発表論文

国際オゾンシンポジウム2012報告

著者
柴崎和夫, 忠鉢繁, 中島英彰, 豊田賢二郎, 鈴木睦, 礒野靖子, 中根英昭, 関谷高志, 塩谷雅人, 入江仁士, 中野辰美, 笠井康子, 長濱智生, 坂崎貴俊, 宮川幸治
雑誌名
天気, 60(7), 521-532
DOI
-
概要

22回目の国際オゾンシンポジウムが、2012年8月の最終週(27日〜31日)にカナダのオンタリオ州トロント市で開催された。オゾン層に関連する研究分野の研究者が一同に会する、4年に一度の機会である。カナダ環境省(Environment Canada)と国際気象大気科学協会(IAMAS)、トロント大学、ヨーク大学、カナダ気象海洋学会が後援し、国際オゾン委員会(IO3C)が主催した今回のシンポジウムは、ヨーク大学のTom McElroy博士がホスト役を務めた。2012年は世界のオゾン研究にとって、そしてカナダのオゾン研究にとっても、幾つかの記念すべき年である。WMOの国際オゾンデータセンターがカナダに設置されたのが1962年で、当年は50周年である。また、現在のオゾン全量観測の重要機器であるBrewerオゾン分光計の製造がカナダで開始されたのが、30年前の1982年でもある。そして、オゾン層破壊に関与するフロンガスの規制を決めたモントリオール議定書の採択からは25周年である。

オゾンシンポジウムが日本人研究者にも注目されるようになったのはオゾンホール発見以降である。南極越冬中(第23次隊)にオゾンの集中観測を実施した気象研究所(当時)の忠鉢氏により、1982年の南極春季に昭和基地上空でオゾン全量が急減し、オゾン層の最大オゾン濃度値も低下している、という観測結果が世界に発表されたのが1984年ギリシャで開催された第15回のオゾンシンポジウムであった。これこそがオゾンホール狂騒曲の幕開けであった。その後、世界中の研究者が大挙して参加し、研究費も増え、オゾンシンポジウムも盛況を呈したのである。

日本における研究者も増え、オゾンシンポジウムに参加する日本人研究者も増えていった。それから4半世紀経ち、地球環境問題という形では、世間的にオゾン層破壊の問題は決着がついたかのように考えられている。現実に、今回のオゾンシンポジウムの後に、南極ではオゾン層回復の兆しがあるとWMOが発表した。オゾンシンポジウムにおける熱気も、いささか冷めた感がある。前回4年前のトロムソでも感じたことであるが、若い研究者の参加による熱気が少々薄れているようだ。今回も、トロントというアメリカやヨーロッパからの地の利のある都市での開催だったが、参加者数(300名超)は想像したよりも少なかった。ただ、筆者(柴崎)がこの分野の研究に足を踏み入れた頃から活躍している、いわゆる有名人は(例えばR. Bojkov、R. Watson、S. Oltmans、J. Gilleなど)、年齢を重ねても元気に研究に励んでいるのが印象深い。

一方で、筆者が初参加した1988年(第16回)の時に感じた、特にヨーロッパの研究者が持つ職人気質のようなもの、地道に観測を継続し、データの質をとことん追求していく姿勢、をまた色濃く感じるようになった。学問としてみれば、研究の種はつきない。今回のシンポジウムの中心的トピックの一つは、2010年冬季から2011年春季に発生した、いわゆる北極オゾンホールとも称すべきオゾン減少事象であった.北極域でオゾンホールは発生しない(規模の小さないわゆるミニホールは別にして)と言われ続けてきたが、果たしてそれは間違いであったのか。あるいは地球全体の気象場の変化が起こりつつあること、すなわち地球温暖化に伴う気候変動の一部としての結果なのか、大いに議論は盛り上がった。もう一つの特徴と感じたのは、先ほど述べた、これまでに得られたデータを執念をもって精密化、均質化していこうという姿勢である。今後大型の地球観測衛星を打ち上げる計画は実現が難しいという状況で、これまで取得してきたデータを他の(例えば地上観測)データと統合する、複数の測器によるデータの質の標準・均質化に努力する傾向が目についた。

T. McElroyによる心温まる、そしてウィットに富む歓迎のオープニング挨拶で始まったシンポジウムであったが、木曜の晩餐会では,前回のトロムソからこの4年の間に逝去した研究者達(若い人もいる)に対し哀悼の意を表する厳粛な場面もあった。また、恒例でもあるIOC委員改選(半数)も行われ、中根英昭委員が退任したが、金谷有剛氏(JAMSTEC)が新たに選出されて、日本からは塩谷委員との2人体制が維持されることになった。役員に変更はなく、委員長はギリシヤのC. Zerefos、副委員長にアメリカのR. Stolarski、幹事(秘書役)がフランスのS. Godin-Beekman、広報担当がアメリカのD. Wuebblesである。さらに次回の開催地も早々と発表され、2016年のオゾンシンポジウムは韓国での開催が決定した。

なお、シンポジウムの各セッションの内容、トピックスについては、各担当者からの詳細な報告を読んでいただきたい。