜んでくれるともっと喜ばせたくなりますし、さらなる感動を与えたくなります。

納口

その感動ですが、大人はなかなか難しいです。感動していても表面に出てこないし、感動してなくても感動したふりをします。その点子どもは正直です。しかし、それがかえって残酷な場合があります。感動させられなかった場合、ノーリアクションという厳しいしっぺ返しがくるからです。

編集局

ノーリアクションが一番苦手なお客さまのリアクションなのですね。共感です。

防災や環境問題への関心を高めるために

編集局

今後、防災科学技術研究所と国立環境研究所が防災・環境問題への関心を高めていく協力ができたら素晴らしいと思いますが、いかがでしょうか。

納口

いろいろな組み合わせは重要です。可能ならあった方がいいです。たとえば、国立環境研究所の一般公開で環境ナダレンジャーとして登場することも考えられます。

編集局

いいですね。その逆もありですね。また、コラボレーションにより防災と環境を考えるような一般公開にしてもいいですね。

納口

世間の注目を浴びる仕掛けとしても、いいアイデアだと思います。

編集局

納口さんも私も共通だと思いますが、お話をすることによって相手がさらに自分で勉強してみようとか、趣味にしてみようというきっかけになれば望外の喜びです。

納口

環境や防災が重要だからというよりも、趣味、というか文化として根付くといいです。「私の趣味は環境です」とか「私の趣味は防災です」というと「わー、かっこいいね」と言われるようになるのが理想に近いです。一般公開にDr.ナダレンジャーとして国立環境研究所で科学実験を行うのは何も問題ないので、私にできることがあれば喜んで伺います。

*このインタビューは2018年1月16日に行われました。

コラム感性でとらえる科学のおもちゃ

Dr. ナダレンジャーの楽しい科学実験教室を紹介します。

ナダレンジャー
透明なプラスチック製の容器の中に、水(空気)とガラスビーズなどの粒子(雪)を入れただけの簡単なものをシーソーのように交互に傾けて、片方のすみに集まっている粒子をもう片方に流下させるだけで、雪崩の速度や雪崩が迫ってくる恐ろしさを理解する実験。また、ピンポン球数十万個を使った模擬雪崩もある。
エッキー
地震による地盤の液状化現象を身近な材料で再現する実験。500mlのペットボトルに砂と水、マップピンを入れてふたをしめ、逆さにして砂が沈殿したらボトルを指先で叩いてみると、沈んでいたマップピンが表面に浮かんでくる。液状化が起こると、水に浮かないくらいの重いものでも地表に浮き上がってくることを再現。
ゆらゆら
地震動による揺れは、震度とは別に被害と関連した揺れの周期があることを遊び心と感性で実験。厚紙の台紙に長さを変えた3本の薄紙をはさみ、台紙の端を軽く持って、3つのうち揺らしたいものだけに神経を集中して、それが一番大きく揺れるように一定のリズム(固有周期)で台紙を水平に往復させる。固有周期の長い地震動では長い紙(超高層ビル)が大きく揺れ、短い地震動では短い紙(小さな建物)が大きく揺れることを実験。

撮影:罇優子氏(防災科学技術研究所)

*Dr. ナダレンジャーの科学実験教室より引用。詳細は、防災科学技術研究所のウェブサイト(http://www.bosai.go.jp/activity_general/ekky/ekky.html)をご覧下さい。

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