2014年3月号 [Vol.24 No.12] 通巻第280号 201403_280003
陸域における炭素循環及び生態系・生物多様性観測の最近の動向 —地球観測連携拠点(温暖化分野)平成25年度ワークショップ開催報告—
1. はじめに
地球温暖化は人類が解決すべき最も重要な課題の一つです。地球温暖化対策に必要な観測を統合的・効率的なものにするために設立された「地球観測連携拠点(温暖化分野)」(以下、連携拠点[1])では、一般の方から研究者までを対象に温暖化観測の情報交換や議論を行うワークショップを平成19年度より毎年開催しています[2]。
地球規模の統合的な陸域観測をめざして、JaLTER(Japan Long-Term Ecological Research Network:日本長期生態学研究ネットワーク)およびJapanFlux(日本における陸域の熱・水・二酸化炭素フラックス観測ネットワーク)が設立されるなど、国内において組織を越えた学際的な連携が始まったことを受け、平成20年度に、陸域の炭素循環と生態系観測の展望をテーマとするワークショップを開催しました。その後、生物多様性の観測とデータ収集の統合化の取り組みが急速に進展するなど(「愛知目標」採択[3])、陸域分野の観測ネットワークは日本やアジアでさらに大きく成長しました。
このような状況を踏まえ、陸域における炭素循環と生態系・生物多様性観測の最近の動向や課題を把握するため、標記ワークショップを平成25年12月2日(月)に東京で開催しました。以下、ワークショップの概要についてご報告します。
2. ワークショップ概要
冒頭、連携拠点の事務局である「地球温暖化観測推進事務局」を共同で運営する環境省・気象庁を代表して、気象庁地球環境・海洋部地球環境業務課の高槻 靖地球温暖化対策調整官より開会のご挨拶がありました。
続いて、国立環境研究所の三枝信子氏より基調講演が行われました(写真)。三枝氏はまず、陸域の炭素収支は植物の光合成など生物活動が深く関与するため、生態系ごとにユニークで時間・空間変動の幅も不確実性も大きいこと、このため地球規模の炭素収支を考える際、世界中が連携して陸域生態系の長期観測に取り組み、将来予測が特に困難な陸域の二酸化炭素吸収量[4]を把握する必要があると説明しました。次に、日本やアジアで進められてきた統合的な陸域観測と炭素循環・生態系分野の分野間連携による研究成果について概観し、アジアで陸域の長期観測を維持するには観測・研究の経験に応じて最適な人材育成が課題であると締めくくりました。
次に、4名の専門家より陸域観測と陸域モデルの連携に関する最新の話題について講演がありました。北海道大学の日浦勉氏は、生物多様性と生態系機能に関する観測ネットワークの現状について講演しました。特に、JaLTERとJapanFluxが国際的な観測ネットワークと連携しつつ相互に緊密な関係を築いた結果、多くの研究者が自らの研究分野を拡大し、林分の地上部現存量(乾燥重量)や純一次生産量[5]の地図化など、新たな研究へ発展したことを紹介しました。また、北海道大学苫小牧研究林の野外温暖化操作実験[6]に触れ、同じ種でも緯度によって土壌凍結と窒素動態の関係や光合成速度の変化などの応答が異なることから、全国の森林生態系で温暖化操作の比較実験が必要であると述べました。
岐阜大学の村岡 裕由氏は、気候変動に対する森林生態系の変化や脆弱性を時間・空間スケールで理解して将来予測につなげるため、森林の野外大規模実験・衛星観測・モデル解析の3つを結合した「衛星-生理生態学」のアプローチの重要性について講演しました。具体的には、昨年設立20周年を迎えた岐阜大学高山試験地(高山スーパーサイト)における取り組みとして、地上タワーに設置した分光放射計による森林炭素収支の年変動や植物フェノロジー(生物季節)の長期観測、温暖化操作実験による土壌や葉の応答のモデル化など、衛星データの検証や予測モデルとのリンクを重視した観測の例を紹介しました。
森林総合研究所の齋藤英樹氏は、REDD+(レッドプラス:森林の減少・劣化による二酸化炭素排出を削減するための国際的枠組)の推進に必要な、国レベルの森林炭素モニタリングについて講演しました。カンボジアとマレーシアの森林を例に、取得時期の異なる衛星画像に季節調整や雲消去、大気・地形補正を行って森林分布図を作成し、さらに地上調査で土地被覆の検証、森林タイプ・劣化度別の炭素蓄積量の推定を行うプロセスを紹介しました。最後に、調査対象国は途上国が多いため、森林の状況や利用可能なデータ、モニタリング手法の違いに留意して、今後も現地調査を進める必要があると述べました。
