ココが知りたい温暖化

Q8日本の脱炭素技術

!本稿に記載の内容は2025年02月時点での情報です

日本の石炭火力発電の技術はとても優れていて二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないと聞きました。日本製の石炭火力発電所をたくさん輸出すれば、脱炭素化に貢献できるのではないですか?他に日本が持つ優れた火力発電技術はないのですか?

藤井 実

藤井 実 (国立環境研究所)

各国でいますぐ石炭火力発電を止めることが難しいのであれば、発電効率の高い日本の石炭火力発電の技術によって石炭消費量を削減することで、CO2排出の削減に一定程度貢献することは可能です。しかし、それでは脱炭素化は実現できません。実質的にCO2を排出しないカーボンニュートラルな代替エネルギーへの転換、発電以外を含むあらゆるエネルギー生産・消費の仕組みの高効率化、どうしても排出されるCO2のCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:CO2の回収、利用と貯留)を導入することが必要です。

1火力発電所におけるCO2排出削減の必要性

2024年11月、国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)が開催されました。先進国から新興国へ支払う対策資金の金額を巡って紛糾しましたが、なんとか合意が得られました。過去のCOPの会議においても、CO2排出量の多い石炭火力発電から脱却するための議論が続けられています。石炭火力発電の効率が高まれば、石炭消費量の節約にはつながりますが、それだけでは気候変動による深刻な環境影響を防止するには不十分であると考えられています。この回答では、まずは火力発電の原理を説明してその技術的な限界も理解していただいた上で、併せてどのような対策を進める必要があるのかについて解説します。原理の説明が難しいと感じる方は、「4. 代替エネルギー」の章から読んでいただいても大丈夫です。

2火力発電の原理

火力発電の性能としては、発電効率や排ガス処理性能が挙げられます。脱炭素の観点では発電効率が重要な要素になりますので、火力発電の効率についてまず簡単にお話ししたいと思います。火力発電は燃料を燃やして熱に変え、熱を利用して気体の流れを作り、タービンを介して発電機を回転させて電気に変換します。その際、温まると膨張し、冷やすと収縮する気体の性質を利用します。冷やすということはそこで熱が失われていることを意味します。火力発電における発電効率とは、投入した燃料のエネルギー量に対して得られる電気のエネルギー量の割合のことです。燃料を熱に変換して発電する火力発電では、高温の気体を製造するだけでは発電することができず、気体を冷やすことも不可欠なため、火力発電の発電効率は絶対に100%になることはありません。

火力発電の発電効率の最大値は、図1の1式で表されます。理想的かつ簡略化された状態が想定されているので、実際の効率とはやや異なりますが、どうなると発電効率が高くなるかというメカニズムについては、適切に反映されています。式から分かるように、気体を高温にできるほど、また冷やす温度が低くなるほど、発電効率は高くなります。ちなみに、暖房や給湯のエネルギー効率向上に大きく役立つヒートポンプ(エアコンもその一つ)は、熱が高温から低温に移動する過程で発電する仕組みとはちょうど逆のプロセスになっていて、電気を使って熱を低温から高温に移動させています。その効率の最大値は、図1の2式のように、発電効率の逆数で表されます。ヒートポンプは脱炭素化を目指す上で大変重要な技術ですが、火力発電と共通点が多いことは興味深いですね。

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図1火力発電の発電効率とヒートポンプの効率(理想的な状態を仮定したもの)

3石炭ガス化複合発電

一般的な石炭火力発電所は、ボイラーで高温高圧の蒸気を発生させて発電を行う外燃機関です。このとき、ボイラーの中に沢山通っている金属製の配管を介して、高温の燃焼ガスから水や蒸気に熱を伝えます。あまり高温になると配管が腐食しやすくなることや、高温化に伴って高まる水の蒸気圧に耐える構造も必要になることなどから、蒸気ボイラー式の最新の石炭火力発電でも、蒸気の温度が600℃程度に抑えられている状況です。実際には発電に伴って蒸気温度は冷えていきますし、さまざまな抵抗によるロスもあるため、無限にその温度の熱源があり、ロスも全くないと想定した1式とは値がだいぶずれてしまいますが、600℃の蒸気温度での発電効率は40%を少し超える程度です。

一方、天然ガスを利用する火力発電では、図2に示すように内燃機関であるガスタービンを利用することで、1600℃といった高温の燃焼ガスの熱を、タービンを介して直接発電に利用することができます。さらにガスタービンのまだまだ高温の排気ガスをボイラーで熱交換させて蒸気を製造し、蒸気タービンを回す複合サイクル発電にすることで、60%を超える高い発電効率が実現しており、国内でもこのような発電所が増加しています。

