最近の研究成果 モンゴルの乾燥・半乾燥域での人為活動が水資源の改変に及ぼす影響評価
モンゴルでは1990年の市場経済の導入に伴う急激な社会経済的な変化によって、急激な都市拡大、鉱山開発、及び人々の定住化を促進する農地開発が進行している。これらの人為活動に伴って、世界の新興国と同様に近年高い経済成長率及び社会的発展を遂げてきたことは確かであるが、気候変動の影響も加わり、水資源の枯渇、水質汚染、牧草地の荒廃など様々な生態系の劣化を引き起こしている。特に、総水使用量に占める地下水の割合は全国平均80%以上で地下水の過度な利用及び枯渇が近年深刻な問題になっており、水資源の総合的な流域管理が急務である。
このような背景のもとで、本研究では経済的な中核である首都のウランバートル及び南ゴビの鉱山の中核(オユトルゴイ鉱山:世界最大級の金及び銅の埋蔵量)を含む2つの流域(トゥール川及びガルバ川流域)を対象にして、2018年から水循環観測を開始するとともに、筆者がこれまでに開発してきた水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)*1を適用し、水循環への人為的影響を評価した(図1)。
入手可能な既存データ(グローバルデータ・統計データ・衛星データ・GISデータ・現地観測データなど)を最大限に活用して流域の水循環変化への影響が大きいと考えられる家畜用水・都市用水・鉱業用水の経年変化(1980~2018年)をソム(町)ごとに算定し、モデル入力のために高解像度データを作成した。最終的に既存データを用いたモデル検証及び過去40年間のシミュレーションを行った。その結果、都市化や鉱山開発に伴う過度な地下水汲み上げが周辺域の水循環の改変に及ぼす影響を定量的に解明した(図2)。
一方、本研究で算定した家畜や都市及び鉱山での水需要量は不確実性が大きく、水循環のシミュレーション結果に影響を及ぼすと考えられる。この影響を定量的に評価して水資源量の不確実性評価を行うために、本研究をさらに拡張してNICEをインバースモデルと結合したモデル開発(NICE-INVERSE)を行い、パラメータ逆推定によるインベントリの精緻化を現在進めており(図3)、興味深い結果が得られつつある*2。
また、本研究では家畜の放牧・都市活動・鉱山開発に伴う水資源の改変に及ぼす影響評価を行ったが、ウランバートル(トゥール川流域)ではトイレなどによる有機物汚染が、南部の鉱山では重金属汚染が深刻な問題になっている。NICEを霞ヶ浦や利根川流域に適用した知見(スパコンモノグラフPart II*1)やNICEの物質循環モデルへの拡張版であるNICE-BGCを大陸・全球スケールへ適用した知見(スパコンモノグラフPart V*1)などをベースにさらなる解析が必要である*2。
現在、南部のガルバ川流域にある鉱山での過度な水需要を満たすために「オルホン-ゴビ水輸送プロジェクト(北部のオルホン川から南ゴビの鉱山までの700km以上のパイプライン建設)」が計画されている。このプロジェクトに伴って両流域での深刻な水・物質循環及び生態系劣化が予想されるが、類似する中国の南水北調プロジェクトの知見(スパコンモノグラフPart IV*1)などを活かした科学的な環境影響評価が今後必要であると考えられる。