2017年10月号 [Vol.28 No.7] 通巻第322号 201710_322005

夏の大公開特別企画 JAL国際線現役パイロットと温室効果ガス研究者によるクロストーク—JAL/NIES空エコinつくば—

  • 地球環境研究センター 交流推進係

7月22日(土)の国立環境研究所(NIES以下、国環研)夏の大公開において、地球環境研究センターは標記の特別企画を開催しました。この企画は、国環研が日本航空株式会社(以下、JAL)や気象庁気象研究所などと共同で、航空機による温室効果ガスの観測プロジェクト「CONTRAILプロジェクト」を進めていることから実現したものです。クロストークは午前と午後の2回行いましたが、気温30°Cを超す暑さのなか、2回とも子どもから大人までたくさんの方にお越しいただきました。この特別企画への関心の高さがうかがえます。参加していただいたみなさまと、興味深い話題を提供してくだったJALの加藤義己機長にお礼申し上げます。

本稿では、高度1万メートルの操縦席から見た地球環境の変化やCONTRAILプロジェクトなど、加藤義己機長とCONTRAILプロジェクト責任者の町田敏暢さん(国環研地球環境研究センター大気・海洋モニタリング推進室長)との間で語られたお話の概要をご紹介します。なお、この内容は、後日、地球環境研究センターウェブサイト(http://www.cger.nies.go.jp/ja/)から動画として公開されます。

photo

【加藤義己さん】
出身地:北海道
日本航空株式会社に入った年:1990年(平成2年)
仕事:ボーイング777機長
趣味:家庭菜園、自動車のドライブ(エコのため控えています)、読書

photo

【町田敏暢さん】
出身地:埼玉県
国立環境研究所に入った年:1993年(平成5年)
仕事:研究者
研究テーマ:温室効果ガスの地球規模循環、特にシベリアでの観測、航空機を使った観測

1. パイロットになって環境の大切さを感じる

小学生の頃は総理大臣になりたいと思っていた加藤機長は、法学部を専攻していた大学3年生のときに、航空に関する専門学校卒ではなくてもパイロットになれることを知って試験に応募し、採用されました。パイロットになれば自由に操縦して空を飛べると思っていたら実際はそうではなく、飛行ルートや高度など細かい決まりに従った正確な運航と、一カ月間にニューヨーク便などの長い国際線を2〜3回と中距離国際線、または国内線を数回飛行し、国内線では1日に4回のフライトというようなハードなスケジュールをこなすことなどが求められました。しかし、そのような中でも、操縦席からしか見られない地球の美しい景色に感動し(写真1, 2)、環境の大切さを感じるようになったそうです。

photo

写真1雲の下の太陽(特別な許可を得て安全確認した上で撮影) 北緯75度付近の北極海の上空、現地時間深夜の2時半頃に撮影されたもの。白夜のため、太陽が地平線を這うように移動中で、その時の雲や空気密度などの条件が揃ったことで、このような光景になったと思われる。

photo

写真2カナダ上空のオーロラ(特別な許可を得て安全確認した上で撮影)

2. 環境保全活動への取り組み:エコな飛ばし方

JALのパイロット仲間ともに積極的に環境保全活動に取り組まれている加藤機長が、空から世界を見て感じていることや環境保全への取り組みについて説明してくれました。

たとえば、パイロット達は高度1万メートルの操縦席から、シベリア上空に20世紀にはほとんどなかった巨大な入道雲を見るようになったり(写真3)、北極海の氷の面積が年々減少していることや、シベリアでの森林火災の規模の大きさ(写真4)を実感してきたそうです。森林火災を発見したときには、パイロットが東京の本社にその時間や位置等の情報を送信し、それを研究者が衛星観測の検証に利用できる仕組みになっているそうです。加藤機長は、地球は大切にしないと壊れてしまうことを目の当たりにしていると話されていました。

photo

写真3シベリアの巨大な入道雲(積乱雲)は20世紀にはほとんどなかった(特別な許可を得て安全確認した上で撮影)

photo

写真41万メートル上空からでもはっきりわかるくらいの規模になっているシベリアの森林火災(特別な許可を得て安全確認した上で撮影)