この、ガスタービンを利用することで高効率化する仕組みを、石炭火力発電にも応用したものが、石炭ガス化複合サイクル発電(Integrated Gasification Combined-Cycle : IGCC)であり、日本でも開発が行われている優れた石炭火力発電技術の1つです。IGCCでは固体である石炭をまずガス化させて燃料ガスを製造し、このガスを利用して、天然ガスの場合と同様にガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた複合サイクルで発電するため、従来の石炭火力発電よりも効率がずっと高くなります。

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図2複合サイクル発電の仕組みの模式図
出典:環境展望台・環境技術解説 コンバインドサイクル発電

4代替エネルギー

発電効率が高いIGCCは、従来の石炭火力発電と比べて、同じ量の電力を得る際の石炭消費量を抑制することが可能となり、結果的にCO2排出量の抑制に寄与します。しかし、削減しただけでは脱炭素を実現することはできません。図3に示すように、脱炭素化のためには、①エネルギー転換、②エネルギー効率向上、③CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:CO2の回収、利用と貯留)を適切に組み合わせて実行する必要があります。

①では、化石燃料に代えて正味でCO2を発生させない、カーボンニュートラルなエネルギーを利用することが考えられます。太陽光発電や風力発電、水力発電などの再生可能な自然エネルギーから製造する電力を直接利用したり、不安定になりがちな再生可能な電力を蓄電池に蓄えたり、水素やアンモニアに転換して利用したりします。また、バイオマスのように大気から吸収したCO2を原料にして製造された炭化水素は、燃やしても大気中のCO2を増加させないのが利点です。しかし、木のように成長に何十年もの時間を要するバイオマスでは、2050年までといった限られた期間の範囲では、カーボンニュートラルとはみなせない(当面の排出量が固定量を上回る)場合もあるので注意が必要です。すべてのエネルギー消費をカーボンニュートラルなもので賄うことができればよいのですが、生態系や景観の保全にも配慮しながら、これらの代替エネルギーを導入していくには長期間を要するため、①の取り組みだけでは不十分だと考えられます。

②のエネルギー効率の向上では、IGCCやヒートポンプについて既に述べましたが、他にも建物の断熱性能の向上、自動車の空気抵抗や摩擦抵抗の軽減、電気から光への変換効率の高いLED照明など、さまざまな技術が存在しています。しかし、①と②を進めてもCO2排出が残ってしまう場合は、③のCCUSを進める必要があります。

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図3複数技術の組み合わせによる脱炭素化に向けた取り組み

5CCUS(CO2の回収、利用と貯留)

CO2を工場や発電所の排ガスから、あるいは大気から直接回収する方法が開発されています。近年脱炭素の観点からCO2の回収が注目されていますが、以前から飲料等に利用するためや、ドライアイスを製造するために、排ガスからのCO2回収が行われてきました。しかし、そのような従来からある用途でのCO2の需要はそれほど大きくなく、またドライアイスが溶けてしまうように、CO2が大気に再放出されるような使われ方がほとんどであるため、これでは脱炭素になかなか貢献しません。

回収したCO2を利用してプラスチックのような炭素を含有する製品を製造するか、あるいはCO2を地下や海底下に埋めてしまい、大気から隔離してしまうことが必要になります。しかし前者の場合、例えば廃プラスチックを焼却して発生したCO2から再びプラスチックを製造するのであれば、炭素が繰り返し循環利用されるのでカーボンニュートラルが維持されますが、化石燃料から発生したCO2でプラスチックを製造する場合は、循環的な利用にはならないので注意が必要です。化石燃料の燃焼によるCO2に対しては、炭素が長期間固定されるような用途での需要を拡大することが求められます。例えば鉄骨に代わって木造で背の高いビルが建てられるケースが増えていますが、集成材のための接着剤や、建築資材の一部にCCU(Carbon Capture and Utilization:CO2の回収と利用)で製造したプラスチックが利用されれば、一定の炭素固定効果が期待できそうです。

6日本の石炭火力発電の技術は世界の脱炭素化に貢献するか

これまで見てきたように、石炭火力発電の発電効率の向上だけでは脱炭素化を達成することはできません。世界中で石炭火力発電をすぐに廃止することが難しい場合、日本の高効率な技術を海外に展開すれば、CO2排出の削減に部分的に貢献しますが、脱炭素化の実現にはつながりません。そもそもCO2を排出しないエネルギーへの転換を進めることを優先しつつ、石炭の消費によって発生するCO2のCCUSも行うことが必要であり、同時にそのような技術が、技術の輸出先にも根付く努力を行っていく必要があると思います。

  • 第1版:2025-02-17

第1版 藤井 実(社会システム領域 システムイノベーション研究室 室長)