2010年3月1日
こんにちは、国立環境研究所の江守正多です。春一番がようやく吹きましたが、その前は寒かったですね。僕の住んでいる茨城県つくば市でも、今年は例年になく何度も雪が降りました。「『地球は当面寒冷化』ってホント?」というコラムを書いたのが去年の4月のことですが、今回は、この「当面寒冷化」という話が最近どうなっているのか、見ていきたいと思います。
まず、国内でも新潟などで記録的な大雪、おとなりの韓国、中国や遠く米国のワシントンなどでも観測史上最大の大雪というニュースを聞けば、これはもう地球全体が寒いに違いないという気がしてきます。しかし、そうかと思うと、バンクーバーのオリンピックでは暖冬で雪が足りないといっていましたね。一体どうなっているんでしょう。こういうときは、気象庁のウェブサイトで、世界のどこが寒いのかを確認してみましょう。
これは今年1月の平均気温が平年より低いところを青で、高いところを赤で示した図です。実は、平年より寒いのは北半球中緯度をぐるっと回る緯度帯に限られているのがわかります。一方、低緯度には平年より暑い領域がべったりと広がっていますし、カナダ西岸のバンクーバーを含め、高緯度にも平年より暖かいところが多いのがわかるでしょう。
この中緯度から高緯度の分布の大部分は、「北極振動」とよばれる自然変動により説明されます(一部はエルニーニョも影響していると考えられます)。北極振動は、北極域の寒気が極付近に集中する状態と、中緯度に南下する状態の間を行ったり来たりする自然変動です。今年は寒気が中緯度に南下する方向に、北極振動が大きく振れているのです。この、大きく振れた原因はよくわかりませんが、自然変動ですから、さしあたって「たまたま」と思っておいてもよいでしょう。
ともあれ、この冬が記録的に寒いのは一部の地域に限られるというわけです。世界平均気温でみれば、気象庁の速報値【2015年2月現在リンク切れ】によると、2010年1月は平年の1月より0.37℃高く、観測史上第3位の高温な1月です。年平均気温でみても、昨年の記事を書いた時点では、世界平均気温は2005年から年々下がってきていましたが、昨年はエルニーニョが始まったせいで上昇に転じ、2009年平均の世界平均気温は観測史上第3位まで上がりました。ところが、日本に限れば、このエルニーニョの影響もあって冷夏になったので、去年の夏も、日本に住んでいると温暖化が進んだような気はしなかったでしょうね。
このように、温暖化が止まったように人々が感じているのには錯覚の部分があります。
しかし、そうはいっても、1980年代から2000年ごろまでの気温上昇率に比べて、今世紀に入ってからの気温上昇率が小さいのは確かです。この点について、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書で第1作業部会の共同議長を務めた米国のスーザン・ソロモン氏が、最近、興味深い論文を発表しました。ニュースにもなったので知っている人もいると思いますが、成層圏(高度10〜50km程度の大気)の水蒸気が温暖化を減速しているという分析です。
2000年以降、成層圏の水蒸気が10%ほど減っており、これが気温の上昇率を25%ほど下げたと考えられるという話です。一方、より限られた観測データからですが、1980年から2000年の間に成層圏の水蒸気が増えて、温暖化を加速していた可能性もあることが示唆されています。成層圏の水蒸気が変化した原因は、対流圏(地表から高度10km程度の大気)から流入する水蒸気量の変化のようですが、これが自然変動なのか、温暖化に伴うフィードバックなのかはまだわからないということです。
さて、このように聞くと「そらみろ、IPCCは温暖化を全部CO2のせいにして、水蒸気のことをまともに調べていないから、今頃そんなことがわかるんだ」という人がいそうですね。ここで、このよくある誤解を少し解いておきたいと思います。
「IPCCは水蒸気を無視している」という解説をたまに見ることがありますが、少なくとも対流圏の水蒸気に関する限り、これはまったくの誤りです。例えば温暖化の再現や予測に用いられる大気海洋のシミュレーションモデル(気候モデル)では、水蒸気の温室効果はもちろんのこと、水蒸気の移動、蒸発や凝結、その際の熱の吸収や放出もすべて計算しています。水蒸気が雲になって日射を反射したり、赤外線を吸収、放出したり、雨や雪になって落ちてくる過程もすべて計算しています。
何を根拠に間違いが広まったのかはわかりませんが、思い当たる節があるとすれば、IPCCの報告書に登場する次のような図に「水蒸気」が書かれていないことです。
