2019年11月号 [Vol.30 No.8] 通巻第347号 201911_347002

温室効果ガスモニタリングの歴史の重みを感じる:GGMT-2019参加報告

  • 環境計測研究センター 動態化学研究室 研究員 梅澤拓

9月2日から5日まで、韓国・済州島において、温室効果ガスの測定技術に関する国際会議GGMT-2019[1]が開催された。この会議の目的や歴史的経緯については過去の会議報告[2]に詳しいため、以下では主に筆者の感慨に絞って述べることにしたい。筆者は、日本の大気中CO2観測の草分けである東北大学の出身であり、研究室の主戦場のひとつとして、指導教員や先輩たちが重ねて過去のGGMTに参加するのを見てきた。しかし、温室効果ガスの研究を始めて15年、様々な事情が折り合わず、GGMTに筆者が参加したのは今回が初めてである。よく知られたことであるが、大気中のCO2濃度の観測は1958年に開始されたハワイ・マウナロアでの測定に遡る。それ以来60年、CO2およびその他の温室効果ガス・関連微量ガスの観測の世界的な発展は目覚ましい。数々の文献を辿りその歴史を振り返ると、そこには世界の研究者と技術者の血の滲むような努力が浮かび上がってくる。筆者にとって、今回の会議への参加はそれを改めて心に刻むものとなった。

GGMTの重責のひとつは、この会議での議論を経て温室効果ガスの測定技術に関する提言書[3]を改訂することである。この提言書は、その時点における最善の温室効果ガス観測の指針や測定技術の最新の知見を凝縮したものである。過去の提言書を辿ると、測定技術の進歩だけでなく、観測データの増加に伴うニーズの変化やデータ管理の重要性の増大、温室効果ガスの観測においてどのような専門用語や概念を用いるべきかに至るまで、先人達の執念が記録されている。今回もまた、4日間に亘る会議の中で研究発表と同等の時間を割いて、今回の改訂で新たに盛り込むべきことは何か、どのような表現で記載すべきかなどの議論が交わされた。会議の参加者は、世界気象機関(WMO)の権威ある報告書の中で、温室効果ガス観測の現在を記録し将来への道標を示すため、専門家として貢献する重責を分かち合っていると言える。

写真1 GGMT-2019における提言書改訂のための議論の様子。提言書の文書ファイルをスクリーンに映し、各章の主導研究者が壇上に上がって会場の参加者と議論する
(写真提供:GGMT-2019韓国組織委員会)

前回のGGMTにおける提言書の作成から、筆者は同位体分析の章の改訂に携わることとなった。参加が叶わなかった前回の開催時とほぼ時を同じくして、世界中の研究グループ間のメタン同位体分析の相互比較に関する論文を書いたためである[4]。観測データの統合はデータの有効利用にあたって重要な到達点のひとつであり、各研究グループが準拠する測定スケールの開発・管理、データ統合の手がかりとなる相互比較などは、GGMTの主要な議題である。昨年出版された筆者らの論文を契機として、世界のメタン同位体データの統合性の評価と向上のための新たなプロジェクトが始動した。これはニュージーランドの国立大気水圏研究所とドイツのマックスプランク生物地球化学研究所、米国のコロラド大学ボルダー校極地・高山研究所が主導し、世界の研究グループで共有できるメタン同位体測定用のガス状参照物質の開発とそれを利用した相互比較を行うものである。今回のGGMTではその特別会議も開かれ、今後のプロジェクト推進に向けての現状報告と意見交換が行われた。メタンの安定炭素同位体比の測定システムの開発に最近成功した[5]国立環境研究所からも、筆者が参加メンバーの一人としてこのプロジェクトに貢献してゆく予定である。

写真2 メタン同位体比測定の統合性評価と向上のための特別会議の様子。プロジェクトを主導するニュージーランドの国立大気水圏研究所の研究者が進行
(写真提供:GGMT-2019韓国組織委員会)

筆者は、メタン同位体測定システムの開発に関するポスター発表、日本航空の旅客機を利用したCONTRAILプロジェクトからCO2観測結果の口頭発表、の二件を行った。さすがに一流の測定技術を持つ研究者・技術者が集まるGGMT、実験開発の当事者のみが知る苦労が共有できたり、測定技術やデータ解釈への深い理解が窺い知れる質問に思わず心が躍ったり、初めて会ったにもかかわらず一足飛びに親近感が生まれる。CONTRAILの発表はプログラム上では最終日の最後から二番目と不運であったが、発表後に好意的な言葉をかけてくれる人が多く、民間旅客機観測の有用性をよくアピールできたと考えている。また、筆者が昨年執筆した論文の共著者の数人とは、今回初めて会うことができた。多くの親しみの言葉をもらいながら昨年の論文の成功を共に祝えたことは大きな喜びであり、特に20年先立って苦労を重ねてきた先輩研究者たちからの評価は大きな励みである。先輩研究者の引退を耳にするのも世の常だが、この研究コミュニティを築き上げてきた彼ら先達の努力に学び、時代を繋ぐ良い研究成果を生み出せるよう励みたいと思う。

なお、今回は、GGMTの前週に九州北部に大雨をもたらした秋雨前線が引き続き停滞してほぼ連日の降雨に見舞われ、さらに台風13号の接近により最終日に予定されていたGosan観測所の見学会が中止になり、台風を避けるために帰路のフライトを早めざるを得なくなるなど、「韓国のハワイ」と呼ばれる済州島に滞在しながら、記憶に残るものは冷房のよく効いた会場ホテルのシーンばかりである。しかし、会場を含めた会議の運営は素晴らしく、参加者が近隣数カ所のホテルに集中して滞在していたことから会話のチャンスも多く、会議本来の目的である議論や情報交換の点で非常に充実した時間を過ごすことができた。

脚注

  1. 正式名称は、第20回世界気象機関/国際原子力機関主催二酸化炭素およびその他の温室効果ガスと関連測定技術に関する会議(The 20th WMO/IAEA Meeting on Carbon Dioxide, Other Greenhouse Gases, and Related Measurement Techniques)
  2. 寺尾有希夫(GGMT-2013)、勝又啓一(GGMT-2015)、野村渉平(GGMT-2017)のレポートを参照。
  3. 世界気象機関(WMO)の全球大気監視(GAW)計画のレポートとして隔年で開催されるGGMTの翌年に発行される。
  4. 世界の大気中メタンの同位体比データは統合できるのか?(地球環境研究センターニュース2018年4月号)
  5. 環境研究総合推進費(2-1710)による研究を行っている。紹介記事 伊藤昭彦「東アジア地域はどのくらいメタンを放出しているか?」(地球環境研究センターニュース2018年3月号)を参照。

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