REPORT2022年2月号 Vol. 32 No. 11(通巻375号)

COP26に参加して ジャパンパビリオンでのセミナー開催報告

  • 伊藤昭彦(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)

1. はじめに

2021年10月31日から11月13日まで、英国グラスゴーにおいて気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催された。筆者は会場内ジャパンパビリオンにおいてサイドイベントとして開催されたセミナーに参加した。本稿では研究者の視点からCOP26への参加報告を行う。

写真1 ジャパンパビリオンの概観。1階は再生可能エネルギー、CO2隔離、衛星観測などに関する展示が行われ、2階がセミナー会場。
写真1 ジャパンパビリオンの概観。1階は再生可能エネルギー、CO2隔離、衛星観測などに関する展示が行われ、2階がセミナー会場。

2. COP26までの道のり

2019年のCOP25(マドリード)から、新型コロナ感染症の世界的蔓延による延期のため、2年ぶりの開催となった。その間、温暖化対策をめぐる交渉や経済活動は相当程度の停滞を余儀なくされた一方、米国をはじめ多くの国で政権交代が起こるなど世界情勢は大きく動いており、COP26に向けて課題は山積していた。開催前に多くの国が排出削減目標(Nationally Determined Contribution: NDC)のアップデート版を提出しており、COP26では、パリ協定で合意された1.5℃目標の達成に向けてより高いレベルの排出削減に合意できるかが焦点となっていた。(その結果については社会システム領域の亀山康子領域長の記事*1を参照されたい)

パリ協定の達成状況を5年ごとに確認するグローバルストックテイクについても、2023年に実施される第1回の日程は決まっていたものの、その実施手順に関する詳細は決まっていなかった。筆者ら関係者は、日本の活動を紹介するため環境省が主催するジャパンパビリオン*2において、グローバルストックテイクに向けた温室効果ガス収支の監視に関する公開セミナーを行うため、夏頃より準備を進めていた。筆者にとって初めてのCOP参加だったため過去の状況と比較はできないが、準備段階では、オンライン会議の普及により遠隔地との打ち合わせが比較的容易になった一方、コロナ禍が続く不確実な状況下での実施に難しさを感じる局面も多々あった。

3. ジャパンパビリオンでのセミナー

11月2日午後3時(現地時間)より「The Greenhouse Gas (GHG) Monitoring Project for the Global Stocktake 2023」(パリ協定の目標達成状況の観測・監視に向けた日本の貢献)と題するセミナーを実施した。温室効果ガス収支の監視に関する日本の研究活動を紹介し、2023年に実施予定であるパリ協定のグローバルストックテイクへの科学的な貢献について意見交換を行うことを目的としていた。会場はジャパンパビリオン2階スペースで、現地参加(間隔を空けて最大27席)およびオンライン配信のハイブリッド形式で実施された。

環境省の杉本留三国際協力・環境インフラ戦略室長からの開会挨拶に続き、5件の話題提供とパネルディスカッションが行われた。司会およびモデレータは、以前NIES(国立環境研究所)で特別研究員として勤務し、現在は米国USRA(ユー・エス・アール・エー)に所属する小田知宏氏が務めた。

最初の話題提供は、筆者より「グローバルストックテイクへの貢献を目指す温室効果ガス監視プロジェクト」の標題で、環境省環境研究総合推進費SII-8プロジェクト*3に関する紹介を行った。大気観測、モデル、インベントリの複合的手法により信頼性の高い温室効果ガス収支評価をマルチスケールで実現する取り組みを説明した。

次にJAXA(宇宙航空研究開発機構)須藤洋志氏より「グローバルストックテイクに向けたGOSATによる10年間の温室効果ガス観測」の標題で、GOSATシリーズによる全球から都市スケールの観測成果が示された。続いてJAMSTEC(海洋研究開発機構)プラビール・パトラ氏は「地域スケールでCO2およびCH4収支の推定と評価に寄与する衛星観測」の標題で、先進的な大気輸送拡散モデルによる衛星データの利用例を紹介した。

海外での取り組みとして、CEOS(地球観測衛星委員会)で衛星による温室効果ガス監視を積極的に推進されているJPL/Caltech(アメリカ ジェット推進研究所)のDavid Crisp氏より、OCO-2やTROPOMIなど海外の衛星による取り組みの近況が報告された。最後の話題提供として、中央大学・渡邉正孝氏より「モンゴルにおけるGOSATデータを用いたUNFCCC隔年アップデート報告書(BUR)作成と他国への適用」の標題で、温室効果ガスに加え大気汚染物質の排出量推定に衛星データを適用するモンゴルでの事例紹介が行われた。なお、発表資料(英語)はhttps://esd.nies.go.jp/cop26/seminar-2-11-2021.htmlに掲載されている。

パネルディスカッションには講演者およびNIESから三枝信子地球システム領域長、環境省から吉富萌子主査が日本よりオンラインで参加し、グローバルストックテイクへの貢献に関する議論が行われた。会場およびオンラインで寄せられた各話題に対する質問への回答と、2つの設問(科学からの貢献のあり方、社会の変容への期待)に関する意見交換が行われた。世界をカバーする監視ネットワーク構築の必要性については意見が一致していたが、透明性の確保、高分解能な可視化の必要性、緩和・適応・資金配分など意志決定への情報提供など課題があることも指摘された。