この図は産業革命前から今までに気候に与えられたさまざまな「放射強制力」を示したものです。放射強制力というのは、「気候システム」(ここでは、大気+海洋+陸面表層の物理的な現象からなるシステムだというくらいに思っておきましょう)に対して外部から与えられる要因の大きさを表しており、「力」という名前がついていますが、物理学的な「力」ではなく、「エネルギーの流れの密度」を表す量です。
この図にあるように、人間活動に伴う大気の化学成分の変化や、太陽活動の変動などは、放射強制力をもたらします。どちらも、気候システムに対して外部から与えられる要因だからです。
しかし、対流圏の水蒸気量は、気温と風の循環でだいたい決まってしまいます(気温が飽和水蒸気量を決め、風の循環が相対湿度の分布をほぼ決めます)。人間活動でも水蒸気は排出されていますが、それが大気中濃度に与える効果はほとんどありません。つまり、水蒸気量は、気候システムの内部で決まる変数なのです。例えば、気候モデルにCO2濃度や太陽活動の強さのデータを与えて計算してやれば、気候モデルの中で水蒸気の量が勝手に現実的に計算されて、その温室効果も計算に入るということです。水蒸気の量は外部からデータを与える必要がないのです。IPCCの放射強制力の図に水蒸気が示されていないのはそのためです。
(……と説明してみましたが、おそらく、この説明ですっきりわかったといってくれる人は、そう多くないでしょうね。もっときちんと説明しようとすると、「システムとは」みたいな話から始めないといけないので、今回はやめておきます。専門分野において日常的な概念を専門外の人に伝えるのはなかなか難しいものです。それゆえに誤解が生まれやすく、これを避けるのもまたたいへん難しいものです)
なお、この水蒸気の件については、僕の研究所のウェブサイトで同僚が解説を書いていますので、そちらもご覧ください。
細かいことをいうと、この図には「CH4から発生した成層圏の水蒸気」というのが書いてあります。CH4(メタン)が人間活動により増える分については、そこから化学反応で発生する水蒸気は外部的な要因ですから、放射強制力が書いてあるのです。なお、ソロモンの論文によれば、成層圏の水蒸気の温室効果の変動は、このメタンからの発生によるよりも対流圏からの流入量の変動の方が効果がずっと大きいとのことです。
さて、この論文は、これまでのIPCCの結論を覆すものではもちろんなく、むしろ補強するものだといえるでしょう。近年に観測された気温の変動を従来よりもうまく説明した上で、CO2などの温室効果ガスがこのまま増加すれば、地球の温度が上昇するという見込み自体に変更は生じないわけですから。もちろん、成層圏の水蒸気についてはもっと研究が必要です。特に、ソロモン氏が観測データで示したような水蒸気の変動がこれまでの気候モデルではうまく再現できていないので、気候モデルの成層圏の計算をもっと細かくするなど、いろいろ試してみる必要がありそうです。
ところで、先日、日本の僕の仲間も近年の「温暖化の減速」に関連した論文を発表しました。これはこのコラムで、昨年4月と7月に予告していたものですが、太平洋10年規模振動(PDO)の予測に関する話です。過去の現実的な大気・海洋の初期状態から計算をスタートすると、PDOの変動がある程度再現できました。将来の変動のタイミングに関してはまだ予測といえるほどの段階ではありませんが、当然ながら、現在マイナスであるPDOがいつかはプラスに振れて、地球の平均気温上昇は加速に転じるでしょう。(PDOとそのプラス、マイナスについては、昨年4月のコラムをご覧ください)
「温暖化は止まった」のか、「一時的に減速している」のか、そのどちらが正しいかは、やがて時間が明らかにするでしょう。米国などでは、「クライメートゲート」に始まった一連のIPCCバッシングに加えて、最近の大雪の勢いを借りて、「温暖化はウソだ」という政治的なキャンペーンが相当に盛り上がっているようです。この盛り上がっている人たちは、将来再び温暖化が顕著になったときには、いったいどういう顔をするんでしょう。温暖化対策をしばらく遅らせたことに満足して、ニヤリと口の端で笑うだけでしょうか。
もしも、しっかりと納得がいくまで科学的に調べた上で、「温暖化は止まった」と確信している人がいたとしたら、僕はそのような人のことを非難しないでしょう。そして、僕自身は、現時点で自分が知り得る限りの科学的な知識に照らして、「温暖化は再び顕著になるはずだ」というかなり強い確信を持っています。時間が正解を明らかにするのを待つほかに僕にできることは、自分の確信の根拠を他人にしっかり説明することと、新しい知識を得ても確信が揺るがないかどうかを絶えず自分の中で検証することでしょう。
では、ちょっと挑戦的な余韻を残しつつ、今回はこんなところで。
[2010年3月1日/Ecolomy]