2011年11月号 [Vol.22 No.8] 通巻第252号 201111_252005

これからの生態系モデルには何が必要なのか?

地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

1. はじめに

2011年9月20日〜23日にかけて、中国・北京で第18回生態系モデルに関する国際会議(The 18th Biennial ISEM Conference)が開催された。本会議は北京師範大学のホストのもと、国際生態モデル学会(International Society for Ecological Modelling: ISEM)と中国国家自然科学基金(National Natural Science Foundation of China)のスポンサーで開催された。ISEMは生態学・環境資源管理シミュレーション、および、概念・科学的成果・一般的知識の国際的共有を目的として1975年にデンマークで設立されたものである。

今回の会議は「地球環境変化および人間–自然系システムの生態モデリング(Ecological Modelling for Global Change and Coupled Human and Natural Systems)」というサブタイトルで、急激な地球環境変化が地球上の生態系に及ぼす影響およびその適応策のモデル化とともに、人間系と自然系の関連性に関する学際的なプラットフォーム構築を目的にしたものである(写真)。本会議は、参加者約400名、7つの基調講演、8つの一般セッション、5つのワークショップで構成され、約200件の口頭発表、約40件のポスター発表が行われた。以下に筆者の感想を交えつつ概要を報告する。

photo. 基調講演

S.E. Jørgensen(コペンハーゲン大学)による基調講演

2. なぜ生態系モデルが必要なのか?

会議では群落・地域・地球レベルに至るまでの生態系の過去・現状把握および将来予測について、多様な視点から生態系モデルの必要性が検討された。生態系モデルの統合化のセッションでは、自然・人間系の把握、ネットワークモデリングとシステム理論、統計解析と動的シミュレーション、生態系影響解析が主要テーマであった。水域生態系では、筆者がEditorial boardを務める雑誌Ecohydrology[1]のような水文生態学、環境流量・水質評価、河川生態系の構造や機能、汚染物質移動、統合流域評価を主に取り扱った。湿原生態系では、水文・生態機能評価、MA(Millennium Ecosystem Assessment)を発端とする生態系サービス(ecosystem service)評価、栄養塩循環、生物多様性、リスク評価、利用保全策が主なテーマであった。陸域生態系では、環境流量・水質評価、汚染物質移動、炭素・窒素循環、リスク評価を取り扱った。都市システムでは、動的解析、システム診断、都市化およびその影響、景観(landscape)、空間管理に関する発表が多かった。グローバル変化では、気候変化、温室効果ガス、土地利用変化、グローバル炭素・窒素・リン・水循環、生物多様性および保全、モデルとデータ統合およびリモートセンシングなど、特に重要性の高いテーマを取り扱っていると感じた。生態系管理では、生態系計画・管理・政策、新技術の適用が議題であった。観測および評価では、長期観測、マルチスケール、新たな観測手法がテーマであった。

生態系モデルは人為活動が地球システムにもたらす急変を把握するために発展してきた。B.D. Fath(タウソン大学)も述べたように生態系を複雑な非平衡システムとみなし、個別総和を超えて相互作用するネットワークとして内在する複雑性をモデル化してきた意義は大きい。さらに、統合型の社会・生態システムへ適用することで生態系管理のガイドライン提供が可能になり、ネットワーク解析や生態系容量のwin-win型相互関係[2]も重要である。一方、多くの気候モデルでは人為起源に伴う二酸化炭素等の排出に伴って地球の平均表面温度が2100年までに2.0〜4.5℃程度上昇すると予測するが、植生や海洋の吸収容量および正・負のフィードバックシナリオのように植物が気候変動に及ぼす役割の不確実性に関してW.J. Manning(マサチューセッツ大学)が主張したように、既存モデルの多くは窒素の利用率、昆虫による受粉、植物病害、オゾンなどの植物成長制限因子の効果を完全には含まず、今後の大気・植生相互作用の包括的検証が必要である。この不確実性の低減に加え、S.E. Jørgensen(コペンハーゲン大学)が述べた持続可能性(sustainability)を評価・検証するシステム生態学(system ecology)は興味深い。彼と何度か議論した印象として、グローバルなエクセルギー(exergy)[3]収支を算定すると、従来の生態系サービスの算定値[4]に比べ、農業や都市開発にはエクセルギーのより大きな損失を伴うことを示した点は重要である。

日本では今年3月の東日本大震災以降、原発に代わる再生エネルギーの議論が急進展する中、地球レベルの気候変動対策としての温室効果ガス抑制には炭素モデルを中心としたさらなるモデル開発が不可欠で、カーボンフットプリント(carbon footprint)抑制、エクセルギーの効率的利用への移行、生態系サービスの維持などを用いて持続的発展を目指す必要がある。また、急激な地球環境変化を引き起こす外圧・環境制限因子の相互作用の検証には、A. Ludovisi(ペルージャ大学)による生態系の発達や適応を支配する一般則を辿るために熱力学を拡張した熱力生態学(thermodynamic ecology)がパラダイムシフトとして興味深い。総量としての評価軸で生態系構成要素を含まないエクセルギーに比べ、自己組織化構造の評価や変化シナリオの予測可能性を有するエントロピーに基づく熱力生態学の有用性は高いが、彼と議論した印象では本会議の目的を達成するには、後述するように今後のモデルに必要な要素を満足するためにもスケール依存性との関連づけがさらに必要だと感じた。

3. 今後の生態系モデルにとって何が必要なのか?

