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Q10新たな燃料はクリーン?

!本稿に記載の内容は2025年09月時点での情報です

水素が新たな燃料として期待されていますが、本当にクリーンなエネルギーなのですか?

花岡 達也

花岡 達也 (国立環境研究所)

再生可能エネルギーを使って作られる水素(グリーン水素)を燃料として活用すれば、製造から燃焼まで一貫して、二酸化炭素や大気汚染物質を排出しないため、クリーンなエネルギーと言えます。特に、電化(動力源や熱源を電力にすること)が難しい技術・用途で、化石燃料の代わりに水素を活用することが期待されています。また、水素は液体水素または液体アンモニアとして貯蔵や輸送することができるので、地域間や国をまたいで運び、そこで燃料電池を使って電力を供給することもできます。このように、化石燃料に代替する燃料としてだけでなく、エネルギ―キャリア(エネルギーを輸送・貯蔵するための物質)としての活用も期待されています。

1水素とは何? なぜ水素が燃料として注目されるの?

水素[H2]とは、水素元素[H]が二つ結びついた無色・無臭の気体です。ただ自然界で水素分子[H2]として存在することはほとんどなく、他の物質と結び付いた化合物として存在しています。たとえば、私たちの生活に不可欠な水[H2O]は、水素原子[H]と酸素原子[O]が結びついた化合物です。近年、この水素[H2]を燃料として活用することが注目されています。たとえば、日本が開発した人工衛星打ち上げ用ロケットであるH-IIロケットやH3ロケットでは、燃料に水素を使っています。そして、ロケット名の「H」には水素の頭文字が使われています。では、なぜ水素が燃料として注目されるのでしょうか。 

まず、「燃える(燃焼する)」とは、熱や光を伴って、物質が酸素[O2]と化学反応をすることです。たとえば、代表的な燃料として化石燃料があります。石炭、石油、天然ガスなどが燃焼するときに大きな熱が発生し、それをエネルギーとして私たちは生活に活用しています。ただし、化石燃料には炭素原子[C]が含まれているため、燃焼するときに「C+O2 ⇒ CO2」となり、二酸化炭素[CO2]が出ます。この二酸化炭素[CO2]は温室効果ガスです。また化石燃料には窒素[N]や硫黄[S]なども含まれているので、燃焼するときに窒素酸化物[NOx]や硫黄酸化物[SOx]などがでます。これらは大気汚染物質です。したがって、化石燃料を燃やすと、気候変動と大気汚染の両方の環境問題の原因となる物質が排出されることになります。しかし、水素が燃焼するときは「2H2+O2 ⇒ 2 H2O」となり、水[H2O]が出ますが、CO2や大気汚染物質が出ません。つまり、水素が燃料として注目される理由は、環境問題から見たときに「クリーンなエネルギーである」からです。 

また、化石燃料であるガソリンや軽油、また石炭を燃焼するときの発熱量は、それぞれ47.0kJ/g、45.0kJ/g、27.0kJ/gであるのに対して、水素を燃焼するときの発熱量は141.9 kJ/gであり、水素は化石燃料と比べてエネルギー密度が高いことが分かります。馬力が必要になる用途にも使うことができ、冒頭で紹介したロケットの燃料に使われているのはそのためです。つまり、水素が燃料として注目されるもう一つの理由は、「大きなエネルギーを持っている」からです。 

ところで、ニュースで「水素爆発」という言葉を聞いたり、見たりしたことがある人にとっては、水素は危険ではないのか、というイメージがあるかもしれません。確かに水素は、プロパンガスやガソリンなどと比べて着火しやすい特性を持っています。しかし、水素爆発が起こるのは、「密閉された空間」で、「水素が大量に漏れた(濃度が濃い)状態」になり、そこに「火種がある」という条件がそろったときです。水素ガスは非常に軽く、空気中で非常に拡散されやすいので、開放された空間では引火の危険性は下がります。したがって、水素は他の燃料と比べて特に危険というわけではなく、水素を貯めるタンクを強固に設計し、他の燃料と同様に適切な対策を取れば、安全に使用できます。

2水素は本当にクリーンなの?

ここで環境問題の観点から「クリーン」とは、製造から消費までの一連の過程において、気候変動や大気汚染などの環境問題の原因となる物質の排出が極めて小さい状態を指すこととします。前章で説明したように、水素はエネルギーとして燃焼するときにCO2や大気汚染物質が出ないため、クリーンなエネルギーとして注目されています。しかし、本当に環境にとってクリーンなのか、水素の製造方法にも注目する必要があります。 

実証実験中のものも含め、人工的な水素の製造方法はいくつかあります。実用化されている技術を大きく分類して、「①化石燃料を改質して(たとえば天然ガスを水蒸気と高温・高圧で反応させて)作る」、「②工業プロセス(製鉄プロセス、石油精製プロセスなど)の製造過程の副産物として発生する水素を利用する」、「③バイオマス(森林資源や廃材など)をガス化して(たとえば木材を高温に熱して水蒸気と反応させて)作る」、「④水を電気分解して作る」の四つの方法があります。このとき、水素自体は無色なのですが、水素をどのような方法で製造するかによって、環境問題の観点から次の図のように、水素に色を付けて呼んでいます。

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図1人工的な水素の主な製造方法

まず、化石燃料をもとに作られた水素は、製造工程でCO2や大気汚染物質を排出するため、「グレー水素」と呼ばれます。このグレー水素はクリーンとは言えないため、利用は推奨できません。そこで、化石燃料をもとにしつつ、水素の製造過程で発生するCO2を回収して排出量を抑える方法があり、その水素は「ブルー水素」と呼ばれます。しかし、この製造方法でもCO2を完全には回収できず、化石燃料への依存が続くことから、長期的に持続可能な脱炭素対策とはいえません。「イエロー水素」は、原子力発電による電力で水を電気分解して作られた水素です。水素の製造過程でCO2や大気汚染物質を排出しないため、その点ではクリーンと言えます。しかし、原子力発電によって発生する核燃料の廃棄物を、数万年もの長い間安全な状態でどのように処理するのか、という重大な課題があり、環境的にクリーンとは言えません。 

そこで近年注目されているのは、「グリーン水素」です。これは太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電した電力を使い、水を電気分解して作る方法です。グリーン水素を燃料として使用すれば、製造から燃焼まで一貫してCO2や大気汚染物質を排出しません。こうした、クリーンなグリーン水素を活用して水素社会を実現することが、気候変動や大気汚染の同時解決に向けた対策として期待されています。また、人工的な水素の製造方法に加えて、地下資源として自然に存在する「天然水素」の利用可能性についても、近年、研究が進み始めています。

3水素の使い方は?

では、水素はどのような用途に使うことができるのでしょうか。水素は、大きく分類して「①燃料として使う方法」と「②エネルギーキャリア(エネルギーを輸送・貯蔵するための物質)として使う方法」の2つの活用方法があります。以下に詳しくみていきましょう。

① 燃料として使う
水素を燃料として直接利用する方法として、先ほど紹介したロケットの燃料が一つの例です。他の例として、水素発電があります。水素を燃焼したときに発生する熱を使って、大型のタービンを回して発電します。現在は、ガス火力発電に水素を混ぜた混焼発電の実証実験が進められています。ただ、これらは大型の設備・装置を用いた例であるため、もう少し、身近な技術を挙げてみます。 

まず、燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)です。日本語で「電池」と書くと乾電池をイメージし、使い捨てを思い描くかもしれません。しかし、そういった電池ではありません。燃料電池とは、水素[H2]と酸素[O2]を反応させて、電気を作る技術のことです。通常の自動車は、ガソリンやディーゼルを燃料としてエンジンを動かして走ります。一方、燃料電池自動車は、水素を燃料として燃料電池を使って発電し、その電力で自動車のモーターを動かして走ります。燃料として水素を使うので、自動車走行時に水が出ますが、CO2や大気汚染物質は一切でません。

 次に、家庭用燃料電池(エネファーム)です。今までは、家事やお風呂で使うお湯を作るのに、ガスを燃やして水を温めるガス給湯器を使ってきました。家庭用燃料電池では、まず都市ガスやLPガスを改質して水素を取り出します。その時に生じる熱を給湯に使います。また、取り出した水素で電気を発電します。その電気を家庭で使うと同時に、発電の時に生じる熱を給湯にも使います。従来のガス給湯器のように、都市ガスやLPガスを単に燃やして給湯するのではなく、燃料電池を使うことで電気と給湯の両方を家庭に供給し、エネルギー利用の効率を高め、ガス給湯器よりもCO2の発生量を減らすことができます。 

ところで電気自動車(EV:Electric Vehicle)も走行時にCO2や大気汚染物質は出ません。そこで、わざわざ水素を使って燃料電池で発電せずに、バッテリー(蓄電池)でモーターを動かす電気自動車を使う、という選択肢もあります。電気自動車はどこでも充電ができて便利なため、特に、走行距離が短い小型の乗用車や貨物車に向いています。しかし、大型車には大きなバッテリーが必要となります。バッテリーは重いので、車体が非常に重たくなり、大型化すると走行エネルギー効率が下がります。またバッテリーは電気の充電に時間がかかるため、大きなバッテリーになると充電時間がさらに長くなります。一方で、水素はバッテリーよりも軽く、水素タンクへの充填時間が短く、また1回充填当たりの走行距離が長いため、大型なバスや貨物車に対しては、電気自動車よりも水素を用いた燃料電池車の方が向いています。 

その他にも、直接的に電力の使用が不可能な分野、つまり電化(動力源や熱源を電力にすること)が難しい技術・用途で、化石燃料の代わりに水素の活用が期待されます。たとえば、航空や船舶、また重工業における分野での水素利用が期待され、水素燃料船は近年実用化されています。 

② エネルギーキャリアとして使う
エネルギ―キャリアとは、エネルギーを輸送や貯蔵するときに使う物質のことです。水素[H2]は常温常圧で気体ですが、超低温(-253℃)まで冷却すると液体になり、体積が気体の1/800と非常に小さくなります。そのため、液体水素として貯蔵や輸送することができます。たとえば、タンクやパイプラインで地域間や国をまたいで水素を運ぶことができます。また、電気を貯蔵する場合には大量のバッテリーが必要になりますが、電気を貯蔵する代わりに水素を大量に貯蔵することができます。 

太陽光や風力は天候や気象の条件によって発電出力が変動します。電力系統を通じて消費される総電力量に対して、たとえば太陽光や風力による電力が余ったときには、その余剰電力で水素を作って貯蔵しておくことができます。そして、たとえば夏場の冷房需要による電力消費が増加するときに、グリーン水素を使った燃料電池で足りない電力分を供給することができます。このように、時期や地域をまたいで利用することが可能なのが水素の利点です。一方で、超低温にまで冷却して液体水素にする必要があるため、貯蔵や輸送する技術インフラの整備やコストに課題があります。

4水素の別の貯蔵・輸送の仕方は?

そこで、液体水素で運ぶ方法以外に、水素を別の物質に変えて貯蔵や輸送する方法があります。これを「水素キャリア」と呼びます。代表的なものとして、アンモニア[NH3]が注目されています。アンモニアは、無色ですが強い刺激臭を持った気体です。化学工業製品の原料として、さまざまな用途に使われています。特に、ハーバー・ボッシュ法という手法が開発されたことで、人工的にアンモニアを製造することが可能になり、窒素肥料(化学肥料)を大量生産できるようになりました。実は、このハーバー・ボッシュ法では、「N2+3H2 ⇒ 2 NH3」と水素[H2]からアンモニア[NH3]が作られます。 