次に、環境保全活動の取り組みの一例として、旅客機のエコな飛ばし方について紹介がありました。飛行前から飛行後まで常に安全に細心の注意を払い、環境に配慮しながら以下のことを行っているそうです。(1) なるべく短い距離で、追い風の強い(向かい風の弱い)飛行コースを選択する、(2) 効率のよい高度を飛行する、(3) 飛行機に積む燃料の量を厳密に計算する(燃料が無駄に余らないように調整する)、(4) 着陸時に出す「(揚力を上げるための)フラップ」や車輪は空気抵抗が大きくなる分だけエンジンを吹かす必要があるので、出すタイミングをなるべく遅らせる、(5) 着陸後の「逆噴射」(減速のためにエンジンを高回転にする)をなるべく使わないでブレーキに任せる、(6) 着陸後はエンジンを1基ストップする。

町田室長からの「エコな飛び方をしていると乗客が気づくことがあるのでしょうか」との問いに、「着陸後の逆噴射は音によって明らかに違いがわかると思います」と答えた加藤機長は、天候や滑走路の状態など条件さえ良ければ逆噴射なしでブレーキだけでも、飛行機は安全に止まれるようになっていると話していました。

3. 世界初の民間航空機でのCO2濃度の連続観測

「(日本航空の)ボーイング777のうち、10機が、飛行中に上空の温室効果ガスを測定していることを知っていますか」という加藤機長からの質問に、会場の半数近くの人が「○」の札を挙げました。半数というのは少し多いかなとも感じましたが、春と夏の一般公開でこれまでCONTRAILプロジェクトを紹介してきたので、多くの方がすでにご存知だったのかもしれません。町田室長によると、民間航空機での広域にわたる系統的な連続観測は世界で初めてだそうです。

どんな装置を搭載しているのか
JALが運航している10機の航空機にCME(CO2濃度連続測定装置)とASE(自動大気採取装置)という2つの温室効果ガス観測装置を搭載(図1)
figure

図12つの観測装置を搭載

CME:世界中の路線で、飛行中のCO2濃度を離陸から着陸まで連続的に観測
ASE:12個の金属の容器に上空の空気を採取して持ち帰り、研究所内の実験室でCO2, メタン(CH4)などを分析
南北の違いを測るため、10kmくらいの高度でオーストラリアから日本までの12地点で空気を採取
わかったこと

北半球と南半球の季節変動の違い:オーストラリア路線でのASE観測から、1993年から2011年の間、高度10kmにおいて、北半球でも南半球でもCO2濃度は増加し、CO2濃度の季節変動(植物の光合成が活発な夏に下がり、冬から春に上がる)は森林面積の多い北半球では大きく、南半球は小さいことがわかった(図2)。

figure

図2高度10kmにおける北半球と南半球のCO2濃度

高度10kmのCO2濃度の分布:CME観測から、上空10km付近のCO2濃度は、春は北半球の方が南半球より高く、夏になると、南半球より北半球の方が低くなる。シベリア周辺が特に低くなるのはシベリアの森林が大量にCO2を吸収しているため(図3)。

figure

図3高度10km付近のCO2濃度の分布

CONTRAILプロジェクトによる貴重なCO2データは無償で世界中の研究者に提供され、世界のCO2循環の研究に貢献しています。

4. JALにとってCONTRAILプロジェクトとは?

日本が世界に誇れるCONTRAILプロジェクトについて、JALのとらえ方はどのようでしょうか。

photo

写真5参加者とやりとりしながら加藤機長と町田室長の楽しいトークが行われました

「町田室長から、『こういう研究協力はつい数年前まで、世界でJALだけが行っていたこと[注]ですし、せっかくこんな素晴らしい活動をしてるのだから、もっともっと宣伝しないとだめですよ!』と言われていた」加藤機長たちは、CONTRAILプロジェクトの活動に自分たちが協力できていることを誇りに感じているとコメントされました。

