2018年6月号 [Vol.29 No.3] 通巻第330号 201806_330003

環境研究総合推進費の研究紹介 22 温暖化対策を計測する 環境研究総合推進費2-1501「気候変動対策の進捗評価を目的とした指標開発に関する研究」(2015–2017年度)

  • 社会環境システム研究センター 副センター長 亀山康子

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1. 研究の背景と目的

2015年にパリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では、気候変動対処に向けた2020年以降の国際的取り組みのための国際制度として、新たにパリ協定が採択された。パリ協定は、2016年11月に発効し、手続き面では順調に進んでいる。

パリ協定では、すべての国に対して、温室効果ガス排出量目標設定と、5年ごとの更新を義務付けている。また、設定した目標の達成に必要な政策実施を求めている。現在すでに2030年近辺の目標がほぼ出揃っているが、各国が定めた目標値を足し合わせても、パリ協定で長期的に目指している2°Cや1.5°C目標(産業革命前比の気温上昇幅を2°C未満や1.5°C以下に抑えるという究極的な目標)には届かない。つまり、パリ協定はすべての国の参加を最優先したために、国に求められている義務は自発的かつ緩やかなものに留まり、それを評価する手続きは今後の交渉に委ねられているということだ。また、政策実施についても、目標達成に十分かどうか判断する手続きは今後の交渉次第である。

そこで、本研究では、国の排出削減目標の水準の妥当性、目標達成に向けた政策導入水準の妥当性、及び、目標の国家間の公平性、を評価するツールとなる指標を開発し、その指標で国の努力度を実際に評価してみることを目的とした。

2. 気候変動緩和策進捗計測指標(C-PPI)

指標研究を始めるにあたり、国外ではすでに類似の研究が着手されていたため、国外の研究者にアピールしやすいようClimate change mitigation Policy Progression Indicator(C-PPI)という名称をつけた。C-PPIは次の2本柱で構成される:

  • アウトカム指標:実際の排出量の変動等、定量的なデータで示されるもの。
  • アクション指標:実施された気候変動緩和策の内容。単に実施の有無のみならず、実施の水準(例えば炭素税であれば税率等)で評価する。

また、両方の指標とも、4種類のゴールの観点から評価する。

  • (1) エネルギーの脱炭素化
  • (2) エネルギーの効率的利用(省エネ)
  • (3) エネルギー需要の逓減(節エネ)
  • (4) 二酸化炭素(CO2)以外の温室効果ガス(GHG)排出削減、森林等による吸収量増大

以上を踏まえ、アウトカム指標として6種類、アクション指標として37種類の政策を選定した(表1)。

表1 選定された指標

ゴール アウトカム指標 アクション指標
1.脱炭素化 (1) CO2/一次エネルギー総供給量
(2) エネルギーに占める再生可能エネルギーのシェア
再生可能エネルギー普及策、炭素回収・貯留(CCS)など11種類
2. 省エネ (3) エネルギー消費量/GDP 産業部門の燃費規制等9種類
3. 節エネ (4) エネルギー消費量/人口 電力消費の見える化等9種類
4. エネルギー起源CO2以外 (5) CO2以外のGHG/人口
(6)森林面積の対前年比変化率
メタンガス規制、植林活動への支援等8種類

注:「省エネ」は主に産業分野や機器で、より少ないエネルギーで最大の効果を得る行動を指す。つまり、効率さえ上がれば、エネルギー消費量が増えても問題としない。
他方、「節エネ」は、エネルギー消費量の絶対量の削減を目的とし、その結果、活動量や利用量が減っても問題としない。エアコンを例に挙げると、エアコンを省エネのものに変えても、安心して使いすぎてしまうと、結局、最終的なエネルギー消費量は増えてしまうおそれがある。本指標では、このような2つの目的を切り分けることで、総量としての二酸化炭素排出量削減を目指す政策を分類した。

3. C-PPIで見えてきたこと

この指標を用いてG20加盟国を分析してみた。G20にはEUが含まれるため、19の国が対象国である。その中には、いわゆる先進国から新興国まで経済水準に幅があり、水準の違う国を単純に比較することは公平性の観点からも適切ではないと考えられたため、一人当たりGDPで3つのグループに分けた。国A〜Hはいわゆる先進国、I〜Nは先進国に近い経済水準の国、O〜Sは新興国である。

ここでは、紙面の制約上、ゴール1(エネルギーの脱炭素化)の結果について紹介する。図1で、上の線グラフがアウトカム指標、下の横棒グラフがアクション指標である。対象期間として、中心に現在(2015年)をとり、その10年前(2005年)からの10年間の努力と、今から10年後(2025年)に目指している目標に向けた10年間の努力を国家間で比べる。多くの国はパリ協定の下での目標(NDC)として2030年の目標を設定しているが、ここでは過去と現在10年ずつを比較するため、2030年目標を目指す時の2025年での通過点を計算して用いた。

