温室効果ガス研究の最前線 -パリ協定の目標達成に向けて-
最終更新日:2022年3月14日
地球温暖化の鍵となる、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などの温室効果ガス。観測やモデルによる最前線の研究から、温室効果ガス循環の現状や将来の予測を紹介し、パリ協定の1.5度目標の達成に向けて何が必要かを考えるオンラインイベントを開催しました。
本イベントでは、フューチャーアースが発表した気候変動に関する最新知見の報告書、グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)が発表した世界のCO2収支報告、観測・地球システムモデルに基づく温室効果ガス循環の現状や将来予測に関する最新の研究成果の紹介を含む、専門家による講演とパネルディスカッションを行いました。本イベントには、企業、大学・研究機関、行政機関、NPO、報道機関等から432名の方にご参加いただきました。
- 日時:2022年2月10日(木)13:30-15:00
- 開催形態:Zoomウェビナーによるオンライン開催
- 言語:日本語(英語講演には同時通訳有り)
- 参加費:無料
- 主催:国立研究開発法人国立環境研究所、グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)、フューチャーアース
- 協力:環境研究総合推進費SII-8
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プログラム
- 三枝信子(国立環境研究所 地球システム領域長)
- 専門分野:気象学(大気境界層)、陸域炭素循環モニタリング、陸域-大気相互作用
気候科学の一年を振り返って:『10 New Insights』と本報告のアジアにおける重要性 A year of climate science in review: 10 New Insights and its importance for Asia
10 New Insights in Climate Scienceは、気候研究に関する知見を10項目にまとめた報告書です。この報告書は、広範な分野にわたる公募により得られたインプットに基づくもので、以下の最新知見で構成されます。(1)地球温暖化を1.5℃以内に抑えるための選択肢、(2)地球温暖化におけるCO2以外の要因の影響、(3)気候変動によって引き起こされる極端な火災の新次元(4)相互に関連した気候の転換要素に対するプレッシャーの高まり、(5)気候正義の諸相(6)気候緩和の手段としての需要側からの解決策、(7)カーボンプライシングの有効性を妨げる政治的課題 、(8)自然に根差した課題解決のポテンシャルと注意点、(9)海洋生態系のレジリエンスはどう構築できるか、(10)気候変動緩和政策のコストは、人間と自然の健康に対する恩恵によって正当化される以上のものとなり得る。
A synthesis is made of 10 topics within climate research. The insights are based on input from an open call with broad disciplinary scope. Findings include: (1) the options to still keep global warming below 1.5°C; (2) the impact of non-CO2 factors in global warming; (3) a new dimension of fire extremes forced by climate change; (4) the increasing pressure on interconnected climate tipping elements; (5) the dimensions of climate justice; (6) political challenges impeding the effectiveness of carbon pricing; (7) demand-side solutions as vehicles of climate mitigation; (8) the potentials and caveats of nature-based solutions; (9) how building resilience of marine ecosystems is possible; and (10) that the costs of climate change mitigation policies can be more than justified by the benefits to the health of humans and nature.
- Giles Sioen(フューチャーアース日本ハブ シニアオフィサー/国立環境研究所 特別研究員)
- フューチャー・アースの都市問題及び健康に関する「知と実践のネットワーク(KAN)」のコーディネートを行う。多様なステークホルダーとの超学際研究を促進するためのシステムベースのガイドラインの開発に関する研究に従事。東京大学にてサステイナビリティ学の博士号を取得。
- Dr. Giles B. Sioen works on research and innovation across disciplines and sectors and coordinates the Future Earth Urban and Health Knowledge-Action Networks. His research focuses on the development of a transdisciplinary system-based guideline to reduce the impact of climate change and other disasters on cities and health.
大気観測に基づいた主要な温室効果ガス3種の地域別収支見積もり Atmospheric observation based estimation of regional greenhouse gases budgets for 3 major species
温室効果ガス(GHG)濃度の上昇は、ここ数十年における地球の表面気温(SAT)の加速度的な上昇の要因となっています。大気中のGHGの蓄積を削減するために、国が決定する貢献(Nationally determined Contribution (NDC)) がUNFCCCに提出されるなど、さまざまな取り組みが行われています。大気中のGHG濃度を観測ネットワークや衛星リモートセンシングにより観測することで、化学輸送モデルを用いて(トップダウンアプローチで)国や地域の排出量を推定することができます。トップダウンの排出量推定は、初期値として利用するインベントリや生物地球化学モデル(ボトムアップアプローチ)に依存します。本講演では、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)の地域別排出量の動向と、NDCやパリ協定で設定されたSATの上昇を2℃以内に抑えるための世界の排出削減目標の達成への影響について解説します。
The rising concentrations of greenhouse gases (GHGs) is leading to Earth's surface air temperature (SAT) increase at an accelerated rate in the recent decades. Various efforts are being made in order to reduce burden of the GHGs in atmosphere, e.g., through the nationally determined contribution (NDCs) to the UNFCCC. The atmospheric record of GHG concentrations from a network of stations or from satellite remote sensing allow us to estimate (top-down) national and regional emissions, by employing a chemistry-transport model. The top-down emission estimates rely on inventory and biogeochemical models (bottom-up) as priors. I will discuss trends in regional emissions of carbon dioxide (CO2), methane (CH4) and nitrous oxide (N2O), and their implications for meeting the NDCs and global emission reduction targets set by the Paris Agreement for limiting SAT increase below 2ºC.
- Prabir K. Patra(海洋研究開発機構 地球表層システム研究センター 物質循環・人間圏研究グループ グループリーダー代理)
- 1998 年にインドのグジャラート大学で博士号を取得。ニューデリーのIBM インド研究所勤務を経て、JAMSTEC に勤務。大気化学輸送モデル、現地測定、リモートセンシング技術による3 つの主要な温室効果ガスの発生源と吸収源の収支に関する研究に従事し、150 以上の査読付き論文を発表、GCP による3 つの温室効果ガス収支の報告書に貢献している。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6 次評価報告書主執筆者、GCP の科学運営委員を務める。
- Prabir Patra is a senior scientist and deputy group leader at JAMSTEC, Yokohama, Japan. He obtained his PhD from Gujarat University (India, 1998) and worked at the IBM India Research Laboratory in New Delhi. His research focus on sources and sinks of the three major greenhouse gases accounting using atmospheric chemistry-transport models, measurements by in situ, and remote sensing techniques. Prabir has published more than 150 peer-reviewed articles and a regular contributor to all 3 GCP GHG budgets. He also serves as a Lead Author of the IPCC AR6 and Scientific Steering Committee member of the GCP.
パリ協定・グローバルストックテイクに向けたGHG監視 GHG monitoring system toward the Global Stocktake of the Paris Agreement
パリ協定では、各国のGHG排出削減目標の達成状況を確認するため、2023年から5年毎にグローバルストックテイクと呼ばれる収支チェックを行うことが定められています。私たちは環境研究総合推進費SII-8課題において、全球から国地域、さらには大都市にわたる空間スケールでGHG収支を迅速に把握する体制を構築し、その情報を提供することでグローバルストックへの貢献を目指しています。特にアジア太平洋地域では、発展途上国を含む多くの場所に適用できるGHG監視体制を確立することには、気候変動を防ぐ上で大きな意義があります。国立環境研究所などで展開されている観測ネットワーク、排出源・吸収源や大気中での動態を扱うシミュレーションモデルなど、最新の手法を用いたGHG監視に関する研究についてご紹介します。
