Q5温暖化で収穫量は減る? 増える?
!本稿に記載の内容は2016年8月時点での情報です
温暖化によって農業に被害がでると聞きましたが、地域や作物によっては暖かくなることで収穫量が増えることもあるのではないですか。
増冨祐司 地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室 NIESポスドクフェロー (現 茨城大学農学部地域環境科学科 准教授)
はい、暖かくなることで収穫量が増えると予想される地域や作物はあります。しかしながら暖かくなることで逆に収穫量が減少すると予想される地域や作物があることも事実です。また収穫量が増えると予想される地域や作物も、あまりに温度上昇が大きいと逆に収穫量は減少することが予想されます。
作物生産性はさまざまな要因によって左右される
作物生産性は気温、降水量、日射量などの気象要素と、大気中の二酸化炭素(CO2)やオゾン(O3)濃度などの大気環境要素、土地の肥沃度、排水性などの土壌要素、人間による肥料投入量や管理の仕方、灌漑施設の有無などの人為的要素といったさまざまな要因に左右されます。ここではこれらのうち大気中CO2濃度の増加とそれが及ぼす気候変化に関し、これらの変化がどのように作物生産性に影響を与えるのかを説明します。
環境変化に対する作物生産性への影響は、光合成を介した作物の応答に大きく依存します。光合成はCO2を原料に光エネルギーと水を利用して炭化水素を生成する生化学反応です。光合成は原料であるCO2の量が増加すれば促進されます。したがって大気中のCO2濃度が増加すると作物生産性は増加します。この効果はCO2が肥料のような効果をもたらすので、CO2の施肥効果と呼ばれています。また光合成は反応のエネルギー源である光エネルギーが増加すると促進されるため、日射量の増加は作物生産性を増加させます。一方、降水量が減少して根から吸い上げる土中水分量が減少したり、気温上昇が蒸散量を増加させ、これに見合う土中水分量が十分でなかったりすると、葉中の水分量が低下することにより光合成が抑制され、作物の生産性は減少します。また光合成はその反応過程に酵素と呼ばれる蛋白質によって反応が触媒される酵素反応を含んでいます。蛋白質が酵素として機能を発現するには最適な温度(至適温度)があるために、光合成は気温の影響を受け、気温変化は作物生産性を変化させます。なお光合成の速度は至適温度で極大となり、至適温度から離れるにつれ遅くなります。
このほか、葉におけるCO2と水分(水蒸気)の通り道である気孔は環境変化に対し敏感に反応し、気孔が開閉することにより間接的に光合成に影響を与えます。たとえば気孔は湿度の低下に対し、その開度を下げ、蒸散を抑えるために、CO2の取り込み量が少なくなり、光合成は抑制され、作物生産性は下がります。また低温が制約となって作物の生長可能な期間が短いような地域では、気温上昇は生長期間を延長させ、作物生産性を増加させます。しかしながら、すでに十分な生長期間のある地域では、気温上昇は受精から成熟までの登熟期間を短縮させるため、逆に作物生産性を減少させます[注1]。また温暖化と関連深い作物生産性への影響として、作物の高温障害があります。作物の一生で花の芽(花芽)が形成される頃から開花、受精にいたるまでの期間は、温度変化に対し特に敏感な時期です。このためこの時期の高温による温度環境の不良は、花粉の発達阻害や受精阻害を通じて、作物生産性を減少させます。日本の水稲の場合、ほとんどの地域で8月に開花、受精の時期をむかえます。したがって温暖化による夏の異常高温は、水稲の生産性を大きく減少させると考えられています。
作物の生産性には地域差、作物差が大きく影響する
温暖化時の作物生産性の地域差は、現在の気温に大きく左右されます。中・高緯度域では現在の低い気温が制約になっていたり、あるいは至適温度より低いために、ある程度の気温上昇は生長期間の延長や至適温度に近づく効果により、作物生産性を増加させると予想されます。ただし、気温上昇があまりに大きいと、登熟期間の短縮や高温障害、気温が至適温度を超えて離れる効果が現れるため、逆に作物生産性は減少すると予想されます。一方、低緯度域では現在の気温が高いため、たとえ1〜2°C程度の気温上昇でも登熟期間の短縮や高温障害、至適温度より離れる効果を引き起こし、作物生産性を減少させると予想されます。このような温暖化時の作物生産性の地域差を示したのが図1です。