図1ゴール1の指標(上段がアウトカム指標、下段がアクション指標)

ゴール1のアウトカム指標は、一次エネルギー総供給量に占めるCO2排出量であり、下降トレンドが望ましい。アクション指標としては、4分野(再生可能エネルギー普及策、石炭火力発電所の排出基準、原子力発電政策、交通部門の脱炭素化)で合計11政策を選定した。縦方向の長さ(厚み)は、国の温室効果ガス排出量に占めるシェアを示しており、I(アルゼンチン)のようにメタン等、エネルギー起源CO2以外の温室効果ガスの割合や森林・土地利用変化による排出が多い国ほど、ゴール1〜3で対象としているエネルギー起源CO2のシェアが小さくなるため、厚みが小さくなっている。またさらにその内訳を示すために4分割し、エネルギー源として交通分野以外のエネルギー供給における①再生可能エネルギー、②化石燃料、③原子力発電、そして④交通分野、の割合を厚みで示している。

もともと原発のない国や脱原発を目指している国では原発政策がなくても批判されるべきではないため、任意とした。各政策の有無と水準を調べ、高水準であればA+、政策が存在しない場合はC−とし、7段階で評価した。

まず、グループ1、2、3の間で比較すると、アウトカム指標の水準は、経済水準と比例しているわけではなく、水力発電等の地理的ポテンシャルによる影響をより多く受けていることが分かる。アクションは、グループ1でより多く導入されているが、グループ1内でも政策導入のレベルには差があることが分かる。

アウトカム指標に注目すると、大半の国は、脱炭素化に向かっていることが分かるが、いくつかの国は、反対方向に向かうNDCを設定している。これらの国は、今後急速な経済発展に伴うエネルギー需要増大に石炭火力発電所の新設で対応しようとしている国か、薪や家畜の糞など伝統的なバイオマス燃料からより近代的なエネルギーにシフトしつつある国である。これらの国に対して適切に資金支援できれば、再生可能エネルギーを普及させ、これらの国のNDCをより積極的なものに変えられるだろう。

また、例えばグループ1内で先駆的な水準にあるC(フランス)は原子力発電により、B(カナダ)は水力発電により、電力の脱炭素化が顕著ではあるものの、両者の水準にも隔たりがある。この差は、カナダが寒冷地にあり、暖房に化石燃料が用いられていることにある。つまり、電力の脱炭素化が第一ステップではあるものの、すでに電力の脱炭素化を達成した国では、建物や交通部門など、現在多くの国で化石燃料が用いられている部門での電化あるいはバイオマス利用が必須ということである。

次に、アクション指標に注目すると、再生可能エネルギー普及政策が導入されている国では確実にアウトカムも改善できていること、石炭火力発電所の低炭素化はすべてのグループで導入できている国が多いが、最終的に必要とされる炭素回収・貯留(CCS)までには至っていないこと、交通分野での脱炭素化(電気自動車普及等)も特にグループ1内では多くの国で政策が導入されつつあること、などが分かった。

さらに、アウトカムとアクションを比較して、アクションが高評価であるほど、アウトカムも好成績であることが示された。つまり、政策の効果が排出量に効いているということである。

なお、日本(F国)についていえば、今まで主要な政策努力を原子力発電普及においてしまったことで、アウトカム指標が2011年以降悪化し、アクション指標でも他のグループ1国と比べて見劣りしている。今後(アクション指標の薄い色の横棒)、再生可能エネルギー普及や、より安全安心な原子力発電政策の分野で追加的な政策導入が計画されているが、このままでは、化石燃料の脱炭素化(CCS含む)や交通部門での脱炭素化の部分で、他国と比べて遅延し続ける。

4. 結論

同様に残りの3つのゴールも分析したところ、特にゴール1や4(CO2以外の温室効果ガス、森林)では、アクションとアウトカムが関連していた。ゴール2(省エネ)や3(節エネ)でも、好景気ガ続いてエネルギー消費が増えた一部の国では、政策が実施されていても排出量が増えていたが、全体的な傾向としては、政策導入レベルが高いほど、排出量も改善されていた。2°C目標に至るためには現在のNDCでは不十分なことが明らかとなっている今、本研究成果で指摘された政策導入が不十分な分野での政策を各国が積極的に実施していくことで、少しでも2°C目標に近づけていくことが急務である。

本研究の概要は、以下のURLをご覧いただきたい。
http://www-iam.nies.go.jp/climatepolicy/cppi/index_j.html

目次: 2018年6月号 [Vol.29 No.3] 通巻第330号

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