- 伊藤昭彦(国立環境研究所 地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)
- 陸域生態系の物質循環(特に温室効果ガス収支)、気候変動影響、生態系による気候変動緩和を専門とし、陸域生態系モデルを用いた CO2 、CH4 、N2O 収支のモデル計算、土地利用変化や気候変動シナリオを用いた影響評価や対策評価に従事。
地球を巡る二酸化炭素を追う ~Global Carbon Budget報告~
人間活動によって放出されるCO2は約半分が陸域生態系と海洋に吸収され、残りが大気に蓄積されています。またその割合は時々刻々変化するとともに、増加するCO2 放出量に呼応して吸収量も増加していると考えられています。グローバル・カーボン・プロジェクトが毎年発表する全球CO2収支(Global Carbon Budget)レポートでは世界各国の研究者が観測やモデルによってCO2放出量や吸収量の変化を評価・報告しており、例えば2020年にはコロナパンデミックに伴う人間活動の縮退によってCO2放出量が前年比で約7%減少するとの評価結果を発表しました。本講演では、国立環境研究所をはじめとする日本の研究機関によるGlobal Carbon Budgetへの貢献と、本レポートによって明らかになったCO2循環の変化について解説します。
- 中岡慎一郎(国立環境研究所 地球システム領域 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)
- 専門分野/関心分野:地球規模の炭素循環(特に大気海洋間CO2交換、海洋CO2循環)、海洋酸性化。極域海洋や太平洋における海洋CO2観測と国際CO2観測データベースの品質管理および海洋表層CO2と大気海洋間CO2フラックスの広域分布推定に従事。
波照間島における大気観測に基づくCOVID-19に関連した中国からのCO2排出量の変化の推定
国立環境研究所は、西表島の南方約20kmに位置する波照間島において、1990年代中頃から大気中の温室効果ガスの観測を実施しています。観測結果を詳しく見ると、冬季を中心に数日間隔で温室効果ガスが高濃度となる汚染イベントが頻繁に観測されます。この汚染イベントは季節風の影響で大陸から空気が輸送されることによるのですが、それぞれの温室効果ガス濃度が非常に似た変動を示し、その変動比は風上の中国における放出量の大きさの比率を反映することが明らかにされてきました。そこで、2021年までの1~3月のCO2に対するCH4の変動比(ΔCO2/ΔCH4比)を解析したところ、2020年2月に著しく減少したものの、2021年には2019年以前の値に戻っていることが分かりました。こうした変化は、中国のCOVID-19蔓延による都市封鎖期間中およびその後のCO2排出量の変化を反映したものと考えられます。
- 遠嶋康徳(国立環境研究所 地球システム領域 動態化学研究室長)
- 大気中の温室効果ガスの観測が専門で、モニタリングステーションにおけるCH4やN2Oの観測を行う。また、O2の観測に基づく炭素循環研究にも従事。
人為CO2排出量に基づく温暖化予測:地球システムモデル
世界各国はCO2排出を削減し温暖化を食い止めることに同意し、そしてそれに向けた取り組みが開始されています。このような取り組みにおいて欠かせないものが、将来の見通しに関する科学的情報(予測)です。今後、気候がどのように変わりうるのか、そして+1.5/2.0度目標達成のために人間のCO2排出量をどの程度まで抑制すべきかという見通しを立てる上で有効なツールが、地球システムモデルと呼ばれる温暖化予測モデルの一種です。人為CO2排出量等を入力とし、陸域や海洋の炭素循環が気候変動の影響を受けながらそのCO2吸収量を変動させ、これが将来の大気CO2濃度と気候を変えていく様子をシミュレートします。本発表では、このようなモデルの概要紹介や、そのようなシミュレーションから得られる今後の見通し、今後に向けた課題などについてご紹介します。
- 羽島知洋(海洋研究開発機構 環境変動予測研究センター 地球システムモデル開発応用グループ グループリーダー代理)
- 炭素循環をはじめとする陸域生態系の物質循環とそのモデリングを専門とする。また、陸域生態系モデル等を気候モデルに導入した地球システムモデルの開発および温暖化予測研究に従事。
モデレーター
- 白井知子(国立環境研究所 地球システム領域 地球環境データ統合解析推進室長/GCPつくば国際オフィス代表)
- 東京大学理学系大学院博士課程修了後、宇宙航空研究開発機構、米カリフォルニア大学アーバイン校を経て、現職。大気化学研究のほか、地球環境データベースを運用、オープンサイエンスを推進している。
コメンテーター
- 江守正多(国立環境研究所 地球システム領域 地球環境データ統合解析推進室長/GCPつくば国際オフィス代表)
- 東京大学理学系大学院博士課程修了後、宇宙航空研究開発機構、米カリフォルニア大学アーバイン校を経て、現職。大気化学研究のほか、地球環境データベースを運用、オープンサイエンスを推進している。
講演資料のライセンスについて
本講演資料の一部はクリエイティブコモンズ表示4.0国際(CC BY 4.0ライセンス)を付与して公開しています。
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Organizing Committee: Seita EMORI, Peraphan JITTRAPIROM, Fumiko KASUGA, Noriko KAWATA, Yukako OJIMA, Tomoko SHIRAI and Giles B. SIOEN (Alphabetical order)
問合せ先
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域 地球環境研究センター
GCPつくば国際オフィス
Email: gcp{at}nies.go.jp