生態系には未解明のプロセスが多く存在し、内在する複雑性をいかに取り扱うかが本会議のテーマであった。生態系モデルは極力単純であるべきと主張するモデラーに対し、複雑なモデルは非線形相互作用を表現するのに重要と指摘するモデラーもいる。今後の生態系モデルに必要な要素の一つは、本会議のサブタイトルに加えJørgensenやFathも強調したグローバル変化の問題解決能力であることは参加者が賛同したことである。地球規模での気温や二酸化炭素濃度の上昇はさまざまな時空間スケールで複雑な相互作用を及ぼし、熱力生態学のように生態系モデルの既存概念を脱却することも必要である。もう一つの要素はG.R. Larocque(カナダ天然資源省)も述べたように、個別学問領域での水、物質、エネルギー循環のモデル化を超えて学際的なモデルを発展させ、生態系の概念を異なる動植物、水資源、熱環境、物質循環を含むようにエクセルギーなどを適用・拡張することで領域横断的な包括的システムを構築し、多次元評価ならびにwin-win型解決[2]を目指すことである。さらに、F. Recknagel(アデレード大学)が述べたように、グローバルネットワーク化は生態系モデルを持続可能な生態系管理のための意思決定ツールとして共有化をすることに貢献するが、オープンシステム[5]などのプラットフォーム普及に伴う生態系モデルの汎用化に加え、観測機器の進歩による生態系のオンラインモニタリングと同化しつつ現場で適用できるオペレーショナルモデルも必要である。

自己保存型最適化(エネルギー最適率と関連する生態系のユビキタス的特性)の概念は、生命は組織の各スケールで物質循環やエネルギー代謝を行いつつ細胞から生態系に至る機能の最適状態を維持するというものである。L. Li(カリフォルニア大学リバーサイド校)が提案する遺伝子から生態系までの統合化モデルは生態学の代謝理論(metabolic theory of ecology)[6]に基づくもので、筆者がイギリスの生態水文学研究所(Centre for Ecology & Hydrology)での1年間の滞在を通して得た、筆者自身の今後の研究の方向性[7]と関連し興味深かった。生命は外部環境とランダムな遺伝子プロセスだけでは必ずしも説明できないと筆者も定性的に思うが、その点からもゲノム情報から生理学的代謝ネットワークまで総合化し、水平方向プロセスを重視した既存の水文モデルやロジスティック方程式に代表される成長モデルを高次の生物学的組織へ統合化することが今後重要である。このような遺伝学的に規定されるネットワーク構造が解明されれば植生遷移や侵入などのカタストロフィックシフト(catastrophic shift)の予測精度はさらに向上し、生態系モデルが地球規模でのwarning systemとして果たす役割は大きくなると思われる。

脚注

  1. EcologyとHydrologyの相互理解を目指して両者から作られた合成語; Ecohydrology, http://onlinelibrary.wiley.com/journal/10.1002/(ISSN)1936-0592, John Wiley & Sons. Ltd., ISSN 1936-0592
  2. 例えば、Nakayama T., Hashimoto S. (2011) Analysis of the ability of water resources to reduce the urban heat island in the Tokyo megalopolis. Environ. Pollut., 159, 2164-2173, doi:10.1016/j.envpol.2010.11.016
  3. 使用して失われるエネルギー(もしくは、機械的仕事に転化できる分、ある系から力学的な仕事として取り出せるエネルギー)を表す概念のこと。全エネルギーをわれわれが利用できるエネルギーと利用できないエネルギーに分けた時の利用できるエネルギーに対応する。有効エネルギーとも言う。
  4. 例えば、Costanza R., et al. (1997) The value of the world’s ecosystem services and natural capital. Nature, 387, 253-260, doi:10.1038/387253a0
  5. この言葉はさまざまな分野で使用されるが、ここでは移植性や互換性に優れ標準性を備えたコンピュータシステムのことを意味する。
  6. Brown J. H., et al. (2004) Toward a metabolic theory of ecology. Ecology, 85, 1771-1789
  7. 中山忠暢 「H21年度海外派遣研修報告書」 2010年6月

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