セミナーの開催時間は日本時間の深夜にあたったが、会場とオンライン登録者を合わせて約100名という多くの参加者を得ることができ、COP26の場で日本の研究活動をアピールする狙いは概ね達成されただろう。困難な準備段階を乗り越えて無事開催できたのは、環境省の吉富主査、三枝領域長、小田氏の多大な尽力があってのことであり、深く感謝申し上げたい。

写真2 パネルディスカッションに臨んだパネリスト・モデレーター。
写真2 パネルディスカッションに臨んだパネリスト・モデレーター。

4. グローバルストックテイクに関して

上記セミナーの主題でもあったグローバルストックテイクについては、11月6日に示されたSBSTA(科学および技術の助言に関する補助機関)案は、パリ協定締約国会合での合意内容(decision 19/CMA.1)を概ね踏襲するものであったが、幅広い情報源に基づく評価を行うことが確認された。それを受けて、推進費SII-8メンバーにより、全球から国地域スケールの温室効果ガス収支評価とりまとめが急ピッチで進められている。

上記セミナー以外にも、WMO(世界気象機関)が主導するIG3IS(統合的全球温室効果ガス情報システム)のサイドイベントでは、グローバルストックテイクを意識した活動に関する報告が行われた。米国メリーランド大学のPhil DeColaらは大気観測に基づく排出量評価の構想を示した。ニュージーランド国立水大気研究所のSara Mikaloff Fletcherは地域スケールの逆解析モデルによる、ニュージーランドの森林によるCO2吸収量の推定例を発表した。現在のところIG3ISは、グローバルストックテイクに直接的なインプットを行う段階ではないらしいが、目指す方向性や手法には推進費SII-8や気候変動・大気質研究プログラム(https://esd.nies.go.jp/ja/climate-air/)との共通項が多く見られた。

5. 温室効果ガス関連イベント

サイドイベント会場には、上記IG3ISだけでなくIPCCやGCP(グローバル・カーボン・プロジェクト)などが公開イベントを実施するサイエンスパビリオンが設置されていた。収容人数が限られているガラス張りの部屋で行われていたため立ち聞きすら難しいものが多かったが、GCPによる2021年版のグローバルなCO2収支分析に関する報道発表に立ち会うことができた*4

この分析には、2020年までのように*5、NIESはじめ日本の研究活動からも観測データやモデル推定を提供することで大きな貢献を果たしている。2021年版の大きな話題は、コロナ禍によって2020年に大きく落ち込んだ経済活動の回復に伴い、2021年のCO2放出量がほぼ2019年水準まで急増したことであった。同様な分析は、東アジアを対象にNIESの観測データを用いても行われている*6。このような短期的な変動を準リアルタイムで把握する試みが欧米を中心に進められており、それはグローバルストックテイクにも速報的に利用できる可能性がある点で注目される。

日本も参加表明したグローバルメタンプレッジ(2030年までにメタンの排出量を2020年と比べて30%削減)が提起されたことも印象的であった。サイドイベント会場にも「The Methane Moment」と題するエリアが設けられ、メタンに関する情報提供を行っていた。2030–2050年の近未来に排出削減目標を達成するには、寿命が比較的短く温室効果が強いメタンが注目されるのはある意味当然である。しかし、日本としてはもともとメタンの寄与率が低い上に排出削減の余地は少なく、大気中濃度の監視や収支推定データの提供によって世界全体での目標達成に貢献するのが現実的であろう。その意味でも、私たちの研究活動は今後さらに重要性を帯びてくるとの感想を持った。

写真3 サイドイベント会場内The Methane Momentの概観。
写真3 サイドイベント会場内The Methane Momentの概観。

Air Mail 世界のいまを感じたCOP26会場

  • 伊藤昭彦

各国首脳も参加するCOPは、研究者の集う学会とセキュリティレベルが異なるのは当然として、新型コロナ感染症が状況をより複雑にしていた。会場内、特に朝の入場ゲートは人口密度が高く、全員がワクチン接種済みで、毎朝検査で陰性を確認していることが分かっていても、当時英国は感染拡大中であったことを考えると、どこか危機感を覚えずにはいられなかった。

環境への配慮は随所に見られ、飲食エリアではリユースカップが使用され、ウォーターサーバも数多く設置されていた。サイドイベント会場でもパンフレット等の配付資料やグッズはほとんど置かれていなかった(COP26のロゴ入りマスクはどこかで配布されていた模様)。また、フードコートで販売されている食事は、さすがに肉や魚類も提供されていたが、原産地や環境配慮(CO2排出量も)がしっかり記載されていた。

会場外は常時厳重な警備が行われていたが、ゲート付近では様々な主張(必ずしも気候変動に直結するものばかりでなく)のデモやアピールが行われていた。残念ながら(?)著名な環境活動家グレタ・トゥーンベリさんをお見かけすることはかなわなかった。それでも報道だけでなく、SNSに掲載するためと思われる撮影も会場内外問わず行われており、世界の様々な側面を凝縮したような特別なイベントであることがあらためて印象づけられた。

写真 巨大な3Dディスプレイが目を惹いた会場内Action Zone。
写真 巨大な3Dディスプレイが目を惹いた会場内Action Zone。

*政府代表団メンバーからの報告は3月号に掲載いたします。また、国連気候変動枠組条約締約国会議(第1回~第25回)の報告は、地球環境研究センターウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/cop/)にまとめて掲載しています。