RESEARCH2021年5月号 Vol. 32 No. 2(通巻366号)

CFC-11の放出量:「全廃」後に見られた急増とその後の急減

  • 斉藤拓也(地球システム領域動態化学研究室 主幹研究員)

トリクロロフルオロメタン(CFC-11、CCl3F)は、オゾン層破壊物質として世界的に生産が規制された化学物質ですが、全廃されているはずの2010年代にその放出量が大きく変動しました。ここではこの変動に関わる一連の研究について紹介します。

1. CFC-11放出量のグローバルな増加

CFC-11は、かつて断熱材を製造する際の発泡剤や冷凍庫の冷媒などとして身の回りで広く使われていた化学物質です。CFC-11は大気中での寿命が長く(約50年)、分子内に塩素原子を含むため、オゾン層破壊への影響が最も大きい特定フロンの1種としてオゾン層保護のためのモントリオール議定書の規制対象となりました。この規制はフロンなどの製造や輸出入を段階的に削減するもので、先進国では1996年、途上国では2010年までにCFC-11の生産を全廃することが合意されました。

こうした規制を反映して、CFC-11の大気中濃度は長く減少傾向にありましたが、その減少速度が2013年ごろから鈍化していることがアメリカ海洋大気庁(NOAA)の精密な大気観測によって明らかになりました(Montzka et al., 2018)*1。この論文では、減少速度の停滞要因が大気循環の変動ではなく放出量の増加にあること、更にその放出源が東アジアのどこかにあり、恐らく国連環境計画(UNEP)のオゾン事務局に報告されていない製造に起因することが指摘されました。

2. 中国東部におけるCFC-11放出量の急増とその後の急減

こうした状況の中、東アジアにおけるCFC-11の放出域を特定することを目的とした国際共同研究が国際大気観測プロジェクトAGAGE(Advanced Global Atmospheric Gases Experiment)を中心に行われました(Rigby et al., 2019)*2

この研究では、東アジアでCFC-11の高頻度観測を行っている沖縄県・波照間島の波照間ステーション(https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/ground/hateruma-st.html)と韓国・済州島のGosanステーションの2地点の観測データ(2008~2017年)が用いられました。これら2地点は、北米やヨーロッパにあるAGAGEの他の観測点と異なり、2010年代以降もCFC-11の濃度が高くなるイベントがしばしば観測されていました。そこで、これら2地点の観測データをラグランジュ型の大気輸送モデルと逆解析アルゴリズムを用いて解析し、放出源の逆推定を行いました。

その結果、中国東部において2013年ごろから放出量の増加が認められ、2014~2017年の年間放出量は2008~2012年と比べて約7000トン増加したことが推定されました。また、この中国東部の放出量は全球的な放出量増加のかなりの部分を占めることがわかりました。

以上のような全球および東アジアでの報告を受けて、モントリオール議定書の会合でも中国国内におけるCFC規制の取り組み状況について議論が行われました。中国政府からは国内での取り締まり強化について報告があり、その後の中国東部からの放出量がどのように推移したかについて注目が集まっていました。

そこで、2018~2019年の波照間及びGosanの観測データ(図1)について同様な解析を行い、中国東部からの放出量が2018年以降減少し、2019年には増加前のレベルに戻ったことを明らかにしました(Park et al., 2021)*3

図1 韓国のGosanステーション(済州島、上)と日本の波照間ステーション(沖縄県・波照間島、下)で観測された大気中のCFC-11濃度の変動。出典:国際研究チーム/NASA Earth Observatory

図2の結果は、2014~2017年に山東省と河北省を中心とする中国東部に広がっていた放出域が、2019年には増加前の2008~2012年と同様に山東省に限定され、放出レベルも低下したことを示しています。また、CFC-11を製造する際に原料として使われる四塩化炭素と副産物として生成するCFC-12についてGosanステーションのデータを基に放出量の推定を行い、これら2物質についても2013年以降に放出量が増加し、CFC-11の放出量が減少する1~2年前に減少していたことがわかりました。

図2 大気観測から推定されたCFC-11の放出量分布の推移。左から、2008~2012年、2014~2017年、2019年における平均。図中の●は韓国と日本の観測地点の位置を示している。
出典:国際研究チーム/NASA Earth Observatory

続いて、これら3成分について推定された放出量とCFC-11製造及び使用時に考えられる仮定に基づいて、この地域で製造されたCFC-11量を推定しました。その結果、この地域の製品中に使用・貯蔵されているCFC量(CFCバンク)は、放出量の増加が始まった2013年より前と比べて最大で11.2万トン増加したことが示唆されました。最終的にはこうしたCFCバンク中のCFCの大部分が大気に漏出すると考えられます。しかしその場合でも、幸いオゾン層への影響は軽微であることが、CFC放出量とオゾン破壊との関係から示唆されました。

今回明らかになった中国東部での放出量減少は、中国の産業や政府の取り組みが奏功した結果と考えられますが、最初に異変を捉え問題を指摘した報告、そしてその後に放出域を特定した報告がそうした取り組みを促した可能性があります。なお、全球のCFC-11放出量も2018年から2019年にかけて急減し、増加前の軌道に戻りつつあることが報告されています(Montzka et al., 2021))*4

3. 今後の課題

今回の事例では、放出域の比較的近傍に観測地点があったことで、放出実態の解明につながりました。波照間ステーションにおけるフロン類の観測は、横内陽子国立環境研究所名誉研究員(故人)が装置開発から始められ観測体制を確立されたものです。こうした観測を今後もしばらく続けていく必要があると考えています。

一方、仮に放出域が中国でもより内陸部に位置していた場合、あるいはその他の地域、例えば東南アジアなどにあった場合には、既存の観測網で放出域を特定しその推移を把握することは困難だったと考えられます。今回の事例でも中国東部の放出量増加及び減少量は、全球の放出量増加及び減少量の6割程度であり、残りの約4割については放出域が特定されていません。

NOAAやAGAGEの観測ネットワークは、全球的な大気組成の変動を捉えるため放出源の直接的な影響を受けにくいバックグラウンド地点に配置されていることから、国や地域レベルで放出実態を捉える上では適していません。このため、モントリオール議定書の会合などでは、放出源の比較的近傍で観測網を拡充することが議論されています。

観測データに基づいて放出源を解析する逆推定法については、推定のベースとなる先験情報への依存度が低下するなど過去10年で推定手法が飛躍的に高度化されました。しかし推定された放出強度や放出源分布にみられる手法間でのばらつきなど課題も残されており、今後更に不確実性を低減していくことが期待されます。