2015年9月号 [Vol.26 No.6] 通巻第298号 201509_298001

ボルネオ島の熱帯林上空のCO2濃度分布を測る

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 野村渉平

炭素循環研究室では、森林による二酸化炭素(CO2)吸収量を大気中CO2濃度の観測から推定する手法の開発を行っています。具体的には、対象とする森林地域の周囲に複数の観測点を設け、地上のCO2濃度と垂直方向(観測地点上空)のCO2濃度分布を測定し、得られた各観測点のCO2濃度の違いから対象とする森林のCO2吸収量を推計します。

これまでに、森林が広範囲に分布し、かつ人為影響が極めて少ない国内の2地域(2012年度に北海道天塩地域、2013年度に沖縄県西表島)において、実証研究を行いました。これらの研究により森林地域におけるCO2吸収量の推定手法が定まったことから、2014年度にマレーシアのボルネオ島北東部に残存する広大な熱帯林(ダナンバレー保護地域)を研究対象地域に選定し、2015年1月に予備試験を行いました(寺尾有希夫「はじめてのCO2ゾンデ観測 in ボルネオ島」地球環境研究センターニュース2015年4月号参照)。この予備試験が現地で順調に遂行できたことから、2015年8月に選定した熱帯林のCO2吸収量を調べるべく、今回の本試験を実施しました。

本試験ではボルネオ島東北部の私たちが拠点としている街であるタワウ郊外にあるマレーシア気象局の観測所(以下、タワウ観測所)とダナンバレー保護地域の玄関口にあるフィールドセンター(以下、ダナンバレー観測地点)の2地点において、地上のCO2濃度ならびに垂直方向のCO2濃度を測定しました。

観測に使用する全ての機材をつくばの研究所からタワウ観測所に輸送し(写真1)、タワウ観測所に1セットを設置し、もう1セットをダナンバレー観測地点に向かうピックアップトラックに載せました。同時に人員もタワウ観測所・ダナンバレー観測地点の二手に分かれ、ダナンバレー組は、未舗装路2時間を含む4時間をかけてダナンバレー観測地点に向かいました。ダナンバレー保護地域(写真2)での観測拠点としたフィールドセンター(写真3)は、科学者のための研究施設であり、この場所でしかできない調査のために、世界中から科学者や学生が滞在し、各々の研究を進めています。

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写真1研究所から送った観測機材。タワウ観測所とダナンバレー観測地点の2セット分です

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写真2研究対象地に選定したダナンバレー保護地域

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写真3早朝のフィールドセンターからの風景

私たちは、そのフィールドセンター内の旧ヘリポートから垂直方向のCO2濃度を測定するためにCO2ゾンデを放球しました(写真4)。ゾンデはCO2濃度を測定する装置、位置情報・気温・湿度を測定する装置、得られた結果を地上に送信する装置を合体させたもので、それをヘリウムガスが充填された風船につなぎ、上昇過程で大気中のCO2濃度を計測します。放球は、植物の光合成が活発に行われる直前の夜明け(午前7時)と植物の光合成が最も盛んに行われる昼間(午後2時)の1日2回、それを2日続けて行いました。フィールドセンターでは、通常電力が午前7時から午後10時までしか使えないのですが、同行したマレーシア気象局の職員(写真5)のアドバイスをもとに早朝における放球の準備に対応して午前5時から電力を使用できるようにしてもらいました。

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写真4ダナンバレー上空を浮上するCO2ゾンデ

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写真5協力してくれたマレーシア気象局の職員たち

そして放球直前、マレーシア気象局の職員に周辺の航空管制官に連絡を取ってもらい放球許可を得て、指定された時刻に放球しました。その際、タワウ組と電話で連絡を取り合い、なるべく2地点で同時刻に放球できるように調整しました。

午後2時にダナンバレー観測地点で放球したCO2ゾンデの観測結果は、タワウ観測所と比較すると、地上から約2000mまでCO2濃度が低く、地上付近では10ppmほど低い濃度でした。このことから、ダナンバレー保護地域に分布する森林の光合成は、上空2000mまでの大気中CO2濃度に影響を与えていることが示唆されました。

蛇足ですが、筆者は今回3回目のダナンバレー保護地域への訪問でした。今回の訪問では未舗装路を走行中に様々な動物と出会いました。印象的であったのはボルネオ象の親子と遭遇したことです。日本の動物園で見た象よりも体が小さく、鳴き声も高く軽い音でした。ダナンバレー保護地域に分布する森林を母体とする自然環境は、この土地に森林が形成されて以降一度も人間の手が加えられていない、人間の密度が極めて低いものです。常に霧が立ち込めている、聞いたことのないリズムで鳴く動物と昆虫の声が響いているため、私がこれまで接してきた自然環境の中で最も全容が不明瞭で未知を多く含んだものだと感じました。この場所の重層な自然環境に圧倒させられたのは、夜中、野外で響く動物と昆虫の鳴き声で、耳元に置いてあった腕時計の秒針の音が聞こえなかったことです。このような、都市の単調な環境下での生活では感じられない空間、人間が片隅に追いやられる空間、そこを訪問した人たちが人間も生態系の一部であると実感できる空間がこれからも保護され、次世代の人たちに引き継いでいけたらと思いました。

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