図1、図3、図4の縦軸は収量変化率[%]、横軸は地域平均気温変化[°C]。気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第4次評価報告書をもとに作成。図2の縦軸は光合成速度[gCO2/m2/hr]、横軸はCO2濃度[ppm]。秋田重誠(1980, 作物の光合成、光呼吸の種間差, 農業技術研究所報告)をもとに作成。
次に温暖化時の作物生産性の作物差ですが、これは環境変化に対する作物の応答や至適温度の作物差などにより生じます。作物は光合成の仕組みや速度、生長の適温や耐乾性などの生理・生態的特徴により、小麦・米などのC3作物、トウモロコシ、サトウキビなどのC4作物、パイナップルなどのCAM作物の三つのグループに大きく分けることができます。一般にC3作物はC4作物より至適温度が低く、温暖な気候に適し、C4作物は高温な気候に適しています。またC3作物とC4作物ではCO2施肥効果に大きな違いがあります。これを示したのが図2です。現在の大気CO2濃度(約370ppm)ではC3作物よりC4作物のほうが大きい光合成速度を示しますが、大気CO2濃度が大きくなるとこれが逆転します。このように温暖化をもたらす大気CO2濃度の増加は小麦・米などにとって有利に働くと予想されています。
温度変化に「適応」させて収量を確保
以上に見たように、温暖化の影響は地域と作物により異なりますが、気温上昇が大きいときは概ね収量は減少します。ではわれわれはこれを黙って見ているしかできないのでしょうか? いえ、そんなことはありません。温暖化に適応することにより、収量減少をある程度、防ぐことができます。ここで適応とは品種の変更、植え付け/刈り入れ日の変更、灌漑施設の整備を行うことにより、温暖化の影響を低減させることです。図3、4は低緯度および中・高緯度域の小麦における適応の効果を示しています。低緯度域では3°C程度、中・高緯度域では5°C程度の気温上昇なら、適応することにより収量減少を帳消しにできることがわかります。
発展途上国での影響回避のための支援枠組が必要
最後に、温暖化による作物生産性変化が発展途上国に及ぼす影響について触れたいと思います。まず、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第4次評価報告書では、温暖化したときの低緯度における収量減少は、温暖化がないときに比べ、途上国における飢餓人口を増加させると予想されています。これは、低緯度にある国のほとんどが途上国であり、これらの国では収量減少を補うのに十分な作物を他の国から買うお金がないからです。さらに途上国では、うまく適応できるかどうかわかりません。これは適応にもお金がかかるからです。たとえば灌漑施設の整備や品種転換のための改良などは莫大なお金がかかります。このように温暖化の農業影響は、それを受ける側の社会や経済の状態によって、まったく異なるものとなります。したがって温暖化による負の農業影響を低減するには、特に発展途上国に対して、資金援助や技術協力を実現するような国際的な枠組みの整備がきわめて重要だと考えられます。
- 注1
- 一般に登熟期間の長さが長いほど収量は大きくなります。
さらにくわしく知りたい人のために
- 内嶋善兵衛 (2005) 〈新〉地球温暖化とその影響—生命の星と人類の明日のために—. 裳華房.
- 陽捷行 (1995) 地球環境変動と農林業. 朝倉書店.
- 堀江武ら (1999) 作物学総論. 朝倉書店.
- 2007-11-01 地球環境研究センターニュース2007年10月号に掲載
- 2013-09-19 内容を一部更新
- 2016-08-26 内容を一部更新