CGER-I163-2023_計算で挑む環境研究
18/140

るため、計算は非常に複雑になります。何より、生態系には、物理学の「運動方程式」のような普遍的で厳密な数式は発見されておらず、何らかの経験式を使ったり簡単化(近似)した方法で計算することになります。このようにしてモデルを作る目的は、生態系のもつ様々な機能(バイオマスの生産など)や振る舞い(成長や衰退など)をシミュレートすることにあります。 生態系の全てを扱うのは無理にしても、特定の部分や要素に絞ってモデルを作り、シミュレーションを行うことは可能です。生態学で用いられる古典的なモデルの一つに「ロトカ-ボルテラ モデル」(Lotka-Volterra model)というものがあります。これは、食う-食われる関係にあるキツネとウサギのように、2種類の生き物の振る舞いに焦点を絞ったモデルです。他の生き物や環境の変化は省略する代わりに、2種類の生き物の関係のみを扱うことで、現実に観察される現象(例えばウサギとキツネの個体数の変化)を上手く説明することができます。 また、生態系と大気との間の熱エネルギーの交換といった物理的なプロセスに焦点を絞り、生物的な要素を大胆に省略したモデルもあります。このシリーズの第1回(P.1~P.8)で紹介された気候モデルの中には、実は、その一種である物理的な要素を取り出した生態系モデルが陸面の中に組み込まれています。 私が開発し、研究に用いている生態系のモデルは、主に物質の流れに着目しています(図1右)。つまり、生態系を構成している植物のバイオマスや土壌、さらにそれらを構成する炭素や窒素などの元素の移動や蓄積を考えます。その理由は、地球温暖化の問題でモデルを用いる場合に、まずは大気と二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの交換を扱いたかったからです。その際には、樹木を1本ずつ扱う必要はなく、むしろ植物の光合成能力や微生物の呼吸速度など、共通の生理的な要因を取り出すことで、生態系全体をまとめて計算することができます。 例えば、木が1,000本も生えている生態系の振る舞いを計算する場合、1本ごとに計算して足し合わせる代わりに、全部の木がもつ葉や幹の量の合計値に基づいて一度に計算を行うことができます。これは、後で述べるような、地球全体でモデルを動かす際に大きな利点となります。逆に、ある生態系で生物の変動を種類ごとにシミュレートしたい場合などは、個体を扱うモ

元のページ  ../index.html#18

このブックを見る