ココが知りたい温暖化

Q21人工衛星で空気中の二酸化炭素やメタンの濃度が測れるって本当?

!本稿に記載の内容は2024年02月時点での情報です

宇宙から温室効果ガス濃度がわかる?

染谷有

染谷 有 (国立環境研究所)

二酸化炭素やメタンは特定の波長の光を吸収する性質を持っています。宇宙から人工衛星で地球の大気を通ってきた光を観測し、二酸化炭素やメタンがどれだけ光を吸収したかを解析することで、これらの濃度を推定することができます。 

光の波長と分光 

虹を見たことがあると思います。虹は太陽の光が大気中の水滴によって散乱されることで発生しますが、太陽光には赤や青などに見える光が含まれていて、その散乱される方向が光の色によって微妙に異なるために、色が分かれて見えるようになります。光の色の違いは光が持つ波長という性質が違うことによります。人間の目に見える可視光と呼ばれる光は波長がおよそ0.4 ~ 0.7 μmの範囲のもので、波長の短い0.4 μm付近の光は紫から青に見え、波長の長い0.7 μm付近の光は赤く見えます。波長が0.4 μmよりも短いと紫外線、0.7 μmよりも長いと赤外線と呼ばれます。一般には光と言うと可視光を指すことが多いですが、ここでは紫外線や赤外線も含めて光と言うことにします。虹の例のように光を波長によって分けることを分光といいます。また、分光することで取り出した光の波長ごとの強度分布を分光放射輝度スペクトル(以下、スペクトル)といいます。 

赤外線と温室効果ガスによる吸収 

太陽光には可視光線だけでなく、紫外線や赤外線も含まれています。この太陽光に主に含まれる赤外線の波長域は近赤外域、短波長赤外域と呼ばれます。また、地球上の物質からは太陽光に含まれる赤外線よりも波長の長い赤外線が温度に応じて射出されています。テレビなどで見る赤外線カメラや非接触型の体温計はこの物質から出る赤外線を利用しています。この波長域は中間赤外域や遠赤外域、または熱赤外域と呼ばれます。二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)などの温室効果ガスはこれらの赤外域のうち、特定の波長の赤外線を吸収する性質を持っています。赤外線を分光することによって、吸収を受ける波長と受けない波長を分けてスペクトルとして取り出すことができます。図の左側に温室効果ガス観測のための人工衛星であるGOSAT-2によって観測された短波長赤外域のスペクトルの例を示します。GOSAT-2はこの波長域に3つの観測波長範囲(バンド)を持っています。バンド1には酸素(O2)、バンド2とバンド3にはCO2とCH4の吸収帯があり、これらの気体による吸収によって赤外線の強さ(輝度)が小さくなっていることが図からわかります。このように、温室効果ガス濃度の変化に伴って観測される赤外線の強度が変化するため、観測されるスペクトルを解析することで温室効果ガスの濃度を推定することができます。

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太陽光を利用したCO2とCH4の観測のイメージ(右)とGOSAT-2で観測される赤外線スペクトルの例(左)

人工衛星で宇宙から温室効果ガスを測る 

人工衛星による大気の観測は観測方向や能動型・受動型の別などによっていくつかのタイプに分けられ、温室効果ガスの観測方法もいくつか種類があります。受動型とは太陽光や地球上の物質からの赤外線など、自然の光源を利用して観測をするタイプ、能動型は自ら光を射出し、戻ってきた光を利用するタイプです。これらはどれも温室効果ガスによる赤外線の吸収を利用したものですが、得られる濃度が地表面から大気の上端までの平均的な濃度か、ある高度範囲のものか、水平方向にどれくらいの点数を観測できるかなどが異なります。ここでは現在の温室効果ガスの観測に主として用いられている、人工衛星から地表面方向に観測を行う受動型の観測のうち、太陽光に含まれる赤外線を利用する方法について述べます。 

地球の大気に入射した太陽光は大気中を通り、地表面で反射された後、また大気中を通って人工衛星で観測されます(図右)。人工衛星に到達した赤外線は分光されて赤外線スペクトルが得られます(図左)。大気を通過する際に温室効果ガスによる吸収を受ける波長の赤外線は吸収によって強度が小さくなっていくため、人工衛星で観測された赤外線スペクトルを解析することで通過した大気にどれくらい温室効果ガスが含まれていたかを推定することができ、地表面から大気上端までの平均の温室効果ガス濃度が得られます。 

人工衛星で観測される赤外線の強度は温室効果ガスの濃度だけでなく、太陽や人工衛星の位置などによっても変化するため、これらを正確に考慮しなければいけません。加えて、地表面や大気の状態によっても変化します。例えば、地表面で赤外線が反射される割合は100%ではなく、波長や地表面の状態によっても異なります。また、大気中に雲やエアロゾルなどがあると、これらによって赤外線が散乱・吸収されることによって観測される強度が変化します。これらは大きな誤差要因となるため、赤外線スペクトルから温室効果ガスの濃度を正確に推定するためにはこれらの影響を考慮して解析を行う必要があります。 

また、人工衛星による温室効果ガスの観測では場所による濃度の違いを捉える必要があります。CO2やCH4などの温室効果ガスは大気中の寿命が比較的長く、風で流されることなどによって大気中でよく混ざっているので、これらのガスが多く排出されている場所とほとんどされていない場所を比べても相対的な濃度の違いが大きくありません。そのため、この濃度の違いよるスペクトルの変化はかなり小さなものになります。観測されるスペクトルには必ず測定誤差が含まれているため、温室効果ガス濃度を精度よく推定するためには、測定誤差の影響を小さくする工夫も必要となります。このために人工衛星による温室効果ガスの濃度推定では図左のように赤外線を細かく分光したスペクトルの多くの波長を使って誤差を考慮して統計的な解析を行うという手法が用いられています。  

温室効果ガスを観測する人工衛星

人工衛星による観測では、誤差要因となる雲が視野内に存在するデータを除いても1日に数百~数万点程度の観測が可能です。人工衛星によるCO2やCH4の観測が可能になったことで、これまで地上での観測が難しかった地域でもこれらの濃度が観測できるようになりました。温室効果ガスの観測を目的とした世界で最初の人工衛星は日本による温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)です。GOSATの目的は広域的なCO2やCH4の観測によってこれらの全球的な挙動を把握しようというものです。GOSATは2009年に打ち上げられ、2024年2月現在もCO2とCH4の観測を続けています。GOSATの打ち上げ以降、アメリカによるOrbiting Carbon Observatory-2 (OCO-2)やヨーロッパによるTROPOspheric Monitoring Instrument (TROPOMI)を搭載したSentinel-5 Precursor、GOSATの後継機であるGOSAT-2など、CO2とCH4を観測するための人工衛星が打ち上げられており、今後も同様の目的の人工衛星の打ち上げが予定されています。また、近年は特定の領域をさらに空間的に詳細に観測して、小さな排出源からの排出量を推定することを目的とする衛星も打ち上げられています。このように、現在、人工衛星は温室効果ガスの観測において強力なツールとなっています。

さらにくわしく知りたい人のために

  • 第1版:2024-02-22

第1版 染谷 有(地球システム領域 衛星観測研究室 主任研究員)