アンモニアには、水素キャリアとして適している利点がいくつかあります。まず、すでに肥料や化学製品の原料として流通しているため、輸送や貯蔵のインフラ技術があり、安価で大規模に運びやすい点です。また、アンモニアは通常の気圧では-33度で液化され、または通常の温度では8.5気圧で液化できるので、水素よりも非常に液化しやすい点です。さらに、液体アンモニアのエネルギー密度は液体水素の1.5~1.7倍になり、つまり体積あたりにみたときに、液体アンモニアは液体水素以上にたくさんのエネルギーを貯蔵および輸送できる点です。したがって、水素を液化して運搬・貯蔵するよりも、たとえば、海外の安価な再生可能エネルギーによって製造したグリーン水素をハーバー・ボッシュ法でアンモニアに変換し、液体アンモニアとして運搬・貯蔵する方が、既存のインフラ技術を活用でき、技術的に実現が容易です。ただし課題は、アンモニアから水素を取り出す方法です。現在、アンモニアを水素キャリアとして利用するための研究や、アンモニアから水素を効率的に取り出す技術などの研究開発が進められています。

5水素社会の実現にむけた課題

気候変動や大気汚染の防止のためには、電化の促進および再生可能エネルギーによるグリーン電力の共有が最も重要な対策です。また、省エネの観点から考えても、たとえば電気自動車の方が水素を利用する燃料電池車よりもエネルギー効率が高いため、まずは電化を優先すべきです。したがって、水素の利用は、電化が難しい技術・用途に対して、化石燃料に代わるエネルギーとして期待されています。 

国際エネルギー機関(IEA)が報告しているHydrogen Production and Infrastructure Projects Databaseによると、現時点で稼働中の水素製造技術による生産供給能力は、グリーン水素が2024年に2020年比で約10倍と大幅に増加傾向にあります。しかしグリーン水素の割合はまだ小さいです。各研究機関により、将来の水素の需要量および供給量の見通しが研究され、脱炭素社会の実現に向けて大幅な需要・供給の増加が期待されていますが、その実現には課題がいくつかあります。

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図2世界におけるブルー水素とグリーン水素の供給能力

まずは、サプライチェーン構築の課題です。サプライチェーンとは、水素を製造し、運搬・貯蔵し、流通して消費者・利用者まで届けるまでの一連の流れのことです。特に、水素社会の実現にむけて、国内の将来の水素利用の市場の規模がどれくらいなのか、いつまでにどれだけの水素が必要になるのか、そのために必要なインフラ設備とその規模はどれくらいなのか、などの見通しを立てる必要があります。 

次に、水素の生産・供給能力の課題です。グリーン水素を持続可能な形で供給するには、再生可能エネルギーが不可欠です。電力需要だけでなく水素需要に対しても、国内で再生可能エネルギーを積極的に普及し、特に電力系統で需要と供給のバランスをとる際に太陽光や風力による電力が余ったときには、その余剰電力で水素を作って貯蔵しておく必要があります。そして国内の水素需要の見通しに対して、国内での水素供給能力が足りない場合は、海外からグリーン水素を輸入する必要があります。 

最後に、水素利用の技術開発と水素利用のコストの課題です。実用化されている家庭用燃料電池、燃料電池自動車、燃料電池バス、燃料電池トラックなど、水素を利用する技術はまだ高額です。また、水素を安価で安定的に共有するための整備が必要ですが、現状では水素供給コストは、化石燃料の供給コストよりも高いです。コストを下げるためには、水素を利用する技術の効率を高めて費用対効果を向上させ、水素の需要を広げていく必要があります。 

クリーンな製造方法で水素を安定的に供給できること、水素を運搬・貯蔵するインフラを整備すること、水素製造コストや水素を利用する技術コストを下げること、などの課題を一つ一つ克服していくことで、水素社会の実現に向けた道は切り開かれていくでしょう。

  • 第1版:2025-09-08

第1版 花岡 達也(社会システム領域 地球持続性統合評価研究室 室長)