ここで、町田室長から、加藤機長がCONTRAILプロジェクトに非常に関心をもって協力してくれている一つのエピソードが紹介されました。加藤機長が乗務したCMEを搭載したボーイング777が、2009年8月16日のパリから名古屋までのフライトの途中で、偶然、先行した飛行機の飛行機雲に入りました。加藤機長は入ったときから完全に通過するまでの正確な時間を町田室長にメールで知らせてくれたのです。すぐにこのときのCO2データを調べた町田室長は、前を飛ぶ飛行機雲を通過しているときでもCO2濃度はそれほど高くならないことを確認しました。この原因はまだわかっていないのですが、飛行機雲の中の粒子状物質は重力によってゆっくり降下することから、目に見える雲と気体としてのCO2が濃い場所とは違うのかもしれないともいわれています。

5. 羽田→パリ12時間のMSE観測

さまざまな事情によりASEを搭載できる飛行機がヨーロッパを飛ばなくなった2014年4月から、JALの協力により、町田室長のグループはMSE(手動サンプリング装置)で観測を始めました。電動の機器を持ち込めないコックピット内でエアコン用に取り入れられる外部の空気を手動で採取するのです。羽田からパリまでの12時間の飛行時間中に12か所での観測を実施し(写真6)、パリの空港内で4時間過ごした後(入国はしない)、同じ飛行機で帰国する0泊2日のパリ出張です。町田室長はこれまで10回ほどMSE観測を行いましたが、どのパイロットの方も大変協力的で、いつも感謝しているとのことでした。「次のMSE観測では町田室長と一緒に搭乗できるよう調整したい」との加藤機長からのご提案に、町田室長は「パリまでの激務の12時間がとても楽しい時間になりそうです」と答えました(その後、9月26日の羽田発パリ行きのフライトで二人は実際に同乗しました。このフライトの結果は地球環境研究センターニュースで後ほどお伝えする予定です)。

photo

写真6MSE(手動サンプリング装置)で大気を採取中(安全を確認したうえで、機長の許可を得て撮影しています)

二人の興味深いお話は予定時間を少しオーバーして終了しました。

クロストークでは会場との質疑応答も行われました。子どもからも質問がありました。内容を一部紹介します。

Q:地球温暖化によって飛行機の離発着が困難になるという研究結果があるようですね。

加藤機長:地上温度が何°Cになったら急に上がれなくなるということはありませんが、空気が高温の場合には飛行機の上昇性能が落ちるので、場合によってはお客さまに降りていただくことは起きるかもしれません。現在でも地上が高温の時は、貨物を降ろさなければならないことがあります。

Q:飛行機が上がるときと降りるとき、どちらが緊張しますか。

加藤機長:難しさからいうと降りるときの方ですが、緊張するのは離陸の時です。着陸は考える時間があってやめるかどうかの判断ができるのですが、離陸の場合はどんどんスピードが増してあるところまでいったらやめられないので、相談する時間がありません。

Q:研究結果は具体的にどのように活かされているのでしょうか。

町田室長:植物や海などの自然のCO2吸収量や吸収のメカニズムを理解するために役立っています。化石燃料燃焼によるCO2排出量はだいたいわかっていますが、どこの森林がどれくらいCO2を吸収しているのかわからないところがたくさんあります。また、CO2は海にとけやすい気体ですが、どこの海がいつ頃どれくらい吸収しているかということもよく理解できていません。そういうことを知らないと、将来私たちが化石燃料からのCO2をどれだけ減らせば大気中のCO2をどれだけ削減できるだろうという目標が、数値として正確に出てこないのです。

脚注

  • ヨーロッパのIAGOS(In-service Aircraft for a Global Observing System)プロジェクトは、すでに航空機でオゾン等の観測を行っているが、2016年末にCO2観測装置の航空機搭載許可を取得し、今年中には観測が開始されると期待されている。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP