Q11脱成長とは?
!本稿に記載の内容は2025年09月時点での情報です
脱成長という言葉を聞いたことがありますが、成長してはいけないのですか?脱炭素とどう違うのですか?
山口 臨太郎
(国立環境研究所)
脱炭素は、気候変動対策として進めなければならないことが明らかになってきました。これに対し、脱成長については、経済成長していけないというわけではありません。脱成長にはさまざまな意味があり、議論の際には、その意味を確認することが重要です。狭義の脱成長(経済成長をゼロやマイナスにすること)を自己目的化するのではなく、人々の生活の質と幸福度を確保しつつ、現実的で建設的なアプローチを探ることが重要です。なお、第6次環境基本計画でもこのような考え方がとられています。
1経済成長を維持しながら環境負荷を抑えることは可能か?
近年、「脱炭素」に続き「脱成長」という概念が注目されています。二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出をゼロにする脱炭素は、気候科学の知見から、進めなければならないことが明らかになっています。さらに、経済成長しながら環境負荷を抑えることができないのであれば、脱成長が必要であるという見方がよく取り上げられるようになりました。脱成長は文脈によって意味が異なり、議論が混乱しやすいため、定義を明確にして議論することが重要です。
まず、経済成長について考えてみましょう。
経済成長には、プラス面とマイナス面があります。プラス面としては、健康で文化的な生活がより多くの人に行き渡ることが挙げられます。一方で、マイナス面としては、CO2排出、生態系への悪影響、資源の大量消費などの環境負荷が生じることが挙げられます。また、成長の利益が一部の人々に偏ると、不平等や格差が生まれますが、これは経済成長そのものではなく、再分配の仕組みが十分機能していないことが原因です。
では、経済成長を維持しながら環境負荷を抑える「デカップリング」は可能でしょうか。技術革新や行動変容によって、ある程度デカップリングは進んでいますが、その速度は不十分です。例えば、2050年までにCO2排出を実質ゼロにする目標を達成するには、現在の削減ペースでは足りないと言われています。
2脱成長とは
そこで、経済成長を追求するのをやめようという脱成長の考え方が、再び注目されるようになりました。
脱成長とは、広い意味では、GDPで表現される経済規模の成長を求めるのはやめて、CO2排出、生態系への悪影響、物質の大量消費といった環境負荷を低減し、社会的な格差を縮小させつつ、生活の質と幸福度を高めることを目指す考え方を指します。
生活の質と幸福度、いいかえればウェルビーイングを維持するという方針は、大方の人が同意できるものでしょう。また、ウェルビーイングを維持するための基盤を確保し、次の世代にバトンタッチするという考え方は、持続可能な発展の概念とも整合します。
また、広い意味での脱成長には、非常に多くの提案が含まれます。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換は言うまでもなく、労働時間の削減、広告の制限、ベーシックインカムの導入などです。これらはいずれも、議論する価値がありそうです。
3経済が成長しないことに問題はない?
ただし、こうした個別の議論とは別に、経済成長や資本主義そのものを本質的に「悪」とみなす、狭い意味での脱成長の議論もみられます。
こうした狭い意味での脱成長には、問題はないのでしょうか?
生活水準や生活基盤を確保するためには、経済全体としての生産活動が必要です。これは、家計が消費支出を行うために、(貯蓄が十分にある場合は別ですが)所得を確保しなければならないのと同じです。この経済全体の生産活動の規模を統計的に表すのがGDPです。生活水準の維持のために、経済活動を続けることは必要ですが、経済活動の規模が成長する必要はないかもしれません。
とはいえ、仮に経済規模が縮小、つまり成長率がマイナスになると、失業が生じる可能性が高く、少なくとも短期的には政策的な対応が必要となります。また、将来的に経済規模が縮小するという雰囲気になってくると、新しく何かの事業を始めようと考える起業家や企業は少なくなってしまうかもしれません。こうしたことから、経済成長がゼロやマイナスになることに問題がないとは言い切れません。
さらに、経済成長をゼロやマイナスにしたところで、環境負荷が抑制されるとは限りません。
環境負荷をできるだけ抑えながら、生活水準とそのための生活基盤を確保することを目的とするならば、その結果として経済成長が必要なこともあれば、不要なこともあるでしょう。経済成長は、あくまで手段や結果に過ぎないのです。同じように、狭い意味での脱成長、すなわち経済成長しないことも、目的そのものにはならないでしょう。
さらに、成長を否定する思想や価値観は、それ自体としては興味深いものの、これを社会全体に押し付けることは無用な分断を生むリスクがあります。価値観の違いが原因で、持続可能な社会の実現や維持に向けて協力できない事態は避けなければなりません。社会の分断を避けつつ、持続可能な社会と生活の質を維持するためには、異なる価値観や規範を持つ人々が連携できる仕組みや考え方を模索することが、より現実的で建設的なアプローチと言えるでしょう。
さらにくわしく知りたい人のために
- 江守正多(2023)「脱成長」は呪いか、福音か. Yahoo!ニュースエキスパート.2013年3月13日. (初出:岩波『世界』2023年2月号「気候再生のために」)
- 斎藤幸平(2020)人新世の「資本論」. 集英社新書.
※SDGsを否定し、資本主義を解体し、「脱成長コミュニズム」を選択するしか生き残る道はないと主張しています - ヨルゴス・カリス他(2021)なぜ、脱成長なのか: 分断・格差・気候変動を乗り越える. NHK出版.
- 第1版:2025-09-29
第1版 山口 臨太郎(社会システム領域 経済・政策研究室 主任研究員)


