2015年11月号 [Vol.26 No.8] 通巻第300号 201511_300007

摩周湖は今(2015晩夏、写真による観測日記)

  • 企画部 主席研究企画主幹 広兼克憲

北海道東部にあるカルデラ湖の摩周湖は、かつて世界第一位の透明度を記録した(41.6m、1931年)ことで有名です。国立環境研究所は1981年から摩周湖でのモニタリングを開始しました。1994年に摩周湖は国連環境計画(UNEP)のGEMS/Waterベースラインモニタリングステーションとして登録され(「地球環境豆知識 [12] GEMS-Water」地球環境研究センターニュース2009年12月号)、GEMS本部へデータ提供を行っています。湖水が循環する春期(5月末から6月初め)と温度成層が発達した夏期(8月末から9月初め)に、年2回の観測を行っています(※調査は関係当局の特別の許可を得て行っており、一般の方は湖面に降りることはできません)。

水質環境の測定には、項目によって高度な計測器を要するものや実験室に持ち帰って時間をかけて同定しなければならないものもあります。その中で、原理が簡単で誰にでもわかりやすい測定方法は「透明度の測定」です。具体的には、直径30cmの白い円盤(セッキ板)を水中に沈めていき、その円盤が見えなくなる深さをm単位であらわした数値が「透明度」です。澄んだ水をたたえる水域ほど、透明度の数値が大きくなることになります。

地球環境研究センターでは摩周湖と霞ヶ浦の水質観測を所掌しておりましたが、第3期中期計画期間(2011年度)から、その研究業務を生物・生態系環境研究センターに移管しました。観測調査は同センターと環境計測研究センターとが協力して実施しています。

2015年8月末、筆者は摩周湖の定例水質調査に同行する機会を得ましたので、地球環境研究センターニュース愛読者へ、その後の摩周湖調査の様子についてご報告させていただきたいと思います。

1. 荷物を背負って湖面までの険しい道を降りる(写真ダイジェスト)

年に2回だけしか使われない観測のための道なき道を、滑落などしないよう十分な対策と装備をした上で、湖面まで慎重に下りていきます(写真1〜3)。150mほどの高度差を下りきるとようやく静かな湖面に到着します(写真4)。すぐに観測船に機材を積み込んで湖心方面に船を進めます(写真5)。

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写真1車や現地植生に傷がつかないように丁寧に養生して現場に入ります

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写真2, 3急な斜面にはロープや梯子を使って安全を確保します

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写真4澄みきった水を湛える静かな湖面にたどり着きました

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写真5透明度を測るセッキ板など観測機材を観測船に積み込みます

2. 湖岸では

観測船を湖の中心へと送り出すと、湖岸に仕掛けたザリガニ捕捉用のネットを確認します。実は最近の調査で、水深200m以上の摩周湖の水底にザリガニの足跡ではないかとも考えられる痕跡がカメラにとらえられ、屈斜路湖のクッシー以来の?大きな関心を集めているのです。このため今回は調査対象にザリガニを加えています。湖岸に仕掛けた網の中には捕捉されたザリガニに交じって、それを食べようと迷い込んだ外来種で駆除対象のミンクが入っていました(写真6)。また、湖岸ですぐにろ過等の前処理を行って持ち出す荷物の軽減を図っています(写真7, 8)。

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写真6網に入った複数のザリガニとミンク

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写真7, 8一部採取水は現場でろ過し残留物のみを分析します(水は重いので)

3. 湖上では

湖ではいろいろな調査を行います。主な作業は水深別の採水、生き物採取用ネットの回収、そして透明度の観測です。現場で結果がわかるのは、生き物採取と透明度ぐらいですので、その様子をレポートしました。

まず、湖底に沈めたザリガニ等捕捉用の網を仕掛けていますので、それを回収します。仕掛けた場所はGPSが正確に記録しているため、モニターを見ながら目印の係留用の白い浮きの位置をすぐ探しだすことができます。GPSの進歩のおかげで湖面の観測は格段に正確でやりやすくなっています。湖底の深い所から網を引き上げるには人力ではなくウインチを使います(写真9〜11)。

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写真9, 10, 11係留の目印である白い浮きを発見し、湖底から網を回収してザリガニ等の生き物の捕獲を行います

定点観測している湖のいちばん深い場所付近で、観測船の縁から直径30cmの白い円盤(セッキ板)を静かにおろしていきます。ロープとともに白い円盤が湖面に吸い込まれていきますが、これが見えなくなった時のロープの長さが透明度になります(写真12, 13)。今回の調査での透明度は17.2mでした。41.6mという淡水湖沼としては世界最高の透明度を記録した1931年当時には及びませんが、最近の研究の進展で、一年のうちで透明度がいつごろに高まるかなど、そのメカニズムもわかるようになってきました。

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写真12, 13セッキ板を沈めて透明度を測定します

4. 日暮れとともに

湖上での観測を終えると採水瓶をすぐに分析に回す必要があります。現場で冷やして保存用にしたものをそのまま持ち帰ります。観測が終わったのが夕刻前、暗くなる前に観測機材等の荷物をまとめて急な坂を上ります。ここは共同研究している北海道大学の若い学生さんの出番です(写真14)。長期モニタリングの継続には若い力が必要なことを再認識させられます。

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写真14調査が終わると素早く荷造りして退去します

5. 何がわかってきたか?

摩周湖には人為的な汚染の流入がまったくありません。流入するのは降水だけです。

このことに注目し、地球環境ベースライン調査のスポットとして摩周湖のモニタリングが続けられてきました。地球環境研究センターでも、摩周湖は「地球環境を映し出す鏡である」としてそのモニタリングに尽力してきました。その期間は足掛け35年間にも及びます。つまり、地球環境研究センターが生まれる10年以上前、国立公害研究所誕生直後から、観測データを蓄積してきたのです。

本年6月東京と大阪で開催された国立環境研究所公開シンポジウム2015でこれまでわかってきた摩周湖の観測結果のエッセンスと最近の観測技術の進歩について、この研究に長く携わっている田中敦主任研究員が非常に興味深い発表を行いました。例えば、データロガーによる自動観測により、これまで観測できなかった真冬も含む連続水質観測が可能になり、水の循環と透明度の季節変化を明らかにすることができましたし、分析技術の進歩により微量のリン濃度についても摩周湖で観測できるようになっています。
http://www.nies.go.jp/event/sympo/2015/files/program_genko/2015_Slide_a04.pdf

また、下記ウェブサイトからは、最近の摩周湖の状況、基本的なデータ等が整理され、貴重なデータが公開されています。是非一度ご覧ください。
http://db.cger.nies.go.jp/gem/inter/GEMS/mashu/index_j.html

6. 最後に

今回、約10年ぶりに摩周湖の観測に同行させていただきました。基本的な観測のやり方は同じですが、前述のとおり観測機器の進歩等により以前よりいろいろなことがわかってきましたし、目を見張るものがありました。モニタリングは地球環境が発するかすかな信号をとらえる手段ですが、何よりも時間的蓄積が必要です。現在は、研究成果をすぐに求められるご時世ですが、ここまで観測を積み上げてきて、ようやくいろいろなことがわかり始めた地球環境ベースラインモニタリングはこれからも工夫しながら後世のために続けなければならないと感じました。

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