2009年2月9日
はじめまして、国立環境研究所の江守正多です。地球温暖化の将来予測の研究をしている研究者です。年末に日経エコロミーのインタビューを受けた勢いで、連載コラムを書かせて頂くことになりました。このコラムでは、実社会で話題になっていることを睨みつつ、地球温暖化研究の現場の研究者という立場から、温暖化科学の平易な解説を試みていこうと思っています。どうぞよろしくお付き合いください。
今回は第1回目ということで、そもそも世間でこれだけ騒がれている温暖化という話は科学的に「正しい」のか、という問題を取り上げたいと思います。温暖化というのは、人間が排出する二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスが大気中に増えているせいで、地球が暖まっているという話です。
しかし、みなさんご存じと思いますが、これと全く違う説を主張する学者が一部にいて、それがまた結構人気があったりするのです。そのため、何が本当なのか、よくわからなくなっている人も少なくないようです。いわゆる温暖化「懐疑論」というやつです(一緒くたにして言うとご本人たちはおこるかもしれませんが)。
僕らはよく周りの人から「専門家としてあんなのを言わせっぱなしにしておいていいのか」といわれるのですが、これがまたなかなか対処が難しいのです。まず、懐疑論の中には健全な批判も含まれています。温暖化の科学でまだよくわかっていない点を指摘する議論や、メディアが温暖化を大げさに報道している点を指摘する議論などです。そういった話には僕らも真剣に耳を傾ける必要があると思っています。
しかし、正直にいって、懐疑論の中には科学的な認識が明らかに間違っていたり、不勉強だったり、決め付けだったり、言いがかりだったりする部分も多いものです。
だからといって僕らがいちいち目くじらを立てて反論すると、一般の市民からは単なる水かけ論に見えてしまい「ああ、やっぱり温暖化はまだよくわかっていなくて、論争状態にあるのだなあ」と思われてしまう危険性があります。相手が間違っているのに五分五分の論争だと思われるとしたら、僕らにとっては反論するだけ損ですよね。だからといって沈黙していると、今度は「専門家は傲慢で、市民に説明しようという姿勢を見せない」といわれてしまうわけです。どうです、難しいでしょう。
僕はこれまで、06年8月の読売新聞「論点」への寄稿、08年1月のテレビ朝日「朝まで生テレビ!」や08年6月のNHK「科学者ライブ」への出演などを通じてこの反論の役を何度か受け持ってきましたが、その都度、一定の手ごたえを感じると同時に、温暖化科学の信頼性を人々にきちんと伝えることの難しさを実感してきました。
そんななか、ある意味で画期的な企画に先日参加しました。「エネルギー・資源学会」という学会の企画で、温暖化科学の定説(国連の「IPCC報告書」の内容に代表されます。IPCCの解説はそのうち行いたいと思います)に批判的な、赤祖父俊一さん、丸山茂徳さん、伊藤公紀さん、草野完也さんといった名立たる論者のみなさんと電子メールで討論を行い、その結果が1月9日発行の学会の機関誌「エネルギー・資源」に掲載されたのです。
この機関紙自体を目にする人はごく限られていますが、学会の計らいで、全文のPDFファイルが即時に学会ホームページで公開されましたので、みなさんにご覧頂くことができます。資料も含めて少々長いですが、興味のある方はぜひご覧頂きたいと思います。
まず注目して頂きたいのは、IPCC報告書の主要な結論に対する各論者の賛否を討論に先立ってまとめた○×表です。すべてに○をつけているのは僕だけですが、他の人たちも×や△をつけている項目がそれぞれ異なります。
つまり、「反IPCC論」と呼べるような一枚岩の理論があるわけではなくて、各論者の主張は共通点もあるものの、互いに相容れない点もあります。純粋に科学的な論争であれば、反IPCC論者Aさんが反IPCC論者Bさんに議論をふっかけてもおかしくないわけですが、そういった議論を見たことはありませんし、今回も見ることはできませんでした。
次に肝心の本文ですが、残念ながらたいへんお忙しい論者もいらしたようで、今回活発な議論が行われたのは一部の論者の組み合わせの間に限られました。内容については、これも残念ながらかなり専門的な議論が多くなりましたので、一般の読者に細部まで理解して頂くのは難しいだろうと思います。
しかし、柔道の技ができなくても柔道の試合を見て勝ち負けがわかるように、今回の議論も、細部はわからなくても、誰が技をかけて誰が返したか、誰は返すことができなかったか、という視点で評価して頂くことはできるだろうと思います。そして、勝敗を判定する審判は読者のみなさん一人ひとりです。
さて、これだけだと科学解説にならないので、内容についてのポイントを一つだけ説明しましょう。IPCCは20世紀後半の世界平均気温の上昇の大部分は人間が排出した温室効果ガスのせいである可能性が非常に高い(平たくいえば、「近年の温暖化は人間が出したCO2等が主因である、といってほぼ間違いない」)と結論していますが、その主な根拠となるのはIPCC第4次報告書統合報告書で図SPM.4とよばれる図です。
大陸毎などの複数のグラフがありますが、すべて見方は同じなので、左下の「全世界」というグラフを見てください。グラフは20世紀100年間の気温の変化を表しています。黒い線は実際に観測された気温の変化です。ピンクの帯は、過去に実際に起こったCO2の増加や太陽活動の変化のデータをインプットして、物理法則に基づくコンピュータシミュレーション(気候モデル)で計算した気温の変化です(線でなく帯になるのは、誤差幅だと思ってください)。ご覧のように、計算結果(ピンク)は20世紀後半の観測された気温上昇(黒)をよく再現しています。
次に青い帯は、「もしも人間活動がなかったら、地球の気温はどう変化していたはずだろうか」という条件で、同じくコンピュータで計算した気温の変化です。たとえば、過去の太陽活動変化のデータはインプットしますが、CO2の濃度は仮に一定だったとして計算します。すると、ご覧のように20世紀後半の気温はむしろ下がってしまいます(青)。
つまり、CO2の増加などの人間活動の効果を入れないと実際に観測された気温上昇とは全く計算が合わないことが、「定量的に」示されているのです。自然現象が主因であるといった説には、このような定量的な根拠がありません。
これをいうと、「コンピュータの計算なんて信用できない」と返されるのがお決まりの手なのですが、温暖化のコンピュータシミュレーションの信頼性については、拙著『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)に詳しく解説してあります。ご一読頂ければ、上記の証明に使える程度にはシミュレーションが信用できることがお分かり頂けるでしょう(おっと、露骨に宣伝してしまったぜ)。
なお、「日経エコロジー」の2月号にも温暖化懐疑論への反論の特集がありますので、併せてご覧ください。また、国立環境研究所で作成しているQ&A「ココが知りたい温暖化」も参考になると思いますので、ぜひご覧ください。少し上級者向けには、東北大学明日香教授ら有志による懐疑論への反論コメント【2012年6月現在リンク切れ】が参考になるでしょう。
では、第1回はこのあたりで。今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。
[2009年2月9日/Ecolomy]