福島大学の市井和仁氏は、気候変動影響の将来予測に向けて、地上・衛星観測データの統合解析を通して陸域炭素循環を理解する取り組みについて講演しました。アジアの炭素フラックスデータの提供サイトが過去5年で4倍に増えるなど、地上観測データベースの整備が格段に進歩したことから、多点データに衛星データを組み合わせて経験モデルで観測値を広域化したり、陸域炭素循環モデルの比較検証に利用したりする例を紹介しました。また、長期観測とモデルの結合により、陸域炭素循環のホットスポット(将来、二酸化炭素の強い放出源に変わり得る地域)を特定し、変化を早期にとらえることが重要であると述べました。
総合討論では、陸域における炭素循環及び生態系・生物多様性観測の今後の展望について、講演者と参加者の間で活発な議論が行われ、次のようなご意見をいただきました。
- (1)観測とモデルの連携:現状把握と将来予測の精度向上に向けて、観測結果を基にモデルで推定を行い、その結果を観測の問題解決に活かすなど、モデルから観測へのフィードバックも重要。モデルと観測データの融合研究推進など、両者の密な連携が大事。
- (2)データの共有:長期観測データの価値を理解してもらうことが重要。学術雑誌にデータペーパー[7]という枠を新設した例が紹介されたが、データの永久保存先も検討してはどうか。
- (3)長期観測の継続:複数機関が連携して長期観測を行う枠組の構築が必要。JaLTER・JapanFlux・JAMSTEC(海洋研究開発機構)が協力してJAXA(宇宙航空研究開発機構)の地球観測ミッションへ貢献する枠組はできたが、地上観測サイトの維持管理は、現状では競争的資金に依存している。組織的に、長期的持続可能な状態にできればよい。
- (4)人材育成:長期観測の継続に向けて、若手研究者の雇用形態などの環境改善や研究成果の評価方法の検討が必要。
総合討論の内容は今後取りまとめ、関係機関と調整のうえ、文部科学省科学技術・学術審議会の地球観測推進部会へ報告することを計画しています。
3. おわりに
ワークショップ当日は、温暖化や炭素循環、生態系、生物多様性分野で研究・開発、観測に従事されている方々を中心に、行政、教育・研究機関の関係者、企業ならびに一般より約110名の参加がありました。会場で配布したアンケートの回答率の高さから、今回のテーマに対する参加者の関心や期待の高さが伝わってきました。本ワークショップをきっかけに、人間活動と密接な関わりがある一方、非常に複雑でまだまだ未知の点が多い陸域生態系分野の観測について興味や理解が深まり、組織・分野の垣根を越えた連携がさらに進展することを期待しています。
最後になりましたが、ワークショップ開催にあたり、多くの方々にご支援とご協力を賜りました。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。今後も連携拠点へのご支援をよろしくお願いいたします。
脚注
- 第42回総合科学技術会議(平成16年12月)で取りまとめられた「地球観測の推進戦略」の中で、地球観測の統合的・効率的な実施を図るために関係府省・機関の連携を強化する推進母体として、連携拠点の設置が提言されました。地球環境問題の中でも特に重要な地球温暖化分野の連携拠点については、気象庁・環境省が共同で運営することとし、平成18年度から活動を開始しました。
- 過去に開催した連携拠点ワークショップの情報を地球温暖化観測推進事務局ウェブサイトに掲載しています。 http://occco.nies.go.jp/activity/event.html
- 平成22年10月に名古屋で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)で採択された「生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標」。
- 1959年以降に排出された人為起源の二酸化炭素のうち、平均で27%が海洋に、28%が陸域に吸収されたとの報告があります(「Global Carbon Budget 2013」)。 http://www.globalcarbonproject.org/carbonbudget/index.htm
- 一定期間内(通常1年間)において、植物が光合成を行う際に吸収した二酸化炭素量(総一次生産量)から、植物自身の呼吸による二酸化炭素放出量を差し引いた値。植物の正味の光合成生産力。
- 地球温暖化により温度が上昇した環境を森林の中で人為的に作り出し、温度変化に対する生態系プロセスの応答をみる実験。苫小牧研究林では、電熱ケーブルを使ってミズナラ成木の根圏(地中)と枝の温度を5度上昇させ、枝葉の成長や生理応答などを調べています。
- 研究によって得られたデータの公開促進を目的として、最近、学術雑誌に作られつつある投稿種別の一つ。例えば、日本生態学会英文誌(Ecological Research)のデータペーパーは、データ本体とメタデータ(データの解説)から構成されています。